らくがき。 (02)
 あれから数日が過ぎた。
 今のところは特には何も連絡はない。それどころか美空やメイリンとも出会う事はなかっ
た。
 豪も特にはおかしな動きはみせていなかったし、平和な日々が続いていた。
 龍二はいつも通りゲーセンに向かい、いくらか散財した後、帰路につく。しかしいつも
と違って、どこか心が晴れる事はなかった。
「はぁ。なんかつまんねぇな」
 龍二は溜息をついて、空を見上げてみる。
 もうすでに日は沈み掛けていて、真っ赤に染められていた。
「大崎龍二。何をぼんやりしてる?」
 ふと掛けられた声に振り返る。
 そこには美空の姿があった。しかし今日はいつものようにつんけんとした雰囲気はない。
「……空を見ていたんだ」
 初め何と答えようか迷って、結局素直に声を返した。
「そうか。夕焼けが綺麗だからな」
 美空は龍二の隣にたって、同じように空を見上げる。
 いつものようにつっかかってこないのだろうか。何か寂しそうな美空をみて、龍二は僅
かに不安になる。
「大崎龍二。お前はグローリープレイに招待されたんだってな」
 美空は空を見上げながら、ぼそりとした声で呟いていた。
「なんでそれを?」
「先生から直接きいた。私はお前を許すことはできないゆえに道場を後にしたが、心は今
でも先生の弟子である事には変わりない」
 美空は顔を降ろして、そして龍二をじっと見つめる。
「実は私も栄光の遊戯に出る。……決着は、そこでつけよう」
 美空はそれだけ告げると、龍二に背中を向けていた。
 その背中がどこか寂しそうに見えたのは、龍二の気のせいだったのだろうか。
「なんだ。妙に神妙な声だな。でたくないのか?」
 龍二が呟くと、美空は軽く首を振るう。
「そうじゃない。いや、あるいはそうかもしれないな」
「どっちだよ」
「大崎龍二。私はお前と闘いたい。いろいろと思う気持ちもある。栄光の遊戯に出れば、
それが適うかもしれない。だけど……。失うものもある」
 美空は呟いて、それから龍二をじっと見つめていた。
 今もどこか目の中にきつさもある。やはり龍二に対しての怒りは冷めてはいないのだろ
う。
 しかし、その中にも、何か今までとは違う気持ちが見えるような気がして、龍二は喉の
渇きを感じていた。
 だが。
「あーら、龍二くんじゃないの。こんなところで奇遇ねぇ」
 武士。もといメイリンの声が横手から響いていた。
「……武士か」
 美空が呟く。
「いやぁっ、違う違うわっ。メ・イ・リ・ン。もう美空ちゃんってば、何度いえばわかる
のかしら」
「まぁ、どっちでもいい。お前とも、そのうち白黒つけねばなるまいな」
「あらん。私と? デートのお誘いかしら」
「誰がデートするんだ。誰が。おかまと一緒に歩きたくない」
「もう。つれないんだ・か・ら。まぁ、いいわ。あたしは龍二くんとデートするから」
 メイリンがぼそっと呟いていた。
「するかぁ!? 俺は女と拳を交えるのも勘弁だが、おかまとデートはもっと嫌だ!」
「よよよよ……おかまじゃないのに。女の子よ、あたし」
 おかまがしなを作っていた。
「まぁ、それはそれとして」
 メイリンはさっと立ち直ると、龍二と美空の方へと振り返った。
「白黒つける、ね。計らずもそうなりそうよ。どこでどうしたのか、私まであの腐れた大
会に招待されたから」
 メイリンは広げた左手の手の平に、自らの右拳を叩き付ける。ぱんっと大きな音が響い
て、それから口元に小さな笑みを浮かべていた。
「もっそい、嫌だったんだけどね。貴方達も出るのなら、少しは張り合いがあるかもしれ
ないわ。そうね、龍二くんをいただくのは、このわ・た・しよ」
「いや、だからその誤解されそうな言い方はやめてくれ」
 龍二は呆れた声で呟くと、それからもう一度空を見上げる。
 こうもそろって例の大会に参加する事になったというのは、計らずも何かの意志を感じ
