遊園地のディドリーム (02)
 まぁ、でも一つの場所にとどまっているよりも、あちこち遊園地を回るこの仕事の方が
俺に向いているかもしれないけどな。俺って落ち着きないし。自分でいうのもなんだけど
さっ。
「ま、とりあえず着替えるか」
 制服を手にとって、とりあえず服を脱ぎ始める。その瞬間。
「わ。かずちゃんっ、ここは更衣室じゃないよ。更衣室はあっち。あっちで着替えて」
 夏樹は慌てた声で告げると、控え室の奥を指さしていた。確かに男女別の更衣室がある。
「俺は別にここでもいいけどな」
「かずちゃんが良くても、私が困るの! はいはい、いっていって」
 夏樹に押し寄せられて、仕方なく更衣室に向かう。
 面倒くさいなぁ、別に見られても減るもんじゃないし。ま、しょうがないか。
 かちゃりと扉のドアを開いて、ふと思いついて振り返る。
「お前は着替えなくてもいいのか」
「もちろん、私も着替えるよ」
「じゃ、お前も早く入れよ。そろそろ時間も無いしな」
「あ、そうだね。って、わ。違うよ! 私はこっち! こっちで着替えるの。かずちゃん
とは部屋が違うの! 違うのっ」
 隣の部屋を指さして、はぁ、と大きく溜息をついていた。俺のあまりのさりげなさに一
瞬わからなかったらしい。
 もっとも別に一緒でも俺は困らないけどな。ま、そんな事を口にすると本気で怒りそう
だから黙っていよう。
「どうしてかずちゃんはいつもそうかな」
 夏樹は呆れ顔で呟いて、それから隣の部屋の扉を開ける。
「覗いちゃだめだからね? それから着替えたら私を待ってないでいいから、すぐ持ち場
に向かってね。私どちらにしても、ちょっと書類をまとめなきゃいけないから」
「ばーか。のぞかねーよ。それじゃ、また後でな」
 ひらひらと手をふると、夏樹の奴もうんと頷いてから更衣室へと消えた。
 ま。じゃあそろそろ着替えて、ぱーっとがんばるか。
 俺は袋の中から制服を取り出して、すぐに着替えを済まして外へと向かう。
 ちなみにバルーン・ベンダーの制服は列車の車掌というよりも、クリーム色の水兵服と
いった方が近いかもしれない。
 ひさしがなく胴に巻いた長いリボンを後ろに垂らした帽子と、四角い襟を後ろに垂らし、
襟元にはネッカチーフを結んでいる。これで下がパンツでなければ、まさにセーラー服だ。
 ふぅ。なんか恥ずかしいぞ、この格好。
 ま、俺はどんな格好でも似合うけどな。
 って、我ながら馬鹿を言ってるか。ま、いいけど。
 俺の持ち場バルーン・ベンダーは、後方に風船を作る機械と風船を大量につけた車両の
ついた一人乗りの列車に模した自動車だ。
 通常走行時は時速二キロ、最高時速はなんと五キロという超スピードで走る事ができる
優れものだ。
 まぁ、言い方によっては歩くのと殆ど変わらないという、なかなかお茶目な列車だ。
 これにのって園内を永遠に回り続けるのが俺の仕事だ。そう、地球が終わるその日まで。
実際は朝から晩までだけどな。
 ま、仕事もはっきりわかったところで、そろそろまじめに働くとするか。
 事前に受け取っていたキーを差し込んでエンジンをかける。電気で動いてるだけに静か
だ。
 風船なんかどれくらい売れるんだ、と思っていたが、意外とそれなりに売れていた。主
な買い手はちびっ子連中だが、中には高校生や大学生、あるいは社会人らしき女性も買っ
ていく。
 遊園地の風船って、けっこう売れるもんなんだな。まぁ、俺の営業スマイルの良さもあ
るんだろうけど。……すみません、嘘でした。
 そんなこんなで四、五回は園内を回った頃の事だ。俺はふとある事に気がついていた。
 朝からずっと同じベンチに座っている女の子がいる。
 バーバリーチェックのマフラーに、紺色のピーコート。下はたぶん短めのフレアスカー
トだろう。その下には黒いストッキングをはいている。格好からや見た目の年頃からすれ
ば俺と同じ高校生だろうか。肩で切り揃えられたいわゆるボブカットがよく似合っている。
 始めは可愛い子だな、くらいに思っていた。だがすでに初めてみかけてから三時間は回っ
