ペンギン来たりて空を飛ぶ (02)
「よし。さゆりとか言ったな。私の上に乗るがよい」
 外に出るなりペン太は呟くと、体を地面に横たわらせる。
「え、何々?」
 さゆりもよくわからない様ではあったが、素直にペン太の上にまたがっていた。
「いくぞっ。私から手を離すなよっ」
 ペン太が呟いた瞬間。
 どこからともなくゴゴゴゴゴと鈍い音が放たれ始める。
「ま、まさか」
 僕はこれから起きる事態を想像して、あり得ないと首を振るう。
 だけどすぐにそれは現実になった。
 ペン太の足が、指先を強く握りしめ、そして離す。
 同時にそこからものすごい勢いで、風が吹き出していた。
 そのままペン太の体が宙に浮かぶ。
「わぁ!?」
 さゆりが驚きの声を上げる。
 それもそうだ。
 なんたって、ペンギンが空を飛び出したのだから。
 それも羽を羽ばたかせた訳ではない。
 ペンギンが、まるでジェット機のように勢いよく飛び立っていったのだ。
 確かにペンギンの体というのは、横から見れば流線型の体をしていてジェット機に似て
無くもない。海の中を泳いでいる映像は、飛行機が空を飛んでいる姿にそっくりだ。
 しかし、だからといって空を飛ぶ理由にはなるまい。
「ま、まてよっ」
 僕は思わず叫ぶが、さゆりを乗せたペン太はそのまま空高く突進していく。
「わぁわぁっ。すごいすごーい」
 頭の上からさゆりの声が響く。
 あり得ない。あり得ないから。
 僕は激しくなってきた頭痛をこらえながら、突進していくペン太の後を追いかける。
「む。誠も行くか。よかろうっ」
 ペン太は僕がついてきているのを確認したのか空中でUターンする。
 そして僕へとものすごい勢いで突進していた。
「うわぁぁっ」
「動くなっ、じっとしていろっ」
 ペン太はくちばしをまっすぐに突き出して、僕の襟を突き刺していた。
 そのまま僕ごと再び大空に舞い上がる。
 僕は空を飛んでいた。全く何の支えもなく。
 生存本能のなせる技か、僕は身動き一つせずに完全に固まっていた。
「うむ。それで良い」
 ペン太が声を漏らす。
 当然同時に僕の体も微妙に揺れていた。
「うわぁぁぁっ。喋るなっ。落ちるっ、落ちるからっ!?」
「なに、心配するにはおよばん。落ちたら落ちた。それだけのことだ」
「それだけじゃねぇぇぇぇっ」
 僕は思わず絶叫していた。
「あ、そこを右。右ね、あそこに見える大きな建物がそうだから!」
 幼なじみの危機は全く気にせずに、さゆりがホテルの方角を指さす。
 いろいろと抗議してやりたかったが、この不安定な状況では何もする事は出来なかった。
「大丈夫よ。ほら、もうスターホテルが近づいてきたから」
 さゆりが平和な声で呟く。
 だけど僕は生きた心地がしなかった。


 ざっばーんっ。
 ものすごい音を立てて、僕はプールの中に落とされていた。
 とりあえず無言のままで、プールサイドに上がると軽く服を絞る。当然ながら周りから
思い切り注目を浴びていたが、知らないふりをしておく。
 そこにペン太が軟着陸してくる。
 さゆりはすぐにペン太から降りると、どーもーっと挨拶しながら、辺りの人に手を上げ
ていた。
 当然そちらの方に皆の意識も集中している。
 ペンギンだ。またペンギンが。それに子供も降ってきたよ。と、辺りからひそひそ声で
聞こえてくる。
 これは一体、僕にどうしろと言うのだろう。
 逃げようにも、隠れようにもあまりにも視線が集まりすぎている。身を隠すような障害
物もないし、どうしようもなかった。
 しかしその注目はすぐに打ち破られる。
 いや別の方向へと向かっていた。
「あれ、ペンティアヌス大帝じゃあないですか。こんな辺境の地に一体どうしました?」