なくもない。
 運命。あるいはそう名付けてもいいのかもしれないが、それ以前に今のどこか日常のよ
うで微妙にずれた時間は、何かが狂わせているかのような気持ちがあった。
 気にしないでいれば、殆ど変わらない日々。多少の出会いはあったが、しかし日々の中
での大きなうねりは感じない。
 でも確かに今は本来の時間ではない。何かがずれてしまっている。
 何がそうさせたのか。わからないけれど、このままにしている訳にはいかない。何をど
うすればいいかもわからなかったが、本来を取り戻さなければいけなかった。
「まぁ、何にしても同じ大会に出るなら闘う事になるかもしれないな。さすがに女の子だ
から闘いたくない、とはいえないだろうし」
 龍二は見上げていた空から顔を降ろす。
「俺はいくよ。詳しい事はまだわからないけど、闘う事になったら、……その時は俺も本
気でやる」
 龍二は呟いて、それから二人の返答も待たずに歩き出した。
 二人は立ち去ろうとする龍二には何も声は掛けなかった。
 そのまま帰路を急いだ。



「お兄ちゃん、お帰り。手紙、届いてるよ」
 秋奈が風船ガムを膨らませながら、一通の手紙を差し出していた。
 手紙は一目でグローリープレイからの通知である事がわかる。やけに豪奢な封筒。蝋で
閉じられた封。そこには大会のマークらしい獅子の形の印が押されている。こんな手紙を
出してくるのは、他には考えられない。
「例の大会の通知か……。ち、どうしたもんかな」
 少し考えて、それでもすぐに封を切る。
 もはや大会に参加しないなんて事は有り得ない。ならば少しでも有利に進められるよう
に情報は集めておいた方がよかった。
 手紙には、開催の期日と会場。そして初戦の相手の名前が刻まれていた。
『栄光の遊戯は、四月二十一日。豪華客船エスポアールで行われます。つきましては○×
埠頭に十時に訪れてください。貴方は、自らの手で希望を掴むのです』
 勝手な言いぐさだったが、確かに格闘大会という事であれば勝つも負けるも自分次第だ
ろう。期日はほぼ一週間後。その間に少しでも体調を整えるしかない。
 だがその続く対戦相手の名前に龍二は思わず目を見開いていた。
『初戦の相手は邪活明峰拳のメイリン。貴方の手に栄光を』
 メイリンの名が刻まれている。
 初戦から知人を相手にする事になる訳だ。
 敗者には絶望を与えられる、というこの大会。一体どんな罰が用意されているのかはわ
からない。
 しかし勝つしかなかった。
「奴がどれほどの使い手かは知らない。でも、俺は勝つ」
 龍二はぼそりと呟いていた。
「ほほう。ついにやる気になったようぢゃな。感心感心」
 ふ、と隣から豪の声が響いていた。
「でやがったな、妖怪えろじじい! 誰のせいで闘わねばならんと思ってるんだ!」
「ワシのせい」
 一言で認めていた。
「さらりと認めるなぁっ!? 少しはこう、しおらしくしたらどうなんだ!」
「何をいうっ。これも愛のなせる業ぢゃっ。愛、それは愛ゆえに、重く深いものなのぢゃっ
」
「うるせぇっ。くそ、やっぱり後と言わず、今殺す。絶対殺す」
 龍二は拳を振り上げる。
 だがその瞬間、嫌な予感がしてさっと左手に飛んでいた。
 ぶぅわっ、と風のようなものが龍二をいた場所を包む。
「ワシの気皇掌をかわすとは、さすがぢゃな。ぢゃが、グローリープレイを勝ち抜くには
気の修得が絶対に必須ぢゃ。これから一週間。再びお前をびしばしと鍛えてやる」
「……」
 龍二は豪には何も答えない。
 いや、答えようとして喉から声が出ていたが、その寸前に止めていた。
 龍二は気というものを学んだ事はない。少なくとも自分の記憶の中にはなかった。
 しかし目の前にいる豪を初めとして、例えば美空も気を使いこなしていた。恐らくはメ
イリンも、他の参加者も使う事が出来るのだろう。
 もしそうだとすれば、勝負にもならないかもしれない。格闘というのは基本的に接近戦