ているというのに、彼女は必ずこのベンチに座っていた。いくらなんでもおかしいと思う。
 まさかこの年で迷子という事もないだろうけど、何か理由があるのだろうか。
「よう」
 そう思った次の瞬間には、俺は列車に乗ったまま声をかけていた。
「……風船ならいりません」
 少女はにべもなく答える。
「いや、そーじゃなくて。ずっとここに座ってるみたいだったから、具合でも悪いのかと
思ってさ」
 余計なお節介だよなぁ、と内心思う。思うけども、声をかけずにはいられなかった。
 なぜだろう。よくわからない。うーん、ま、可愛い子だったからかもしれないけどさ。
「平気ですから」
 そっけない声で答えると、ぷいと顔を逸らしてしまう。いかにも、私の事はほっといて
という態度がありありと出ていた。
 確かにいらないお世話なんだろうけどさ。仮にも俺はこのファンタジックランドのスタッ
フなんだから、もうちょっと愛想よくしてくれてもいいものなのに。
 あ、逆か。俺が愛想よくしないとなのか。
「じゃ、なんでまたそんなところに? そんなところでじっとしてたら寒いだろ。あ、彼
氏と待ち合わせとか。って訳もないか。ここ敷地の中だしな。うーん」
 腕を組んで悩む俺に、彼女は殆ど睨むようにして言葉を投げつけてきた。
「好きでこうしているんだからいいんです。ほっといてください」
 言葉尻は丁寧だったが、その中に怒りの色が含まれているのがはっきりとわかった。
 これ以上、何か言うと本気で怒り出しそうな雰囲気だ。さすがにビジターを怒らせたり
する訳にもいかない。もしそんな事になったら夏樹の奴にどやされるだろうしな。
「そか。まぁ、じゃあ俺はそろそろ行くよ」
 俺はゆっくりと告げるが、彼女は全く何も答えずに顔を背けたままだった。
 うーん、少しくらいは答えてくれてもいいのにな。ほんとそっけない。
 列車のブレーキを解除する。ゆっくりと列車は進み出して、その場を後にしていく。
 少女はそのままベンチに座っていた。寒くなったのか、手に息を吐きかけてこすってい
る様子が見えた。
 本当に彼女は何をしているんだろう。なんだかその顔が、とても寂しげに感じるのは俺
の気のせいなんだろうか。
 でも、これ以上かける言葉もなくて。俺はただ列車を走らせていた。
 そろそろ休憩の時間だ。列車を所定の位置に止めて、休憩中の札を貼る。
 ベンチに座っていた少女の事は気にはなったが、かと言って何か出来る訳でもない。
「かずちゃん」
 列車から降りた瞬間、背中から声が響く。
 思わず振り返って、それから俺は大きく目を見開いていた。
「夏樹……か?」
 思わず訊ねてしまう。
 それもそのはずだ。いつもの夏樹と全く違う姿だったから。
 青いワンピースのドレスと言えばいいんだろうか。ふわふわしたスカートの裾から、ふ
りふりのフリルが覗いている。上には白いエプロン。
 なんつーか、少女趣味の極めって感じだ。
「妙な格好」
 思わずぼそりと素直に呟く。
「もう。かずちゃんっていつもそうなんだから。この衣装、ビジターには可愛いって評判
なんだよ、人気なんだよ」
 夏樹は僅かに眉を寄せて、自分の服をちらちらと眺めていた。
「少しくらい似合ってるとか、可愛いとかいってくれてもいいのに」
「ニアッテル、カワイイヨ」
 とりあえず棒読みで答えてみる。
「もう、ぜんぜん感情こもってないよ、棒読みだよ」
 夏樹の奴は呆れ顔で溜息をつくと、しかしすぐに顔を上げていつもの笑顔に戻る。
 まぁ、俺が褒めるなんていうのは期待もしていなかったんだろうけど、でもいつもより
少し戻りが早い気がする。
「あ、それよりもかずちゃん、そろそろ休憩でしょ? 私もちょうど休憩なんだ。せっか
くだから一緒にごはんたべよ」
 何が嬉しいのか、にこやかな顔で告げて休憩室の方を指さす。
「そうだな。飯にするか。あ、でも俺、今日何も買ってきてないぞ」
 しまったな。途中で買うつもりだったんだが、夏樹と一緒だったから買い忘れていた。
 夏樹の奴が、後ろに乗って「ほら、かずちゃんがんばってこいでね、れっつごー」とか
