高天原より夢の続きに? (15)
 だが、その瞬間。世界が再び暗闇に閉ざされていた。
 悪寒が身体中を包み込む。だがそれは比較的浅く、さきほどと比べると一瞬の事だった。
 そして再び神薙の館へと舞台を戻していた。維依はいきなりの場面転換に、面を食らっ
ていたが恐らくそれも八握の記憶がそこで途絶えていたからだ。
 目の前にいるのは八握と静香の二人。先の場面に戻ってきたのだろう。
「ねぇ、八握くん。一つだけお願いしてもいいかしら」
「何ですか?」
「貴方も知っての通り、維依は本当は玉依の力を持っている。神薙にはずっと隠している
けどね。でも、もしも。もしも維依が玉依として生きなくてはいけなくなった時、あの子
の事を守ってくれないかしら。虫の良い話だとは思うけども」
「いえ。貴方の願いなら、必ず叶えますよ。絶対に維依を守ります。だってあの子は」
 八握の言葉。
 だがその瞬間、再び世界が暗くなっていく。変わらず悪寒も全身を包む。
 舞台は再び高原の中へと移していた。
 そこにいるのは八握と、雪菜。
 それからその前方を囲うように、たくさんの人達。
 だがそれらの人が、本当は全て人ではない事に維依もすぐに気がついていた。あの目無
しの男のように、身体の一部が人とは異なる存在も多々見受けられた。
 もちろん人と全く同じ姿をしたものもいるにはいるが、彼らもどこかまがまがしい雰囲
気を漂わせている。
 彼らは八十神だった。幾人もの八十神達が二人を取り囲んでいるのだ。正確には後ろは
崖であり、そちらには誰もいなくはあったが。
 ふと八十神のうちの一人が、一歩前に歩み出てにやりと笑う。
「八神。立派になったものだな」
「……俺はもう八神じゃねぇ。八握だ。お前らを殺す為の存在。八握剣になったんだ」
「ふふ。八握か。まぁ、よかろう。個体区別も出来るしな」
「八十神の子だから、それより少なくて八神か。安直な名前の付け方しやがって」
「名前? 勘違いしてもらっては困るな。あくまで八神は我らの認識種別にすぎん。人が
我らの事を八十神と称するようにな」
 八十神の態度に八握はぎりぎりと歯を鳴らす。今すぐにでも目の前の男に向けて飛び込
みそうな、苛ついた色を漂わせていた。
「で、俺らに何のようだ。てっきりあの時に死んだものとばかり思っていたけどな。何な
ら今度こそ俺が殺してやろうか」
「ふふ。粋がるな、八握。たかが知れるぞ。まぁ、しかしそれでも確かに力はつけたよう
だな。それでこそ私達の目標に相応しい」
「何の、ことだ。そもそもお前ら何のために俺達を作った。なんのつもりなんだ」
 八握は警戒を解かぬまま、目の前の八十神に向かって叫ぶ。
「ふふ、人は自らを成長させ力をつける事が出来る。だが我らにはそれは出来ない。生ま
れ持った力が全てだ。なのにその力すらも年々失われつつある。もはや我らに神と呼ぶに
相応しい力を持ったものなどおるまい」
「それがどうした。俺達にとってみれば、願ってもないこった」
「まぁ、聞け。だけど我らも子をなす事は出来る。事実、神話でも神が子を作る事など珍
しくもあるまい。が、その方法は自らの血肉を元にしているのが殆ど。つまり子は自らの
力を削り作るものだ。
 その子が時には自分以上の力を持っている事もあるがな。大抵はそうはいかない。徐々
に神の力は薄れ、やがては人と化してしまう。従って我らも、すでに子をもうけようなど
と思う者は殆ど居ない。
 だがある日、気がついたのだ。神同士でなく人に産ませた子であれば、人としての属性
も持ち得ていよう。自らを鍛え力を手にする事も出来るはず。そうして鍛えて得た力を、
再び我がものにすれば? 子は自らの分身も同然。喰らえば力を得る事も出来るはず」
「……堕ちるところまで堕ちたってことか」