が主だ。しかしそこに気などという飛び道具にも等しいものがあれば、話は変わってくる。
 もちろん接近戦がメインなのは変わりないが、遠距離からの攻撃や牽制も可能になる。
それがどれだけ有利な事かは想像するまでもなかった。
 それは龍二の好きな格闘ゲームでも同じ事だ。
 格闘ゲームと同じような感覚で闘うのだとすれば、気を使えない龍二には勝つことは出
来ないだろう。
「ふむ。少しはやる気になったようぢゃな。よし、ワシがお主に全てをたたき込んでやる。
なに、基礎は今までもやってきた。あとは応用を覚えるだけぢゃ」
 豪が頷くと、龍二は何も答えずただ溜息をついた。




 それから数日が過ぎ、ついに大会の当日が迫った。
 豪華客船エスポアール。フランス語で、希望という意味である。
 だがその希望とは一体誰に向けられたものなのか。参加者にとっては希望もない、絶望
の船だ。
 それでも、あるいはその残された希望をつかみ取るべく闘うしかない。
 敗退者に科せられた罰ゲームが、どんなものなのか。全くわからないが、出来うること
なら受けたくはない。ただ勝つという事は相手をそこにたたき落とすという事でもある。
 根が優しいところもある龍二は気が引けなくもない。
 しかしそれ以上に、闘う以上には負ける事は嫌だった。
 やるからには勝つ。龍二はぐっと拳を握りしめる。
 と、そこに数人の男達が近付いてきていた。みるからに粗暴そうな、柄の悪い男達。
「てめぇ。邪魔なんだよっ。どけっ!」
 男の一人が叫んでいた。
「ここにいるお方をどなたと心得る。先の副番長、水戸光邦(みどみつくに)公にあらせ
られるぞ。ひかえ、ひかえおろう」
 とりまきの男の一人が、印籠のようなものを出しながら呟く。
 龍二は呆れて溜息をついた。
「先の副番長っていまいちすごいんだかすごくないんだかわからないし、そもそもなんか
ばちもんくさい名前だな」
 龍二は呆れた声で呟くと、目の前の水戸と紹介された男とその取り巻き達を見つめる。
実際ぱちもんなんだろう。
「な、なにを!? 貴様っ、光邦様に逆らって、灰になりたいのか!? こうみえてもこ
のお方はな。栄光の遊戯の優勝候補の一人と目されているんだぞ」
「……いや、初めてきいたし。しらねーし。それにこのでかぶつが強そうにも見えないし」
 水戸の方をちらりと横目でみる。
 確かに身体は大きい。だが、それだけだ。本格的に格闘を学んだ人間からしてみれば、
ただの不良にしか見えなかった。そんな奴らが数人いたところで、自分が不意をつかれる
とは思わなかった。
「貴様、この俺様を馬鹿にするつもりかっ!? 本気で灰にしてやってもいいんだぞっ」
 水戸はそう叫ぶと、片手を大きく振るう。
 その瞬間、水戸の右腕が、ぼうっと激しい音を立てて炎を舞い上げていた。
「おおーっ、さすがご隠居っ。烈火方円拳は健在ですね!」
「……」
 龍二は目の前で突如おきたあまりのことに、言葉を失っていた。
「ふふ。こいつもこれにはびびったようですぜ! おうっ、みての通りだ。灰になりたく
なかったら、そこをどいて土下座するんだなっ」
 とりまきの一人が、顎をしゃくりあげて偉そうに胸を張る。
 龍二は唖然とした顔のままで、ゆっくりと口を開いた。
「そ、その程度の力で優勝候補か。これはもう優勝もらったようなものだな」
 にやり、と口元を歪ませる。
「な、なんだとぉ。てめぇっ。よほど死にたいらしいな。なら、今、死にな!」
 水戸の手が炎をまとったまま、龍二へと殴りつけていた。
 だが、その拳が届く瞬間。龍二の姿がかき消える。
「な!? ど、どこに」
「どこをみてるんだ」
 龍二の声は水戸の背中側から響いていた。いまの一瞬のうちに回り込んだのだろう。
 水戸が慌てて振り返る。だがそれよりも早く、龍二の手がすぅっと伸びた。
 バン!
