ペンギン来たりて空を飛ぶ (03)
「くっ。卑怯ものめっ。人質をとるつもりか」
 ペン太が叫ぶ。
 ばたばたと手足を動かすが、そこはペンギンである。残念ながら自由な手は足まで届か
ない。
「まこと、捕まっちゃった」
 さゆりがぽつりと言葉を漏らす。
 しかしどうみても慌てた様子がないのは、性格だろうか、それとも相手がペンギンだか
らだろうか。
 特にイワトビは皇帝ペンギンと比べてサイズが小さい。そのせいか、剣を突きつけられ
ているものの、殆ど拘束されているような雰囲気はなかった。
 とはいえ、さゆりが人質にとられた事は間違いがない。ペン太もブーメランで動きを封
じられて、この場で動きがとれるのは僕だけだ。
 いや、だからって何をどうすればいいんだよ。ホントに。
「少年。君も大人しくしていて欲しいね。何もしなければ、彼女を傷つけるつもりはない。
安全なところまで逃げたら解放するさ。ボクが欲しいのはあくまでペンギンクリスタルの
み」
「いや、まぁ、その」
 どこまで本気にしていいものかわからずに、僕は曖昧な声を漏らす。
 相手がペンギンのせいか、それとも感覚が麻痺してしまっているのか、殆ど恐怖はない。
しかしさゆりをこのまま放っておく訳にもいかないだろう。
「そもそもそのペンギンクリスタルって何なのさ」
 僕はとりあえず疑問を口にしてみる。
 イワトビの意識を少しでもさゆりから逸らそうという意図もあったが、とにかく話につ
いていけないと言うのが本音だった。
「ペンギンクリスタルは、ペンギン界の力の源などと言われているけれど、様はただの宝
石さ。ただしこれだけ立派な宝石なら、売れば莫大な金になる。だからちょっぴり拝借し
ただけの事さ」
「それって泥棒したって事じゃ」
「まぁ、そうともいうね」
「そうとしか言わないと思うけど。まぁ、やっぱりそういう事なんだ」
 先程からのやりとりで、イワトビがそれを盗んだという事はわかっていたのだが、本人
もそう言うのであれば間違いはないだろう。
「それはいけない事だし。ペン太に返した方がいいと思うんだけど」
 とりあえず無駄だと思いつつも、言うだけは言ってみる。
 後でペン太ではないという事が聞こえてきたけれど、この際無視する事にした。
「もちろんその提案は断わらせていただくよ」
 イワトビは馬鹿にするような顔で答える。少しむっとくるが、ここで変に刺激する訳に
もいかない。
 ペンギンクリスタルだかなんだかの件は、ペンギン同士の話だし勝手にしてくれればい
いのだが、さゆりを人質にとられたままという訳にはいかなかった。何とか救い出さなく
てはと思う。今の提案も、その為の隙を伺っているに過ぎない。
 しかし当のさゆりは「ペンギンの世界にもお金ってあるんだ」などと、のほほんと呟い
ていた。ものすごく頭が痛い。
 捕まっている当の本人が、全く緊迫感など無い。まぁ、僕にしても相手がペンギンでは
今一つ身が入らないのもある。しかしさきほどのペン太の攻撃の威力からすれば、イワト
ビの剣も本物の刃物と同程度か、それ以上の威力があるだろう。笑って済ませられる事態
でもない。
「とりあえずさゆりを離してくれないかな」
「それもお断りするよ。人質がいなければ、いつペンティアヌス大帝が復帰してくるかわ
からないからね。安心していいよ。安全な場所まで離れれば、彼女は無事解放するさ」
 イワトビは飄々とした顔で告げる。
 彼の言う事は本当かもしれない。だとすればここで無理する必要はない。
 しかし本当かどうかなんてわからない。さゆりが危険な目に合わないとも限らないだろ
う。このまま終わらせるという訳にはいかなかった。
「なら、僕が変わりに人質になる。だからさゆりは離してくれ」
「君が? ふぅん。まぁ、そうだね。いいよ。女の子を巻き込むのは、ボクも本意ではな
いからね」
 イワトビは頷くと、僕にこちらにくるように手招き、いや羽招きする。
 僕は素直にイワトビの招きに応じて、イワトビの隣に立つ。同時にイワトビはさゆりに
突きつけていた剣を、すぐ僕へと向けていた。
「良かったね、お嬢さん。彼が代わりに人質になってくれるそうだよ」
「誠。ごめんね。私のせいで、こんなことになっちゃって、すぐ何とかするからね」
 さゆりは僕へとすまなそうな顔を向けて、すぐに駆け出していた。
