ペンギン来たりて空を飛ぶ (01)
 突然、空からペンギンが降ってきた。
「ぺ、ペンギン!?」
 僕は慌てた声を漏らしながらも、ペンギンを何とか避ける。
 しかしそれでもペンギンは止まらない。ものすごい勢いで地面へと衝突する。
 ぐわがらがしゃんっ。激しく音を立てて、道路を回転していくと。
 がん。
 最後に民家の壁に激突していた。
 そのままぴくりとも動かない。
 あれだけの勢いでぶつかったのだから、本物のペンギンであれば死んだだろう。
 うん。これはきっとそうだ。可哀想に。
「南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏。成仏しなよ」
 とりあえず念仏を唱えてみる。
 何だか知らないが、無茶をしたものだ。ペンギンが空を飛べるはずもなかろうに。
 しかし次の瞬間。せっかくの念仏が利かなかったのか、ペンギンはおもむろに立ち上が
る。体長にすると小学生の子供くらいはある。ペンギンの中でも、かなり大きな種類のペ
ンギンだ。
 彼は器用に羽で体を払うと、それからおもむろに僕を睨み付けていた。
 そして事もあろうか、ペンギンは突如まくしあげるように話し始めていた。日本語で。
「愚か者! 誰が死んだのだっ。誰が! ええいっ、縁起でもないっ」
「ぺ、ペンギンが喋った!?」
 僕は思わず声を漏らす。
 それはそうだろう。なんたって、ペンギンだよ。ペンギン。ペンギンが喋ったんだ。そ
れも日本語で。普通驚くだろう。この世のものとは思えない。いや夢か幻か。つか、だい
たいこのペンギン何者。
 僕の中にいくつもの疑問が後から後から浮かんでくる。そしてまるでその質問に答える
かのように、ペンギンが声を張り上げていた。
「ふん。うつけ者め。この私を誰だと思うてか。ペンギンはペンギンでも、ただのペンギ
ンではない。ペンギンの中でも最も高貴なる存在。ペンギンの長たるもの。その名も皇帝
ペンギンなるぞっ。王様ペンギンや、イワトビ。ましてやケープペンギンのような下賤の
者と一緒にするな。皇帝ともなれば、人間の言葉を操るなどたやすい事なのだ!」
 皇帝ペンギンを名乗るペンギンは、偉そうに胸を張ったポーズで告げていた。
「いや皇帝だか何だか知らないけど、ペンギンは喋んないよ、普通」
 僕は溜息をついて、ペンギンへと近づく。それから襟根っこを掴んで、わさわさと毛の
中をあさり始めた。
「わ、何をする」
 ペンギンが抗議の声を上げるが、僕は気にせずに体を探り続ける。
「しっかし良くできてるよね。これ。スイッチはどこかな。電池はどこ。操縦は無線みた
いだね」
「わははははっ。やめ、やめいっ。くすぐったいであろうがっ。ええいっ、いいかげんに
せんか!」
 ぺしっ。
 ペンギンの羽が、僕の顔を張り倒していた。
 その反動で僕の手から逃れると、華麗に回転してうまく着地する。
「この無礼者めが。先も言ったが、我は皇帝なるぞ。皇帝。いかに種族が違うとはいえ、
敬って当然であろうが」
 ペンギンは体をぶるぶると震わせながら言い放つ。それからぺたぺたと足音を立てなが
ら、僕の目の前で止まった。
 こうしてみると体長はだいたい一二〇センチというところだろうか。ずんぐりむっくり
とした、流線型の体つき。黒と白のツートンカラーの中に、ややこぶりの羽が左右につい
ている。
 その姿は、どこからどうみてもペンギンでしかない。確かにリモコン操作のロボットに
しては精巧すぎる。それにもしラジコンだとすれば、さっきの衝撃でもどこも壊れなかっ
たというのはあまりにも不自然だったし、先程触れた時のぬくもりは、とても生々しかっ
た。
「え、まさか本物!? いや、そんなはずは」
「ふん。愚か者め。お主は、ペンギンも見た事がないのか。嘆かわしいものだ」
「いやペンギンは見た事あるけどさ。だから普通ペンギンは喋らないって」
