らくがき。 (06)
「理由なら、あるさ。俺の中の……枷が外れたんだ。俺は闘う事は本当は好きじゃない。
だから格闘家を目指そうだなんて思ってはいなかった。毎日、じじいからトレーニングは
受けさせられていたがな」
 龍二は拳をノエルへとまっすぐに向ける。
「そけでも俺は負ける事は無かった。じじいは、それが才能だという。俺の天賦の才能は、
じじい以上だと。でも俺はそんなことはハナから信じちゃいねぇし、そもそも俺は誰かを
傷つけるなんて事は好きじゃない」
 龍二は、ノエルから微かに顔を背ける。
「でも。お前から一撃を受けて、気が付いたんだ。あんな風に手も足もでないように攻撃
を受けた事は無かった。それまでも自分が全力を出していない事は、ずっとわかっていた。
それでもそれで十分だったんだ。けど、お前はその不十分な俺よりも力を持っていた。だ
から、一撃を受けた。だけど俺は自分の事を知っている。俺は負けず嫌いだということ。
そして」
 龍二の拳に気が集まっていく。
「俺は、諦めたりする事が嫌いだって事。だから、俺の、本当の力を絞り出してやろうと。
まだ俺の限界はもっと上にある。こんなところで砕ける訳にはいかねぇんだよっ!」
 龍二の動きが、急激に速度を増していた。
 あのノエルすら、ついていけない程に。
 龍二の動きに、今度はノエルがついていけなかった。
 龍二の拳が、蹴りが、ノエルを確実に捉えていく。
 がんがんと小気味よく、攻撃がヒットした音が響いていた。
「ぐはっ」
 ノエルが呻きと息を吐き出す。
 片膝をついて、地面へと伏せていた。
「まさか……君がここまでの力を隠していただなんて」
 苦々しく呟く。
「俺は、お前には負けない。ここで負けて砕ける訳にはいかないんだ。俺達は、こんなと
ころで終わりにする訳にはいかない」
 龍二は呟いて、巨大な気の塊を作り出していた。
 超気皇拳だ。
「……何のつもりだ。いくら君が力を増したとはいえ、そんなものをそのまま受けるほど、
僕は間抜けじゃない」
「こいつはただの超気皇拳じゃない。新しい超気皇拳だ。受けてみろ!」
 龍二はそう言って、気を放つ。
 だが今までの超気皇拳と代わり映えは特にはしない。
 ノエルは難なく避ける。そして後へと振り返っていた。
「僕の技のように追尾するとでもいうのかい? それとも」
 呟いた瞬間。ノエルは上空に大きく飛ぶ。
 龍二の超気皇拳が、ノエルの目の前で炸裂していた。
 小さな気の塊が幾重にもなって、雨のように襲いかかってくる。
 だが一瞬のうちにそれを察したノエルは、唯一攻撃が飛んでこない上空へと逃れていた。
 だが、ノエルが避けられたのはそこまでだった。
 上空に飛んでしまった以上、空中では自由に身動きをとる事は出来ない。
「超気皇弾!」
 龍二の叫びと共に、再び、いやこんどこそ通常の超気皇弾が放たれる。
 ぐうっん。鈍い音が響いて、ノエルを完全に捉えていた。もはや避けようがなかった。
 もくもくと突き上がる煙の中から、よろよろとした足取りのノエルが姿を現していた。
「……やられたよ……。まさか、君の力がここまでとはね。でも、このままここで負ける
訳にはいかない。僕のとっておきを、見せてあげるよ」
 ノエルはそう呟いて、笛を手にする。
 ピィィィンと甲高い音が響いていた。
「音による支配ならもはや通用しないぜ!?」
 龍二の叫び声。
「そんなものじゃない。このメロディは、君を死に誘う! デスセレナーデ・ノクターン!」
 ノエルが初めてまともに技の名前を叫んでいた。
 気による技というものは、技の名前を呼ぶ事によって威力を増す事が多い。
 今度こそノエルの本気が迫る。
 そして甘い、まるで恋人に向けるかのような旋律が、辺りに伝い響いていく。
 だがその中に潜んだ陰湿なエネルギーは、龍二の体をむしばんでいく。
 音は再び気の耳栓によって封じているというのに!