 バカンスを楽しんでいたイワトビが、不敵な笑みを浮かべながら、ペン太を見つめてい
た。
「どうしたもこうしたもないわっ。我が一族の宝、ペンギンクリスタルを奪い、逃走した
罪。知らぬとは言わせんぞ!」
 ペン太は右の羽で、指さしながら告げる。まぁ、指はないから羽さすかもしれないけれ
ど。
 しかしイワトビは何ら意に介さないようで、ストローに口をつけて飲み物をすする。
「何のことですか。このボクが盗んだという証拠でもあるんですか」
 イワトビは右羽をきざったらしく振るう。
 ぱたぱたと軽く風が流れていた。
 何となく間抜けだと僕は思う。
 回りの人々もあまりの突然の展開についていけないようで、遠巻きにして僕達を見つめ
ていた。
 いつの間にか僕達を囲うようにして、人の輪ができあがっていた。
 ペン太とイワトビに視線が集まっているうちに、さっさと僕もこの場を離れるべきだっ
たと思うものの、もはや遅い。今から離れても注目を浴びすぎている。
「ふんっ。証拠ならあるわっ。これをみよ!」
 ペン太は告げると同時に、懐から何やら写真を一枚取り出していた。
「ペンギン皇居の防犯カメラが捉えた映像だ。これをみればお主がペンギンクリスタルを
手にしている様子がはっきり映っておるわっ」
 ペン太の言葉に、イワトビの顔がすぐに曇る。確かに写真の中にはイワトビが何やら盗
み出そうとしている様子が映されていた。
「へぇ。まさか、そのような設備があったとはね。さすが皇帝一族というとこですか」
 イワトビは驚きを隠せない様子で告げる。
 もっとも僕も驚かずにはいられなかったけれど。
 ペンギンが喋るだけでなくて、ジェット噴射で飛んだり、写真をとっていたり。あり得
ない。あり得なすぎる。やっぱりいまは夢を見ているんじゃないだろうか。
 そう思った瞬間。突然後頭部に強い衝撃が走った。
「いてっ」
「あ、痛いんだ。じゃ、やっぱり夢じゃないみたいだよ」
 さゆりが拳を握りしめたまま呟いていた。どうやら僕を殴り飛ばしたらしい。
「殴るなら自分を殴れっ。僕を殴るなっ」
「やだ。そしたら痛いもの」
 さゆりはぱたぱたと手を振って、それからすぐにペン太の方へと振り返る。
「そんなことより、ほらっ。すごい事になってるから」
 さゆりの言葉に思わず僕は振り返る。
 その瞬間、僕は絶句せずにはいられなかった。もはやこの世のものとは思えない。
 イワトビが右の羽を空へ向けて突き出すと、同時に強い光が放たれていた。
 その光は翼をさらに巨大にしたように伸び上がると、まるで刃のように輝きを漏らした。
「ペンプレードかっ」
 ペン太が驚愕の声を上げる。
「その鋭さ、岩をも裂き。その威力、岩をも砕く。このペンプレードにかかれば、どんな
岩でも切れぬものはないのさ!」
 イワトビは高らかと言い放っていた。
「いや、いいんだけど。対象はみんな岩なんだね」
 思わずつっこむ。
「もちろんさ。ボクはイワトビだからね」
「そ、そう」
 あまりに当然のごとく認められては、もはや二の句が告げられなかった。むしろ、他に
どうしろというんだよ。
「ふ。そうくるならば、私も手加減せぬぞ」
 ペン太もイワトビと同じように羽を掲げる。
 その瞬間、光が渦を巻いて現れて、羽の回りを覆っていた。
「へぇ、ペンドリルですか。確かに破壊力ではペンプレードをも上回りますけど、その短
い攻撃範囲でこのボクを捉えられますかね」
 イワトビは鼻先で笑うと、ペン太へと剣を突きつける。
 確かにこの光の剣に比べて、ペン太のドリルはえらく短い。こうした武器で戦う場合、
長い方が有利なのは言うまでもない。
「ふん。長ければいいと言うものではない。結局最後は腕が全てを決めるのだ。いくぞ」