 僕は頬をかきながら、もういちどペンギンを見つめてみる。
 何度見返しても、どこからどうみても、ペンギン以外の何者でもない。もしかして僕は
夢でも見ているのだろうか。
「ふん。皇帝ペンギンに不可能などない。それよりもだ、お主。この辺りで、おかしな奴
をみなかったか?」
「いや、君が一番おかしいけど」
 僕は目の前のペンギンを指さしてから、少し眉を寄せた。何で僕はペンギンとまともに
会話しているのだろう。
「無礼者! この皇帝に向かっておかしいなどと言ってのけるとはっ。ここが大ペンギン
帝国なら、不敬罪で絶壁突き落としの刑でも生ぬるいくらいだ」
 ペンギンは本気で怒ったのか、くちばしをぱくぱくと動かしながら、羽を上下に振るう。
 でも所詮ペンギンはペンギン。あんまり迫力はない。
「まぁ、よい。奴がここにいないなら、お主にもう用はない。どこへでも行くが……」
 ぐぅ。そっぽを向いて言い放とうとすると同時に、ペンギンのお腹が思い切り音を立て
ていた。
「そ……そうであった。腹が……減った」
 ペンギンは急に体をゆらすと、千鳥足で左右にたたらを踏んで、そのまま崩れるように
地面に倒れ込む。
「こんどこそ死んだ?」
 僕の問いに、ペンギンからの答えは無かった。どうやら完全に気を失ったらしい。


「すまぬな。礼を言おう」
 ペンギンは僕の買ってきたイワシを丸ごと十匹ほど平らげると、深々と頭を下げた。
 今は僕の部屋の中だ。さすがに喋るペンギンがうろうろしていては、外では目立ち過ぎ
る。それに気を失っていたから少しは安静にした方がいいだろうと思い、さっきまで僕の
布団に寝かしていた。
 もっとも今は平然とした顔で、食事をしている訳だが。どうやらただお腹が空いただけ
だったようだ。
「別にいいけど。さすがに目の前で行き倒れてるのをほっとけないし。それにしても、よ
く食うね。君。これで十一匹目だよ」
 ペンギンは今も頭を上に向けて、僕の差し出したイワシを丸飲みしていた。
「うむ。奴を追うのに夢中になって、一月ほどろくに食事をしてなくてな。さすがに腹が
減っておった」
「一月も!? そんなになってまで、一体誰を探している訳?」
「うむ。探しているのは、あの強力な戦士を数多く抱えている事でも有名な、イワトビ族
の一員だ。奴はその中でも、群を抜いた実力の持ち主なのだが、禁忌を破って罪を犯した。
その罪はとてつもなく重い。必ず探し出して、討伐せねばならぬ。この私の命をかけてで
もな」
 ペンギンは重たい声でゆっくりと告げる。
 その頭は空を見上げ、くちばしを天高くつきだしていた。
 だから僕は、とりあえずイワシを口の中につっこんでみる。
「ぐはぁっ!?」
 ペンギンは思い切りイワシを吐き出して、けほけほと咳を漏らしていた。
「何をするっ、このたわけものめっ」
「いや、イワシをくれという催促かと思って」
「馬鹿者っ。今のシリアスな話のどこに、そんなそぶりがあったというのか!?」
 ペンギンは怒りを込めた目で僕を見つめると、それから両方の羽でしっかり吐き出した
イワシを抱えて、口の中に戻す。
 少しだけ租借したあと、再び僕を睨み付けていた。
「全く。食べ物は大事にせねばならんというのに、これだから人間という奴は」
「文句いいながら、結局食べるんじゃないか」
「当然だっ。食べられる時に食べておかねば、奴には勝てぬ」
「奴ねぇ」
 僕がオウム返しに呟く。
 ここに喋るペンギンが一匹いるのだから、他にもおかしなペンギンがいても不思議では
ない。しかしそうであれば、すぐにニュースにでもなりそうなものだけれど。
 僕は声には出さずに呟くと、窓から外を眺めてみる。もちろんペンギンの姿はない。
 息を吐き出して、振り返った瞬間。不意に僕の部屋の扉が開いた。
「まことーっ。まことまことまことっ」
 同時に響く僕を呼ぶ声。