 その様子にほっとする。これでさゆりが傷つけられる事だけは無い。こんな奴でも、僕
にとっては大事な幼なじみだし、女の子だ。出来れば危険からは遠ざけたいと思う。
 さゆりは解放されたと同時に走り出すと、おもむろにペン太の元に走り出していた。
 思いもしない行動に、僕は思い切り動揺していた。それはイワトビにしても同じだった
ようだ。
「ちょっと、まてぇっ!? こら、お前っ。人質がどうなってもいいのかっ、こらっ、や
めろっ」
 イワトビは慌てて声を張り上げる。
 しかしさゆりは聞こえていないのか、その警告を聞き入れようとはしなかった。
「さゆりっ。何を」
 思わず声を漏らすが、そんなことでさゆりが止まるはずもない。
 そうだった。あいつはこういう奴だった。後先の事なんて何も考えちゃいないんだ。
 僕は、ここで死ぬ事になるかもしれない。
 なんだか他人事のように思い浮かべていた。
 さゆりはペン太の枷になっていたブーメランを外す。
 同時にペン太がよたよたと立ち上がってくる。ペン太は無事、復帰を遂げていた。
「さゆり。迷惑をかけたな」
「くっ、この。動くなっ、人質がどうなってもいいと言うのか」
 イワトビはあまりにも想定していなかった事態に、どうしていいものかわからない様だっ
た。僕に向けた剣をさらに近寄せる。
 肌先に汗が滲んでくる。
 僕の命はここまでなのかもしれない。
 哀れ、中学生。ペンギンに刺されて死亡。
 明日の新聞の見出しが僕の頭の中にありありと浮かぶ。
 あり得ない。あり得ないし。
 僕は内心叫ぶけれど、一体どこからどこまでがあり得ない事なのか、僕の頭はもはやま
ともには働いていなくてわからなかった。
「ふ。仕方あるまい。ペンギンクリスタルはペンギン帝国を支えてきた至宝。多少の犠牲
は止む得ぬ」
「まてまてまてっ。ペンギンの争いに巻き込むのかっ。僕の意志はどうする」
 ペン太の台詞に、僕ははっきりと抗議の声を上げる。ここでペン太に諦められたら、僕
の命もない。
「安心しろ。尊い犠牲だ。ちゃんとペンギン法典に従って、二階級特進させてやる」
 しかしペン太は簡単に言い放つと、そのままドリルを構えていた。
「うがーっ。それは僕に死ねって事かぁっ」
 思わず僕は思い切り両手を振るう。
 僕が突如暴れ出す事は、イワトビも予想していなかったのだろう。イワトビの後頭部を
僕の手が殴打して、イワトビの体が揺れる。
 からんと言う音が響いて、拳大の透明な宝石が地面を転がっていた。
『ペンギンクリスタルが!?』
 イワトビ、そしてペン太が叫んでいた。
 イワトビが慌てて水晶に羽を伸ばす。
 だがペン太がそれよりも早く、ジェット噴射を利用して水晶へと近づいていく。
「もらった!」
 ペン太の羽が水晶へと伸びる。
 だがイワトビも黙ってはいない。
「させませんっ」
 叫ぶと同時に、右手の剣を思い切り振るう。
「ふっ。剣は利かぬといったら、なにっ」
 ペン太の目が大きく開かれる。
 イワトビの剣はペン太を狙ったものではない。剣を使って、水晶そのものを跳ね飛ばし
ていたのだ。
 上空高く水晶が舞い上がる。
 だがペン太はジェットになって飛んだ為に、水晶からは距離が離れていた。この技の欠
点として、小回りが利かないという事がある。
「この勝負はボクの勝ちですねっ」
 イワトビが思い切り飛び上がる。さすがにイワトビだけあって、華麗なジャンプを見せ
ていた。
 そしてイワトビが空中の水晶をキャッチする。その直前に、僕はイワトビの足を掴んで
いた。
 べたん、と鈍い音を立ててイワトビが地面に落ちる。
「なんばしよっとか!?」
 何やら変な言葉使いになって叫んでいたが、とりあえず気にしない事にした。
「よし、誠ナイスだ。後は、水晶はどこだ」
 ペン太がようやく方向を転換して、こちらに戻ってこようとしていた。
 水晶は弧を描いてから落下し始めると、そのままさゆりの腕の中に入り込んでた。
「うん?」
 さゆりは首を傾げて、頭の上に疑問符を浮かべていた。
 まずい。これじゃさゆりがイワトビに狙われてしまう。
 それではせっかく代わりに人質になったというのに意味がなくなる。まぁ、さゆりのせ
いで、危うく死にかけたけど。しかし結果として僕はこうして助かっているし。
「ふ、お嬢さん。ペンギンクリスタルを渡してもらいましょうか」