 激しい音が響いたかと思うと、そのまま水戸の身体が吹き飛んでいく。
「ぎゃあああああ!?」
「ご、ご隠居っ!? 大丈夫ですか!?」
「平気だっ。触るなっ! それより貴様、いま何をしやがった!」
 水戸の大声が伝う。
 龍二の手は水戸の身体には触れていない。そして水戸の炎や、美空の気弾のような気で
生み出された物も全く見えなかった。
 しかし実際に水戸の身体は吹き飛んでいたし、龍二は勝ち誇った顔で水戸を見つめてい
た。
「ま、気の使い方っていうのは、そんなちゃちい炎を生み出すためのものじゃないってこっ
た。その程度で優勝候補とは、一体誰がいいやがったんだ?」
 龍二は鼻で笑い飛ばすと、そのまますたすたと歩いていく。
「まてっ、てめぇっ。俺様の力がこれだけだと思っているのか。なら見せてやるよっ。く
らえ、烈火大火球!」
 水戸が両手を頭上に掲げると、その瞬間、ひと一人飲み込めそうなほどに巨大な火の玉
が生み出されていた。
 そして水戸は飛ぶようにして、その火球を龍二へと向けていた!
 地獄の業火のような巨大な炎は、龍二を一気に飲み込んでいく。
「っ!?」
 龍二が表情をゆがめていたが、それもあっという間の事。龍二は火球に完全に包まれて
いた。
「ぐはははははっ。どうだ。大層な口きいた割には、これでおしまいか。熱いか? 熱い
だろう? いや、そんなこと思う間もなく地獄いきだな。ふはははははははははははは」
 豪快な笑みを浮かべながら、水戸は胸を張る。襟元から見えるもじゃもじゃの胸毛がき
らんと輝いていた。
「さすが、ご隠居っ。いや、一瞬どうなるかと思いましたが、何て事はない。ご隠居には
全く敵いませんでしたね」
「ふはははっ。もっといえもっといえ。俺が世界一だ。俺様がナンバーワンだ。優勝はも
うもらったも確実よ。がはははは!」
「……で。気が済んだか?」
 背中から聞こえた声に、水戸の笑みがぴたりと止まっていた。
 水戸は思わず後へと振り返る。そしてそこには先程と寸分違わぬ姿の龍二が立っていた。
「な、な、な……なせだ!? あの瞬間、あのタイミング。絶対にかわせるはずがねぇ!?
 炎に耐えたにしては、焼け跡の一つもねぇ。貴様、どうやって生き残った!?」
「さぁね。わかんないようなら、やっぱりお前が優勝する事だけはないって言っておいて
やるよ」
 龍二はそう呟くと、ぽん、と水戸の肩を叩いた。
 水戸の表情がぷるぷると震える。
「ご、ご隠居!?」
「……くっ。覚えていろ! 貴様。必ず試合ではお前を地獄に送ってやる。必ずだ」
「ま、当たる事があったらな。一回戦でまけんなよ」
 龍二はそのまま背を向けて、希望の船へと向かっていた。


「大崎龍二様ですね。伺っております。こちらへどうぞ」
 船の前にいた黒ずくめの男に招待状を渡すなり、男は恭しく頭を下げた。そしてそれか
らは無言のまま船へと案内していく。
 船は確かに豪華客船というだけはあって、立派な作りだった。あちこちに高そうな彫像
や絵画なども飾られ、調度品も立派なものばかりだ。
 そしてその立派な調度品を一生懸命、自分のバックにいれようとしている少女の姿もあっ
た。
「って、ちょっとまてーーーーーいっ!?」
 龍二は大声で叫ぶと、目の前の少女をじっと見つめる。
 スパッツ姿に、ジーンズのジャケット。つばのついた帽子を被ったボーイッシュな少女
だ。
「はっ!? ばれたっ。やばいっ、みなのものっ、逃走だっ」
 少女が叫ぶと、どこからか「へいっ、がってんしょうち!」という声が響いてくる。
 かと思うと、どこにいたのか少女の足下に続くように、わらわらと小さいな人形達が走
り出す。
「こ、こら!? 矢武芽依(やたけめい)っ。お前かっ。いくらグローリープレイ参加者
といっても、泥棒はやめろっ!?」
 黒ずくめの男が叫ぶが、芽依と呼ばれた少女はそのまま足を止めようとしない。
「チ、チガウ。ワタシ、ワルイ、ウチュウジン」
 さっきと音声を変えて、奇妙な裏声で叫びながら続いていく。
「そんなので騙されるかっ。まてーっ!」
