らくがき。 (03)
「で、なんでこんなところにいるの? 荷物もあるし。まさかまだ部屋に入ってないわけ?」
 メイリンは龍二をじっと見つめて、それからくすっと微笑む。
「そのまさかだよ。ちょっと何かよくわからない事に巻き込まれてね。ちょうどよかった。
案内してくれないか?」
「黒服はどうしたの?」
「人形娘を追いかけていった」
「人形娘って……芽依のことか。あの子もこの大会に出てるのね。いやな子が現れたわね」
 メイリンは腕を組みながら、少し眉を寄せる。
「知ってるのか?」
 龍二は思わず目を見開いて訊ねていた。龍二は彼女のことを全く聞いた事がなかったし、
そもそも姿だけみれば格闘家にはほど遠いと思う。
「ま、ちょっとね。あの子、格闘大会荒らしって呼ばれているのよ」
「あいつ。そんなに強いのか!?」
 人は見た目によらないとはいうが、そこまでの実力を持っているとは思いもしなかった。
 だがメイリンはゆっくりと告げていた。
「ううん。大会の備品とか何とかを、しれっと懐にいれるから」
「本気で荒らしかぁっっっ!?」
 なんだか叫んでいて寂しくなってきていた。
「でも、あの子の実力は確かよ。ある大会では決勝まで残った事もあるわ。私はその大会
には出ていなかったから、直接闘った事はないんだけどね。要注意人物のうちの一人ね」
 メイリンはくすっと笑みを浮かべて、それから龍二をじっと見つめる。
「けど、やっぱり貴方が一番の要注意人物ね。私は貴方に勝たなきゃ先もないし。大会の
中でも注目されているわよ」
 メイリンは拳をぎゅっと握りしめて、そのから龍二の胸に向けてぽんと当てる。
 しかしそれだけでも見た目によらぬメイリンの鍛えられた体がはっきりとわかった。
「さて。こんなところにいるのも何だし。部屋にいきましょ。場所がわからないなら、案
内するわよ」
「……頼む」
 龍二はぼそりと呟くと、少し複雑な気持ちにかられていた。
 メイリンはいい奴だと思う。そして闘うだけの価値がある相手だとも思う。見た目はと
もかく足運び一つとってみても、隙がない。
 だが。この闘いは敗者には手痛い罰ゲームが与えられるという。
 それがどんなものかは分からないが、メイリンと闘う事になれば、そして勝てば相手を
陥れる事になる。
 しかし手を抜くわけにもいかない。それは負ければ自分が罰ゲームの対象となってしま
う事もあるが、それ以上に格闘家として全力をもって相手に闘うのが礼というものだった。
 これでメイリンが嫌な奴であれば、遠慮する事もなかったかもしれない。
 だが現実、そうではない。
 いろんな想いを重ね合わせながら、龍二はメイリンをじっと見つめていた。
 これから闘う相手。友人とは言えなかったけれど、いくつか言葉を交わして、少しは親
しみが湧いてきている相手。
 ぎゅっと拳を握りしめる。
「あら、やだ。そんなに見つめて。私、美人?」
 メイリンはぽっと頬を赤らめて、もじもじとしていた。
 いや、そんな振りをしているだけであろうが。
「違うわぁっ!?」
「あは。龍二くんってば、照れてるのね。かわいい」
「いっぺん死ぬか、コラァ!?」
 龍二は、はぁはぁと荒い息をつきながらも、内心ではこの会話を楽しんでいた。
 ただそれは余計に闘わなければならない、という事実を重くさせていく。




「さて、それではグローリープレイ。一回戦第二試合は気皇拳の大崎龍二 VS 邪活明
峰拳のメイリン。どちらも優勝候補の一人に数えられてるもの同士が早くも対決となりま
す」
 実況の声が鳴り響くと同時に、『おおおおおー!!』と歓声が飛ぶ。
 優勝候補扱いされてたのか、とぼつりと龍二は呟いていた。
 だが実際には龍二は気はつい最近まで使えなかったし、格闘家としてもそれほどの力で
はない。ただ祖父が有名な格闘家であるというだけだった。
 メイリンの力がどれほどのものかはわからないが、易々と勝てるとは思えなかった。
