高天原より夢の続きに? (13)
「瑞紀さんっ、うう……怖かった。怖かったよぅ」
 維依は思わず泣き始めていた。無理もない事だった。維依は力があるとは言え、その内
面はごく普通の中学生に過ぎないのだ。今まで気張っていられた事ですら奇跡に近い。
「ご無事で何よりです」
 瑞紀は維依に言葉をかけるなり、すぐに朱月へと顔を向けて睨み付ける。
「朱月、どういうつもりだ。神薙を裏切るつもりか」
「裏切る? ふふ、ボクはあいつと同じ事をしているだけさ。あいつが許されるなら、ボ
クだって許されるはず。あいつが雪菜に、ボクにした仕打ちを、そのまま返すだけの事さ」
「何を馬鹿な事を。彼女以外にもう神薙には玉依はいないのだぞ。彼女を失う事がどれだ
けの損失になることか。宗家様もお嘆きになろう」
「宗家、宗家って、君はあのじーさんの事ばかりだね。まぁ、いいけど。でも、ボクと君
のしている事は大して変わらないんじゃないの。ボクは本気でしかけてみただけ」
「朱月っ」
「維依っていったけ。君のさっきの質問に答えてあげるよ」
 瑞紀の呼び声は敢えて無視して、維依へと語りかける。
「朱月、よせ。やめろ」
「八十神の霊をけしかけたのがボクか否かって質問だけど。今回呼び寄せたのはもちろん
ボクさ、でも前回呼び寄せたのはボクじゃない。瑞紀だ」
 朱月がにやりと呟く。
「そんなことっ」
「なんなら本人に聞いてみればどうだい?」
 朱月の試すような台詞に、維依は思わず瑞紀へと振り返っていた。
「本当、なんですか?」
 維依の声は、どこかで震えていた。
 だが瑞紀は何も答えない。
「ふふ。瑞紀とボクは神薙の命令で君に試練を与えに来たのさ。目的は君に一刻でも早く
神の力を得てもらうこと。その為には何度も神を呼んでもらう必要がある。だからしかけ
たのさ」
 朱月の声は無情に響く。
「うそっ。だって、瑞紀さんは私を守ってくれて、それで、それで」
 維依の目がすがるように瑞紀を見つめていた。身を呈して守ってくれた事。それが偽り
だったとは思いたくない。
 しかし瑞紀は微かに顔を背けて、やや声を落として告げていた。
「朱月の言う事は本当です。しか……」
 瑞紀の台詞は途中までしか伝わらなかった。
「なっ」
 瑞紀の足を人形が掴んでいた。瑞紀の足元から現れた人形が。
「馬鹿な。呼び出すそぶりなど」
 術を使うには多少なりとも準備というものが必要だ。だがこの人形が現れるのに朱月が
術を唱えた様子などは無かった。
「ふふ。当然さ。この人形は初めからここに隠しておいたのだから」
 人形は地面から現れる。だが逆に言えば地面の中に潜れるという事でもある。屋上のコ
ンクリートと一体化して、ひっそりと隠れていたのだ。
 人形は瑞紀の身体を完全に捉えていた。いかに瑞紀と言えども動きを完全に封じられて
は力を使う事は出来ない。
「瑞紀さんっ。やめてっ、やめさせて」
 維依は叫ぶ。
「ふふ。瑞紀には恨みはないけど、邪魔をするならしばらくそこでおとなしくしていても
らうよ」
 朱月の言葉に答えるように、人形が瑞紀の身体を取り込んでいく。瑞紀は両手両足が完
全に人形の内部に取り込まれ、身動き一つ取る事もできない。
「離せっ。朱月、こんな事をしてただで済むと思っているのか。神薙は決してお前を許さ
ないぞ」
「うるさいな、瑞紀は黙っていろよ。別に許されようが、そうでなかろうが、そんな事は
どうでもいいさ。雪菜の仇が打てればそれでいいんだ。雪菜は今も無念で泣いている。ボ
クには聞こえるんだ。憎い憎いってね」
 朱月はどこか酔うような口調で告げると、ひょいと飛び降りて維依へと向かう。
 瑞紀が「よせ!」と強く叫んでいた。しかしその声はもう朱月には聞こえていない。
「さぁ、今度は君の番だ。人形に喰われるのは、きっと快感だよ。無惨に、細かく、荒々
しく、食い散らかされる。血があふれ、肉が飛び、骨が砕かれる。それでこそ、雪菜の無
念が晴らされる。晴らされるんだ」
「いやっ、こないでっ」