「なに?」
「音を防いでも無駄だよ。音とは元々空気の波。本来は耳から鼓膜を伝い脳に通じる。し
かし振動は、そこだけで感じる訳じゃない。体全体で捉えるものだ。たとえ耳を封じよう
と、このメロディは君を捉える! さらに受けろっ。デスセレナーデ・ノクターン!」
 死の恋人の奏でるセレナーデが、音量を増していく。
 審判や、中には遠く離れた観客すらも苦痛に伏せているものがいた。音だけに無差別技
なのだろう。
「観客まで巻き込むつもりか!?」
「僕は何があっても負ける訳にはいかないんだ。……まぁ、離れた位置にいる観客よりも、
君の方が先に倒れるさ」
 呟いて、再び演奏を始める。
 どうやらこの演奏はさほど長い曲ではないらしい。同じ旋律が何度となく繰り返されて
いく。
 まるでそのことが輪唱曲のように、幾重にも重なって龍二を捉えていた。
 だが。
「俺はっ、まけねえっ!」
 龍二は強く叫ぶ。その瞬間、曲の呪縛から解き放たれていた!
「なっ!?」
 ノエルが叫ぶ。
 龍二の体全体に気をまとっていた。どこか黄金色に輝いている。
 体全体を気でまとう事によって、ノエルの気の影響を防いでいたのだ。
 だが言葉でいえばたやすいその事も、簡単な事ではない。
 体全体を覆うという事は、その分大量の気を必要とする。この後の戦いを考えれば、な
かなか瞬時に決断の出来る事ではない。もっともその一瞬の判断の遅れが、戦いに置いて
は敗北を意味する事もある。
 しかし龍二は、躊躇せず自らの身を守っていた。
 そしてノエルへと一撃をたたき込む。
 技の使用中は誰しも隙が出来る。龍二の拳がノエルを叩きつけていた。ノエルはそのま
ま吹き飛んでいく。
 龍二はそのまま追い打ちをかけるように、走り出していた。
 倒れたノエルへと、蹴りを繰り出していく。
 ノエルは何とか身を回転させて龍二の追い打ちを避けるが、その動きに今までの精細は
ない。

 かなりのダメージを受けたようだった。
 思えばノエルは圧倒的な実力を持ってして戦ってきていた。いままで殆ど傷ついた事な
どなかっただろう。
 だから彼の気の殆どは攻撃側に用いられている。
 相手の技を防ぐ。その事には向いていなかった。
 もちろんノエルの防御力は、並ではない。普通であれば簡単にダメージを与える事はで
きない。
 しかしいまの龍二の力はほぼノエルと均衡している。いや、むしろ上かもしれない。そ
してそれだけの力を持ちいて、初めてノエルの気の弱点が見えてきたのだ。
 さらに龍二の気はどちらかといえばノエルと同じ攻撃型だ。
 そのため龍二の攻撃は、ノエルの防御をたやすく打ち破っていた。
 ノエルはなんとか抗おうとしてガードを固めるものの、そのガードごと打ち破っていた。
「くっ。このままじゃ」
 ノエルの初めて呟く呻き。
 だが龍二は手を休めない。
「これで、決まりだ!」
 龍二は大きく振りかぶり、その手に気を込める。
 そのままノエルの腹部へと、激しくつきだしていた。
「がっ!?」
 ノエルの悲鳴が会場にこだましていく。
