遊園地のディドリーム (08)
 休憩時間とは言え、服装はアリスのままだ。遊園地のスタッフだという事はすぐにわか
る。あんまり近くによる訳にはいかないよね。
 歩きながらも、ふとおもう。
 いつものベンチを遠目に覗いてみる。
「あ。」
 私は思わず声を漏らしていた。
 すごい格好だなぁ、と思う。白いファーのついた黒のケープ。その下に、お揃いの黒い
ファーのついたワンピースドレス。
 ……なんかある意味、遊園地の制服といっても似合うかもしれない。これで十字架とか
つけたらホーンテッドハウスの制服っていえば通りそうだなぁ。
 でも、すごく似合っていた。かわいらしいなって素直に思える。普通の子がつけていた
ら似合わないと思うけど、ベンチの眠り姫はすごくほっそりとしているし、どことなく品
があるからお嬢様って感じだ。
 私とはほんと違うなぁ。私は真面目だけど清楚じゃないし、すぐ怒るしすねるし。おて
んばってほどでもないけど、ああいうのは間違いなく似合わないし。
 このアリスの服だって似合ってるかどうかは微妙だけど。
 おとなしい地味な格好が一番似合ってるかな、私は。そういうのが好きだし。あ、でも
ロングスカートは最近あまりみないから、目立つけどね。そこは私の個性って奴だよね。
うん。
「ゆいお姉ちゃんっ」
 と、その瞬間だった。不意に背中にぱふっと飛びついてくる。
「わわわっ」
 二、三歩よろめいて、それから慌てて振り返る。
 な、なにっ? あ。
「くるみちゃん」
 振り返った先にいた少女の名前を呼んで、にこりと微笑む。この間と同じジーンズのオー
バーオールが可愛らしいなって思う。
「えへへー。また会えたね。おねえちゃん」
 スカートごしにしがみついたくるみちゃんが満面の笑顔で微笑んでいた。この間みせた
悲しみの色が嘘のように。
 あれは何だったんだろう。彼女はどこにいったんだろう。思う事は沢山ある。
 でも、いまこうして笑っている彼女をみていたらそれでいいなって感じた。
「あーっ。ゆいお姉ちゃんだけでなくって、菜摘お姉ちゃんもーっ。菜摘おねーちゃーん」
 大きな声で叫んで手をふる。
 その声に答えるように、ベンチの眠り姫が振り返っていた。
 そして今まで一度もみた事の無い、嬉しさのにじみ出る笑顔を浮かべていた。
「また、会えたね」
 くるみちゃんに向けて、静かに優しく告げていた。
「うん。でも、今日は先週ぶりっ、だね。ふわー、でも、こんなにすぐ会えるなんて思わ
なかったよ」
 くるみちゃんは私から離れて、こんどはベンチの眠り姫へ向かって飛び込んでいく。菜
摘さんとか呼んでたから、たぶんそれが名前なんだろうな。
 王子様に会えたみたいだぜ、と言っていたかずちゃんの台詞をふと思い出していた。そっ
か。そうなんだ。くるみちゃんが彼女の待ち人だったんだ。
 それからふとバルーン・ベンダーを探していたくるみちゃんの姿を思い出す。
 そっか。かずちゃんはくるみちゃんを介して彼女と話したんだろうな。自然、そう納得
していた。列車の後を付いてきた、という台詞にも。
 かずちゃんの事だから、この子に風船をあげたりしたんだろう。それで仲良くなって眠
り姫とも話したんだよね、きっと。かずちゃん、ああみえて優しいし子供好きだから。
「私は今日も会えるって信じていたよ」
「ふわー。そうなんだ。それは、びっくり仰天の助だぁ」
 くるみちゃんがよくわからない事を言い、思わずくすりと笑みをこぼしてしまう。かわ
いらしいな。やっぱり。
「仰天の助なんだ。と、いっても私はいつも会えるって信じているけどね」
 眠り姫はにこやかに微笑んで、くるみちゃんへと優しい顔を向けていた。
「うん。そっか。親友だもんね、ボク達。あ、でも菜摘お姉ちゃん、いつもと格好が違う
ね。それも仰天の助だぁっ」
 眠り姫の服装をマジマジとみつめながら、ふわーと驚きの声をあげていた。
 確かにいつもの制服姿を見慣れていたら、ずいぶん印象が違うなって思う。
「先週、会えたから。今まで前と同じ格好じゃないと、私の事わからないんじゃないかと
思って、ずっと同じ格好してたんだ」
 にこっと眠り姫が笑う。
「ふわー。ボク、平気だよ。菜摘お姉ちゃんの顔、忘れたりしないよ。たぶんっ」
「うん。そうだったら嬉しい」
 眠り姫は、儚げなまるで溶けてしまいそうな笑顔を浮かべている。しれっと「たぶん」
の部分は無視してるけど。なんかくるみちゃん、意外と口悪いなぁ。
 ああ、でも眠り姫はなんかぎゅーっと抱きしめたくなるなぁ。私も女の子だけど可愛ら
しいなって素直に思える。いいな、いいな。
「あ。ゆいお姉ちゃんはいつもと同じ格好だね。アリスのかっこ、かわいいちゃー」
 にこにことくるみは笑う。
 あ、れ? 私の心に違和感が走る。この間あった時はもちろん制服だった。そうすると、
いつもこのアリス姿の私をみていたんだろうか。
 でも考えてみればくるみちゃんは年間パスポートをもっているみたいだったし、私が気
がつかないうちに何度も遊びにきていたのかもしれない。常連のビジターの多くは覚えて
