死告の少女は黄昏に (04)
「私は永遠を、あの子は刹那を。私を選んだのは貴方」
 そらは胸を震わせながら、くすくすっと小さく笑みを漏らしていた。
 そらの顔がゆっくりと近づいてくる。拒もうとするのに、もう身体が満足に動かなかっ
た。疲労が重なっていたのもある。しかしそれ以上に、まるで金縛りにあったかのように
身体が言う事を聞かなかった。
 その唇が英司へと触れようとした瞬間、英司はぎゅっと目を瞑る。
 それは決して甘いものでなくて、傍寄ろうとしている恐怖から逃れようとして。
 吐息が顔に掛かり、そして重なろうとした瞬間、その声は伝う。
「……やめて」
 静かに響いた消えそうな声。何とか聞こえるか聞こえないか、ぎりぎりのか細い台詞。
だけど英司と、そしてそらにははっきりと伝わっていた。
 目を開けて声のした方向へと視線を向ける。
 痛々しく包帯に包まれた少女。黒ショールの少女が、じっとこちらを見つめていた。
「まだ消えていないの」
 そらは英司の手を離して黒ショールの少女へと振り返り、髪をかき上げ不適な笑みを浮
かべていた。
「でも、もう遅いわ。黄昏は誰が彼かわからなくするけど、いまは私が私。貴女はもう私
の影に過ぎないから」
 そらの射るような視線に、黒ショールの少女が僅かに顔を落とす。しかしすぐに首を振っ
て、もういちど向き直った。
「まだ、私は消えていないから」
 包帯に包まれた少女は、消え入りそうな声で静かに呟く。
 手首に巻かれた包帯にじわと血が滲んでいた。やはりそこには傷があるのだろうか、と
ても痛々しく思えた。
「貴女はもうただの夜空に過ぎないの。彼は私のもの、私が永遠をあげるの。私が彼を照
らしてあげるから」
 そらはどこか勝ち誇った声で告げると、口元にはっきりと。はっきりと歪んだ笑みを漏
らして、胸の前に手を合わせる。
 そしてその両の手を差し出して、ゆっくりと言葉を紡いだ。
「死という、永遠で」
 そらの声に英司は背を振るわせていた。
 死から逃れたくて、恐怖に囚われて、呼び寄せていた。永遠なんて英司は求めてもいな
かったのに。
 黒ショールの少女は寂しそうな顔をして、英司へと振り返る。
 そして少女はただ悲しみしか含まれていない声で英司をみつめていた。
「英司さん。どうして、どうして頷いてしまったんですか? 私は……あんなに頷かない
でって言ったのに」
「……なん、だって」
 英司は思わず声を漏らしていた。
 頷かないで、といったのは、そらのはず。そらはしかし今、こうして英司へ死を連れて
こようとしているのに。
 目の前のそらと同じ顔の少女は、少しずつ包帯に血を滲ませていく。
「あの時のそらは私だったから」
 手首の、腕の、ふくらはぎの、足首の、首筋の。それぞれに巻かれた包帯に血が滲んで
いた。まるでそのまま全てを吹き出してしまいそうなほどに。
「黄昏時は、誰が彼かをわからなくするから。私と彼女とが境目で同じように見える。私
はそらで、彼女もそらで。
 私と彼女は表と裏だから。永遠か刹那かを与える、一つだから」
 黒いショールの少女は、いや、そら、は顔を伏せて手を伸ばす。
「まだ間に合うのなら、私のもとに来てください。私は刹那をあげられますから」
 黒ショールのそらは、白スカートのそらと同じように英司を迎え入れようと両の手を差
し出していた。
「駄目よ。もう彼は頷いてしまったのだから」
 白スカートのそらは身動き一つ出来ずにいる英司の頬に手を置いて、微笑みかけていた。
勝ち誇った優越感を含んだその笑みは何よりも嫌らしく見るものを凍えさせるようで、英
司はぐっと喉に息を詰まらせていた。
「……あんたと一緒にいけばまだ俺は生きられるのか?」
 何とか吐き出すように訊ねた言葉。その声に黒ショールのそらは、ぱぁっと顔を明るく
変えた。
「はい。私と来てくれれば」
「そんなことは許さない!」
 優しい声で告げた黒そらの言葉を遮るように、白そらは叫ぶ。
「彼は私を選んだ。もうその決定は揺るがせないはずよね?」