 辺りを包んでいた笛の音もいまは完全に止まっていた。
 しんと辺りが静まりかえる。
「ノエル選手ダウン! カウントをとりますっ。1、2、3……」
 審判が大きな声を上げる。
 ノエルは立ち上がってこない。カウントが一つずつ進んでいく。
「8、9、10!」
 カウントが10カウントを数えていた。
 この瞬間。龍二の勝利が決まったのだ。
「ぐ……」
 ノエルが呻き声を漏らす。気を取り戻したのだろう。
「まさか……僕が負けるなんて」
「確かにお前は力がある。でも、勝負っていうのは、いつだってわからないものだ。お前
は自分の力に溺れすぎた。余裕をみせなければ、もっと早く勝負を決められていたはずだ」
 龍二は呟く。
 そして拳を目の前に突き出していた。
「約束だ。俺にこの大会の事を話してもらうぞ」
「……く……」
 ノエルは俯く。
 その瞬間、ノエルへの罰ゲームが発表されていた。
 ノエルの言うとおり、激しい戦いを繰り広げたこの争いでは、対した罰ゲームではなかっ
た。





「さて、語って貰おうか」
 ここは龍二の部屋の中。
 ノエルは約束通り、龍二へと語る為にここにいる。
 そしてメイリンと、芽依の二人もいまはこの部屋にやってきていた。
「仕方ない。約束だ」
 ノエルは渋々とだったが、それでも語り始めていた。
 この大会のこと。
 そしてこの大会が開かれる目的のこと。
 初めは耳を疑っていた。
 だがすぐにそれが嘘ではない事がわかった。
「……つまり、この大会は僕のような人間を作り出す為の大会さ。兵器としての人間をね」
 ノエルはふっと自嘲げに笑う。
 ノエルは、ただの人じゃなかった。
 有能な格闘家の細胞を培養する事によって生み出されたクローン人間だったのだ。
 この戦いの優勝者は、遺伝子を採取され、クローンにさせられる。
 そしてやっと生まれた兵器としての試作品がノエルだというのだ。その力を試すため、
この大会に出場する事になった。
 この大会に勝利する事を望まれて。
 だがノエルは負けてしまった。
「だから、恐らくは僕は廃棄される。役に立たなかったからね。いまのクローンの中で僕
が一番出来がよかった。それだけのことだから」
 ノエルは呟いて、それから立ち上がる。
「ま、そんな訳で。約束は守ったよ。僕はいく」
「まて! 廃棄されるって、それでいいのかよ!?」
「僕には選択権はない。どうせここは船の中だ。何をやったって逃げられる訳じゃないさ」
 ノエルは呟いて、そのまま部屋を後にしていた。

 恐らくこれを話したのも、知ったところでどうなるものでもないと思っているのだろう
し。あるいはノエル自身は死を覚悟しているのかもしれない。
 この大会を潰す。
 それは、いまや避けられない事になりつつある。
「さて、どうする、龍二くん。いまの話きいた後じゃ、もう後にはひけないわね」
 メイリンがいたずらっぽく呟く。
 もちろん答えは聞くまでもないと思っているのだろう。
「決まってる。ぶっつぶす!」
「そうこなくっちゃね! よしっ、あたしも協力する。みなのしゅーっ、作戦を決めよう!