 龍二はいま自分が何のために闘っているのかは、よくわからない。もはやここで負けて
も罰ゲームが待っているだけで、闘う初めの理由は失ってしまった。
 それでも、負けたくないと思う。
 闘う理由もなく闘う。ただ闘う為に。
 それは龍二の望むところではない。龍二は大きな大会などにも殆どでた事はなかった。
 自分を鍛える手段として龍二は格闘を学んできた。その力を試してみたいという気持ち
もある。
 だがそれ以上に、ずぼらな性格が大会などに参加しようという気を無くさせていた。
 その龍二が、いま家族を守る為に大会に出場していた。もっともそこに陥れたのも家族
だったが。
「俺らしくないな。……それでも、俺は負けない。負けたくない。やるからには、勝つ」
 龍二は呟いて会場へと向かっていた。
 そして四角い格闘場の、向こう側の入り口からメイリンの姿が見えた。
 ぱちん、とウィンクをして。それからメイリンは、リングの上にあがっていた。
 チャイナドレス姿の、麗しい女性。もといおかまがそこにあった。
「よう、武士」
「……それはいやがらせ? いやがらせ? 闘う前の心理攻撃?」
「いや、タダの挨拶だ」
「いやぁっ。メイリンって呼んでっっ」
 メイリンは身をくねくねさせながら、それから懐からセンスを取り出していた。シンプ
ルなあまり飾り気のない黒いセンスには、一匹だけ蝶の絵が描かれている。
「でも。まぁ、これから闘うのに名前は必要ないわ。貴方には負けない。覚悟しておいて
ね」
「そうだな。武士も負けても恨むなよ」
「いゃぁっ。武士って呼ばないでーっ」
「……いま名前なんて必要ないって言わなかったか?」
「いやん。そこは、お・と・め・ご・こ・ろ」
「男だろーが、お前はあっっっ」
 そんな漫才を繰り広げている中。
 実況のアナウンスが入る。
「それでは、これより第二回戦。龍二VSメイリンを開始しますっ」
 もういちど会場が歓声に包まれる。
 そして審判が前へと歩み寄った。いよいよ、本当の開始だ。
「はじめっ」
 審判の挨拶と共に、龍二は一気に駆けだしていた。
 右手にはすでに気をまとって光り輝いている。龍二の使う気皇拳は、気の力をそのまま
拳や蹴りに載せ、威力を絶大化させるのが基本だ。
 その気の載せ方によっては、先のような地揺れを起こしたりする事も出来るし、気その
ものを飛ばす事も出来る。
 そして右手に載せた気は、まさに絶大な威力を感じさせた。
「先手必勝っ!」
 龍二は声と共に右手をメイリンへとたたき込む。
 だかメイリンも素直にそれを受けたりはしない。
 後へと飛び退くと、手にしていたセンスを龍二へと飛ばしていた。
「扇よっ、飛びなさいっ。邪活飛扇拳」
 メイリンが叫ぶと、扇がまるで飛び道具か何かのように回転しながら龍二へとお襲いか
かる。
「ちっ」

 龍二は左へと駆ける方向を変える。ついさきほどまで龍二がいた場所を扇が、さぁっと
流れていく。
 その扇は再びくるくると回って、メイリンの手元へと戻っていた。
「よく避けたわね。この扇、鉄パイプでもまっぷたつにするから、当たったら痛いわよ!」
「マジかよ!?」
 龍二は叫ぶと、再び手に気を宿す。
 だがこんどの気は先の物とは違った。
 気は手の平の中でぐるぐると練り上がっていく。
「くらえっ。気皇弾!」
 龍二はその両の拳をあて、まるで龍の口のように開くと、そのまま一気にメイリンへと
向ける。
 あの時、美空が使ったものと同じ技だ。
 そして同じ龍二の祖父から習った技。
 まさかこうして同じ技を使う事になるとは思っていなかった。初めてみた時には何がな
んだかわからなかった。
 時間がずれているのか。記憶が崩れているのか。
 それとも世界がおかしくなったのか。
 この不整合だらけの運命の中で、龍二はそれでも未来を勝ち取ろうと願う。
 光が放たれる。
 気の塊はメイリンを捉えた!
