遊園地のディドリーム (06)
 あれから数日が過ぎた。
 表面的には何も変わらない。かずちゃんも、もういつも通りだったし、何も変化はして
いないと思う。
 でも、かずちゃんはなんだか妙にそっけない気がするのは私の気のせいなんだろうか。
 今日は土曜日だ。ファンタジックランドでのアルバイトの日。
 かずちゃん、迎えにいくかな。
 もしかしたらまた釣りとかにいっちゃうかもしれないし。ほっておいたら、何するかわ
からないもんね。
 うん。迎えに。
 そう思いながらも、何故か足が進まなかった。向かっていたのは、遊園地への道のり。
 かずちゃんの家は、このすぐ近くなのだけど。回り道にはなるけど、五分も変わらない
のだけど。
 しばらくてとてとと歩く。
 歩くとなると、微妙に遠いなぁ、と思う。大した距離ではないけども、いつもかずちゃ
んの自転車の後ろだったからなって思う。
 なんだかんだいって朝はかずちゃん、いてくれた気がする。
 かずちゃんがまだバイトを初めていない時でも何だかんだで送ってくれる事多かったし。
 口で言うよりは、ずっと優しくて。ちゃんと見ていてくれる。
 私の気持ちだけは、今でも気が付いてくれないみたいだけど。
 それとも気が付いているけども、気付かない振りをしているのかもしれない。
 私に好かれても、かずちゃんは迷惑だなって思っているのかもしれない。
 自分の事、自分で卑下しちゃうほど、私は弱くないし、悲劇のヒロイン気取りたくもな
い。自分の事は、よくわかってるつもりではある。
 すっごく可愛い、とはいかなくても。そんなに悪い方ではないと思う。スポーツも得意
でもないけど、苦手じゃない。
 成績は良い方だと思う。真面目なのが私の取り柄だから、その証拠かな。
 スタイルも悪くはないと思う。ちょっと下っ腹が気になるけど、女の子なら共通の悩み
だよね。これは。
 すっごくもてるタイプではないけど。かといってぜんぜん駄目なんて事はないよね。
 でも。私はかずちゃんの好きなタイプとは違う。それだけは、痛いほどわかっている。
 かずちゃんの好きなのは、大人しくてちょっと不思議な感じのする、可愛らしい子。
 ちょうどあのベンチの眠り姫みたいに。
 あの子の事、ずっと気にしてるの、わかってた。かずちゃんは、遊園地であって以来ずっ
とあの子の事考え続けてる。
 どこの誰かもしらない。あの制服はたぶん第三中学の制服かな。そうすると、まだ中学
生なのかもしれない。
 私やかずちゃんは高校一年生だから、歳としては離れていないし。釣り合いは取れてる
よね。
 やっぱり気になる。
 ばかだな、私。そんなに思うんなら、素直に訊けばいいのに。
 そんなにかずちゃんが好きなら。告白でも何でもしてはっきりさせればいいのに。
 でも、怖いよ。私、怖いよ。かずちゃんがいなくなるのが怖い。ずっと傍にいた、かず
ちゃんが。
 ずっとがんばってきた。誰にも文句を言われないくらい、がんばってきた。それくらい
誇らせて欲しい。
 でも。その誇りはかずちゃんがいてくれたから。だから、がんばれた。かずちゃんがい
なくなっても、私はがんばれるだろうか。誇りをもっていられるだろうか。
 ……うーん、依存症だね。これじゃあ。
 もっと一人でもがんばらなきゃね。
 私は強く手を握りしめて歩く。
 一人でも。
 そう思った瞬間だった。
 すぅっと隣を影が過ぎた。そして次の瞬間。
 キキキキキッ、と甲高い音を立てて、自転車が止まる。
「夏樹ぃっ」
 影は大きく叫ぶ。聞き慣れた声。聞きたかった声。聞きたくなかった声。
「かずちゃん?」
 思わず私まで叫んでいた。かずちゃんが自転車で追いかけてきたのだ。
「お前、いっつも迎えにくる癖に、なんで今日に限ってこないんだよっ。何かあったかと
思っただろーが」
 かずちゃんは自転車から飛び降りて、あ、スタンドもたててないから、がちゃんっと音
を立てて自転車が倒れてる。もう、かずちゃんったら、ちゃんとしないと。
 そんな事を思っている内に、すぐに私の目の前まで、ものすごい勢いで向かってきてい
た。
「今日に限ってって。別に私、かずちゃん迎えにいく約束してる訳じゃないし」
 そりゃあ今日はバイトの日だし、シフトも同じだから一緒にいく方がいいかな、とは私
も思ったけど。
「うるさいっ。ばかっ。あーっ、もうっ。いいから早く乗れ。遅刻すんぞ」
 かずちゃんは声を荒げながら、自転車を起こす。あれ、変だな。妙に口調が荒いのは、
かずちゃんが照れている証拠。どうしたんだろ。
「うん」
 とりあえず頷いて、素直に後ろに乗る。かずちゃんはそれを確認すると「いくぞっ」と
大きく声をあげて自転車を走らせた。