 そこには長い髪を左右で結んだ、いわゆるツインテール姿の少女が立っていた。
 髪型のせいかやや顔つきが幼く見えるが、歳の頃は僕と同じ十四歳。背は標準よりも少
し高い方かもしれない。細くすらりと伸びた手足が、余計にそう思わせた。
 彼女は久瀬さゆり。一応僕の幼なじみでもある。
 しかし普段から大きな目が、今はさらに大きく広げられていた。その目はペンギンから
一時も離れない。
「な、なにそれっ。ペンギン? うそ、可愛い。ちょっと、どこで買ったの。いいな、ペ
ンギン。ペンギーーン。ペンペンペン太ー」
 部屋の中に入ってくるなり、怒濤の勢いでまくし立てる。そしてそのままペンギンを力
一杯抱きしめていた。
「ぐはぁ!? や、やめぬかっ。苦しいであろうが」
 ペンギンはばたばたと羽と足を振るっていたが、さゆりは気にせずペンギンを羽交い締
めにしている。
 いや本人そんな気はないんだろうけど。
「うわ。気持ちいい。ふかふかー」
 そのままペンギンに頬ずりしていた。その間もみしみしと軋む音が聞こえてくる気がす
る。このままほっとくと、彼は潰れて死ぬんじゃないだろうか。
「さゆり。君さ、可愛いものに問答無用で抱きつく癖なんとかした方がいいと思うよ。つ
いでに、今ペンギンが喋った事に対しては何か感想とかない訳?」
「え。このペンギン喋るの? へー。すごーい。ほら、ペン太。喋ってみて」
 さゆりは勝手に名前をつけて、ペンギンの肩をがくがくと揺らす。
 その様子に僕は呆れて溜息を漏らした。
 さゆりはいつもこうだ。よく言えば多少の事では動じないと言う事なのだろうが、物事
を正確に理解していないと言った方が正しいとは思う。
 つまり今もペンギンが喋る事のおかしさを、全く気にしていないという事だ。
「ぶ、無礼者っ。私はペン太などという名前ではないわっ。ペンティアヌス大帝という立
派な名前があるのだ!」
「ペンティ……。それ却下。長いし面倒くさいし。いいじゃない、ペン太で」
 ペンギン改めペンティアヌス大帝の主張は全くもって受け入れられなかった。
「なっ。この私を皇帝と知っての所行かっ。ええい、このうつけものがっ」
 ペンティアヌス大帝……まぁ、でも確かにペン太でいいかな。ペン太は、抗議のつもり
か首を長く伸ばして、上下に突き出している。
「ふぅん。ペン太は皇帝なんだ。でも、ペンギンならイワトビペンギンの方が好き」
 さゆりの何気ない一言に、ペン太は大きく目を開いていた。
「な。この皇帝が、い、イワトビに劣るというのか!?」
 その言葉が相当ショックだったらしい。ペン太はがっくりと肩を落として、そのままふ
らふらしながらたたらを踏んだ。
 そして両方の羽で頭を抱え込んで、そのまま布団へと倒れ込む。
「く。屈辱だ。まさかこのような辺境の地まできて、かように侮辱されようとは。大ペン
ギン帝国の民に聞かれたなら、まるで面目が立たぬ。皇帝たる私が馬鹿にされるという事
は、帝国の民全てが侮辱されたも同然。く、そこのおなご。そこになおれっ。叩き斬って
くれるわっ」
 ペン太は、よたよたしながらも何とか立ち上がり、右の翼を大きく振り上げる。
「やだな。馬鹿になんてしてないって。ただイワトビペンギンの方が好きっていっただけ
じゃない」
 さゆりは全く悪びれもせずに、ペン太の頭をぽんぽんと叩く。
 同時にペン太の眉、というか目の上の部分が跳ね上がった。
「そういえば君はイワトビを追っているんだっけ?」
 不穏な空気を感じて、僕は口を挟んでみる。このまま二人を放っておいても、ろくな結
果にならない気がした。
 しかし冷静に考えてみると、幼なじみがペンギンと口論してるから話題を逸らすなんて
いうのは、尋常な状態じゃないな。
 まぁ、なんだかよくわからないうちに喋るペンギンにも慣れてしまったんだけど。
「む。そうだ。こんな辺境の地まで追いかけてきたのは、奴を追う為だ。ここでおなごと
