ペンギン来たりて空を飛ぶ (04)
「おおっ」
 ペン太は感嘆の声を漏らすと、すぐにイワトビへと振り返っていた。
「ふ。障害は去った。今ならお主を捕らえるのも可能になったな!」
 ペン太が叫ぶ。
 確かにもう襲いきていたトラップはない。
 本当に終わったのだろうか。
 僕が僅かに身構えた。その瞬間だった。
 それは足下からわらわらと湧いて生まれていた。
 いや本物ではなかったのかもしれない。だけどあまりにも衝撃的な姿に、僕は、いや僕
だけじゃなくペン太もイワトビも圧倒されていた。
 パンツ一枚だけの全身筋肉質の男が、何十人も現れて僕らを取り囲んでいたから。
 自らの筋肉を披露するかのようにポージングすると、ふんふんふんっと怪しいかけ声を
放ち続ける。
 そして彼らは僕らの回りをぐるぐると回り始めると、一斉にその口を開いていた。
『喧嘩はよくないぞー』
『争いはよくないぞー』
『平和が一番だぞー』
『あの子、ちょっと美味しそうー』
 などの声が回りから幾層にも重なって聞こえてくる。
 そしてその輪が少しずつ近づいてきていた。
「なっ、なっ、なっ」
 あまりの衝撃に僕はどうしたらいいのかわからない。
「ぺ、ペンギンジェットっ」
 ペン太があまりの衝撃にか、いきなり空を飛ぼうとする。
 しかし飛び立とうとしたその先を、マッチョの一人が足を掴んでいた。
 ペン太はそのまま地面へと墜落していく。
『逃げちゃだめさー』
『そう、逃げても物事は解決しなーい』
『平和を愛する心が大事さー』
 彼らは呟きながら、もう僕らのすぐ近くまで来ていた。
「うわぁぁ、ち、近づくなっ。仲良くするっ、仲良くするからっ」
 僕は叫ぶ。
 すぐにペン太を立たせて、その肩をがくがくと揺らす。
「仲良くするよな。もう喧嘩しないよな。つうかそう行ってくれ。なぁっ」
『うふふ。本心からおもわなきゃ意味がないのよー』
 マッチョはもはや目と鼻の先まで近づいていた。
 彼らはそれぞれがヒンズースクワットしたり、僕らに髭づけをなすりつけたり、変なポー
ズをとったり、なぜか回転して踊ったりしていた。
 もはやこの世のものとは思えなかった。
「な、仲良くする。仲良くするぞっ」
 ペン太が思い切り叫ぶ。
『あら、それはよかったわー』
 マッチョ達がにこやかに呟くと。
 そのまま全ての僕らの回りで、一斉に筋肉を痙攣させ始めた。
 ぴくぴくぴくと脈打つ彼らの筋肉に、僕はどうしたらいいのかわからず、少しずつ気が
遠くなっていく。
 そして、彼らの内の一人おもむろに僕を抱きしめる。
『うふふ。これは仲良くしてくれた事へとお・い・わ・い』
 そしてそのまま思い切り僕へとくちづける。
「うぎゃぁぁぁぁぁ」
 あまりの事に、僕はそのまま気を失っていた。


 気がつくと、僕はベッドの上だった。
 全身にびっしょりと汗とかいている。
「ゆ、夢だったのか?」
 僕は辺りを見回しながら呟く。
 そう、そうだよな。ペンギンが喋ったり、飛んだり、剣をだしたりする訳はないし。あ
まつさえ筋肉男の集団が現れて、迫ってきたりするはずがない。
「本当に恐ろしい夢だった」
 溜息をついて、それからもういちど布団の中に潜り込もうとする。
 その瞬間。ばんっと大きな音が響いて、僕の部屋の扉が開く。
「まことまことまことーっ」
 大きく僕の名を呼ぶのは、幼なじみのさゆりだ。いつも通りの日常に、思わず安堵の息
を漏らす。
「なんだよ。さゆり。僕はいま起きたばかりなんだ。もう少し静かにしてくれよ」
 さゆりが賑やかなのは今に始まった事ではないけれど、さすがにあんな悪夢を見た後で
は頭に響く。
「だって心配だったんだもの」
 さゆりは言いながら僕の顔を覗き込む。