 維依は思わず右手を前へと突き出そうとして、その腕が動かない事を思い出していた。
 痛みはもう殆どない。だがその腕はもはや自分のものではないかのように、感覚という
ものがすっぽりと抜け落ちていた。
「ふふ。雪菜の苦しみがどれほどだったか、味わうがいい。さぁ」
 朱月が両手を空に掲げた。
 そしてそれと同時に声が響く。
「ふざけた事いってんじゃねぇよ」
 その声は朱月の背中から聞こえた。
 維依からはちょうど瑞紀をとらえた人形と朱月に遮られてみる事は出来なかったが、そ
の声の主が誰だかはすぐにわかった。
 じわ、と涙が目端に浮かんでくる。
「八握さんっ、八握さんっ。きてくれたんですね」
 維依の呼び声に答えるように、隙間から八握の姿を覗かせていた。
「お前は俺が守ってやるっていったろ。何があっても絶対だ。絶対に傷つけさせない」
 八握の答えに、どこか維依はほっとして息を吐き出す。
 だが次の瞬間、八握の姿が無惨と言う言葉が似合うほどに荒れ果てているのに気がつい
ていた。
 服はところどころ破け、そこから露出された肌からは血が滲んでいた。服そのものにも
赤黒く染まった液体がへばりつき、いかにも痛々しく見える。
「八握! その姿は一体」
 聞こえたのは瑞紀の声。だが八握は平然とした様子で、捉えられた瑞紀の顔を見上げて
いた。
「は、俺よりそっちの方がよほど酷い状況じゃねぇか。死返玉(まかるかえしのたま)の
お前が、死返(まかるかえ)した霊に捉えられてるってのは、ま、お株を奪われたってと
こだな」
「うるさい。私の事はどうでもいい。それよりも、朱月を止めてくれ。こいつは玉依を殺
すつもりだ」
 瑞紀の声に八握はふふんと鼻笑いで答える。
 それから朱月へと視線を移す。同時に朱月が嫌らしく笑みを浮かべていた。
「ふふ、君といえどもさすがにあの数の人形を倒すのは手こずったようだね。まぁ、でも
君をあの程度で倒せるとは思ってはいなかったけどね」
 朱月は余裕を残した声で呟くと、それから少しだけ瑞紀の方へと歩みよる。
「朱月、何をするつもりだ。まさか瑞紀を人質にでもとったつもりか」
 八握は鋭い声で告げる。だが朱月は気にもせずに、くくっと笑みを零していた。
「裏切り者の君にそんな事が通用するとは思っていないよ。そうじゃないのさ。ま、それ
よりも君が来てくれるのをボクは今か今かと待っていたんだよ。だってそうだろ。ボクと
同じように、君も苦しんでくれなきゃ意味がない。君の目の前で、あの子を殺さなければ
意味がない」
「……朱月。維依に手を出してみろ。貴様など跡形もなく滅ぼしてやる。ただ殺すだけじゃ
ねぇ。二度と死返しも出来ないように魂まで全てを砕く」
 八握の声が急激に粗さを含んでいた。しん、と空気すら冷たくなる。
 だが朱月はそれも予想の範囲だったのか、くすくすと笑みを浮かべただけだった。
「ふふ。そうじゃなければね。君にとってこの子が大切であれば大切なほど意味があるん
だ。ボクが、雪菜が抱いた苦しみを君に味わせるのが目的なんだから」
「お前ごときが、雪菜の事を軽々しく語るな。貴様になどわかるものか。わかってたまる
ものか。俺が、俺達がどんな想いを抱いていたかなんて――」
 八握は右手を左腕に添えていた。以前みたように八握はそこから杖を呼び出そうという
のだろうか。
 だがそれよりも早く、朱月の声は響いていた。
「うるさいっ。君は、君は雪菜を殺したじゃないか。あの時、あの時、君は君はぁっ」
 朱月の声が強く響く。
「貴様などに俺の、雪菜の苦しみがわかってたまるかぁっ!」
 八握の右手が左腕の中に入り込んでいく。
 その、瞬間だった。維依の心の中に、強烈な光が生まれ、意識がその中に呼び込まれて
いく。
 強い意志。記憶。想い。
 いくつもの気持ちが、維依の中に入ってくる。維依の、心の中に。
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