いるけど、中には気がついていないだけの人だっているよね。すべてのお客さんが気軽に
声をかけてくれる訳ではないし。
 そもそもだからこそ、くるみちゃんはあの時、私に声をかけたのかもしれないし。
「ゆいさん? あ。ハンプティ・ダンプティ・パーティの方」
 眠り姫は私を軽く見上げて(私の方が少しばかり背が高いから)、僅かに眉を落とす。
 あ、私は一方的に顔を見知ってるけど、眠り姫は私の事知らないんだよね。彼女、アト
ラクションにはこないし。ずっとここで座っているだけだものね。
 制服から私がここのスタッフだって事はわかったみたいだけど、知らない人である事に
は違いない。
「あ、はい。私、ここのスタッフの一人で結宮夏樹っていいます」
「……私は、緑川菜摘です。えっと、くるみちゃんとは、お知り合いですか?」
 僅かに不安そうな、でもなんとなくそれでいて嬉しそうな顔をして私をじっと見つめて
いた。
 なんだろう。不思議な目線だ。どこか本当に久しぶりの友達にあったような照れた顔、
そんな風にすら感じられる。
 もちろん私は眠り姫の事はバイトを初めてからずっとみてる。でもその間に話しかけた
事はいちどもないし、そもそも私の持ち場はここからやや離れているので、そんなには見
知ってもいない。
 彼女自身もここから殆ど動く事がないから、うちのアトラクションにくる事もない。
 だから、顔見知りだという事はぜんぜんなくて。なのにどうしてだろう。彼女は、微か
に目の端に涙すら浮かべて、優しく微笑んでいる。
 今までこんな顔は一度も見たことがなかった。誰が話しかけても、そっけない程「ほっ
といてください」としか喋らないって話だったのに。
「あ、はい。と、いってもくるみちゃんとはこの間、初めてあったばかりなんですけと」
 むしろ私の方が緊張してうまく喋られないよ。立場が逆転してるよね、これじゃ。
 うーん、私も元気な方ではないし。むしろおとなしい方だとは思うけど(って、かずちゃ
んがきいてたら、お前のどこがおとなしいんだよって笑いだしそうだな。むぅ、かずちゃ
んめっ。っていない人に勝手に怒ってもしかたないよね、私って馬鹿?)、でもそれは彼
女の方のはずなのに。
「あ、そうなんですか。えっと、結宮さん」
「はい、そうなんです。えっと、緑川さん」
 わ。言ってから気が付いたけど、なんか間抜けな台詞だな。これ。私、そのまま返して
るだけじゃない。
 えっーと、何かいわなくちゃ。
 混乱している頭に、突然、軽くぽんと何かが乗せられる。
「よう、みんな揃って何やってんだ」
 声は軽く響いた。
「かずちゃん!」
 思わず大きな声で叫んでいた。いつのまに来たのか全く気が付いていなかった。バルー
ン・ベンダーの列車は近付けば、それなりに大きな音がするのに。
 みると後にぼっぼっぼっと汽車のような音をたてながら列車が止まっている。とはいっ
ても、本当はこの列車は電気自動車なんだけど。
 でもかずちゃんの登場に、私は明らかにほっとしていた。かずちゃんは眠り姫と話した
事もあるみたいだし、初対面の人とでも話せるっていう特技もあるし。
「おう。俺だぞ。間違っても、かずぴょんや、がじらん、ましてやピポポタマス三世なん
かじゃないぞ」
 かずぴょんがまた訳のわからない事を言う。あ、違った。かずちゃんだよ。
 それにしてもかずぴょん、がじらんはまだしも、ピポポタマス三世って何だろう。ピポ
ポタマスって確か動物園にいるあのカバの事だよね。かば三世?
「もう、かずちゃんってば。相変わらず変な事ばっかりいって」
「あいっかわらず、お前ノリが悪いなー。そこでぜひ何かぼけろよ」
 かずちゃんは、けたけた笑いながら私の頭を軽くぽんっと叩く。
「かずちゃん、いたいよ。もうっ。乱暴しないで」
 ほんとは全く痛くないんだけど、僅かに顔をしかめてかずちゃんを叩き返す。もちろん、
しっかり力を込めておく。
 でも、叩かれてちょっと嬉しいって思ったりするけどね。あ、私もけっこう馬鹿?
「和希くん。こんにちわ、二人、仲いいんだね」
 眠り姫がくすっと小さく微笑んだ。
「まぁね。幼なじみだかんな」
 かずちゃんが、ぽふぽふと私の頭に手を乗せていた。子供扱いされてるみたいだ。
「もうっ、すぐそういう事するんだから」
 怒りながらも、とてもとても嬉しかった。眠り姫の前だと、なんかもっとよそよそしく
されそうな、そんな気がしていたのに。
 私、やっぱりいつも心配しすぎみたい。
Back Next
良かったら読んだ感想を下さい!
タイトル
お名前 (必須)
メール

★このお話は面白かったですか?
すごく面白かった  面白かった  まぁまぁ面白かった  普通
いまいち  つまんない  読む価値なし

★一番好きな登場人物を教えて下さい
和希  夏樹  美紅  菜摘  くるみ

★もしいたら嫌いな登場人物を教えて下さい(いくらでも)
和希  夏樹  美紅  菜摘  くるみ

★好きな台詞があれば


★印象に残ったシーンがあれば


★その他、感想をご自由にどうぞ!