 心配って、と訊ね返す前に、その音が耳に入ってきていた。
 ぺたぺたぺたぺた。何かスリッパで歩いているような音を立てながら、さゆりの後ろか
ら小さな影が姿を現す。
「ふむ。その様子なら大丈夫そうだな」
 ペン太だった。
 だとしたらあれは夢じゃなかったのか。
 え、マジ。うぇぇぇぇぇ。
「でも、ホント良かったよ。あのマッチョな男の人達が現れた時はどうなるかと思ったも
の」
 さゆりの一言に、希望が全て打ち砕かれる。
 頭をくらくらとさせながらも、僕はその事を出来るだけ片隅に追いやっていく。
「そ、それはともかくとして。結局どうなったんだよ」
 僕はとりあえず話を逸らしてみる。
「ああ、ペンギンクリスタルなら私の手元にあるな。二人には世話をかけた。大儀であっ
たぞ」
 偉そうに告げると、懐から取り出してみせる。確かにあの時の水晶が、ペン太の手に、
いや羽に収まっている。
 よく見ると、水晶の中には何か光の玉のようなものが納められていたが、それはもはや
どうでもいいことだ。
「そうか。イワトビは?」
 得体の知れない水晶よりも、僕にはそちらの方が気にかかった。あのイワトビはもうど
こかに去ってしまったのだろうか。
「む。奴か、奴は」
 ペン太が言いにくそうに後ろを振り返る。
 そこには何故かイワトビの姿も有った。
「やぁ、落ち着いたようだね」
 イワトビが微笑むようにして告げる。
 なぜイワトビがここにいるのか。あまりの不思議に僕は思わず叫ぶ。
「なんでお前がここにいるんだよっ」
 だがその叫びを聞いた瞬間、ペン太もイワトビも、さゆりまでもが眉をつり上げていた。
「だめっ。そういう事いったら」
 さゆりの静止の言葉もむなしく。
 ぶわんっと鈍い音が響いて、部屋の中を埋め尽くすようにマッチョ男達が現れていた。
『喧嘩はよくないぞー』
『争いはよくないぞー』
『平和が一番だぞー』
 再び彼らの恐怖のダンスが始まる。
「な、な。なぜ」
 僕は完全に頭を混乱させていた。
『また喧嘩しちゃだめよぅ。な・か・よ・く・ね』
 マッチョのうちの一人が、しなを作って僕へと寄り添っていた。
「うわぁぁぁぁ。仲良くするっ、するから、消えてくれぇぇぇ」
 僕が叫ぶと、しばらく僕の体をなで回した後、やっとマッチョが消えていた。
 ぜいぜいと溜息をつく。
「ま、まだ続いていたのか。あれ」
「それがねー、もうしばらくの間はみんなで仲良くしてないと、彼らが現れるみたい。あ
んまり離れすぎても駄目みたいだよ」
 さゆりがのほほんとした声で告げていた。
 どうやらもはやさゆりは慣れてしまったらしい。自分が被害に合わないからというのも
あるのだろうが。
「と、いうことは?」
 あまりの展開に、僕は体を震わせていた。
「うむ。我々も離れる訳にはいかぬからな。しばらくの間、やっかいになるぞっ」
「ええ、ボクも厄介になります」
 ペン太とイワトビが同時に呟く。
「わぁ。可愛いのが沢山で、よかったね。まこと」
 さゆりが僕の肩に手を置く。
 僕は呆然としたまま、とのあえず辺りを見回してみる。
 大きなペンギンと小さなペンギンが、何か仕方なさそうに話している。
 さゆりが何故か嬉しそうに、にこやかな笑みでそのペンギンを眺めていた。
 これが、現実。
 あり得ない。あり得ないから。
 僕は現実を噛み締めながら、そのまま背中側に倒れ込んでいた。
「ああっ。まこと、大丈夫!?」
 遠くなる意識の中でさゆりの声が何とか聞こえてくる。
 こうして僕の理屈なんて通じない日常が、始まりを告げていた。


                               了
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