 イワトビはすでに起きあがっていて、剣をさゆりに突きつけようとしていた。
「やめろっ、さゆりに手を出すな」
 慌てて僕もイワトビを抑えようとする。
「おなごに剣を向けるとはっ」
 ペン太も向こう側からジェットで迫っていた。
 その様子がさゆりにはあまりにも恐ろしく思えたのだろう。
 目端に涙すら浮かべて、それから甲高い声で叫び出す。
「もうやめてっ。せっかく可愛いんだから、みんな喧嘩しないでっ。お願いっ」
 さゆりの言葉。
 その瞬間、ペン太の表情が愕然として曇る。
「しまっ」
 ペン太が何かを言いかけていた。
 しかしそれよりも早く、さゆりの持っていた水晶があふれんばかりの光を放ち始める。
「な、なに!?」
 イワトビも驚きを隠せない。
 僕だって何が起きたのかわからなかった。
「ぺ、ペンギンクリスタルには願いを叶える力がある。そして条件さえ満たせば、どんな
願いでも叶えようとするのだ」
 ペン太が愕然とした顔で呟いていた。
 あの水晶にそんな大層な力があるとは思いも寄らなかったが、さゆりの願ったのは喧嘩
しないで欲しいという願いだ。それほど困るような願いとも思えない。
 しかしペン太は明らかに狼狽して、むやみやたらに羽や足をばたばたと振るっていた。
「しかし、しかしだ。ペンギンクリスタル自体には人の意志を変えたりするような、大き
な力はない。それでも水晶は願いを叶えようとする。その際、手段も結果もいっさい問わ
ない」
 ペン太はそれからすぐにさゆりに背中を向けて、一気に駆け出していた。
 もっとも僕からみれば、ぺたぺたとのんびり歩いているようにしか見えなかったが。
「つまり、どういうことなんです」
 イワトビが首を捻る。光に驚いたせいか、イワトビの剣はもうさゆりには向けられてい
ない。
「つ、つまり。例えばだ。喧嘩するにも相手がいなければ出来ない。だったら、相手がい
なくなればいいとか考える可能性も」
 ペン太が告げた瞬間。
 上空に巨大なつららが何本も現れていた。
「やっぱりきおったぁぁっ」
 ペン太は叫ぶが、もはや遅い。
 つららはペン太、イワトビ、そして僕に向かって降り注いでくる。
「うわわわわわっ」
 慌てて避けると、足下につららが突き刺さっていた。
 これがもし直撃すればよくて大けが、悪ければ即死だろう。
「死ぬっ、これ死ぬからっ」
「え、えっと。その、やめて、やめてっ」
 僕の声に押されてか、さゆりも思わず叫ぶ。
 それと同時につららはぴたりと止まり、そのまま姿を消していた。
「た、助かった?」
 安堵の息を吐き出す。
 だがペン太の顔はまだひきつったままだ。
「ペンギンクリスタルがそんなに甘い訳は」
 そのペン太の予想が当たったというべきか、次の瞬間には辺りが突然火の海に包まれる。
「なるほど。氷がだめなら、次は火攻めという訳ですね」
 イワトビが冷静な顔で呟く。
 この状況でも平然としていられる様はすごいとは思うが、そうしている場合でもないだ
ろうと僕は思う。
「あちっ、あついよ。この火は本物だよ」
「く。これは困った」
 ペン太は眉を寄せる。ペン太はジェットで空を飛べば脱出出来るかもしれない。だがこ
の調子では、そうしたとてさらに新しい障害が現れるだけだ。だからペン太も飛ぼうとは
しないのだろう。
「心配する事はないですよ。彼女の願いは喧嘩をしないようにすること。ならボク達が仲
良しだと示せば良いんです」
 イワトビが口元に笑みを浮かべながら呟く。
 なるほど、確かにそれはその通りかもしれない。
「く、貴様と仲良くしろと。盗人猛々しいとはまさにこの事だ」
「それなら他にどうします? 言っておきますけど、ボクを倒して終わりにするつもりな
ら、そう簡単には倒されませんよ」
 イワトビはにこやかに笑う。
 その瞬間にも炎は迫ってきている。このままでは僕達は丸焼けになってしまうのは間違
いない。
「や、やめてっ。誰も傷つけないで!」
 さゆりが叫ぶ。
 そうか、その手があった。今ならペンギンクリスタルはさゆりの願いに反応している。
これなら氷も炎も使えないに違いない。
 そしてその瞬間、皆を包んでいた炎が一斉に消えて無くなる。
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