遊園地のディドリーム (04)
「かずちゃんっ。このままじゃ遅刻だよ、遅れるよっ」
 夏樹が走りながら大きく叫ぶ。
 だーっ、わかってるって。月曜日の朝から遅刻だなんて、まずい。まずすぎる。なんたっ
て月曜日の一限は鬼ヤスの授業だからな。
 間に合わせるには全力疾走。それしかないが。
「かったりぃ。もう俺は駄目だ。二限から出る」
 おおっ、我ながらナイスな判断っ。鬼ヤスとも顔を合わせずに済むし。
「かずちゃん、そんなのだめ。まだ走れば間に合うよっ。セーフだよ。ほら、はやく」
 後ろから夏樹に「はいはいっ」と押されるようにして、俺は仕方なく走る。
 はー、だりー。でも、ま、しょうがないか。
「それと、お願いだから。今日は机をいくつ重ねられるか競ったり、箒をカカシにしたり、
チョークにニスをぬったりしないでね」
 夏樹がしみじみと呟く。
 なんだ。まるで、その言葉だと俺がいつもろくでもない事ばかりしてるみたいだろ。
 いや、全部やったの俺だけどさ。
「じゃ、粉たっぷりの黒板消しでドミノ倒ししたり、学校の放送室でカラオケしたりする
のはいいんだな」
 とりあえず違う事をいってみる。まだどっちもチャレンジした事はないが、こんどやっ
てみよう。
「もうっ。駄目に決まってるでしょ」
 夏樹が呆れた声で答えていた。さすがに走っているせいか、溜息はつかなかったが。ま、
予想できた答えだけどな。
「ほら、もう門が見えてきたよ。走って走ってっ」
「なに、よしっ。ラストスパートぉぉっ」
「わ。かずちゃん、早いよ。追いつかないよ。まって」
 後ろから呼び止める夏樹をおいて、一気に駆け抜けて門をくぐる。夏樹は運動は苦手で
もないが得意でもない。俺が本気で走ればついてこられるはずもなかった。
 その瞬間。キーンコーン、と鐘がなる。
 やべぇ。予鈴だ。あと五分。
「夏樹っ。いそぐぞっ」
「まって、まってよ。かずちゃん」
 慌てて駆けだした俺に、夏樹の奴もなんとか後ろからついてくる。
 がらりっと一年B組の教室の扉を開ける。
「ふー、なんとか間に合ったか」
「はぁ、かずちゃん。明日こそ早くでようね」
 夏樹がぜいぜいと息を切らしながら、なんとか席に座った。
「おう。まかせとけ」
 自信満々に言い放ってみる。
「はぁ、そういってかずちゃんが早くでた事なんかないんだから。明日からは五分早く迎
えにいくね」
 夏樹は、溜息をつきながら告げる。まぁ、夏樹が早くきても結局俺が出る時間は一緒な
気もするが。
 と、そうこうしているうちに担任がやってきていた。退屈なHRを終え、一限の授業が
始まる。
 それはいつもと変わらない一週間の始まり。そう思っていたけど。
 少しだけ違う日常が始まりだした事を、俺はまだ知らなかった。


「腹減った……」
 体育の授業を終えて、くたくたになって教室に戻る。月曜日は一限が鬼ヤスの数学で、
四限が体育。いやな時間割だな。おい。
 四限が体育だと、どうしても学食も出遅れるからな。案の定、一杯だ。
 さて、どうすっかなー。夏樹の奴は教室で弁当くってるんだろーけど。学食も空きそう
にないし、俺もパンでも買って戻っかなぁ。
 購買も混んではいたが、なんとかパンを買う。そして教室へと戻ろうとした、その瞬間
だった。
 ふと遠目に見かけた影。
 俺は思わずその影を追いかけていた。確信はない。まさか、とも思う。
 だけど、それでも俺の足は止まらなかった。
 影の消えた先へと向かう。
「見つけた」
 思わず呟いてしまう。
 廊下の向こう側。裏庭で一人ぽつんと植垣に腰掛けて、お弁当を食べている少女の姿を
認めると、俺は思わず外へと飛び出していく。
