らくがき。 (04)
 メイリンの部屋を後にして、それからどうするか悩む。
 まだ仲間が少ない。出来ればもう少し誰かを引き入れたいところだった。
 とはいえ、この船の中に顔見知りなんて他にそうそういない。
 次の闘う芽依とは多少は顔見知りだが、こんな事を話せる相手ではない。
 彼女とは闘いたくなかったし、だから出来れば味方にくわえたかったけれど、しかし腹
を割って話せる相手かどうかはわからない。
 ……他に話せる相手がいるだろうか。ふと悩む。
 そして、龍二はすぐに歩き出した。
 味方になってくれるかどうかはわからない。むしろ敵対されてしまうのかもしれない。
 でも、もう他に話せるとしたら一人しかなかった。
 龍二は拳を握りしめる。
 そして彼女の、美空の部屋の前に立った。
 ドアをノックしてみる。
 少しの時間が空いてから、返答があった。
「ルームサービスなら頼んでないぞ」
 美空の声だった。
「違う。俺……大崎龍二だ」
「……龍二か。何のようだ」
「ちょっと話したい事があるんだ。聞いてくれないか?」
 龍二の言葉に、美空からはしばらく回答がない。だが少しの空白を置いてから、ゆっく
りとした声が聞こえた。
「告白でもしにきたか?」
「あほかっ!? なんで俺がいまこの状況で告白する必要があるんだ!?」
 思わずつっこみをいれていた。
「冗談だ。……でも、その否定のされ方は少々寂しいものがあるぞ」
 美空の声は、笑っているのか、憮然としているのか掴みづらいものだった。しかしすぐ
にいつもの声に戻って、ドア越しに話しかけてくる。
「いいぞ。入ってくれ。鍵はかけてない」
 その声に龍二は扉を開ける。
 しばらくぶりにみる、美空の顔だった。
「さて、大崎龍二。何をしにきた? 私がお前を恨んでいる事を知ってながらくるという
ことは、何か用事があるのだろう? まさかお茶を飲みにきた訳じゃあるまい」
 美空の声に、一瞬龍二は固まっていた。
 そうだ。忘れていたが、美空は俺の事を恨んでいたはずだ。心の中で呟いて、冷静を保
とうとして息をのみこむ。
 しかしそれでも龍二にとって、もう頼れそうなのは美空の他には誰もいない。
「美空。正直、俺はなんでお前に恨まれているのか、わからない。だけど謝ってすむこと
なら謝る。 だから、俺に力を貸して欲しい」
「……また唐突だな。許すつもりはないが、その顔をみていると真剣なようだ。話くらい
は聞こう」
 美空はふむと頷いて、それから龍二の顔をじっと見つめていた。
 龍二はしばらくためらいを見せるが、しかしそれも少しのこと。すぐにその口を開く。
「この大会を。……潰したい」
 龍二は想いをありたけ込めて、呟いた。
「どうした、大崎龍二? 熱でもでたか?」
 美空は龍二の額に手をあてると、ふむと小声で呟く。
「別に熱はないようだな。 しかしそれは本気でいっているのか?」
 どこか異世界の人でもみるかのような目で、龍二をじっとみつめていた。
 それが当然の反応なのかもしれない。この大会は大きな力が背後にある。
 それを潰そうだなんていうのは、まともな考えでは有り得ないかもしれない。
 それでも龍二は、美空から目を逸らさなかった。
「ああ、本気だ。俺はこの大会の事を今まで良く知らなかった。けど、こんな大会は闘い
を侮辱してる。敗者に鞭うつような真似を俺はしたくない」
 龍二は強い言葉を美空へと向けていた。
「敗者を鞭打つ……か」
 美空は呟くように告げると、龍二をじっと見つめていた。
「そうだな。この大会は確かにそういう大会だ。そして同時に勝者にも栄光よりも痛みを
残してしまう。この大会で勝ち進めるのは、そうした苦痛を感じない奴。ある意味で強い
奴らだ」
 美空は遠くを見つめるような目で虚空を見つめる。