 黒ずくめの男はそのまま芽依を追っていく。
「ま、まてっ。俺はどうすれば!?」
 一人取り残された龍二は、どこにいけばいいのかもわからずに、途方にくれることしか
できなかった。
 しかし完全に置いてけぼりとなってしまい、龍二は諦めてしばらくここで待つ事にした。
それでも黒ずくめの男が帰ってこない時は、誰か通りかかった人を捕まえて場所を訊ねれ
ばいいかと思う。
 とりあえず影の辺りに腰掛けて、黒ずくめを待つ。
 そして十分ほど過ぎた時だった。
 ぱたぱたと向こうから誰かが駆け寄ってくる。その誰かは、すぐに影に隠れると、きょ
ろきょろと辺りを見回していた。
 そしてささっとこちらに近付いてくる。
「ふふふ。さっきの今、まさか狙うとは思うまい。いまがちゃーーーんすっ。みなのもの、
運び出すぞっ」
『へいっ、がってんしょーちっ』
 さきほど芽依と呼ばれた少女と、色とりどりの人形達だった。
「こら。何やってんだ」
「おおうっ!? 先客がいた!?」
 芽依は驚いた声をあげると、それからすぐに龍二と調度品の間に立つ。
 その後でわさわさと人形達が、壺やその他のものをどこかに運びだそうとしていた。
「たーぼ。お前そっちもて」
「りょーかい。いくよー。せーの、おいっちにおいっちに」
「うわわわわ。落ちるおちーるー」
「くまごろう。まてっ、はやいはやいっつーの」
「うきーっ」
 などと細々と声も響いている。
「先客じゃねぇ!? お前さっきの女だな。何やってんだ!?」
「いや。ちょっと拝借していこうかと思って」
「ちょっと拝借って、まてっ。それは泥棒っていうんだ。知ってたか!?」
「ぜんぜん。っーか、まぁ、固いこというなって!」
 芽依はぽんぽんと龍二の肩を叩くと、人形達に振り返る。
「よし。みなのもの、撤収ーっ」
『がってんしょーち!』
 そのかけ声とともに芽依達は突進して逃げようとしていた。
 だが龍二は芽依の襟首を掴んだ。
「撤収じゃない。そのバッグにしまいこんだ物を返せ!」
「やだなぁ。何いってんの。このバックに入ってるものは、あたしのものだよ。とりあげ
ようたって、そうはいかないよ」
 芽依はバックをぎゅーと握りしめると、芽依を守るようにして人形達が歩みよっていた。
「芽依をいじめるなーっ」
「そうだそうだ」
「はなせ、このやろー」
 人形が口々に喚き立てる。
 龍二は呆れた顔で芽依の頭をぽか、と殴りつけた。
「返せったら、返せっつーの。はい、ほらっ。その中身おく」
「うーーーーー。仕方ない……。ああ、愛しの君よ。さようなら。あたしと貴方は、所詮
身分違いの恋だったんだね」
 芽依はしぶしぶとバックの中から盗んだ調度品を返す。
 調度品を全て返すと、バックの中身は完全に空っぽだった。
「これで文句ないでしょ。はぁ、これで収入なしかぁ」
 芽依は大きく溜息をついて、それからゆっくりと歩きだそうとする。
 しかし龍二は芽依の襟首を再び掴む。
「まて、その腹はなんだ」
 芽依のお腹は不自然なまでに膨らんでいた。
「なにって。失礼なっ。あたし、太ってるかもしれないけど。そんなの言われる筋合いな
いしっ。たくっ、しょーがないわね。ほんと」
「そんなごつごつした腹があるかぁ!? その中身もちゃんと返せーっ!?」
 龍二は思わず全力で叫ぶ。
「う。ううううううー。うーっ」
 芽依はうなり声を上げると、それから懐から仕方なくごそごそと取り出して。
 その瞬間、それを地面に投げつける。
 ばぁんっ、と大きな音が響いたかと思うと、もくもくと煙が辺りの舞い上がった。
「げほっげほっ、え、煙幕か」
 龍二は咳き込みながら、辺りを見回すが真っ白な煙の中何もみえない。
「いまだっ。みなのもの、こんどこそ撤収ーっ」
『がってんしょーちっ』
 煙の向こうに影が揺らめく。恐らく芽依達であろう。
「まてっ、まてまてまてーっ。げほっ、くそ。ええぃっ、しょーがない。気皇震地掌!」
 龍二はその両手を床へと叩き付ける。
 その瞬間、ぶぅんっと、大きく床が揺れていた。