 いや、その思えた瞬間。メイリンは手にした扇を自らも回転しながら振り払う。
「烈扇消!」
 どうやら気を遣った防御術らしい。扇の軌跡が気皇弾をかき消していく。
「なかなかやるわねっ。さすがは私の永遠のライバルっ」
「いつからそうなったよ! いつから!」
「やぁね。細かい事いわないで。乙女はいつも気まぐれなのよ」
「おかまだろーが!」
「いやぁっっ。おかまって言わないでーっ」
 賑やかに騒ぎながらも、お互いの技が繰り広げられていく。
 一進一退。二人の実力は、ほぼ均衡していた。逆にいえば少しでもバランスが崩れた瞬
間に、一気に決着がつく可能性もある。
 しかしお互いに打つ手が無くなってきていた。
「こうなったら、あれをやるしかないか」
 龍二はぽつりと呟く。そして両手を大きく掲げた。
 掲げた手の中に、一気に気が練り込まれていた。
 空中に巨大な輝く気の球が浮かび上がってくる。それは人間一人そのまま乗り込めそう
なほどの大きさだ。
「この超気皇弾なら、避ける事は出来ないだろ!? いまのうちに降参しておいた方がい
いんじゃないか?」
 龍二はにやりと微笑む。
 確かにこれだけ巨大な弾が、猛スピードで襲いかかってくるとなるとそう簡単には避け
られそうにはない。
 もっともそれは普通の人であればの話だ。メイリンとて気の使い手である。そう簡単に
受けるはずはなかった。
 メイリンはにやりと笑う。
「へぇ。それが龍二くんの超必殺技かしら? でも、それじゃあ私のはぁとは打ち砕けな
いわよ?」
「ハートって、いまそこだけ何か妙な発音じゃなかったか?」
「きのせいよ。まぁ、とにかく。やれるものなら、やってみてごらんなさい。でもその瞬
間、私が打ち砕くけどね!」
 メイリンは、ぎゅっと拳を握りしめる。
「それはどうかなっ。超気皇弾!」
 龍二は頭上の気をメイリンへと向けて解き放つ。
 さぁっと風が吹いた。超気皇弾の熱が同時に風を起こしているのだ。
 そして空気が揺らぐ。夏の日などに見受けられる陽炎現象が起きていた。
 ざぁぁぁっと激しく音を鳴らし、メイリンを捉えようとする。
「あまい。あまいわよ、龍二くん。確かにすごい威力だけど、これ単発で当たるほど私は
鈍くないっ」
 メイリンの体がぶれていた。
 いや、あまりに高速に動いたために残像が残っていたのだ。
 瞬時のうちにメイリンの姿が龍二の背中側へと移る。
「龍二くんっ、背中ががら空きよっ」
 いいながらメイリンの渾身の一撃が放たれていた。
 メイリンの一撃は容赦なく龍二を捉える。
 いや、捉えたように見えた。
 ぶぅん、と大きな音を立てて龍二の姿がかき消されていく。
「え!?」
 これにはメイリンも驚きを隠せない。
 慌てて左右を見回していた。
「どこをみているんだ?」
 声はメイリンの背後から届く。
 メイリンが慌てて振り向くと同時に、龍二の拳がメリインへと向かう。
 がんっと強い音が響いた。
 メイリンの体が弾き飛んでいく。
「メイリン、ダウン! 1、2、3……」
 審判のカウントが進んでいた。
 グローリープレイはボクシングなどと同じくテンカウント制だ。十を数える間に立ち上
がれなければ負けとなってしまう。
 もちろんKOすればそれで勝ちだし、場外にでた時もカウントが取られる。
 そしてメイリンはそのまま立ち上がってこなかった。
「……9、10!」
 審判の声が高らかに響く。
「おおっと! 第二回戦は大崎龍二のKO勝利です!」
 実況のアナウンスが熱い声で伝えていた。
 その直後、メイリンがなんとかよろめきながら立ち上がる。
「やられたわ。あの超気皇弾はおとりだったのね」
「まぁ、そういう訳だ。本当は超気皇弾も普通の気皇弾と同じモーションで放てるんだが、
武士の言う通り素で当てるのは難しい。使えるようになって以来、どうやって当てるかずっ
と考えていたんだが。むしろこいつをおとりにした方がいいと思ってな」
 龍二はそうして超気皇弾を放った後、残影歩という技を使ってメイリンの背中側に回り
込んでいた。メイリンがしたように高速で移動する事により残像を残す技だ。
 超気皇弾を決め手だと思っていたメイリンは龍二の姿が残像だとは気が付かなかったの
だ。