「何とでもいうがよい。我らはもはやこの国に用はない。高天原に帰るのだ。神の住むべ
き場所に。その為には手段など選んでおれんわ」
 八十神の声は高らかに響く。しかしその声に答えたのは八握の声ではなかった。
「ふざけんなっ。にぃは、お前らに食べられる為にいる訳じゃない。どうしてもっていう
なら、ボクが相手してやる」
 雪菜が強く叫ぶ。そして右手を八十神達に向けて突き出す。
「ふふ、雪菜か。元々は八握が否だった時の為の代替えのつもりで作ったのだが、おなご
が生まれようとは不運だとばかり思っていた。私は男だからな、お前は私の力は殆ど引き
継いでおるまい。それでは殆ど糧にはならぬ。だが、まさかその娘が玉依姫となろうとは
な。なら八握を喰らうまでもない。お前を喰らえば済む事だ」
 八十神が――八握の父がにやと笑む。
 同時に維依の胸の中から、嘔吐感すら生み出されていた。見ている事しか出来ない自分
が悔しくてたまらなかった。
 これは過去の出来事だ。変える事なんてどうやっても出来ない。それは分かってはいる
のだが、感情はついてこない。
 維依の心に葛藤が芽生えている間にも、時間の流れは止まらない。ふと八十神が動いた。
「さて、余興はこのへんにしよう。お前ら二人を喰って、私は力をつける。それだけの力
があれば、他の皆を高天原に連れていく事も出来よう」
 八十神の台詞。そして彼に答えるように、他の八十神達も動き始める。いや、その様に
見えた瞬間。
「茶番だな。それではお前の部下になる事と変わらん。私は私の方法で高天原に向かう。
お前の指図は受けん」
 八十神の一人が不意に呟く。だがその顔には見覚えがあった。維依も良く知っている姿。
「イナニナギ! 貴様、私に逆らうつもりか」
「私はお前に忠誠を誓った覚えもない。ただ高天原に向かう方法があるというから、力を
貸してやろうと思ったまで。お前の配下になるくらいなら、失敬させてもらう」
 イナニナギと呼ばれた八十神――稲垣は冷たい視線で、先の八十神に向けて呟く。それ
に続くようにまた一人が、ふんと鼻で笑う。
「私も力を失ったとはいえ、神の一人。誰かに仕えるなど性に合わぬ」
 呟いたのは、初めて維依を襲った八十神。あの目無しの男だった。八握と彼らが顔見知
りだったのも、この時の事があったからに違いない。
 そして続いて、何人かがこの場を去っていく。それでも後には十人近い八十神が残って
いるものの、初めいた数の半数近くまで減らしていた。
「は、人望がないようだな」
「……ふん。だがこれだけの数を相手には出来まい。貴様らはやはり喰われるのよ」
 八十神は八握に向けて、やや苦し紛れに笑む。
「雪菜。後に下がっていろ。お前は俺が守る。絶対だ。絶対に守ってやる」
「にぃっ! ボクも戦うよ」
「駄目だ。力は使うな。お前はまだ神を降ろした事がない。何の神が降りるかもわからん。
万が一、気性の荒い神が降りたらどうする。俺じゃ抑えられない。だから戦うな、いいな」
 雪菜の答えも聞かずに、八握は右手を左腕の中に埋め込ませていく。腕の中にのめり込
んだ手の中に、一本の杖が現れていた。
「術杖招来! てめえらはもはや神じゃねぇ。鬼だ。そんな奴らが俺に敵う筈もない」
「ふん、戯言を」
 八十神の、八握の父の答えに八握がにやりと笑みを浮かべる。
 その瞬間、八十神の一人が八握へと飛びかかっていた。
 だが八握は軽やかな足取りで背中側へと避けると、そのまま杖を突き立てていた。
 ガッと鈍い音が響き、八握の杖が八十神を貫いていた。同時に八十神はまるで杖の中に
吸い込まれるかのように、姿を消していく。
「この程度の鬼(かみ)ではな。いくらいても数の内にも入らないね」
「ふん。その強がりがどこまでもつか、見せてもらおうか」
