遊園地のディドリーム (09)
三.緑川菜摘。独り。

 不思議だな、って私は思う。
 こんなに沢山の人がいる。私の周りに、そしてくるみちゃんの周りに。
 私とくるみちゃんは同じだ。ずっと独りだった。誰にも気が付いてもらえずに、ただじっ
としていたのに。
 ベンチの眠り姫。
 この遊園地の人が、私の事をそう呼んでいる事は知ってる。
 馬鹿をしているな、とは私だって思わない訳じゃない。
 もう卒業して一年近くたつというのに、中学の頃の制服をきて、毎週ここに座り続けて
いる。それは正直、端から見ておかしい人だろうと私だって思う。
 夏場は日光にやけないように日焼け止めクリームぬって日傘を差して。冬場にはコート
とマフラーを着込んで。じっとここに座っていた。ときどきトイレと飲み物を買いにくら
いは席を外したけど。
 くるみちゃんと初めて会ったのは、ちょうど一年くらい前かな。受験も間近に控えて、
焦りばかり感じていた。
 友達。ずっと友達、いないから。
 でも、当たり前だと思う。私、愛想悪いし、あまり喋らないし。あまり笑いもしないし。
自分から話しかける事もない。
 かといってとびっきりの美少女でもないし、何かの才能がある訳でもない。出来るのは
せいぜい勉強くらいかな。それだって自慢できるほどじゃない。
 そんな私にわざわざ構おうなんて人は少ないだろう。
 でも、くるみちゃんは私をみつけてくれた。うんと、私がくるみちゃんをみつけたって
言う方がいちおう正しいかな。
 お互いに独りでいる同士で、引き合うものがあったのかもしれないね。
 でもあれからずっと会えなかった。どうして会えなかったのか、わからない。もう一度
くらい出会えてもいいはずなのに。
 そして月日が流れて、先週。やっともういちど会えた。くるみちゃん、ぜんぜん変わっ
てなかった。すっごく嬉しかった。
 なぜだろうな。
 彼の周りには、人が集まる。くるみちゃんも彼にひかれて現れたんだと思う。結宮さん
も、彼にひかれているのがみててはっかりとわかるし。
「和希くん。こんにちわ、二人、仲いいんだね」
 私は小さく微笑んでいた。
 こんな風に、素直に笑えるのはなぜだろう。初めはそっけなく答えたのだから、やっぱ
りくるみちゃんをつれてきてくれたからだろうか。そうだとしたら、私は現金だな。
 でも、いいよね。いまこうして笑えているんだから。
「まぁね。幼なじみだかんな」
 和希くんは、嬉しそうに笑って結宮さんの頭にぽんぽんと手を乗せていた。
「もうっ、すぐそういう事するんだから」
 結宮さんが声をあげて怒っていた。ああ、二人ホントに仲がいいんだな。いいな、そう
いうのって。
 自然に笑みがこぼれていた。忘れていた感覚を取り戻していける気がした。
 この二人と一緒に話してみたいなと思う。裏庭で話しかけられた時も、ぜんぜん嫌じゃ
なかった。嬉しいってほどでもなかったけど、楽しくは感じていたし。
「へいへい。悪かったよ。で、それはともかくとして。みんな揃って何やってんだ」
 にこやかに和希くんが口を挟む。
「えっと。別に何って訳じゃないけど。私がここ通りかかったら、菜摘さんとくるみちゃ
んがたまたまいて」
「ふぅん。ま、いいや」
 うわ、結宮さんまだ話してる最中なのに。
「もうっ、かずちゃん。いいとかいうなら、初めからきかないでっ」
 夏樹さんが怒って、ぷんっと顔を背ける。
 あはは、いいな。こういうの。夏樹さんが本気で怒っている訳でないのわかるし。和希
くんの事、すごく好きなんだろうな。
「まぁ、それはそれとして。せっかくみんな揃ってるなら、一緒にめしくおーぜ。俺、腹
減ってさ」
 和希くんのお腹がぐぅ、と大きくなる。確かにこれはお腹すいてそうだ。
「……ごめん。私、もう食べちゃったよ」
 アリス……じゃなかった。結宮さんが済まなさそうな顔で告げる。
「ああ。ま、そっか。本来、いま休憩時間じゃねーもんな。俺も忙しくてぜんぜん休憩で
きなくってさ。やっと落ち着いたから、ちょっと休もうと思ったんだけど」
 和希くんは残念そうに肩を落とす。
「あ、じゃ。二人はどーだ」
「……私は構わないんけど」
 小さく告げて、ちらりとくるみちゃんに視線を向ける。悲しそうな顔で、ぷるぷると首
を振っているのが見えた。
 それはそうだろうな。くるみちゃん、いけるはずがない。
「くるみちゃんが駄目みたいだから。私もやっぱりだめ」
 告げた瞬間、再び和希くんががっくり肩を落とす。
「なんだよー。じゃ、夏樹。お前まだ休憩のこってんなら、社員食堂でつきあってくれ。
そこまで後乗せてやるから」
 列車の後を指さして、はぁ、と溜息をついていた。うーん、悪い事したかな。