 その振動が煙を辺りから払っていく。
「わわわっ。じ、じしんっ。って、ここ船の上!」
 向こうから芽依の声が響いていた。
「そこか! こらっ、まてっ」
 まだ煙は完全に払われていないものの、なんとなく姿が見える。
「くっ。ばれたっ。技を使うなんて卑怯だっ。なら、あたしもっ。くまくま大冒険っ」
 謎な技の名前が響いていた。
 その瞬間。
 ガン。と龍二の頭に強い衝撃が走る。
 ふらふらとする頭で、それでも何が起こったのか把握しようとして辺りを見回してみる。
 どうやら、ぬいぐるみのくまが頭上から落ちてきたらしい。
 龍二の頭上からこぼれたくまのぬいぐるみが、芽依に向かって走っていくのが見えた。
「ま、まてっ。こらっ」
 と叫ぶものの、頭を強打されたせいか、少し足下がふらついている。
「待てといって待つ奴がいたら警察はいらないっつーのっ」
「……もっともだけど、待てーっ!?」
 芽依の声が遠くから響く。
 ややたって、なんとか頭がしゃんとしてきたものの、その時にはすでに芽依の姿は遠く
とても追いつけそうにない。
 龍二は溜息をついて、それから首を軽く振るう。
「……まぁ、犯人はわかってるんだから、別にいまとりのがしてもそれはそれでいいか」
 呟いて、それから壁に体を寄せかける。
 何となくどっと疲れを感じていた。
 しかしここでいつまでもここにいる訳にもいかない。なにせ龍二は開幕二試合目だ。は
やく会場にたどり着く必要もある。自分の部屋の場所もわからなかったが、あまりゆった
りとはしていられなかった。
「たく……黒服の奴も、何やってんだか。どこにいけばいいか、いまの奴にでも聴いてみ
ればよかったな」
 ぼそりと呟くと、その背中に声がかけられていた。
「あら。龍二くんじゃない。どうしたの、こんなところで?」
 その声はメイリンのものだった。
「なんだ、武士か」
「いやぁぁぁっ。武士って呼ばないでぇぇぇっ。龍二くんも何度いったらわかるのっ。メ
リインっ。邪活明峰拳のメイリンよっ。さぁ、もういちど復唱してみましょう。いいです
よねー? メ・イ・リ・ン。どう、覚えた?」
 メイリンは指先を振るわせながら、うふ。と微笑んでいた。
 こうしてみていると女性にしか思えない。武士だなんて言う名前には見えなかったし、
ましてや格闘家とは全く思えない。
 しかし必ずしも見た目と実力が一致しないのがこの世界だ。筋肉ばかりついている奴は
動きがとろく固い事も多い。逆に一見すらりとした腕の人間が、強靱な力を持っていたり
することもある。それにメイリンはこう見えても男なのだ。いくら見た目が麗しくても、
普通の女性よりは力があるはず。
 ましてや今は気の存在がある。例え力がなかったとしても、何らかの技が使えればそれ
だけで戦えるはずだ。
 先程であった芽依にしても、普通に見ていれば良くて高校生。下手すると中学生くらい
にしか見えなかったが、この大会の参加者なのだ。
 くまくま大冒険などというおかしな技名ではあったが、仮にあのぬいぐるみや人形達が
四方八方から襲いかかってくれば苦戦する事も考えられる。
 そしてメイリンはこれから戦う相手だ。油断する訳にもいかなかった。
「まぁ、いいわ。許してあげる。それより、驚いたわね。まさか一回戦の相手が貴方だな
んて。闘う事になるのはもっと遅くなるかと思っていたわ」
 そう言うとメイリンは拳をぎゅっと握りしめて、龍二へと突きつける。
「でも、遠慮はしないわよ。私は貴方には負けない。大会にも優勝する。そしてあの方と
闘うの。だから龍二くんも、遠慮しちゃだめよ。こんなに綺麗で麗しく美しい女性が相手
だといっても」
「……おかまだろ?」
「いやぁっ。おかまっていわないでーっ。もうっ、龍二くんったら。い・け・ず」
 メイリンは一人で叫ぶと、くすっと口元に笑みを浮かべた。
「いい試合を期待しているわね」
 そして静かに呟いた。
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