遊園地のディドリーム (03)
 列車が走る。
 とことことついてくる。
 列車が止まる。
 ぴたりと止まる。
 そんな事を、そろそろ一時間くらい繰り返しているだろうか。
 まぁ、ちびっ子だから、そーいうのもわからなくもないが。
 十歳には満たないくらいだろうな、この子は。オーバーオールの、まぁ可愛い事もなく
はない女の子だ。
 別にそーいう趣味はないけど。
 しっかし風船売りの列車が珍しいんかな。それにしても一時間もすれば飽きそうなもの
だけど。
 風船を買いにきた家族連れに風船を渡して、それから後ろにいる少女へと振り返る。
「おい、がきんちょ」
「うぬわっ?」
 女の子に向けて声をかけた瞬間。彼女は慌てて声を上げていた。
 なんだ。自分からついてきておいて、大げさな奴だな。
「別にとってくいやしないから、恐がらなくってもいいって」
 和希は苦笑しながら、風船を一つ手にとる。
「風船ほしいんだろ」
「ふわー。ボクにいってるの?」
 女の子は、あからさまに驚いていた。俺と風船とを交互に眺めている。
「そりゃ、ここにはお前しかいないだろ。で、風船ほしいんだろ」
 俺はすっと風船を差し出す。
「でででででもっ、ボクお金もってないよ。だから」
 慌てた声で漏らすと、しゅんとして小さくなっていた。
 ち、しょーがねーな。俺は内心思いながらも、財布から三百円を取り出した。
「いいか。この風船は三百円だ。ここに俺の財布の中から取りだした三百円がある」
 ちゃりん、と音をたてて集金箱へとお金をいれる。
「これでこの風船は俺のものだ。つまり俺がどうしようと勝手だ」
 もういちど風船を差し出して、それから少し顔を背けて言う。
「だからお前にやる。風船、欲しいんだろ」
「いいのっ?」
 女の子はぱぁっと大きく目を輝かせていた。だが、おっかなびっくりという感じで手を
伸ばそうとはしない。
 まぁ、俺としては三百円は痛いが、こう後ろからずっとついてこられるのはすごく気に
なって、うざいからな。いや、別になんだ。それだけだぞ。他には何もないからな。
「ああ。もってけ。でも、あれだぞ。今日だけだかんな」
「うん。ありがと、お兄ちゃん」
 女の子が満面の笑顔で、ぺこりと頭を下げて風船を受け取っていた。
 ま、たまにはこういうのもいいだろ。
「無くすなよ」
「うんっ」
 大きく頷いた女の子に満足して、それから再び列車へと乗り込んだ。
 ゆっくりと列車が走り出していく。それと同時に女の子も歩き出していた。
 列車が走る。
 とことことついてくる。
 列車が止まる。
 ぴたりと止まる。
 って、さっきと変わってないじゃんか。
 まぁ、別についてきたいならそれはそれで構わないんだけどさ。
 ぶつぶつ言いながらも、俺は列車を走らせる。やがて、またベンチが見えてくる。
 あの子がずっと座っていたベンチが。
 少女は少し震えているように見えた。はぁ、と手に息を吹きかけている。
 そりゃあ、こんなところにずっと座っていれば身体も冷えもするだろう。
 雨の日はどうしているのだろうか。雨の日も傘を差して、ここでこうしているのだろう
か。彼女は、何故ここにいるのだろう。
 いくつもの疑問が頭の中を横切る。声を掛けたくて仕方なかった。何て言えばいいのか、
頭の中でぐるぐる回っている。
 それなのに答えが出る前に俺は、言葉を漏らしていた。
「よう、眠り姫。まだ今も居眠り中か?」
 何気ない挨拶。彼女の前で、手を挙げて話しかける。
 同時に不意に彼女が立ち上がった。
 瞳に、僅かに涙すら浮かんでいるように見えた。
 だけど、笑顔で。本当に嬉しそうな満面の笑顔で。
 彼女は、こちらへと駆け寄ってくる。
「また、会えたね」
 彼女の台詞に、俺は少なからず驚いた。
 さっきはあんなに剣呑とした雰囲気だったのに、再開を喜んでいる。
 いや、違う。
 俺はすぐに気が付いて、後ろへと振り返る。
 彼女は俺の事なんてみちゃいない。見つめているのは、ずっと後ろをついてきていた女
の子。
 俺のあげた風船を嬉しそうにもったまま、きょとんとした顔を浮かべている。
 だけど、その次の刹那。
 女の子はにっこりと微笑んで、ベンチの眠り姫に向かって駆けだしていく。
 つまりこの子が、王子様って訳だ。
「ふわー。ひさしぶりだね。菜摘お姉ちゃん」
 王子様はてとてとっという雰囲気で、菜摘と呼んだ少女へと駆け寄っていく。
「ボクも、会いたかったよ」
 女の子は、ぱぁっと明るい笑顔を浮かべて、ぽすっと小さな音を立てて菜摘の胸の中に