「気が付かなかった私の負けね。……それはそれとして」
 メイリンはぐっと拳を握りしめて、ゆっくりと口を開ける。
「武士って呼ばないでぇぇぇぇぇぇ」
 最後までメイリンはそこにこだわっていた。
「いや、まぁ、いいけど。じゃあメイリンで」
「そう。それでいいのよ龍二くん。じゃあ、握手」
 右手を差し出してくる。
 そのメイリンの手をとって、ぎゅっと握りしめる。
 こうして戦いによってお互いを理解しあう。そういうこともあるかと納得していた。こ
れが今の自分の戦う理由なのかもしれないと内心思う。
 だが、その瞬間会場に怒号のような声が響いていた。
「罰ゲーム! 罰ゲーム!」
「なっ」
 あまりに響く怒号のような声に龍二は驚きを隠せない。
 それが「罰ゲーム」といっていることを理解するまでに、二呼吸分は掛かっただろう。
 そうだ。俺が勝った以上は、メイリンが罰ゲームを受けなくてはならないんだった。龍
二は心の中で、僅かに後悔の心が芽生えるが、しかしそれを避ける事は出来ない。
 罰ゲーム。それがいったいどんなものなのかはわからない。
 しかし自分の拳によって相手を陥れる事になるのは、龍二にとって苦痛以外の何者でも
なかった。
 闘っている最中はそんなことは忘れていた。ただ純粋にメイリンという好敵手と自らの
力を競い合いたい。そう願っただけだ。
 だが結果は必ずついてまわる。それだけでは済まなかった。
 闘いの中で力を失ったメイリンが、わらわらとやってやきた黒服の男達に捕まれる。
「やめろっ!?」
 思わず叫んでいた。
 しかしその声は誰も聞き取る事はなかった。
「罰ゲーム! 罰ゲーム!」
 いつまでも会場の中を激しい音だけが支配していた。
「さぁ! メイリン選手に待ち受ける罰ゲームは。スロットスタート!」
 実況がそう伝えたと同時に、会場の奥にあるメインモニターがスロットマシンのような
画像へと移り変わる。
 そしてぐるぐると回り始めた。
 とぅるるるるる〜。と軽快な音楽と共にスロットが回り始める。
 そして、やがてゆっくりと動きを変えると、最後にぴたり、と止まる。
『くすぐり地獄』
 と書かれていた。
 その瞬間、数人の大きな鳥の羽をもった男達が会場の外から現れる。そしてメイリンを
思いっきりくすぐり始めていた。
「あはははっ。いやっ、よしなさいよっ、あははは。いやぁっ。あははは!?」
 メイリンが悲痛な声を上げていた。
「……って、罰ゲームってこんなのか!? こんなのか!? 今まで必死で悩んだ俺の時
間って一体……」
 龍二は大きく溜息をついて、疲れ切った様子で会場を後にしていく。
 この時、龍二はまだ知らなかった。
 この大会における本当の過酷さを。
 冷たい、裏側の顔を。




「おおっと、矢武芽依選手の『くまくま大冒険』が決まったぁっ。水戸光邦選手。完全に
グロッキーか!? 立ち上がれません。審判のカウントが進みます」
 三回戦も大詰めとなっていた。
 奇しくも三回戦は先程であった二人。芽依と水戸の二人だった。
 試合はほぼ互角の勝負が繰り広げられていたが、いま芽依の「あー、会場に広末がいる」
の一言に振り返った瞬間に水戸の頭にくまのぬいぐるみが降ってきていた。
 水戸はすでに結婚してしまったアイドルにつられて、一撃を受けてしまうなんていう悲
しい存在と化していた。
 そして審判のカウントが十を数えた。
「そして罰ゲームは」
 早くも罰ゲームを決めるスロットが回っていく。
「ナイフ天国!」
『おおおーーーーーっっっっ』

 その瞬間、観客から多大な歓声が上がっていた。
 気を失ったままの水戸が板の上に縛り付けられる。
 そしてやっと気を取り戻していた。
「な、なんじゃあ、こりゃあ!?」
 水戸は気がつくなり大きく声を上げる。だが完全に縛り付けられていて、もはや身動き
がとれない。
 そこに10人ほどの男達が現れていた。その手にナイフを携えて。
「ま、まさか」
 水戸が慌てた声をあげる。
 そしてその男達がそれぞれ目隠しなのか、アイマスクを装着していた。
 それから男達がナイフを構え、一斉に投げつけていた。
「うわぁぁぁぁぁぁぁ!?」
 水戸の絶叫が響く。
 そしてザザザッという鈍い音と共に、赤い血が水戸のあちこちから流れ落ちていた。