 白そらは急激に焦りを含んだ声で、英司の頬に置いた手に力を入れる。
 強い痛みが走り、英司は思わず呻きを漏らす。
 しかしその瞬間、今まで縛り付けられたかのように身動き出来なかった身体が動き出し
ていた。
「俺はどっちも選んじゃねぇっ!」
 英司は強く叫んで白そらの手をふりほどく。そして間髪入れずに駆け出していた。
 永遠だの、刹那だの、英司にはまるで理解出来ない。彼女達が何をしようとしているの
かも全くわからなかった。
 しかしとにかくまだ死にたいとは思えない。白そらが与えようとしている死だけはごめ
んこうむりたかった。
「黒いのっ、お前を選べば生き残れるっていうなら選んでやるよ。とにかく俺はまだ死な
ねぇっ」
 英司の言葉に、白そらの顔が一気にひきつり。そして、歪んだ。
「だめ。そんなの許されない。絶対に、絶対に……死なせてあげるから!」
 白そらの身体が震えたように見えた。
 それは怒りなのかあるいは歓喜なのか。不自然なまでに感情を剥き出しにして、白そら
は英司の背中から追いかけだしていた。
 同時に黒ショールのそらの包帯が首筋から、ぱら、と落ちた。だのに滲んでいたはずの
血は、もうどこにもない。
 変わりに白そらの顔が苦痛に歪む。首筋をしきりに抑えて、時折声を漏らしていた。二
人は確かに繋がっているのかもしれない。
 どちらかが光となれば、どちらかが影となるように。
「永遠を」
 白そらは強く叫ぶ。少女の冷たい声は英司を凍え上げていく。
「誰がっ」
 とにかく走る。英司にはそれ以外には残されていなかった。しかし全力で駆けていると
いうのに徐々にその距離は詰まっていく。
「化け物がっ」
 英司は大きく叫んだ。
 その瞬間、寂しそうな顔を浮かべて白そらは呟く。
「永遠を」
 何故彼女は頑なに英司に死を与えようとしているのかはわからない。首無しの騎士デュ
ラハンはただ死を連れてくる精霊だと言う。あるいは彼女も運命を与えようとしているに
過ぎないのだろうか。
 もしもそうだとしても英司はまだ死ぬ覚悟なんてなく、逃げ去る以外の方法なんて有る
はずもなかったが。
 しかし背中から確かに追いかけてくる永遠はもうあと僅かな時間を残しているだけだ。
 くそっ、追いつかれる。俺は死ぬのか。死ぬしか道は残されてないのか。死んでたまる
ものか。何か、何か方法はないのか。
 英司の頭の中でぐるぐると螺旋のように回る。だけど答は出なくて、追いつかれそうに
なりながら走り続けるだけ。
 伸ばしたら手が届いてしまうんじゃないか。そんな距離まで近付いていた。
 背中から吐息が聞こえる。
 しかし英司の荒い吐息とは正反対に、一つも乱れない呼吸で白そらは少しずつ迫ってい
た。
 もう少しで触れる。
 もしももういちど近付いたなら、そのまま全てを失ってしまいそうな不安に、英司の背
が揺れる。
 冷たい。
 怖い。
 嫌だ。
 どうして俺だけが。
 何か、誰かどうにかしてくれ。
 英司は言葉にはせずに、だけど大きく吠えていた。
 心の中の叫びは、誰にも伝わる事はない。
 いや。
「刹那を、私を選ぶなら。永遠から逃れられます」
 その声は静かに告げた。
 いや本当は音にはなってはいなかったのかもしれない。ただ頭の中に伝う台詞。
 ふと顔を上げると、いつの間にかあの黒ショールの少女が道行く先に立ち尽くしていた。
 初めて会った時と同じようにその目だけに包帯を巻いて、路地の先で英司を待っていた。
「なんでもいいっ。俺は、まだやる事が残っているんだっ」
 英司はそらに向けて走り出す。
 どこか無表情なそらの顔に、ほんの僅かに優しい笑みが浮かんだ。
 同時に見えないけども白そらの顔が強く崩れていくのがなぜかわかった。
「なら」
 そらは両手を大きく差し出して、英司を迎え入れる。
 まるでそこが終着点だといわんばかりに。
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