「でも、かずちゃん。だめだよ。自転車はちゃんと大事に乗らなきゃ。物を粗末にすると
良くないよ。いけないよ」
 不意に、ちょっと気になった事をいってみる。かずちゃんはどうも物を乱暴に扱う傾向
がある。学校の机に登り龍彫ったりとか。
 すごいとは思うけど、そーいうのは良くないと思うな。私。
 と、なんだかあんまり関係のない事を思いながらも、いつものかずちゃんだな、と思っ
て嬉しくなる。
「いーだろ。俺のなんだから。って、んなことより。夏樹。お前、意外とあまのじゃくな
奴だったんだな。知らなかったぜ。たく」
 と、不意にかずちゃんが不思議な事を言う。
「あまのじゃくって。どうして」
 きょとんとした顔で、訊ね返してしまう。思い当たる節がない。
「やっぱり忘れてやがるな。ま、俺はかまわねーけどなー」
 かずちゃんはやや意地悪い声で告げる。そういう風に言われると気になるなぁ。なにか
な、なにかな。
「もうっ。かずちゃん、ちゃんと教えて。すぐ何かにつけて内緒にするんだから」
 一体なんなんだろう、と思いながらも、かずちゃんの背中をぎゅっと捕まえる。
 なんだかこうしていると幸せだな。
 そう思った。さっきまでうじうじしていたのが嘘みたいに、晴れ晴れとしている。
 私、やっぱりかずちゃんがいなくちゃ駄目なんだな。一緒に居て欲しい。
「へへ。教えてあげないよ、じゃん」
「もうっ。かずちゃんってば」
 そんな事をいいながら、ふと気が付くとファンタジックランドに辿り着いていた。
「おっし。ついたぞ」
 かずちゃんはキキィっと音を立てて自転車を滑らせる。
「きゃっ」
 思わず小さな声を上げてしまう。かずちゃんはホント乱暴なんだから。少しは後にいる
人にも気をつかってよねっ。
「もう。かずちゃん、乱暴だよ。危ないよ」
 もう、かずちゃんってこの短い時間に何回いったかなぁ、なんて事を思いながら内心、
私は笑っていた。顔にはださないようにして。
「いいじゃん。別に振り落とした訳じゃねーし。ほら、早くいかねーと。もう並んでるお
客もいるみたいだぜ」
 かずちゃんの言葉にゲートを方へと視線を移す。まだ開園まで一時間近くあるというの
に、今日も沢山のお客さんが並んでいた。
 あの中にベンチの眠り姫もいるんだろうな、とも思う。私がここで働くようになってか
ら、一度も見なかった事がない。雨の日や雪の日ですら。
「そういやさ。あの中に今日もあの子はいんだろうな」
 かずちゃんの言葉に、胸がどきん、と跳ね上がる。同じ事考えてたんだ。
 ちょっと嬉しくもあり、悲しくもあった。
 やっぱりかずちゃんは、彼女の事が気になるのかなって。
「あー、でも。先週は王子様がやってきてたから、今日はどうだろうな」
「え?」
 思わずかずちゃんの顔を見上げる。
「ああ。たまたま王子様が俺の後ろをずっとついてきててな。で、偶然目撃したって訳だ」
 かずちゃんはこともなげに告げる。
 そういえば、昔からそうだったな。かずちゃん、たまたまちょうど良くそういう現場に
居合わせる。何か決定的な場所に居合わせるんだよね。
 一種の巡り合わせって奴かな。私はあんまりそういうのないんだけど。
「でも、この間話した調子だと、またきてんだろうな。あいつ」
 かずちゃんはふと何気なく告げる。
 この間話した。
 胸が再び、ずきんと痛んだ。
「え。この間っていつ」
「ん。えーっと、月曜日だな。知ってたか? あの子、うちの学校の生徒なんだぜ}
「え、えーっ?」
 びっくりしてつい声をあげていた。全く想像もしていない事だっただけに、純粋に驚い
ていた。ほんと、びっくりだよ。
「でも、かずちゃん。あの子、いつも第三中学の制服だよ。中学生じゃないの」
 そう。確かにあの子は中学校の制服だった。私はかずちゃんと同じ泉二中だったから、
第三中学の子とは知り合いはしないけど、制服は第三中学の物で間違いないし。
「そーいや、ここでみた時はうちの制服じゃなかったよな。なんでだろ。ま、会ったら聞
いてみっか。今日もいるかもしれねーし」
 かずちゃんは何か嬉しそうに呟く。
 なんだかやっぱり寂しくなる。
「ま、とにかくいこうぜ。時間もなくなってきたしな」
 かずちゃんの言葉に、はっとして私も小走りに駆け出す。かずちゃんはもうさっさと控
え室へと向かっていた。
「もうっ。まってよ、かずちゃん。一人で先にいかないで」
 その後を追いかける。
 はぁ。この短い間に、かずちゃんってさらに何回思ったかなぁ。かずちゃん病だよ。こ
れじゃあ。
 もう少し、独り立ちしないとね。私。
 内心思いながら、そっと手を握っていた。
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