 裏庭じゃもうこの時期寒いだろうに。日もあんまり当たらないし。
「よう。こんなところで何やってんだ」
 かけた言葉に、少女はゆっくりと振り返る。
 確かにあの時、遊園地で見かけたのと同じように佇んでいた少女。
 静かに何も言わないまま、菜摘はそっと顔を上げた。
「うちの生徒だったんだな。知らなかったよ」
「誰?」
 しかし菜摘はきょとんとした顔を向けて、ただ俺をじっと見つめている。
「って、おいっ。昨日話したばっかりだというのに、もう忘れたのかよっ」
 む、俺ってそんなに特徴ない顔か。
「……昨日。あ。バルーン・ベンダーの」
 やっと思い出したらしく、やや声を高らげる。
「制服じゃないから、わからなかったよ」
 小さな声で呟くと、ささやかな微笑み。
 うぉ、可愛い。
「いや、今、制服だぞ。ちゃんと」
 着てる服違うけど。
「学校のね」
 くすっと声をもらして、それからじっと俺を見つめ返してくる。
「それで、私に何の用かな」
 僅かに首を傾げて菜摘は訊ねる。
 いや、何の用って言われると。なんだろう。別に用事なんかなかったんだよな。
「いや、別に用はないけどさ。みかけたから」
 正直に答える。俺って正直もん。
 いや、それはいいのか。この場合?
 自問自答していると、菜摘が微かに笑う。
「そうなんだ」
 小さな声で返すと、それで納得したのか再びお弁当を食べ始めていた。
 うん、名前は似てるけどやっぱり夏樹とはずいぶん違うな。
「あなたは食べないの」
 菜摘が静かな声で訊ねてくる。
 一瞬、何のことかわからずに俺は目をぱちくりさせていた。
 あ、そか。飯か。俺、考えてみれば手にパンもってるし。
「あ。食う食う。隣いってもいいか」
「それはだめ」
 菜摘が淡々と答える。しっかり否定されてしまった。
 うーん、どーも調子狂うな。ま、可愛いから許すけど。
「へいへい。じゃ、俺はこっちで食うよ。それならいいだろ」
 校舎へ裏庭をつないだ階段に腰掛けて、軽く手をふってみせる。そんなに離れてはいな
いが、微妙に遠い。
「うん、いいよ」
 菜摘は、そっと微笑む。
 なぜか、壊れそうだと思った。儚げで、どこかこのまま消えてしまいそうな。そんな気
すらする。そんなこと、有り得るはずもないのに。
 しばらく二人無言のまま食事を続ける。なんでこんなにだまってんだか。俺らしくない
な。
 とりあえず買ってきたパンを食べ終えると、袋をくしゃくしゃっとまるめて遠目に見え
るゴミ箱へと投げた。
「おっ、入った」
 くるりと菜摘へと振り返って、ピースサインを一つ。
 にこっと小さく微笑み返してくる。
 夏樹だったら「わ、かずちゃんすごいね」とかいって驚くところだが。菜摘は殆ど反応
がない。
 それでもちょっとしたその微笑みが、俺をしっかり捉えていく。
「あのさ、聞きたい事があるんだけど、いいか」
 内心を隠すように頬をかきながら、菜摘へと訊ねかけてみる。
「なにかな」
 菜摘は軽く首をひねって、そっとこちらへと視線を向けてきていた。
「お前さ、なんであんなところで座っていた訳」
 ファンタジックランドのベンチで。
 それはあの後も、ずっと訊いてみたいと思っていた質問だった。まぁこの寒いのに何で
こんなところで飯くってるのかも気になるけど。
「くるみちゃんをまっていたの」
 菜摘は静かに告げる。
「にしても、あんなところでまたなくても。お前ら親友なんだろ。だったら他のところで
会えばいいじゃんか」
 そうだ。確かにそうなんだ。
 俺は自分の台詞に納得していた。あの二人のどこかに感じていた違和感。それを確かめ