 でも。私にとって大切なものを、もう無くしたくないから。
 小さく心の中で思う。
「やだよ。恥ずかしいもん」
「んだよ。その格好がだいたい恥ずかしいだろ」
 和希くんの言葉に、夏樹さんが突然、ぽかっと殴りつけていた。
「恥ずかしくないのっ。可愛いのっ。仮にもうちのスタッフがそんな事いっちゃだめっ」
 夏樹さんはむーっと唸りながら、和希くんをぽかぽか殴りつけている。ぜんぜん痛くは
なさそうだけど、少しムキになっているのがみてとれる。
 結宮さん、かわいいなぁ。私もこんな感じでいられたら、楽しくいられたのかな。
「うわっ。やめろって。わかった、わかったよ。俺が悪かった」
 和希くんは逃げ回りながらも、顔は笑っていた。こうやって言い合うのが二人のコミュ
ニケーションの方法なのだろう。
「もう、かずちゃんはいつもそうなんだから。ほらっ、私の休憩時間も残り少ないし、早
くいくからねっ」
 と、そこまでいって夏樹さんの表情が大きく変わる。
「あ、えっと。ご、ごめんなさい。恥ずかしいところみせて。えっと、私達これでいくけ
ど、またお話してくださいね」
 夏樹さんはぺこりと頭をさげて、それから和希くんへと向き直る。
「ほら、かずちゃん。ちゃんと挨拶して。お辞儀して」
「おう。またな、二人とも」
 和希くんが列車にのりこんで、軽く手をふると、くるみちゃんが嬉しそうな顔で手を振
り替えしていた。
 でも私にはわかる。
 くるみちゃんが心から笑っていない事。
 どうしたんだろう。何が悲しいのかな。一緒にご飯にいけないことかな。
「くるみちゃん」
 私の言葉に、くるみちゃんが振り返る。
 そして、二人の姿がみなくなった頃、私の胸の中に飛び込んできていた。
「菜摘お姉ちゃんっ。ボク、ボク」
 涙を目にいっぱい溜めて、くるみちゃんは私にしがみついて涙している。
「無くしちゃった。大事なもの、無くしちゃったよ。どうしよう。探さないと」
 わんわんと泣きだしていた。
 大切なもの。
 ……そうか。
 私は一人納得して、くるみちゃんの頭にぽんと手を置いた。
「私もさがすよ。だから泣かないで」
「……うん……でも」
 微笑みかけると、くるみちゃんは僅かに泣きやんで私の顔を見上げる。
「大丈夫。絶対みつかるから」
 私は力強く告げていた。
 くるみちゃんが何を無くしたのか。それは私にもわからない。
 でも私は知っている。くるみちゃんが探し続けているものを。
 ずっと私が探していたものと同じもの。私とくるみちゃんは同じだから。
 私は昔からずっとそうだった。人とは感性が違うのか、他の人には感じられないものを
感じられる。
 例えば人の想い。
 誰が何を考えているのか。なんとなくわかってしまう。精度はあまり高くないけど、そ
れが大幅に間違っていた事はない。
 嫌らしい想いが直接ぶつけられる事もある。だから私にとって人中は苦痛だった。
 それでも遊園地という場所は嫌いじゃなかった。楽しい事が沢山つまっていて、楽しい
人が多くて。
 スタッフの人からは疲れとかの感情も感じられるけど、でもそれでも喜びとか嬉しさの
方が強くて。
 楽しい場所だなって思う。
 その中で、とてもつまらない感情ばかりまき散らしていたのは私。
 でも、それもこの間まで。
 くるみちゃんともういちど会えて、そして。
 心の中で強く描く。
 あんな風に、私に近付いてきた人は初めてだったかもしれない。
 和希くん。
 友達に、なれるかな。
 くるみちゃんとも、友達になってくれるかな。
 くるみちゃんを幸せにしてあげてほしい。
 私じゃ無理みたいだから。
 楽しい事をずっと探している。
 楽しい事。嬉しい事。
 沢山つまっているはずのこの場所で。
 私は楽しい事を知らない。だから、くるみちゃんに与える事はできないから。
 楽しい事を、沢山伝えたい。
 誰よりも沢山。
 くるみちゃんに、教えたい。
 教えたいのに。
 私じゃ、教えられない。
 私も探さなきゃいけない。私の楽しい事。楽しいと思える事。
 どうしたのいいのか、全くわからないけども。
 ここにいればみつかるかな、探せるかな。くるみちゃんを待っているだけでなくて、そ
んな願いがあったから、ここにいられたんだと思う。
「うん、がんばるちゃー」
 くるみちゃんは元気良く告げていた。いつのまにか、もう笑っている。
 くるみちゃんはやっぱり笑っていて欲しいと思う。笑顔が一番、似合うと思う。
 あの時のような悲しい顔は、もう見たくない。
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