遊園地のディドリーム (11)
「ふわーふわー。目がまわるちゃー」
 くるみちゃんはそういいながらも、楽しそうにくるくるくるくる回し続けていた。
 そんな様子をみていると、なんだかとめちゃいけない気がして、私も回し続ける。
 でも楽しいって思ってくれたかな。
 楽しい事、集められたかな。
 ……わ、私はちょっとばかり辛いけど。
 でもくるみちゃんは一生懸命、ぐるぐるぐるぐると回し続けている。
 笑顔だな。
 私は目を回しながらも、どこか安心していた。もちろんくるみちゃんはいつも笑顔だけ
ど、でも違うんだ。
 いつもの笑顔は、どこか陰のあるくすんだ顔。寂しさと、悲しみを内包した、憂いのあ
る笑み。
 きっとこの笑みを知っているのは、私だけ。いま世界中で私だけなんだ。
 すっごく嬉しいな。
 ……あ、頭がいいかげんふらふらしてきたけど。
 ぴーーーー。
 終わりを告げるベルがなった。
 は、はぁ……。目が回る。
「ふわー。目がまわったちゃー」
 くるみちゃんはふらふらした足取りで、コーヒーカップから降りる。
 ……と、いうか、ふらふらしてるのは私の方かも。
 目、目がくらくらする。
 はぅぅ。
「おっもしろかったねー。ボク、これ初めてのったよ」
 くるみちゃんはまだ興奮さめやらぬといった感じで嬉しそうにしていた。
 その時。
(すごいよなー。あの子、よほどストレス溜まってるんじゃねー)
(そうね。綺麗な顔してるのに。まぁ、でもあの服の趣味だし、屈折してるのかも)
 近くにいたカップルの「声」が届いてくる。
 あ……。
 私の胸がぎゅっと痛む。
 どうして。そっとしておいてくれないのだろう。
 ……どうして。
 私にしかわからないのだろう。
 空気が、すごく冷たい。
 クリスマスカラーの電飾が。なぜか突然、しらじらしく思えた。
 寒い。
 誰も信じないだろう。私が人の心がわかるなんていう事は。
 誰も信じないだろう。
 くるみちゃんがここにいるだなんて事は。
 いまくるみちゃんは、私にしか見えていないはず。この笑顔も、この悲しみも他の誰に
も見えていないのだから。
 くるみちゃんが何なのか。私はよく知らない。でも昔から私は不思議なものが見えた。
 いわゆる幽霊というものも、時々目にしていた。みんなそうだと思っていた。
 だけど、うすうすそれが違うというのは歳をとるにつれてわかりだした。
 あの子はちょっと空想が過ぎる。そういう評判が定着するまで、そう長い時間は必要と
しなかった。幼い頃の私はそれでも主張したけども、多くは信じてくれなかったし、ある
いは気味悪がった人すらいた。
 そして次第に誰とも話さなくなっていった。だから私の周りには友達はいない。特に高
校生になって以来、もう本当に誰とも話さなくなった。
 あるいは私がそれを望んでいたのかもしれない。同じ中学から進学した子もいるけども、
私の知っている顔はいない。
 高校に入ってから積極的に誰かと話したりもしていないし、お昼はいつもどこか離れた
場所で食べていた。幸いクラスの人達はみんな良い人ばかりで、いじめられたりする事は
なかったけど。
「菜摘お姉ちゃん」
 くるみちゃんの声に、はっと我に返る。
 いけないいけない。つい物思いにふけってしまうのは私の悪い癖だ。こんなだから、空
想癖があるなどと思われてしまうのだろう。
「えへへ。楽しかったね。ボク、ひさしぶりに楽しい事をみつけたよ」
 くるみちゃんは嬉しそうに告げる。
 その笑顔をみた瞬間。ああ、そんな事はどうでもいいなって思えた。
 でも私が上げられる笑顔はこれが精一杯だと思う。
 私はただくるみちゃんを見られるだけ。彼女に何かしてあげる事は出来ないから。
 彼は。和希くんは、どうしてくるみちゃんと出会えたのだろう。
 初めは彼も不思議なものが見えるのかと思っていた。でもそれにしてはどこか違うなっ
て思う。
 彼は間違いなく信じていた。くるみちゃんがごく普通の女の子である事を。それは結宮
さんにしても同じだけど。
 何かが始まりかけている。
 それが何なのか。私は知っている。
 もうすぐクリスマス。
 この街が、この遊園地が。最高に盛り上がる日になる。
 いままでになく楽しい日に。
 それをくるみちゃんは待ってる。私にはわかる。
 大事な欠片を、探している彼女の事が。
 くるみちゃんの探している無くし物。それはきっと手の届かないもの。形はないもの。
 たとえば空気を手で掴もうとするような、そんなこと。
 でもそれは形に現れる事もある。
 和希くんがくるみちゃんの小指に結んでくれた風船。何よりもくるみちゃんは嬉しいと
思っただろう。
 指先に結んでくれた風船、という形になって確かに現れていた。
 くるみちゃんが探しているのは、無くしてしまったのは。楽しさだから。
「ボクね。楽しい事をみつけなきゃいけないんだ」
 初めてであった時、くるみちゃんはそう私に告げた。楽しい事なんて知らない私に。
「菜摘お姉ちゃんも、楽しい事探しているんだね。ふわー。ボクと一緒」
 くるみちゃんは、にこにこと微笑みながらそう告げていた。
 でも彼女の微笑みが本当の笑顔ではない事を、私は一瞬のうちに感じ取っていた。
 この子は、本当に私と一緒なんだと。
 ずっと一人でいたんだと。
 くるみちゃんはここから外にでる事はできないだろう。
 くるみちゃんは幽霊、ではないと思う。幽霊だったなら生前の記憶や、痛み。死ぬ間際
に強く願った事を覚えているはずだから。
 でもくるみちゃんには初めからずっと遊園地にいた記憶しか残っていない。遊園地の中
で、ただ「楽しい事」を探して歩いているだけで。
 じゃあなんなのか、と言われたら私にはわからない。ただ彼女もうずっと長いことここ
で彷徨い続けているのだという事。少なくとも私と出会ってから一年以上も。
 楽しい事を集めたらどうなるのか。どうして楽しい事を探しているのか。それもわから
ないけども、もうすぐその願いが叶う。
 根拠もなにもない。ただ私がそう感じているだけ。でも、私には不思議な力があるから。
はっきりと感じられるんだ。
「ね、くるみちゃん。くるみちゃんはどうして楽しい事を探しているの」
 思い切って訊ねていた。
 前はきいても答えてくれなかった問い。だけど、いまならきっと答えてくれる気がする。
「ふわー。よくわかんないけど。一杯集めると奇跡が起きる気がするよ」
 くるみちゃんはにっこりと笑う。
 奇跡。どんな奇跡が起きるというのだろう。
「そしてね。もうすぐなんだよ。あとね、ちょっとだけ集めたら沢山たまるんだ」
 くるみちゃんはそっと笑う。
 私も、ただ笑顔を返していた。
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