たかった。だから菜摘の影を追いかけていたんだ。
「それは出来ないの」
 菜摘は僅かに顔を俯けて囁くように告げる。
 なんでだよ。
 その言葉は喉元まででかかって、それでも言う事が出来なかった。
 微かに見える瞳が、どこか悲しそうに見えたから。
「私ね。くるみちゃんの事、何も知らないんだ。でもあの子といると楽しくて。もっと一
緒にいたいって思った」
 菜摘が、不意に話し出していた。ゆっくりした言葉で。
 だけど俺はその言葉を遮る事はしなかった。
「あなたも変だと思ったでしょう。私が、ここで一人でご飯たべてるの」
 菜摘の言葉に、内心ぎくっと肩を振るわせる。確かにそれは初めに思った。クラスで友
達と一緒に食べればいいのに、と。
「私、友達いないから」
 呟いた言葉は、本当に何気なかった。何事もないように、ただ平静として告げていた。
 だから。余計に俺は何もいえなくなった。
 その言葉が嘘や冗談ではない事を、確かに感じ取っていたから。
「あれは中学校の頃だったかな。クラス別の遠足でこの遊園地にきて、その時初めて出会っ
たの」
 菜摘は楽しそうに話し出していた。その笑顔は、菜摘にとって本当に大切な想い出なん
だろうな、と納得させるに十分だった。
 どうしてだろう。なぜ菜摘は俺にこんな話をするのだろう。
 殆ど初対面の俺に、きっと誰にも言わないでいるのだろう話を。
「くるみちゃんね。私と仲良くしてくれた。そして一緒にいろんな乗り物にのって。笑っ
て。そして、もういちどここで、遊園地で会おうねって、約束してたんだ」
 菜摘は宙を見つめるようにして、顔を上げる。そこに遊園地の楽しい風景が見えるとい
わんばかりに。
「でも、それから毎週ファンタジックランドに向かったけど。ずっと会えなかったんだ」
 菜摘は口元に小さな笑みを浮かべていた。
「まぁ、そりゃ、あのくらいの女の子だったら、そうそうしょっちゅうは遊びにこられな
いだろ」
 俺は呆れた口調で言ってみる。中学生の頃っていう事は、少なくとも一年近くは通って
いた訳だ。
 制服のリボンの色からすれば、菜摘も俺と同じ一年生みたいだから、そんなものだろう。
 うちの学校はリボンの色で学年の判断がつくから楽だよな。
「そうだね。でも会いたかったんだ」
 菜摘はあははと笑って、それからゆっくりと立ち上がる。
「でも、あなたのおかげでまた会えた。だから、私は感謝してるよ」
 微かな笑みを浮かべて、それからすぐにお弁当箱をしまい始める。ナプキンで包んでそ
のまま手にとっていた。
「じゃあ、そろそろいくね」
 菜摘がそういった瞬間。
 キーンコーン、と昼休みの終わりを告げる予鈴がなった。
 いつのまにか随分時間がたっていたらしい。
「また話そうぜ」
 そう告げた俺に、菜摘は否定も肯定もせずに無言のまま軽く微笑んでいた。
「ね、かずちゃん。今日のお昼はどこにいってたの。あ、もしかしてまた職員室に呼び出
されてた?」
 夏樹はじーっと俺の顔を覗き込みながら、眉を寄せて訊ねる。
「いや、裏庭でパンくってた」
 俺は正直に答えると、鞄を手にって立ち上がる。もう放課後だ。早く帰らなきゃもった
いない。
「裏庭って、もう寒いのに? 冬なのに?」
 夏樹ははぐらかされたと思ったのか、眉を寄せていた。
「ほんとだって。たまには外で飯くうのも気持ちいいぜ」
 言うだけ言って、そのまま教室の外へと向かう。
「あ、かずちゃんまってよ。近所なんだし帰るなら一緒に帰ろうよ」
 うしろからぱたぱたと夏樹が駆け寄ってきていた。
 別に近所だからって一緒に帰る必要もないとは思うけどなー。ま、でも別に断る理由が
あるでなし。