 龍二は直接試合を見た訳ではないが、美空も一回戦を勝ち抜いている。美空には美空の
苦しみや辛さがあったのだろう。
 この闘いを勝ち抜けるのは、相手を貶めても平気でいられる精神力が必要となる。負け
れば地獄が待っており、勝てば自己へと責め苦がある。
 勝っても負けても辛さが残る大会なのだ。
「そうだな。でも俺はそんなのは認めない。そんなのは闘いを馬鹿にしてる。俺は格闘家
と言えるほどの存在じゃない。それでも、二人で拳を交える事に意味がある事は知ってい
る。だから、こんな大会を主催してる奴らに一泡吹かせてやりたいんだ」
 龍二の言葉に、美空は大きく溜息をついた。
「まぁ、気持ちはわからなくもない」
 美空はどちらかというと関心のなさそうな声で告げていた。
「でも、実質、大崎龍二と私が動いたとして、この大会をつぶせるか? いや、無理だな。
せいぜい反乱分子として処分されるのが関の山だろう」
「……俺だけじゃない。他にも協力してくれる人はいる」
「武士の事か? そうだな。あいつなら暇つぶしにとかいいそうだ。でも、私は正直無茶
な事はしたくない。そもそも傷つきたくなければ優勝すればいい。傷つけたくなければ、
負ければいい。それだけのことだ」
 美空の言葉に、もう龍二は一言も続けられなかった。
 美空の言うことは正しい。
 だけど、どこかで美空は力を貸してくれる。そう信じていたのかもしれない。
 それは勝手な想像だ。そもそも龍二は美空の事を知らなかった。どこかで時間が崩れて、
美空と龍二は知り合いだという事に変わっている。それでも美空と龍二は近しい関係では
なかったはずなのに。
 いつのまにか、龍二の中で美空という存在が近付いていた。
 それは恋とか愛とかいう甘い感情ではなかったけれど、確かに傍にあるように感じてい
たのだ。
 だけど、いまは何も言えなかった。龍二は無言のまま立ち上がる。
「……悪かったな。この話は聞かなかった事にしてくれ」
 龍二は呟いて背を向ける。
 どこか寂しさと切なさと悔しさが同居したかのような顔を浮かべて。
 美空は何も答えなかった。ただ、静かに時間だけが過ぎていく。
 そして龍二はそのまま美空の部屋を後にした。



 その後、どこをどう歩いたのかはわからない。
 いつのまにかデッキへとでていた。大会場のある場所からは離れた場所の為か、人気は
全くない。
 潮風がどこか染みるような気がする。
 それと同時に、どこからか澄んだ音が聞こえていた。
 それは笛の音だろうか。なんとなく気になって、そちらへと歩き出す。
 少年、だろうか。
 整った顔の、ジャリーズ事務所にでもいそうな端麗な少年。彼が壁にもたれかかって横
笛を吹いていた。
 龍二は思わず彼に見入ってしまう。
 変な意味でなく、純粋に綺麗な奴だと思えていた。
「僕に何か用?」
 少年はふと笛を吹くのをやめて訊ねかけてくる。
 龍二は驚いた顔をして、それからゆっくりと答える。
「いや……。こんなところで笛の音がしたから、何かと思ってな。悪い、邪魔したな」
「ふぅん。いいけどね。それより、君。大崎龍二くんだね?」
 少年はふと龍二の名前を呼んでいた。
「俺のこと、知ってるのか?」
「まぁね。君は有名だし、試合もみたしね。 なかなかの腕前だったね」
 少年は笛を布で拭うと、にっこりと微笑みかけていた。
「いや、それほどでも」
「まぁ、僕には及ばないけどね」
「え?」
 龍二は思わず聞き返していた。
 僕には及ばないけど。龍二がその言葉の意味を理解するまでに、たっぷり数瞬は掛かっ
たと思われる。
 彼はどちらかというと華奢な方で、どうみても闘いをやるようには見えない。腕など折
れそうなほどに細いし、これなら美空の方がよほどがっしりとしている。
 しかしそんな内心を知ってか、少年は口元に笑みを浮かべていた。