飛び込む。
「くるみちゃん」
 女の子の名前(だろう)を呼んで、その頭をゆっくりと撫でる。
 くるみは菜摘に両手で抱きつこうとして、その瞬間。手に握っていた風船が離れていく。
「あ、あーっ」
 大きな声をあげて手を伸ばすが、もう届かない。
 風船はふわふわと、そのまま上空高く飛んで。いこうとした瞬間。
 俺の手が風船の紐を掴む。
「こら。無くすなよっていっただろ」
 風船をくるみへともういちど手渡して、軽く頭をこづく。もちろん力はぜんぜん込めて
ないが。
「わわわわ。ごめんちゃー」
 くるみは風船をもっていない方の手で頭を抱えながら、たたっと軽く駆ける。
 しかしすぐに戻ってくると、風船をみつめながら「えへへー」と笑っていた。
 まぁ、がきんちょらしくてほほえましいっちゃほほえましいけどな。
「無くさないように結んでおいてやるよ」
 きゅっと小指の先に、紐をきつくない程度に結びつける。
 最初は腕に巻こうかと思ったけど、その方がなんとなく自分でもっている感じがするか
な、と思った。
「ありがと。……えっと、名前」
「あ、俺の名前か。和希だよ」
 戸惑うくるみに、ぽんと頭の上に手を置いて答える。
「うん、和希お兄ちゃん。ありがとう」
 にっこり子供らしく笑顔を見せる。
 いや、これだけ嬉しそうにされると悪い気はしないな。ま、それに子供は俺、嫌いじゃ
ないんだよな。
 内心、頷きながら、ぽんぽんともう一度、頭に手を乗せる。
 ふと気が付くと、その様子をベンチの眠り姫、じゃなくて菜摘がじっと見つめていた。
「えっと」
 菜摘はぽつりと呟く。
「これ、あなたが?」
 これ、というのは風船の事だろうな。
「まぁね。ほんとはまずいんだろーけどさ。ずっとついてくるもんだから、気になってね。
ま、俺って優しいから」
 笑いながら、ぱたぱたと手を振る。
「そっか。そうなんだ。あなたも」
 菜摘は頷くと、突然にこやかに微笑んだ。初めてみた時とは、あまりにも違う笑顔。
 俺の胸が、僅かに震える。
「ありがとう。おかげで、くるみちゃんとまた会えた」
 菜摘が軽く頭を下げて言う。
 おかげでって、この子が勝手についてきただけだけどな。とりあえず「おう」と軽く答
えておいた。
 しかしまだどこか口調が硬いけども、さっきのように突き放すような感じはなくなって
いる。
 お、これはちょっと進展って奴?
「ふわー。これは和希お兄ちゃんと、約束の印だっ」
 小指に結びつけられた風船をばんとって俺と菜摘の前に広げて、嬉しそうに笑顔を浮か
べている。
 こうして喜んでもらえると、なんか俺まで嬉しくなってくる気がするよ。
「おう。約束だぞ。今後こそ無くすなよ」
「うん。今度は無くさない」
 風船の紐をぎゅっと握りしめて、ぴょんぴょんと飛び跳ねていた。
 何がそこまで嬉しいのかはわからないけども、子供の頃ってちょっとした事がすごく嬉
しかったりしたっけな、とも思う。
「でさ、二人は知り合い?」
 菜摘とくるみの二人に向けて訊ねてみる。
 まぁ、聞かなくてもわかるけど。
「ふわー。うんと、ボクと菜摘お姉ちゃんは親友って奴?」
 ぶいっとサインをして、くるみが言い放つ。
「そういうことかな」
 菜摘は、やや照れた笑みを浮かべながら言うと、くるみの頭をそっと撫でる。
 えへへー、と笑いながらくるみは菜摘の胸の中に身を任せていた。
 まぁ、ベンチの眠り姫も待ち人に会えたみたいだし、そろそろ仕事に戻らないとな。
「そかそか。んじゃ、俺いくよ。二人で楽しくな」
 列車に乗り込むと、マスコン(列車のスピード調整レバーだ)をがこん、と上げる。と
ろとろとスピードがあがりはじめる。
 ま、亀並みの速度だけどさ。
「あ。」
 その時、不意に菜摘が声を漏らしていた。背中から、呼び止めるような声。
「ん、なんかいったか」
 列車は止めはしないが、振り返ってみる。
「ううん。なんでもない。またね」
 しかし菜摘はただそうやって、微かに口元に小さく笑みを浮かべる。
 静かな笑みだな、と思う。同じ女でも夏樹とはずいぶん違うな。名前は似てんのに。
 しかし物静かな菜摘と、けっこう元気っぽい感じのくるみか。なんか意外な取り合わせっ
ちゃそうだけど、似合っている気もするな。
「じゃ、残りの仕事。ばーっとがんばるか」
 大きく伸びをして、俺はゆっくりと風船売りの列車を走らせた。
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