争う為ではない」
 ペン太はさゆりから目を離すと、部屋の窓から外を見ていた。その追いかけているイワ
トビの姿を夢想しているのかもしれない。
「イワトビもいるの? へぇ。そのイワトビも喋るの?」
 さゆりの声に、ペン太は少し嫌そうに目を寄せたが、すぐに元に戻して話し始める。
 それにしてもペンギンってこんなにも表情豊かなものなのだろうか。喋るペンギンとも
なれば、それくらい当然かもしれないけれど。
「わからぬ。奴はイワトビ族の中でも、屈指の勇者ときくからな。もしかすると喋るくら
いの事は出来るかもしれぬが」
「へー。イワトビは喋られるかどうかわかんないんだ。だったらペン太の方がすごいね」
「ペン太ではないっ。ペンティアヌスだ。全くこのおなごは。しかし当然であろう。私は
皇帝、全てのペンギンの長だからな。私よりも優れたペンギンなど、この世には存在せぬ」
 ペン太は胸を張って答える。
 まぁ、そりゃ喋るペンギンがあちこちいても怖いとは思うけど。
「それもそっか。喋るペンギンがそんなにたくさんいるのなら、今頃ニュースにでもなっ
てるものね」
 さゆりは言いながらテレビをつける。
 鈍い音を立てながら映し出した映像は、どこかのプールのようだ。かなり多くの人手が
見える。
 そのプールサイドに並べられたロッキングチェアの上で、毛を逆立てたイワトビペンギ
ンがアロハシャツを着てくつろいでいた。
「奴だぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
 ペン太が大声で叫ぶ。
 僕はあまりの事に唖然として口を開けたままだ。しかしさゆりは楽しげにイワトビだっ
等と大はしゃぎだったし、ペン太は怒りに満ちた瞳でテレビの中のイワトビを睨んでいた。
 テレビではニュースだか何だかわからないが、イワトビに向けてインタビューをしてい
る最中だった。
 イワトビがさわやかな表情で答えていた。
『本物かって、もちろん本物に決まっているよ。ここに来た目的? バカンスさ』
 イワトビは告げながら、カップに入ったドリンクを飲んでいた。余裕たっぷりの表情は、
自分が追われているという自覚はなさそうだ。
「どこだっ。奴はどこだっ。ええいっ、誠とか呼ばれていたな。この映像はどこを映して
いる」
 ペン太にもテレビが画像に過ぎない事はわかっているらしく、羽を左右ともばたばたと
跳ね上げながら大騒ぎしていた。
「どこって言われても」
 これがどこかのプールだと言う事はわかる。しかし僕はプールなんて市民プール以外に
行った事はないから、想像もつかない。
 しかしその答えは思わぬところから発せられた。
「これ、柳町のスターホテルだと思うよ。ここからだとかなり距離があるけど」
 さゆりが髪の毛を指先で遊びながら答えていた。
「さゆり。お前行ったことあるのか?」
「まさか。あんな高級ホテルに行った事あるわけないでしょ。この間、たまたまドラマに
出てたから。そう、あのときは紫堂瑞穂がね」
 さゆりはそのままそのドラマについて語り始めそうな雰囲気だったが、すかさずペン太
が割って入る。
「むっ。せわしいおなごだとばかり思っていたが、意外と物知りよな。よし案内してくれ
るか」
「いいけど遠いよ。電車だけでも三十分はかかるから、ここからなら一時間くらいかかる
んじゃないかな」
「遠いか。だがここは一刻を争う。もたもたしている間に奴に逃げられては元も子もない
からな。ならばあれを使うか」
 ペン太は一人ぶつぶつと呟くと、やがて意を決したように羽に力を入れた。
「よし、まずはとにかく外に出るぞ。いくぞ、皆のもの」
 ペン太は高らかに宣誓すると、そのままぺたぺたと歩き出した。
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