「僕が格闘をやるようには見えないかい? まぁ、よくいわれるけどね。でも、それをい
うなら芽依だってそうだしね」
 確かにその通りだった。
 芽依も見た目は完全にお子様で、とても闘うようには思えない。
 しかし彼女の場合は、人形達に囲まれているせいか、なんとなく納得してしまったのだ。
 それは芽依自身が闘うというよりも、芽依の操る人形達が闘うからというイメージがあっ
たのかもしれない。しかし実際には近接すれば芽依自身も拳や蹴りを繰り出していく。
 そして気を操る闘いにおいては見た目の筋肉などには左右されない。芽依のような女の
子が、そして目の前のこの華奢な少年の方が、龍二や、あるいは水戸のような男よりも大
きな攻撃力を持っているという事もあり得るのだ。
「どちらにしろ君には負けないよ。次の三回戦、僕は君と当たる事になるだろう。そして
その時、勝つのは僕だ」
 少年は落ち着いた、しかしどこか勝ち誇るような声で呟いていた。
「三回戦って、まだ二回戦も終わっていないじゃないか」
「結果は分かっている。芽依じゃ君には勝てない。君は芽依に苦戦する事になるだろうけ
ど、結局は君が勝つ」
「予言じみた事を言うんだな」
「予言じゃない。純粋にデータを比較した結果さ。ついでに言うなら二回戦の僕の相手は、
大した相手じゃない。君が一回戦で倒したメイリンや、芽依の相手である水戸の方がよほ
どマシな相手だしね。たまたま闘う相手の相性が良かっただけの奴だ。僕の相手じゃない」
「それだけ大見得きっておいて、負けたら笑うぜ。俺は」
「有り得ないから心配する必要はない。それよりも、僕と闘う時の事を考えておいた方が
いい。まぁ、どうせ勝てないのだから同じ事だけれど」
 少年はそこまで言い放つと、再び笛を手にしていた。
 レの音を奏でると、少年はふっと笑みを零す。
「俺はお前には負けねえよ」
「ふふ。なら、戦える事を楽しみにしているよ。油断しすぎて芽依に負けたりしないよう
にね」
 少年はそれだけ呟いて、それから背を向けていた。
 結局、あれから何も進展はなかった。メイリンも特にはこれという情報を掴めなかった
らしい。
 そのまま日は暮れ、朝日が昇る。
 龍二は二回戦に勝ち進んでいる。闘わない訳にはいかない。船の上だから逃げ出す場も
ないし、仮に隠れていたとしたら、罰ゲームは龍二ではなく、家族の身に降りかかるだろ
う。それではこの大会を潰そうとする意味がない。
 この大会を無くす為には、闘わなければならない。
 龍二は女性と闘いたくはないと思っている。今までは、そんな機会があっても軽やかに
逃げてきた。
 でも今回は逃げる訳にはいかない。
 芽依は女性というだけでなく、子供でもある。もちろん龍二とて大人から見れば子供の
域かもしれないが、芽依は恐らくは中学生くらいだろう。
 あまり闘いたい相手ではない。
 でも、闘わないといけない。
 そして闘うからには、力を尽くさざるを得ないだろう。
 いかに冒涜した大会であるとはいっても、闘う相手とは真剣にまみえるべきだから。
 龍二は拳をぎゅっと握りしめた。
「さぁ、二回戦第一試合は気皇拳の大崎龍二VS人形マスター 矢武芽依。どちらが勝つ
か注目の一戦です」
 実況が告げる。その声と共に龍二は会場へと向かった。
「よう」
 目の前に見えた芽依に手を挙げる。
「あんたがあの大崎龍二だなんて、知らなかったよっ。たく、そーと知ってたら、あの時、
もっと痛めつけておいたのに」
 芽依はぶつぶつと怖いことを言っていた。
「まてっ、試合外のところで戦うなっ!?」
「だって、あんた優勝候補だし。あたしはただの小娘だし。あの時いためつけといたら、
もうちょっと有利になったかもしれないし。あ、でも、あたしが勝つからっ」
「お。なかなかの自信だな」