」
『がってん承知!』
 芽依の人形達も答えていた。
 龍二は一人じゃない。仲間がいる。そのことが、いまは何よりも心強かった。
 しかし本当なら、もう少し仲間を増やしたかった。
 この船の中で他に知り合いといえば、水戸の事も頭に浮かんだが、彼は龍二や芽依を恨
んでいるだろうし、そもそも罰ゲームの為に重傷を負っている。協力出来るとは思えない。
 他の選手の事は全く知らなかった。残念ながら名簿をみても他に顔見知りはいない。そ
れはメイリンも芽依も同じ事だった。
 いや本当はあと一人いる。
 美空が。
 ただ美空とは、わかり会えると思っていた。どこかで親しみを感じていた。
 だけど、彼女は今も龍二の事を恨んでいる。
 龍二にはその恨みの理由はわからなかった。
 そもそも考えてみると、いまのこの状況が異常すぎた。
 気の存在。それ自体が、彼が住んでいた世界にはなかったはずなのに、いつのまにかご
くごく普通に感じ取れるようになっていた。
 どこで世界が歪んだのか、龍二にはわからない。
 ただいまは、この大会をつぶす。
 その事だけを考えよう。
 そう思った。
 計画はできあがった。
 チャンスは一つ。優勝した時に、この大会の主催者達に招かれる。
 その時に、彼らを抑えること。
 ここは船の中だ。治安部隊もいる。そう簡単に事は起こせない。
 しかし主催者を抑えてしまえば手はだせないだろう。
 その後、警察に突き出せばいい。
 考えてみると荒っぽい上に隙だらけだったが、それ以外に良い方法も思い浮かばなかっ
た。
 そうでないにしても、とにかく証拠を握る事だ。
 この大会の主催者はかなりの権力者だろう。そうでなければ、こんな真似は出来ないは
ずだった。
 それすらも覆せるほどの証拠を。
 ノエルの存在。罰ゲーム。
 すでにいくつかの証拠は握っている。だが、それを決定的なものにする為には、いまの
状況では無理だ。
 ただの一参加者のままでは、対処する事は出来ない。
 その為にも、とにかく優勝することだ。
 この大会を終わらせ、人の命を救う。ノエルもこのままでは殺されてしまう。 
 ノエルを殺させる訳にはいかない。それが証拠を残すことにもなる。
 だから、戦う。
 次は決勝戦だ。
 戦う相手は、美空。
 彼女が戦うところを見たことはないが、恐らく勝ち上がっているはずだ。
 戦いたくはない。
 だけど、勝たなくてはならない。
 皆の為にも。
「さぁ、いよいよ、決勝戦です!」
『おおおおおーーーーっ!!』
 実況の声が響いた瞬間、大歓声がわき上がる。
 目の前に立っているのは、剣崎美空。
 予想通り、彼女が立っていた。
「ついに龍二。お前と戦う時がきたか」
「まぁ、そうみたいだな。俺は女と戦うのは好まないんだが、ここでこうして相まみえて
いる限りは手は抜かないぜ」
「当たり前だ。手など抜いてみろ。私はお前を許さないぞ!」
「……俺を恨んでいるんだったな。なぜお前が俺を恨んでいるのか、俺には今も想像が付
かないが、いい機会だ。俺への恨みがあるなら、ここで晴らしてみろ」
「まだ言うか。私を侮辱するつもりか? ……だが、もうそんなことはどうでもいいこと
だ。何度も望んできた、お前との勝負。それはいまこころで叶う。私はお前と闘いたかっ
たんだ」
 美空は拳を突きつけて、それから手元へと力こぶを作るように戻す。
 手に力が入っているがわかる。
「今まで、いろんな理由をつけてきたな。女だから、同じ流派どうしだから、力が足りな
いから、気が乗らないから。いつもいつもはぐらかしてくれたな。だが、もうそれも終わ
り。私は、お前と闘って、自分の力を示す」
 美空の声は、どこか高揚しているようにも聞こえた。
 そして戦いの時間は始まろうとしている。
「……そうか。でも、俺は負けないぜ。負けられないんだ。今までの戦いとも違う。本当
に、全力を出す」
「望むところだ」
 美空は、口元に涼しい笑みを浮かべていた。
 その姿に綺麗だと龍二は思った。
