遊園地のディドリーム (07)
 更衣室。上着のボタンを一つずつ外していく。暖房は入っているけども、人がいないか
らか少し寒い。
 私やかずちゃんは他の早番の人達より入るのが少し遅いからなぁ。それは私達が高校生
だから、というのもあるけども、ちょっと特殊な役割だからというのもある。
 早番の人はみんな5時頃にはいなくなっているのだけども、私達はだいたい7時すぎま
でいる。要はちょうど早番と遅番の架け橋になってるのかな。
 かずちゃんの場合は、バルーン・ベンダー自体が少し早い6時半に終わってしまうから
だ。それから列車をしまい、売り上げを精査して7時までという事になっている。
 もしかしたら私の時間はお父さんが気を利かせてシフトを組んでくれたのかもしれない。
 私の気持ちに気付いてるかどうかは別にとしても、幼なじみで仲が良い事は知っている
だろうから。
 それまでもこの時間のシフトに入る事はたまにはあったけども、今月は全てこのシフト
だし。これは素直にお父さんに、感謝。
 アリスのエプロンドレスに着替える。この服、けっこう着替えに時間がかかって面倒く
さい。
 可愛いんだけど、ペチコートとか普段つけなれないものもあるから、手間取って仕方な
いなぁ。
 でもこの服。ファンタジックランドの中だから着られるけど、外では絶対きられないな。
ふりふりで恥ずかしいし。――でもこの中だったらけっこう可愛いよね。似合ってると思っ
てるんだけどなぁ。
 そんな事を思いながらも、着替えをすませて控え室に戻る。
 その瞬間だった。
「よ。遅かったな」
 かずちゃんの声が響く。
「あ。待っててくれたんだ。先にいってもよかったのに」
 そう言いながらも、待っててくれた事はちょっと嬉しい。今日は前と違って書類がある
訳ではないし。
「ま。せっかく一緒にきたんだしな。どうせ俺はそこだし」
 かずちゃんが控え室の向こうを指さす。バルーン・ベンダーの列車はこの控え室の隣の
建物に格納されている。かずちゃんの持ち場までは確かに近い。
「うん。そうだね。かずちゃん、そうでもなければ待っててくれないもんね」
 軽く微笑みながら告げる。口ではそんな事をいうけども、実際にはかずちゃんはいつも
待っててくれる。たまに置いて行かれるけど、いつも追いかければ追いつく場所にしかい
かない。
 そういうところが、優しいんだよね。
「それに。お前、本気で忘れてるみたいだしな」
 かずちゃんは、声を殺しながら笑っている。
 う、うーん。えーっと。なんだろう。何を忘れているっていうんだろう。
 うんと、かずちゃんに貸したCDはこの間返してもらったし。かずちゃんから借りたゲー
ムは挫折して返したし。他には特に貸し借りしていた物は無いはずだし。
 なんだろう。えっと宿題は昨日の夜にもう終わらせたし。今日は土曜日だから、バイト
の日だけど、バイトはちゃんときてるし。
 えっと今日は十一月。最後の土曜日。明日から十二月。そんな訳で、今日はもうクリス
マスイベントがまっさかりで。
 あれ、十一月最後の土曜日?
 不意に思い出した。もう、ほんとにすっかり忘れていた。
「あ、そっ……か」
 言葉にならない。声にならない。
 本人すら忘れていたのに。覚えていて、くれたんだ。覚えていて。
「やっと思い出したか。せっかくいろいろやろうと思って用意しておいたのに、お前こな
いんだもんな」
 かずちゃんは、笑いながら言う。
 たぶん、またいっぱいいじわるを用意していたんだろう。かずちゃん、私いじめるの好
きだもんね。
 それを嬉しいと思ってる私も私なんだろうなぁ。でもかずちゃん、ホントに酷い事はし
ないから。最後は必ず笑ってくれるし。
 それでもいいよね。
「ま、いいや。とにかくさ、せっかくだから、忘れないうちに、ほら」
 かずちゃんがそういってぽんと小さな包みを投げる。慌ててキャッチすると、ぱすっと
軽く音が響いた。
「うん、ありがとう。開けてもいい?」
「だめ」
「うわ。即答。かずちゃんの、けちーっ。でもいいもんね。開けるもんね」
 大きな声で叫んで。でも、包みに手をかける。
「あ、こら。だめっていっただろ」
 かずちゃんが、慌てて止めようとする。
 ふふーんだ。もう遅いよ。私はしっかり包みを開けきっていた。
「かわいいっ」
 思わず声を上げる。
 そこに入っていたのは、一匹の赤い小さなくまの人形。その隣に二つのバスビーズが入っ
ている。お風呂に入れる入浴剤だ。
「かずちゃん。ありがとう。私、ほんとに。……嬉しいよ」
 かずちゃんがくれたぬいぐるみを手にして。