「だって罰ゲーム受けたくないし。あ、そだ。そーいう訳で、あたしの為に負けてっ?」
「負けるかっ!? 八百長だろ、それっ」
「だってあたしが勝つと、あたしの掛け率からすると、百円が十万円になんだよっ。うわ、
あたし万馬券どころじゃねーっ。それはそれでむかつくっ。でも、自分に二百円かけたか
ら、勝てば二十万もっ。……あ、そうだ。ほら、それでジュースおごったげるから負けてっ
!?」
「ジュースの為に負けるかぁっ。ってか、この会話、審判にまる聞こえだろっ」
「ち。だめか。じゃ、しょーがない。実力で打ち負かすだけねっ。いくわよっ。皆の衆っ」
『がってんしょーちの介っ』
 人形達が芽依の言葉に応えて、わらわらと動き出す。
「まだ試合始まってないだろ!?」
「戦ってるのは私じゃないし。彼らが勝手にやってるだけ〜」
「そんな言い訳通じるかぁ!? つか、いま、命令してたろ!?」
 龍二は思わず叫ぶと、おおきく溜息をついていた。
「もー、男の癖に細かいなっ。ぐだぐだ言うなっ。とにかく負けろっ」
「無茶苦茶いうなっ!?」
 龍二は大声で張り上げる。
 そして、それと同時に審判が声を高らかに叫ぶ。
「それでは、龍二VS芽依。ファイトッ!」
「ああっ、はじまっちゃった。えーっい、皆のもの、かかれっ」
『がってんしょーちっ』
 人形達がわらわらと龍二を取り囲んでいく。
「くるかっ」
 龍二は警戒して、さっと人形達を睨みつける。
『よし、太郎。そっちからだ』
『たーぼっ、お前は→↑→強P弱Pな』
『つまり必殺、どりるぱんちだ!』
 わらわらと人形達が好き勝手な事を言っていた。
「ち、うぜえっ。まとめて倒してやる!」
 龍二は大きく叫ぶと、右手に気を貯めていく。
「気皇震地掌!」
 地面を一気に殴りつけていた。がんっ、と強い衝撃と共に地面が揺れる。
『わわわわっっっ!?』
 人形達が慌てた声を上げていた。
 しかしその瞬間、さっと影が走る。
「あまーいっ。人形だけがあたしの技じゃない!」
 芽依は今の技から空中に飛び逃れていた。
 そのまま龍二へと飛び込むように蹴りつける。
 がっ、激しい音が響く。
 だが、その攻撃は止みはしない。蹴りっ、殴りっ、蹴りっ、蹴りっ蹴りっ。
 連続して芽依の攻撃を龍二は受けていく。
「ぐっ!?」
 龍二はまともに技を喰らっていた。
 がっ。最後の一撃が龍二を捉える。
 見事な連携技が決まっていた。
「決まった!」
 芽依がふっとポーズをとっている。決めポーズなのだろうか。
「……決まったけど、ぜんぜん効いてないけどな」
 しかし龍二は何事も無かったように仁王立ちだった。
「ええっ。私のまっはらっしゅ! が効かないなんて!」
 どうやらそういう技らしい。
「見た目通り、打撃力ないな。お前」
「くぅぅ。なら、くまくま大冒険!」
 あの時使った、くまが空から振ってくる技だ。龍二は慌ててその場を飛び退く。
 そして。がんっ。と鈍い衝撃が走った。
 下からウサギが跳ね上がっていた。
「いっ、いまっくまくま大冒険だって言っただろ!?」
「何のことっ。ちゃんと『うさぴょん、大はっする』っていったわよっ」
「いってねぇ!? 聞いたことないしっ!?」
「じゃあ、いくわよっ。『うさぴょん、大はっする』!」
 こんどはくまが空から振ってきていた。
「くっ」
 龍二はそれを何とか避ける。
 しかし龍二も普通であれば、こんな言葉のマジックにひっかかったりはしない。だが気
を使うに当たっては、技の名前を叫ぶ事は重要な要素の一つなのだ。
 もちろんないと発動しない訳ではないのだが、よりスムーズに気の流れを生み出す事が
出来る。精神的なものなのだろう。実際、気の技を使う時に叫ばない人もいるし、技によっ
ても違う。
 だがそれはすなわち違う技の名前を叫びつつ、技を繰り出すという人がかなりの難易度