「大崎龍二。私は、今日お前を超える。お前は、いつも超えられない壁だった。私が苦労
して会得した事を、いつでもさも簡単そうに修得してきた。もちろんお前も裏では努力し
ていたのかもしれないが、それでも私より遙かに勝る時間で私の得たものを追い抜いていっ
た」
 美空の声は、少しずつ高揚していく。
 戦いを前に、気が弾けようとしているのがわかる。
「それはお前の血がなせる技なのか。それとも天賦の才能なのか。残念ながら、私はお前
の才能には及ばない。私はそれを超えようと努力を重ねてきた。だがあの方の教えはより
お前に適していた。このままでは私はお前に勝つこと、いや、戦おうと考えさせる相手に
すらなれない事に気が付いた。だから、私は気皇柔拳から離れ、独自の技を身につけた。
より私に適した技、覇王拳をな!」
 美空の言葉に、ふと思い起こす。
 初めて美空と出会った時、美空は覇王龍降拳という技を使っていた。上方から地面を叩
きつけ、割るほどの威力の技だ。
 あれが美空の言う覇王拳という奴なのだろう。
 そして、いま龍二ははっきりと思い出していた。
 美空の言う覇王拳。どこかで聞いた事のあるネーミングだと思っていた。
 
 あの時は気が動転して気がつかなったが、龍二はこの技をよく知ってる。
 いや龍二自身が覚えた気皇柔拳も、思い起こせばもっと以前から知っていた。
 ストリートソルジャー2。かなり昔に大流行した格闘ゲーム。その中に登場した技だ。
 龍二はいつしかこの世界に慣れきってしまっていたが、元々は龍二は気も使えない。美
空のことも知らないはずだった。
 しかし美空の設定も、どこかで聞いた事がある。
 ゲームの世界。
 いつのまにか、龍二の住む現実の中に、ゲームの世界が入り込んでいた。
 しかし今の龍二にとって、それは重要な事はではなかった。
 なぜゲームの世界に入り込んでしまったのか、なぜこんな状況になっているのか、気に
ならない訳ではないが、いまはやる事がある。
 ゲームの世界と現実世界。そのどちらもが混ざり合ったこの世界で、龍二は一つの目的
に目指して進んでいる。その中でもいくつもの想いを感じ、受け取り、成長してきた。
 とにかくいまは戦うしかない。
「大崎龍二。約束しろ。決して手を抜かないと。私に対して全力を尽くすと」
「わかった約束する。だから美空も一つ約束してくれ。俺はこの戦いに勝って、あの時話
した目的を果たす。手伝ってくれとはいわない。それを止めないで欲しい」
「いいだろう。約束しよう」
「なら……そろそろ始めようか」
 龍二の言葉に反応したのか、それとも偶然か、審判が高らかに手をあげる。
「それでは、気皇拳の大崎龍二VS覇王拳の剣崎美空! ファイ!」
 声と同時に龍二は走り出していた。
 ノエル戦と同じ、一気に攻め込むつもりだ。
 美空は基本は同じ気皇拳。その中でも気皇柔拳の使い手だった。気皇拳にはもう一つ気
皇剛拳があり、龍二の祖父 豪などはこちらを主に使う。
 龍二はその両方ともに基礎は学んだが、どちらかといえば気皇柔拳の方を得意としてい
る。つまりタイプとしては美空に近い。
 直接に戦った事はないが、美空の拳の特徴もわかっている。
 覇王拳がどのような技を使うかは、はっきりとはわからないが、必殺技などはゲームの
技と同じだとすれば、ある程度知っていた。気皇柔拳よりも、力押しな技が多いが、しか
し極端に違う訳ではない。だからこそ美空も覇王拳を比較的すんなりと修得できたのだろ
う。そうでなければ全く違う体系の技を覚える事は、前の技を失う事につながるからだ。
 例えば芽依のような技を使おうと思えば、今までの考え方、気の使い方を忘れる必要が
あった。それぞれの技には気の流れがある。その流れはそう簡単に変えられるものではな
いからだ。
 龍二は気皇柔拳の弱点を知っている。
 いわく速攻に向いているが、その代わりに自らも速攻に弱い。防御技は気の流れを重視
するからだ。気をあまり使わないような連続技には対応しづらいという欠点だ。
 それを巧みにつくつもりだった。