「……なん、だよ。これは……」
 舞台の奥から眺めていた龍二は思わず目を背ける。
 凶悪な、命すらも失いかねない罰ゲーム。水戸は運良く致命傷となるような箇所にナイ
フが刺さる事はなかったが、それでも手足から流れる血は多少のものではない。
 そして痛みに絶叫を続ける水戸は、ナイフを投げた男達の手によってまるで荷物のよう
に運ばれていった。
 龍二の心の中には、もやもやとした憂鬱だけが残っていた。
 たまたまメイリンは大した罰ゲームではなかった。だが水戸が受けたような辛辣なもの
になっていた恐れもある。
 そしてこれから自分が、誰かをそこに陥れるのかもしれない。
 あるいは自分が陥るのかもしれない。
 戦えない。これ以上は、戦う事が出来ない。
 勝っても負けても龍二には苦悩しか残らない。
 それなのに、時間は刻々と過ぎていく。龍二の次の戦いは明日の第一試合。
 選ぶ間もなく、闘いは訪れるはずだ。
 闘う相手は。今回の勝利者、芽依。
 女の子だ。それもちょっと小憎たらしいところはあるものの、自分より恐らくは年下の
可愛らしい女の子。
 彼女と闘い、そして罰ゲームに追いやる。
 出来ない。出来るはずがない。龍二の心の中に、痛みだけが降りていく。
 だけど、それでも自分があの立場にはなりたくなかった。利己的といえばそうかもしれ
ない。しかし誰だって傷つきたくはない。
 こうして、苦悩するのもこの腐れた大会のせいだった。
 龍二は、ふと空を見上げていた。
 なら。なら、この大会がなくなればいい。
 龍二はぐっと拳を握りしめる。
「そうだ。こんな腐れた大会は、俺がたたきつぶす」
 呟いて、それから慌てて辺りを見回す。
 この発言を聞かれたなら、大会関係者に警戒させてしまうだろう。内密に進める必要が
ある。
 だが何をどうすればいいか、わからない。
 どうすればこの大会を止められるのか。難しい事だと思う。そしてそれには仲間が必要
だという事は龍二にもわかっていた。
 この話を持ちかけるとしたら。
 龍二は、大会の会場を後にする。
 あいつなら、いま部屋にいるはずだ。
 だがそれが許されるのか。恨まれるだけかもしれない。
 それでも、龍二は止めたかった。止めたいと願っていた。




 こんこん。扉を叩く。
 この部屋の中に今もいるはずだった。
「開いてるから入って」
 その声は確かに答えていた。
 一瞬、躊躇して扉を開ける。
 そこには思い描いていた通りの姿があった。
「あら、どうしたの龍二くん。あたしに会いたくなったの? デートのお誘いならいつで
も受けるわよ」
 メイリンはゆっくりと話しかけてくる。
 闘う前と全く変わらない笑みに、龍二はほっとしていた。
 しかしもしこれで罰ゲームが苛烈なものだったとしたら、同じように話す事が出来ただ
ろうか。
 いくらメイリンが人の良いように見えるとはいっても、相手の為に激しく傷つけられて
同じように接する事が出来るとは思えない。
 こうして変わらず話す事が出来て、本当に良かったと龍二は思う。
 そしてこんな風に恐れなくてはいけない大会に対して、余計に怒りを積もらせていた。
「あはは。黙ってないで、部屋はいりなよ。だいたい龍二くんが何をいいにきたかは、も
うわかっているけどね」
 メイリンは手招きすると、くすくすと笑みを漏らしていた。
 スリットの入ったチャイナドレスから垣間見えるすらりとした足に、一瞬、彼がおかま
である事を忘れそうにさせる。
 しかし龍二は首を振るい、それから近付いて椅子に腰掛けていた。
「わかっているなら話は早い。俺に協力してくれ」
 龍二は、はっきりと呟く。
「協力、ね」
 メイリンは少し腕を組んで、それからすっと冷めたような表情に変わる。
 龍二をまっすぐに見つめると、それからゆっくりと口を開いた。
「いいけど。そうしたら、私には何の利点があるのかしら?」
「利点、か?」
「ええ、そう。貴方がこの大会を潰したいって考えてることくらいはわかってるわ。次の
対戦相手は芽依ちゃんだしね。龍二くんは、ああいう子とは闘いたくないわよね。幼くて
可愛らしい子だもの」
「……まぁ、そうだな。でも出来れば誰もこれ以上酷い目に合わせたくはない」