に当たる事を記していた。全く違う技を覚えるに等しいものがある。
 もともと物を操る気は相性もあるが難しい技だ。芽依は確かに打撃力はないが、気の扱
いにかけてはかなり長けているといえた。
 それはこの豊富な技の数が物語っている。
 もともと人形を操るというだけでも、人形との相性と並ではない気の練達が必要だった。
それは彼女の打撃力の無さを補って余りある。いくら打撃力がないとはいっても、あるい
は龍二が打たれ強いとはいっても、全ての芽依の攻撃を無効化できる訳ではない。
「あたしの技はあまり効かないみたいだけどっ、下手な鉄砲もかずうちゃあたるっ。おま
えのかーさんでべそーっ」
「ぜんぜん関係ないし!?」
 芽依の言葉は、全く脈略がなかった。
「精神攻撃よっ」
「ただの挑発だろ、それっ!?」
「ちなみに、大+中+小ボタン同時で発動ねっ」
「それ格闘ゲームやってないと、わかんねぇよ!?」
「まぁ、こんな小説読んでる人はきっとやってるわよっ。ねー、みなさん?」
「って、意味わかんねぇし、読者に話しかけるなぁ!? なんかお前と闘っているシーン
だけ、話の雰囲気かわってるぞ、おい!?」
「ふふふっ。私の精神攻撃にかかったのよっ」
「くっ。しまったっ。って、いうわけあるかぁ!?」
 龍二は思わず裏手でつっこみをいれていた。
「ふっ。お遊びはここまでっ。さぁ、皆の衆っ。龍二をぼこぼこにするのだーっ」
『合点承知っ』
 芽依の一言に人形達が、突然動きを早めていく。
「ち。こうなったら、その人形どもを全員動きを止めてやるっ」
 龍二は構えをとり、そして人形のうち一人に向けて一気に走り抜ける。
『ああっ、たーぼっ。狙われてるぞっ』
『わわわっ。ど、どうしよう〜』
 人形が何かいっていたが、無視する事にする。
 がんっ。と激しい音が響く。
 龍二の蹴りが人形の一人を吹き飛ばしていた。
『ぐはー、やられたー。おかあさーん』
 人形が何か叫んでいた。
 ……とても、よくわからない世界だった。
 しかし確かに人形達にも龍二の攻撃は効いていた。すなわち人形を全てたたきつぶせば、
芽依の攻撃手段は無くなるということだ。
 龍二は出来れば女の子を殴りたくはない。
 降参してくれれば、それがいい。
 ただ、そうした時、彼女に罰ゲームを受けさせなければならない事が、どこか龍二の心
の中にひっかかっていた。
「ああっ、人形を攻撃するなんて、ひどいっ。おにっ。あくまっ。ぶさいくっ。しねっ」
「ぶさいく関係ねぇ!? つか、死ねいうな!?」
 龍二は呟きながらも、人形に向かって突進していく。
 人形達が慌てて身構えて、龍二に向けて一斉に飛びかかっていた。
 どうやらこの人形達は、やはり意志をもっているらしい。芽依が指示する事がなくとも
攻撃する事が可能なようだった。
 逆にいえばうまく芽依の指示がなければ、人形達は咄嗟に自分で判断する。しかし所詮、
人形は人形だ。さほど高等な判断が出来る訳ではなかった。
「あっ、また攻撃するっ。太助っ、右展開っ。くまごろうは、ジャンプ!」
 芽依の指示が飛んでいた。
 どうやら思うだけで操る事は出来ないようだった。
 龍二の勝機は、ここにあるように思えた。
「なら、一気に片づけてやる。くらえっ、超気皇拳!」
 両手を引いた形から、巨大な気の塊が生まれていた。
 そしてメイリンとの戦いの時とは違い、一瞬のうちに解き放たれる。
 これが本当の超気皇拳だった。メイリンの時にはこの技はむしろ見せ技として使ってい
たが、実際には気皇拳とほぼ同じタイミングで繰り出す事が出来る。
「わわわっ。太助っ、左、もっと左っ、くまごろうは上っ。えっと、うさぴょんは……間
に合わない!?」
 芽依の指示は全ての人形達には届かない。