 龍二は連続的に技を放ち続ける。
 右正拳から、そのまま右げりを放つ。そしてくるりと回って、再び右拳。
 気を発散しながら、がんがんと鋭い攻撃を与え続ける。
 そのうちに美空は攻撃についてこれなくなっていく。少しずつ防御が遅れ始めていた。
 もちろんこうして猛攻を掛けるという事は、一歩間違えば隙を見せるという事でもある。
危険はあった。
 それでも龍二は攻める事を選んだ。
 龍二は守ったりするよりも攻める方が性に合っている。ノエル戦のようなガードを固め
る戦法はあまり好ましくない。いつぼろが出るかわからないからだ。
 美空がどれだけの力を持っているのかは知らない。
 だが、一気に押して倒す事も無理ではないはずだ。
 出来るだけ早く勝負をつけたい。
 そう願っていた。
 
 しかし龍二の思惑通りには事は進まない。
 美空は初めは龍二の動きに翻弄されていたが、それも一瞬のこと。
 美空の体に一気に気が満ちる。
 同時に龍二の拳が、美空を捉えようとした瞬間。
 その気が龍二へとまとわりついていた。
 え、と思った瞬間にはもう遅い。
「覇王雌伏拳!」
 美空の叫び声が響くと同時に、美空の手が龍二をはじき飛ばしていた。
 龍二はそのまま気の流れにのって、地面へと叩き付けられる。
「……! カウンター技か!」
 龍二はすぐに立ち上がって、美空へと構えをとる。
 カウンター技。俗に返しと言われる種類の技だった。相手の気を自らの気で包み込み、
そのまま相手へとダメージを返す技。
 この手の技は硬直時間が出来たり、タイミングをばっちり合わせないと逆にダメージを
受けたりする為に使いどころが難しい。その為に修得する人間はさほど多くはなかったが、
しかし決まれば大きな一撃となる。
 相手のむやみな踏み込みを防げるし、何より相手に攻撃したのにダメージを与えられた
という恐怖を心に埋め込む事になる。
 相手への抑制ともなるのだ。
 もちろん返しも完璧ではない。気皇弾のような放出技には使えないし(もっとも放出技
専用の返しもあるが)、超必殺技と呼ばれる大量の気を消費する強力な技には使えない事
も多い。気を受け流す前に、多大な気に自分が飲み込まれてしまうからだ。
 
 だがいま美空の返しは完全に決まっていた。
 龍二が為す術もなく宙に浮かび、地面へと打ち付けられていた。
「……まさか返しを使うとはな。気皇拳にはない技だから、油断した」
 美空は自分と同じ気皇拳の使い手だ。それは今でも変わらない。
 しかしその事が龍二の柔軟性を失わせていた。
 自分だとどう動くか。それをつい考えてしまうのだ。
 あるいは全く技を知らずにいれるなら、カンのみで避ける事も出来るだろう。返しと見
破ったかもしれない。
 しかし気皇拳に返しはない。
 そう考えた事が、龍二に返しという想定を奪っていた。
 覇王拳は気皇拳に近い。かといって龍二が覇王拳の全容を知っている訳ではないのだ。
 油断する訳にはいかない。それは存分に分かっていたが、龍二の頭がつい考えてしまう。
 龍二は目を寄せて、それから力を拳に集める。
 戦いはまだ始まったばかりだ。返し技は抑制にはなるし、それなりのダメージも与えら
れるが、それほど極端に大きなダメージを与える事はない。
 恐れずに攻めるのみだった。
「ほぅ。あれだけ見事に返されても、恐れずきたか。さすがは大崎龍二」
 美空は感心したように呟くと、再び構えをとる。やや軸足を後方にし、利き手を引き気
味に構え、逆の手をやや前に出す。
 これは気皇拳、正眼の構えだ。
 正面から相手の技を受け、隙あらば相手への必殺の一撃をたたき込む構えだった。ある
意味で、この構えもカウンター狙いといっていいが、返しと違うのは相手の気を取り込ん
で返す訳ではなく、相手の技の隙をついて一撃を与えるところだ。
「ぬかせっ。そう簡単にとられるものか!」
 飛び込んで、そのまま左回し蹴りを放つ。
 正眼の構えは利き手と逆の手で受ける事を前提としている。すなわち利き手側――この
場合、龍二から見て左、美空の右側――への攻撃に弱いという欠点がある。