 ペン太はドリルを構え、それから大きく空へとジャンプしていた。
 それと同時に、ペン太の足から再びジェット気流が放たれる。
 そのままものすごい勢いで、イワトビへと突進していた。さすがのイワトビもこれには
驚いた様子で、慌ててペン太を避ける。
 激しい音を立てて、プールの一部が粉砕していた。あがった水しぶきには、コンクリー
トの塊もいくらか含まれている。
 これには遠巻きにみていた観衆も驚いた様子で、慌ててこの場から逃げ出していく。
「く。はずしたか。だが、次はこうはいかぬぞ」
 ペン太はドリルをうならせながら、イワトビを睨み付けていた。
 すごい怖い。
 しかしイワトビは平然とした顔で、剣を構えなおした。
「なるほど。ペンギンジェットと組み合わせて、スピード攻撃と来ましたか。しかしそれ
だけではボクには通じませんよ」
「大きな口を。ならば通じるかどうか、試してみるとしようかっ」
 ペン太は再び大きくジャンプして、そのままジェット機のように突進していく。
 しかしその瞬間、イワトビが大きく飛び上がっていた。
 ペン太はプールサイドを思い切り砕くが、すでにそこにイワトビの姿はない。
「なにっ!?」
「イワトビ一族は、ペンギンの中でももっとも飛翔力がある事を忘れていたようですね」
 イワトビはペン太のはるか上空へと舞い上がり、そのままペン太に向かって急降下する。
「さぁ、このままペンプレードの塵ときえてくださいっ」
 イワトビの剣が、ペン太を捉える。
 ガシンっ、と鈍い音が響き、思わず僕は目を見開く。
 イワトビの剣は、しかしペン太の体に届いていなかった。ペン太の毛が逆立ち、剣の威
力を殺していたのだ。
「なっ」
「ふ。お前こそ忘れていたのではないか。皇帝ペンギンの体には、わずか一平方センチメー
トルの間に二十枚もの羽が集中している。その羽に気を込めれば、鉄よりも堅くなるのだ」
 ペン太が勝ち誇ったように告げると、イワトビは初めて苦い顔を覗かせていた。
 いや。もうここまでくると、人間には理解出来ない世界があるんだなとしか思えないん
だけど。
 しかし二人の間ではシリアスな展開が続いていく。
「理解したようだな。お主では私に勝てないということを。さぁ、無駄な抵抗はやめて、
ペンギンクリスタルを返すがよい」
 ペン太が再びドリルを構える。
 だがその瞬間、イワトビは思い切り上空へと飛び上がった。
「逃がすかっ」
 ペン太がドリルを構え、そして飛ぼうと足に力を入れる。
「イワトビブーメランっ」
 だがイワトビは突如叫ぶと、自分の眉毛を掴み、そのまま投げつけていた。
「なにぃっ」
 これにはさすがのペン太も驚きを隠せない。
 ブーメランはペン太の足を捉える。
 ペン太はその勢いに足をとられ、仰向きに倒れ込んでいた。同時にブーメランが足かせ
のようになり、ペン太の動きを止めてもいる。
「ふっ。これがボクの奥の手です。さすがの貴方も、油断していたところに一撃を受けれ
ば、起きあがれないでしょう」
 イワトビはそのまま華麗に着地すると、不敵な笑みを浮かべていた。
「ペン太っ、大丈夫!?」
 さゆりが思わずといった様子で、ペン太に向けて近づいていく。
 だが。
「さゆりっ、あぶない!」
 僕は大声で叫ぶ。
 しかしすでに間に合わなかった。イワトビの剣が、さゆりの喉元に当てられている。
「あっと、お嬢さん。そこで止まってもらいましょうか。ここでペンティアヌス大帝を助
けられては、ボクが困りますんでね」
 イワトビが不敵に笑う。
 さすがのさゆりもやや怯えた表情で、その場に身を固めていた。
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