 人形達もそれぞれなんとか避けようとはしていたが、全ての人形が避けるという訳には
いかなかった。
 ずうんっ。鈍い爆発音のようなものが響き、気の塊が人形のいくつかを包み込んでいく。
『ぐわーっ、やられたー。おやぶん、後はまかせたーっ』
 人形の声が響いていた。
 やられたわりには、どこか余裕のある叫び声なのが気になったが、元が気を与えられて
動いている人形だけに、人とはちょっと違うのかもしれない。
「ああっ、なんてことを」
 芽依が慌てて人形達にかけよるが、ぴくぴくと手足を揺らしているだけだ。
「頼りの人形も、もはや形無しだな。 ……降参したらどうだ?」
「くっ。だれが降参なんかするもんかっ。こうなったら、みてろっ。最終奥義をみせてや
るんだからっ」
 芽依が叫ぶ。
 その瞬間、残った人形達が芽依のまわりへと集まり始めていた。
「なんだそれ?」
 思わず龍二は訊ねる。
 芽依はにやりと頬をゆるませて、それから龍二の方へと拳を突き出す。
「これこそ私の超必殺技、ドールクロスっ。これをまとったら私の攻撃力防御力敏捷性す
べて3倍にアップなのよっ!」
「三倍にアップしてもゼロはゼロだろ?」
「むかっ。まじころす、いまころすっ。謝るなら今のうちだからね。そしたら半殺しで許
してあげようっ」
 そういいつつ、芽依は尽きだした拳を軽くひく。腕についた熊のぬいぐるみが、軽く震
える。
「ろけっとくまーっ!」
 なにやら叫んでいた。
 くまが手から吹き飛んでいく。
「うわっ!」
 慌てて龍二はくまを避ける。
「てめぇっ。ぜんぜん許す気ねぇだろ!?」
「もちろんっ。かかってきなさい!」
「いわれなくてもっ!」
 龍二は芽依へと向かって駆けだしていく。
 その瞬間。
 がんっ、と頭の後から強い衝撃を感じていた。
「……っ!?」
 振り返ると、くまがよたよたと芽依の方へと歩いている。
「あ、ちなみにろけっとくまは自動で戻ってくるから」
 芽依は何事もないように告げていた。
「ああっ。もうっ。お前のよくわからん攻撃にはもう飽きたっ。いいかげん、決着をつけ
させてもらうぞっ!」
 龍二はぐっと拳に力を入れる。
 気が拳に充填されてきていた。
「望むところよっ。ドールアーマーの威力みせてあげるからっ」
「さっきドールクロスいってただろ!?」
「細かいことはどうでもいいのっ。うなれっ、モビルドール!」
「また名前違ってる!?」
 龍二のつっこみを余所に、芽依の人形達の目がかっと光る。
 ちょっと怖い。
 だがそんな龍二の感想とは別に、芽依のスピードが何故か極端にアップしていた。
 しゅっと、一瞬のうちに龍二の背中側に回り込んでいた。
「っ、速いっ」

 だが龍二も負けてはいない。なんとか振り返ると、芽依のパンチを右手で払う。
 そのまま腹部の人形に向けて、拳を繰り出した。
 しかし芽依は身を回転させて龍二の一撃を避けると、そのまま龍二の頭部へと跳び蹴り
を喰らわしていた。
「ぐっ……」
 呻きを漏らす。
 パワーは相変わらずさほどないが、スピードに翻弄されていた。
 だが本来であれば龍二が対応できない速さでもない。
 芽依は強敵ではあったが、本気で闘えば決して勝てない相手ではなかった。
 龍二の心の中にある、彼女を傷つけたくないという気持ちがなかったとすれば。
 芽依の攻撃は威力はないものの、着実に龍二を捉えていた。そして少しずつ龍二の体力
を削り取っていく。
 いかにダメージは少ないとはいえど、多数の攻撃を受けていけばいつかは倒れてしまう。
現に今も龍二の体に傷痕が増えていた。
「このまま一気にいっちゃうからっ。覚悟しといて!」
「く、くそっ」
 芽依の攻撃に龍二は対処する事も出来ずに、右往左往するばかりだった。
(このまま俺はやられるのか……)
 龍二は歯を食いしばる。目の前にいた芽依に向けて一撃を放つが、しかし瞬時にして攻
