死告の少女は黄昏に (05)
 黒ショールの少女の腕の中に、もうがむしゃらに飛び込んでいた。ふわっと優しく包み
込むようにそらは英司を抱きしめる。
「いやっ、もうすぐそこまであったのに。私が、彼にあげるはずなのに。どうしてっ」
 白スカートの少女は泣き叫ぶような声を張り上げると、その腕を英司に向けて伸ばす。
 なのにその腕は英司に触れる事もない。すぅとすり抜けて二人の向こう側まで行ってし
まう。
「私、消えたくない。まだ消えたくない。彼の心を得て、もっと有るはずだったのに」
 白いスカートのそらは先程までの余裕も何もなくわめき続けるだけだった。
 そして次の瞬間、黒ショールのそらは静かに呟く。
「ばいばい、夜空」
 そらの台詞と共に、白スカートのそらは消えていく。
 まるで夜が明けて、そらが照らされていくかのように。
 そして、そらと言う名の少女は一人になる。
 さっきまでの緊張感なんてどこにも無くなっていた。あまりにもあっさりと、消し去っ
ていた。
 呆然として英司はそらの腕の中に包まれている。時間が過ぎているのすらも気がつかず
に、ただその場でじっと動けずにいた。
「終わった……のか」
 英司はやっとの思いで声を絞り出して、そらの顔を見つめる。
 そらはゆっくりとゆっくりと静かな笑みを浮かべて、その腕で優しく英司を包み込んで、
英司へと語り始める。
「いいえ、今から始まったんです。英司さんはどこかでずっと私を信じていてくれた。だ
から私はこうして消えずに済んだんです。
 私と彼女はたった一つのもの。でも大空にも昼と夜があるように、私達にも光と影があ
る。昼はいつも輝いていられるのに夜は真っ暗闇の中にあるから、私達は互いに昼で有ろ
うとした」
 そらの語りは、どこか遠く聞こえていた。
 死という永遠から逃れられた事に、気が抜けたのか話もろくに耳に入っていなかった。
 それでも、そらは話し続けた。まるで自分自身に言い聞かせるかのように。
「初めに貴方にあったのはあの子。次にあったのが私。でも、その次にあったのは黒いショ
ールの少女は私なんです。
 あの時、私は胸に手を合わせました。多くを語る事は出来ないから。全てが終わる瞬間
まで、何も話す事は許されていないから。
 だから無言で語りました。
 私達は人の想いで動いている。だから人の心が欲しい。
 だから。
 貴方の心をください、と」
 そらは英司の頬にそっと両手を合わせる。優しく優しく包み込むように、そらの手が触
れる。
「約束でしたよね。私は英司さんに刹那をあげます」
 そらの顔がそっと近づく。
 だけど英司は身動き一つ出来ずに、ただそらの顔をみつめていた。
 綺麗だな、と思う。何か今まで起きた悪い記憶は全て消え去りそうな気すらしていた。
 そしてその唇が、吐息がかかるほどに近付いた時。
 英司の喉元にそらの唇が触れていた。微かな吐息と声を漏らして、英司は喘ぎを上げる。
 そらの顔がそっと離れる。英司はそのままぼぅとした瞳でそらを見つめていた。
「さようなら、英司さん」
 そらはにこりと微笑んで、その唇から紅い液体を一滴こぼす。
 そして指先でそっと拭って、その指を口の中で舌先に触れさせていた。


「英司。そろそろ目が覚めたかい?」  秀一は英司に向かって静かに声をかける。 「いいかげん、起きたらどう。寝過ぎなんだよ、君は」  ベッドの脇に腰掛けて、秀一はじっと英司の顔をみつめていた。そしてそのまま軽く首 を振るう。  英司はただぼぅっとした顔でまっすぐに秀一をみていた。 「なぁ、英司。目を覚ましなよ。どうして、どうして目を覚まさないんだ。なんでこんな 事になったのか、僕にはわからないよ」  秀一はぎゅっと目をつむって呟く。  それでも英司はただ一点をみつめるように、何かを探し続けていた。  英司はそれから再びまぶたを閉じて、ゆっくりと眠りに入る。  秀一の声も聞こえる事もなく。  白いカーテンが揺れていた。  白いシーツに包まれたベッドの上。白一色の部屋の中で、英司は夢を見ていた。  楽しかった時の夢。与えられた一瞬の幻想の中で、英司はいつまでも留まり続けていた。  英司はもう何も感じてはいない。  生きてはいる。だけど刹那に囚われて、もう時間が流れ過ぎようとはしていなかった。 「……貴方が望んだ刹那を、あげます」  突如聞こえたその声に、秀一は顔をあげる。  しかしそこには誰もいなくて、聞こえるはずもないその声に秀一は首を振るう。  英司はそれでもただ一点だけを見つめ続けていた。  静かな時間に留まり続けているだけで。                                  了
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