 そこを狙った左回し蹴りだった。
 だが、美空は口元に小さく笑みを浮かべると、そのまま引いた右手で龍二の足を払う。
龍二の体がバランスを崩して揺らめく。
「覇王龍降拳!」
 美空はそのまま残した左手を振り下ろしていた。
 慌てて龍二は残した右足で後側へと飛ぶ。バック転のようになって、美空から距離をとっ
た。
 さきほどまで龍二のいた位置に、美空の拳がうなる。
 がっ! と大きな音が響いて、石畳の舞台にひびが入っていた。
「よくかわしたな」
 美空が呟く。
「……今のは正眼の構えじゃなかったのか」
「ああ。いっただろう。私は独自の技を身につけたと。覇王拳もその一つ。だが、二つの
技を学んだ私は気皇拳と覇王拳の、それぞれの良いところを取り入れ、新しい技体系を生
み出したんだ。名付けて、気皇覇王拳!」
 美空が高らかと宣言して、拳を突きつける。
「そのまますぎるだろ、それ!?」
「……そうか……。いい名前だと思ったんだが」
 龍二のつっこみに、美空は僅かに恥ずかしそうに顔をうつむけた。
「まぁ、いい。名前など些末なことだ。ようはどれだけの力を発揮して勝つかどうかだか
らな」
 美空は声を出して、再び構えをとる。
 やはり気皇拳と変わらない構えだ。
 だが美空はそこから違う技を繰り出す事が出来る。そして同じ技を繰り出す事も出来る。
 龍二に二択を迫らせていた。龍二が反応しそうになれば、また覇王拳でなく気皇拳を繰
り出す事も出来るのだ。
 だから龍二は先入観を抱く事はできない。
 美空にノエルのような超越した技巧も、芽依のような卓越した気の技術も、メイリンの
ような流れるような受け手も、水戸のような力強さも感じる事はできない。
 しかし美空は強い。
 『強い』のは、美空だ。
 美空は女性だ。
 龍二は女と戦う事を好まない。
 それは女性はやはりどうしても男性と比べると力が劣るからだ。生物的にそう作られて
いるのだから、それは仕方ない。
 それでも、いまの美空はそのようなハンデを全て克服していた。
「美空」
「なんだ、大崎龍二」
「お前は強い。だが、俺が勝つ」
 拳に強く力を込めた。
「なるほど。ついにお前も私を認めたか」
 美空は嬉しそうに顔を緩める。
 しかしそれも一瞬のこと、また元の渋い表情に戻って、拳を握りしめた。
「なら、それに答えてやろう。そして」
 美空は足に力をいれ、一気に龍二へと飛び込む。
「勝つのは私だ!」
 美空の声と共に、右拳が炸裂する。
 きゅんっと風を切り裂くような音が響いて、龍二の顔面を捉えようとする。
 しかし龍二は間一髪でその拳を避け、そのままの勢いで右足で美空へと蹴りを繰り出す。
 美空は軽くステップして蹴り足をやりすごすと、手に気を込めだしていた。
「気皇拳! 気皇拳! 気皇拳!」
 気皇拳を連続して放つ。
 龍二は初めの気皇拳を右に避け、次の気皇拳を左手で打ち落とす。
 そして三つ目の気皇拳を両手でガードしていた。
 だがそこに美空が飛び込んでくる。
 正拳をガードの上からたたき込むと、龍二の体をそのまま吹き飛ばした。
 パワー、スピード、気の扱い方、テクニック、拳に載せた気の量。どれをとっても申し
分のない一撃だった。
 水戸であれば、テクニックが足りない。
 芽依であれば、パワーが足りない。
 メイリンは、気の扱い方が不足していた。
 ノエルは全てを兼ね備えていたが、それでも今ひとつ気の量が足りなかった。
 もちろんそれぞれは、自分の特徴とするところに強い力を持つ。
 しかし全てにおいて美空は高いレベルを保つ。
 そして、いざ戦いという意味において、美空は心構えが違った。
 水戸は自らの力を示す為に。
 芽依はお金の為に。
 メイリンはお互いの技術を確かめる為に。
 ノエルは自身の存在意義を確かめる為に。
 戦っていた。
 だが美空は違う。
 勝つ為に、戦っている。
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