撃は避けられていた。
「その程度の攻撃じゃあたしは捉えられないっ。さぁ、とどめ、いくよっ。必殺まっはらっ
しゅでるた!」
 芽依の両手が大きく空へ向けられていた。
 その瞬間だった。龍二の目に一人の少女の姿が映った。
 観客席からじっとみつめていたその姿は、龍二も知っている顔。
 美空の姿だった。
 美空は龍二をじっと見つめていた。
 何かを告げるように。強い意志を投げかけている。
 同時に龍二はぎゅっと拳を握りしめていた。
 芽依が怒濤の攻撃をしかけくる。
 右手が龍二の頬を捉える。
 いや、捉えたかのようにみえた。
 しかしその瞬間には龍二の姿がかき消えていた。
「ど、どこに!?」
 芽依が慌てて辺りを見回していく。
「どこをみているんだ?」
 龍二の声は芽依の後から聞こえていた。
 慌てて芽依は振り返るが、もはや遅い。
 龍二の渾身の拳が芽依に向けて解き放たれる。
「わわわわわっっ!?」
 芽依は慌てた声を上げていた。ドールクロス?のおかげか、さほどダメージを受けた様
子はない。
 しかし人形のうちいくつかがはがれ、芽依本人の大部分はすでに露出している事になる。
「一瞬のうちに移動するなんてっ。反則っ。いまの無しっ。却下!」
「悪いが、俺には俺の目的がある。ここで負ける訳にはいかないんだ」
 龍二は呟くと、拳をまっすぐに向ける。
「くぅっっ。気をまとうことによる超高速移動術か。一瞬、残像が残るから移動した事に
気が付かせない。鋭い技もってんじゃないっ」
「……よくわかったな」
 芽依の言葉に龍二は感嘆の声を漏らす。
 確かに芽依の言う通りだった。
 この技は気を一気に放出させる事によって超高速で動く技だ。
 この技そのもので攻撃する事はできないが、相手を攪乱し攻撃する事が出来る。不意を
つけば通常のパンチキックでも十分にダメージを与えられる。
 通常、気を操るものは気による直接攻撃か、攻撃力・防御力の増加に努めやすい。この
ような移動しか出来ない技はむしろ珍しく、それゆえになかなか正体を暴くのは難しいは
ずだった。
 だが芽依は多数の技を習得している気の使い手だ。だからこそ、それだけの力を持って
いるのかもしれない。
「でも、その手の技を使えるのがあんただけとは思わないことねっ。いくよっ」
 芽依が叫ぶ。
 恐らくはこの攻防が最後になる。龍二は何となくそれを感じていた。
 芽依が手をさっと振るった。
 芽依も使えるという移動術を使おうというのだろうか。
 龍二は意識を芽依に完全に集中させていた。
 その瞬間。
 がんっと背中から一撃を受ける。
「な!?」
 芽依はその場から全く動いていない。いまも目の前に立っている。
 その瞬間、背中からくまのぬいぐるみが、てとてとと歩いていた。
「いまだっ」
 芽依が一気に駆け出していた。
 龍二は反応が僅かに遅れる。
「必殺まっはらっしゅぷらす!」
 芽依の乱舞系連続技が龍二を確かに捉えていた。
 芽依の拳が龍二の顔面に入る。その反動で震えた龍二の足元をローキックが捉えていた。
崩れだしたところに胸に、腕に、足に全身に満遍なく一撃を食らわしていく。
 以前に受けた「まっはらっしゅ」よりも、確実に手数が多く一撃の威力も増していた。
 気を使うこの手の乱舞技は一度入ってしまうと、まず脱出は不可能だった。それは人間
の肉体的にどうしても出来てしまう隙をつく技になっているからだ。いかに龍二とて、そ
れは例外ではない。殆ど為す術もなく翻弄されていくだけだ。
 唯一例外があるとすると、最初の一撃の入り方が甘かった為、途中で吹き出すようには
じき出される場合のみ。しかしそれは技の受け手の方で対応出来る問題ではなかった。
「てーーーーいっ。とやーっ」
 芽依のラッシュが完全に決まっていた。