 悲しかった事。全て忘れて。
「ま、誕生日だし。毎年っていう約束だからな」
 かずちゃんは照れくさそうに言うと、そっぽを向いてしまう。
 あ。
 思わず私は呟いていた。ずっと昔に交わした約束。たぶんまだ二人が小学生くらいの頃。
その時に、毎年ちゃんとプレゼント送りあおうねって約束した事があった。
 その後、私の誕生日にはクラスメイトも含めて誕生会とかして、その時に普通にプレゼ
ントだけは手渡されていたけども、まさかあの約束を覚えていただなんて。
「んじゃ。いくか。あ、俺は来月だからな、来月。二十四日だぞ。ま、クリスマスイブじゃ
忘れもしないだろうけどな」
 かずちゃんはにやりと口元を綻ばせる。
 そうだ。今年のプレゼントは、絶対にかずちゃんに喜んでもらえるものをあげたい。
 私はしっかりと心に決める。
「うん。大丈夫。とっておきがあるんだよ。見せたいものがあるんだよ。だからその日は
空けておいてね」
「へいへい。了解」
 かずちゃんは、さらりと了承していた。わ、言ってみたの私だけど、いいのかな。だっ
てクリスマスイブだよ。イブっ。
 うん。まぁ、たぶんバイトが入っちゃうんだろうけど。終わった後でもいいや。二人で
観覧車のって、遊園地を見回したりして。
「かずちゃんに大空をプレゼントするからね。ちゃんと約束果たしてね」
 不意に思いついた事。絶対に叶えたい。その時なら、きっと。
「んだよ。空なんていらねーよっ。どうせくれるんなら食えるものの方がいいな、俺は」
 かずちゃんは怒った口調で、でも笑いながら顔を背ける。これはかずちゃん、照れてる
証拠だなっ。
「もうっ。かずちゃんってば、すぐそういう事いうんだから」
 一緒にいられる事が、こんなにも嬉しい。
 一緒にいたいよ。かずちゃん。私の気持ち、気が付いているのかな。

「おや、夏樹ちゃん。いまお昼?」  ふとかけられた声に後へと振り返る。  ピーターパンの格好をした見知った顔のお姉さんが一人立っている。美紅さんだ。 「あ、はい。今日はちょっと忙しくてなかなか休憩に入れなくて」  もう時間は三時を回っている。かなりの客の入りでなかなか休憩に入るタイミングが計 れなかった。  ついさっき、やっと少し落ち着いてきたところだ。ここまで忙しかったの、ひさしぶり だよ。ほんと。  でも、ちょうどクリスマスイベントも始まったからかな。そりゃあ忙しくもなるよね。 がんばらなくっちゃね。  幸せそうなカップルみてると、ちょっぴり「うらやましいな」って思わなくもないけど ねー。でも私が二人の幸せを手助けできているなら、すごく楽しいと思うし。  あ、それに。ほんっと時々だけど私に会いに来てくれる人もいたりするけど。アリスの 格好って、やっぱり可愛いから、三割増しくらいで可愛く見えるだろうからなぁ。  でも、やっぱり嬉しいけどね。……ちょっと困ってしまう人もいるけどなぁ。手にぎっ てきたり、写真とったり。いちおうファンタジックランドはアトラクション内での写真は 禁止なんだけどねー。 「やっぱりね。あ、私もそーなんだよね。なんか今日はすっごく忙しいよ。ま、この制服 はタイツがある分、寒くなくていいけどね」  緑色のタイツを軽くつまんで、くすっと笑う。ざっくばらんな態度だけど、なんだかほ んのりとした色気を感じさせる。  あああ、美紅さん、かわいいなぁ。美人だなぁ。いいないいな、私もこんな風に大人っ ぽくなりたい。なりたい。  よっし、今日からこんな風な色気が出せるようにがんばろう。 「あ、そういえば。寒いっていえば例のベンチの眠り姫。今日もきてたね。でも、いつも と格好が違ったね。制服じゃなくって、私服だったよ。なんかいつもとぜんぜん違ってま た可愛かったね。私が男だったら惚れるね、あれは」  冗談っぽく告げる。  わ、そんなに可愛かったんだ。ちょっと私もみてみたいかも。  ふと思う。そして、さっきまで彼女にどこか焼き餅すら焼いていたのに、今は全く気に もしていない事に、僅かに苦笑する。  現金だな、私って。内心思う。でもいいよね。だって約束したんだもん。 「じゃ、私はいくよ。またね」  と、その瞬間、美紅さんは告げるとくるりと振り返って、すたすたと歩き出す。いつも 通りのマイペースさだ。  そうなると、ご飯も食べ終わったし。残り時間、暇になっちゃったな。かずちゃんとは 休憩時間もずれちゃったし。  見に行ってみようかな。  美紅さんの言葉に興味を引かれて、私はただ歩き出していた。
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