「そうね。優しい龍二くんなら、そういう風に思うと思った。でも」
 メイリンはどこか寂しそうな目で龍二を見つめていた。
「私はもう罰ゲームを受けた。たまたま運良く対したものではなかったわ。でも、それは
ただの運に過ぎない。貴方が私を罰ゲームに突き落としたという事実は変わらないのよ。
なら」
 メイリンは指をたてて、龍二へと突きつける。
「私は、何のために?」
 静かな声で問いかけてきていた。
 答えられなかった。
 言葉が見つからなかった。
 もしかしたらこんな風に言われるかもしれないとは想像していた。
 それでも龍二には、何も告げる台詞が見あたらない。
 一瞬、沈黙が広がる。
 しかし龍二は、ゆっくりと唇を振るわせていた。
「わかってる。俺の我が儘だってことは。でも、それでも俺はあんたの力を必要としてい
るんだ。力を貸して欲しい」
 龍二はまっすぐにメイリンを見つめる。
 他には何も言えなかった。彼、いや彼女を納得されるだけの材料はない。
 だからそういうしかなかった。
 それでもメイリンの力が必要だった。
 龍二にとって唯一頼れる相手だった。いや、本当はメイリンとだってそれほどに深い絆
で結ばれているわけではない。断られても当然というしかない。
 ただああして拳を合わせて、少しでも分かり合えた気がしていた。
 それは龍二の一人勝手な妄想なのかもしれなかった。それでも、龍二はそれにすがる以
外には術は残されていなかった。
「ねぇ、龍二くん」
 ふとメイリンが声を漏らす。
「私が断ったら、貴方はどうする?」
「……あんたの気持ちはわからなくもない。俺が逆の立場だったら、何勝手な事抜かして
いるんだと思うかもしれない。あんたの力を借りる事は、諦める。他にあてなんかないか
ら。その時は一人でもやるさ」
 龍二はただ淡々と呟いていた。
 その龍二の顔をメイリンはじっと見つめていた。
 そしてぷっと突然、笑みを漏らす。
「龍二くん。面白い顔」
「いや、あのな。俺は真剣に話してるんだって」
「いいわよ」
 ふとメイリンは呟くように答える。
「え?」
 龍二は思わず聞き返していた。
「だから手伝ってあげる。大会つぶし」
「どうして?」
 理由がわからなかった。手伝うような様子はなかったし、それにメイリンの言う事は最
もなのだ。メイリンにとっては、もはや大会が潰れようと続こうと関係のないこと。
 大会が終わるまでの間は船の上から抜け出す事は出来ないが、メイリンはあとは日が過
ぎるのを待つだけの身だ。敢えて危険を冒すほどのものもなかった。
 だがメイリンは、軽く口元に笑みを浮かべていた。
「退屈だからね。それに、美空や芽依ちゃんが、それに龍二くんが罰ゲームを受けるのも
気分が良くないしね。いちおう仲間だしね」
 そういうとメイリンは、龍二へと拳を突き出していた。
 龍二は一瞬、躊躇うような驚いたような顔を浮かべて。
 それからすぐにメイリンの拳に自らの拳の甲を合わせる。
 格闘家ならではの、拳による挨拶だった。
「でも、具体的にどうしたらつぶせるかしら。この大会。知っての通りの裏大会だけど、
バックには大きな組織があるらしいわよ」
 メイリンはこともなげにいう。どこか楽しそうなのは気のせいだろうか。
「そう、だな。わからないけど、とにかく情報を集めてみよう。あとはこの大会に反感を
覚えている奴も少なくないと思う。そいつらを仲間につけて」
「そうね。人手は沢山欲しいわ。でも、気をつけて。大会の関係者にばれないようにね」
「ああ。とりあえずめぼしいところに当たってみる。あと情報も欲しいしな、調べてみる。
あんたも危険がない程度でこの大会の組織の事を調べてみてくれないか」
「おっけー。あ、でも無理はしないから」
「もちろんだ。そういうのは俺がやる」
 龍二はそういって立ち上がる。
「悪いな、こんなことに巻き込んで。でも、あんたが力を貸してくれるのは、心強いよ。
知り合いなんて殆どいないしな」
「ん。いいわよ。退屈だしね」
 メイリンはくすっと微笑んでいた。
 心の底からほっと息を吐き出した。
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