「ぐ……」
 さすがの龍二も、これだけのラッシュを受ければただでは済まない。足下がもはやおぼ
さかない。
 しかしそれでも倒れずにいられたのは、龍二の体力の高さを示すものかもしれなかった。
 あるいはここで追い打ちをかければ芽依の勝利もあっただろう。
 ただ芽依自身も続けて大技を使ったばかりで、すぐに追撃できるほどの気が残っていな
かった。
 龍二は顔をふるって、なんとか体勢を整える。
 芽依もぜいぜいと荒い息を吐き出しながらも、ふっと微笑んでいた。それは半ば勝利を
確信した笑み。
 確かにあと一、二撃与えれば龍二は倒れるかもしれない。極端なまでに体力が削りきら
れていた。
 しかしまだ負けが決まった訳ではない。
 殴られ続けていたが、その分、気は溜まっている。
 気を使った攻撃を受けると、その気が相手へと移る。その為に気を使った攻撃を受けた
方は、それだけ気を溜めていくのだ。
 だからいま龍二には体力は無いに等しいが、どんな技も自由に使えるほど気がみなぎっ
ている。
 ぎゅっと拳を握りしめた。
「ふふっ。もうあたしの勝ちは決まったようなものっ。優勝候補を二人も破ったとなれば、
あたしの実力も証明されるっ。と、いうわけで、大人しく負けてっ!」
「誰が負けるかっ」
 芽依の言葉に龍二は強く叫んでいた。
 負けたくない。負けられない。
 美空がこちらをみていた。
 美空の目が告げていた。
 大会をつぶしたいなどと大きな事をいうのなら、ためらいは禁忌のはずだった。
 いまここで芽依に負けてしまったのなら、大会の奥深くに入り込む事は不可能だろう。
それにここでためらうのなら、いざという時にも迷いは生まれてしまう。
 戦うしかない。迷いを振り払って。
「芽依っ。悪いがここは勝たせてもらう」
 龍二は強い言葉で告げていた。
 龍二は手に力を入れていた。
 そしてその瞬間、通常の気皇弾が連続して放たれる。
 気の塊は、三つの弾となって芽依に襲いかかった。
 だがいかに連続しているからといっても、単発の技に当たるほど芽依も間が抜けてはい
ない。
「甘いあまーーーいっ」
 芽依は叫びながら、その弾を避ける。
 だが。
「悪いが、負けてくれっ。気皇連弾!」
 龍二は再び気を練り集める。
 先程とは違う。三つなどではなく、それこそ無数とも思える気の数が芽依へと襲いかかっ
ていた。
「ななななっ。ぬいぐるみしーるどっ」
 芽依が叫ぶ。人形の中でも特にぶあついぬいぐるみ達が集まって、芽依をカバーしてい
く。
「無駄だっ。気皇連弾はその程度では防げないっ」
 龍二の放った弾は、芽依のぬいぐるみをことごとくはじき飛ばしていく。
「わわわわっ、さ、避けるっ」
 芽依はなんとか身を翻そうとするが、しかし避けきれない。
 ぐうんっ。と大きな鈍い音と共に、芽依を貫いていた。
 もくもくと煙があがる。
 そして煙が落ち着いてくると、その中からあちこちを傷つけた芽依の姿が見えるた。
 服のあちこちが焼け焦げ、満身創痍という言葉が本当に似合う。
 胸が痛んだ。芽依はまだ幼さも残した少女だ。それを傷つけた事に、辛さも感じている。
 それでも勝つしかない。
 龍二の目的の為には、いまここで表舞台から降りる訳にはいかなった。
「……もう……だめだぁ……」
 芽依はぽつりと呟いて、そのまま崩れ落ちる。
 慌てて龍二は芽依を支えるが、どうやら意識を失っているようだった。
 だが命には別状はない。ほっと息を吐き出していた。怪我もぬいぐるみで防いだおかげ
か、殆どないようだ。
 ただ、これで終わりではない。罰ゲームがある。
 願わくば芽依に科せられる罰ゲームが、きついものでない事を願うまでだ。
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