 八十神の声に答えるかのように、一斉に他の八十神達が飛び込んでいた。
 八握は杖を地面に突き立てて、もういちど後へと下がる。八十神達の手を避けると、し
なった杖の反動を利用して、そのまま蹴り込んでいた。
 目の前にいた八十神を蹴り飛ばしたかと思うと、杖を一閃する。杖に弾かれた八十神達
が吹き飛び、姿を消していく。
「思ったよりは力があるようだな。だが、杖ではこれは避けられまい」
 八十神のボスが叫ぶ。その瞬間、手の中に頭大ほどはある劫火が生まれ、八握へと投げ
出されていた。
「ちぃっ、宿曜召還。鬼宿!」
 八握が叫ぶ。その瞬間、杖の中から倒したばかりの鬼が身体を大きく広げ八握を守る。
「くそ。この鬼は力も持ってやがらねぇ。他が雑魚ばかりじゃ話になんねーんだよ」
 八握は呟いて、それから近くにいた八十神へと突進していく。
「喰われろ、鬼っ」
 八握は叫びながら、目の前の八十神を貫いていた。再び八十神が杖の中に吸い込まれて
いく。
「なるほど。その力の元は言霊か」
 八握の父が呟く。その瞬間、八握が苦々しい声で答えていた。
「……どうかな」
「すぐにわかる事。我らは八十神。八神などに力負けするものではない。こう呟けばどう
だ。我らを鬼と例えた術はもう使えまい?」
「くっ」
 八握は呻きを上げると、そのまま雪菜の側へと駆け寄っていた。それから雪菜を守るよ
うにして杖を構える。
「にぃっ」
「心配するな。言霊を見破られたからって、俺の力全てが使えなくなった訳じゃない」
「でもっ、言葉を力にする術。言霊は知られたからには、いくらでも逆手にとれる。話し
た事を本当に近づける術なんだからっ」
 雪菜が心配そうに八握を見つめていた。
 維依には言霊というものがどんなものか、はっきりとはわからなかったが、今の話から
すると八握がいつも挑発するように話していたのは、あるいは本当は術への布石だったの
かもしれない。
「なるほどな。宿曜、中国の星座だったか。そんなものまで引っぱり出してきて、鬼がか
みとも読む事と掛けて、杖に宿す。鬼宿とは良く言ったものだ。たまは魂に通じるからな」
「ふん。言霊が破れても、俺自身の力。術杖の力は失っていないぜ」
「もはや風前の灯火だろうに強がるな」
 八十神が一斉に襲いかかっていた。八握はなんとか杖を振るい、それを防いでいく。
 だがこのままではいつか押し切られるのは目に見えていた。八握も少しずつ後に下がり
始めている。
 どうしよう、どうしたら。維依はおろおろとしながら、辺りを見回していた。そして恐
らくは雪菜も同じ気持ちだったのだろう。
 だが彼女は八握が押された瞬間。その前に歩み出ていた。そして。
「ボクの中に眠る神。この呼び声に答えて。そして目の前の敵を全て薙ぎ払って!」
 大きな声で叫んでいた。
 刹那、嵐が巻き起きていた。風が荒れ狂い、八十神達を打ち付けていく。
「なっ」
 八十神も予想外の事に目を見開いていた。何が起きたのか、全く分からなかった。
『我が名は須佐之男(すさのお)』
 雪菜の声は一瞬にして変わっていた。恐らくは維依がそうだったように、初めて呼び出
す神に身体を奪われていたのだろう。
「スサノオ! スサノオだって!? よせ、雪菜。もう力を使うな。やめろ」
 だが雪菜は少しだけ困ったような顔を浮かべて、静かな声で呟いていた。
「わかってる、にぃ。でも、もう駄目だよ。スサノオに頼るしか」
 雪菜の意志が現れたのも瞬間。すぐに声色が変わる。
『わが荒ぶる魂を諫めるがいい』
 再び嵐が巻き起こっていた。
 その風は辺りにあるもの全てを冒し、傷つけていく。それは八握すらも別ではなかった。
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