 俺は夏樹を拒むでもなく、ただまっすぐに歩いていた。
 なんとなく気になっていた。
 ずっとベンチに一人で座っていた少女の事。
 友達がいないといった少女の事。
 そっと小さく笑った少女の事。
 菜摘の事が。
「私も、たまには外でご飯たべてみようかな」
 ふと夏樹が呟く。
 視線を向けて、夏樹が裏庭でお弁当を広げている様子を思い浮かべた。
 静かなはずの裏庭で、でも沢山の友達に囲まれて笑っている姿。
 なつきとなつみ。二人の少女を比べて。どうしてこんなに違うのだろうと、なぜか俺は
考えていた。
 夏樹は夏樹。菜摘は菜摘だ。
 そのはずなのに。
 なぜか、不公平に思えて仕方なかった。
「なぁ、夏樹。お前さ。友達たくさんいるよな」
「ん、どうしたの、かずちゃん。うん、沢山じゃないけど、普通にいるよ」
 夏樹はきょとんとした目で、じっと俺を見つめていた。
 ま、そりゃいきなりそんな事言われたら、驚きもするだろうな。
「そうだ。お前さ、あの子と友達になっ」
「ゆいちゃーん」
 俺が言いかけた瞬間。遠くから大きく夏樹を呼ぶ声が響いた。
 夏樹は名字の結宮からとって、ゆいと呼ばれている事が多い。一時期なっちゃんとも呼
ばれる時もあったが、どうも幼い頃に誰かがゆいちゃんと呼んで以来、ずっとそれが定着
している。
 声を上げて駆け寄ってきたのは、クラスメイトの一人、宮内優子だった。
「あ、有原くんも一緒だったんだ。あ、あのね。今日、商店街のパーラーが半額なんだっ
て。一緒にいかない?」
 すごく嬉しそうに言う宮内に、俺はなんとなく何も言えなくなっていた。
「あ、うんうんっ。いくいく。かずちゃんも来るよね。行くよね」
 夏樹はにこやかに微笑んで、さも当然のように言う。
 いつもだったら確かにそう答えたと思う。
 でも今は。
「わり。俺は帰るわ。お前ら二人でいってこいよ」
「え。有原くんこないの? いつもゆいちゃんと一緒なのに」
 宮内は意外だといわんばかりに、大きな声で叫んでいた。
 いや、別におれだっていつも夏樹と一緒な訳じゃないし。
「何、二人喧嘩したの? って、いま一緒に帰ってたんだからそれはないね。ま、たまに
は彼女と離れてたい時もあるかぁ」
 一人納得している。
 おい、ちょっとまて。
「夏樹は彼女じゃねーって。ただの幼なじみだよ」
 呟くように言う俺に、しかし宮内は「あははー」っと笑っていた。
「照れなくってもいいのに。だって、いつも一緒じゃん。有原くんとゆいちゃん、似合い
のカップルだしさ。ゆいちゃん、ちょっと大変そうだけどね」
 にこにこにしながら言う宮内に、夏樹の奴が顔を赤らめている。
 そりゃ、そんな風に勘違いされれば恥ずかしくもなるよな。夏樹の奴は、これでけっこ
う照れ屋だしな。
「優子ちゃん。違うよ。私とかずちゃんは幼なじみなだけだよ」
 夏樹が顔を真っ赤にして俯けたまま呟く。
 しかしここまで恥ずかしがっている夏樹はひさしぶりに見た気がする。
「ふぅん。ま、いいや。パーラー、はやくいかないと混むしね。いこっ」
 なんだか納得していない様子だったが、宮内は夏樹の手をとって、ひっぱり始める。
「うん。あ、かずちゃんまたね」
「有原くん、またねー」
 元気良くつげると、ほら早くとかいって夏樹をひっぱっていく。
「もう、優子ちゃん痛いよ。急がなくてもお店は逃げないよ」
 夏樹の声が微かに聞こえてくる。
 楽しそうに。
 だけど、俺はその場にただ立ちつくして。そっと彼女を思う。
 笑って、いて欲しかった。
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