言うから。
 僅かに心の中で責任転嫁してみる。
 でも、まー、それで飯が出来る訳じゃないからな。
「ひどいよ、かずちゃん。人のせいにして。でも大丈夫だよ。平気だよ。フェアリーテー
ブルの裏にスタッフ用の食堂があるから。メニューはちょっと少ないけどね。私も今日は
そこで食べるんだ、今日はスペシャルメニューがあるんだよ。試作メニューが食べられる
の」
 夏樹は楽しそうに笑って、いこっと手を引いてくる。って、ぐわっ。しまった。思って
いた事を声に出してたかっ。むぅ。
 ま、それはともかく。確かフェアリーテーブルっていうのは、レストランの名前だった
な。スペシャルメニューとやらが笑顔の正体だった訳か。
「へいへい」
 大人しく手を引かれながら、俺はゆっくりと歩く。
 とりあえず何にしても腹が減ったな。
 レストランの裏口のドアを開くと、そちら側も食堂になっている。他にもちょうど休憩
時間らしいスタッフの姿もいくらか見える。
「かずちゃんは何にする?」
「何でもいいよ」
「じゃ、私と一緒のスペシャルメニューでいいよね。後で感想かかなきゃだけど」
 夏樹はそう言うと、俺の答えも聞かずにオーダーを通していた。
 感想かくのか、面倒くさいな、と思ったのだが、もうオーダーしてしまったのをわざわ
ざ取り消すほどでもないしな。
 少しして出てきたメニューはどうやらパスタの一種らしい。
 と、そう思った瞬間だった。背中から不意に声がかけられる。
「夏樹ちゃん。お疲れさん」
「あ、美紅さん。お疲れさまです」
 夏樹と二人して声のした方向へと振り返る。
 緑色の、なんというか草をイメージしたような服に身を包んだお姉さんが立っていた。
確かこの格好はネバーランド・アドベンチャーの制服だ。と、いう事はピーターパンの格
好なんだろう。
 たぶん二十歳くらいだろうな。ショートカットが良く似合う、綺麗なお姉さんだと思う。
「えっと、君はこんどから入ってきた新人さんだね。私は大塚美紅。美紅で構わないよ」
 美紅と名乗ったお姉さんは気軽ににこっと微笑みかける。さすがに遊園地勤めだけあっ
て笑顔は完璧だな、と思う。
「俺は有原和希。俺も和希で構わないです」
「和希くんね。よろしく」
「よろしく、美紅さん」
 さばさばした人だな、というのが第一印象だ。ピーターパンの格好もあってか、どこと
なく少年っぽい感じがする。
「ところで和希くん。君、ベンチの眠り姫に話しかけてただろ?」
 美紅さんは、笑顔のままでぽんと俺の肩に手を置く。
「え、そうなの? かずちゃん」
 夏樹は驚いた様子で、俺の顔をじっと覗き込んでいた。
「ベンチの眠り姫って?」
 眉を寄せて訊ねてみる。
 まぁ、なんとなく想像も付くけどな。でも違っていたら余計だし、一応答えをまつ。
「ほら、ちょうどうちのアトラクションの先にあるベンチ。あそこに座ってたピーコート
の女の子の事だよ」
 美紅さんは予想通りの答えを返してきていた。やっぱりあの子の事なんだな。
 しかしそうやって二つ名で呼ばれるって事は、スタッフの中では有名な子なんだろうか。
 それにしても美紅さんは、たまたま担当のアトラクションの近くだったので見かけたん
だろうけど。なんか見られてたと思うと恥ずかしいな。ま、いいけどさ。
「あの子ね。週末になるといつもあそこに一人で座っているんだ。スタッフが話しかけて
も殆ど返答もないしね。で、ついた名前がベンチの眠り姫。まるで助けに来てくれる王子
様を待ってるみたいだからってね」
 美紅さんはちょっとおどけた口調で告げると、軽くウィンクして見せていた。
 ああ、そういう事かと内心納得する。王子様になりそこねたな、と言いたいんだろう。
 別にそういうつもりもないから、それはかまいやしないけど。
 でも。心の中で、余計に彼女が気になっていたのは確かだった。今日だけでなく、いつ
もそこに座っているというなら。
 彼女は、何を待っているのだろう。
「かずちゃん、ビジターをナンパしたらだめだよ。迷惑だよ」
 しれっと夏樹の奴がとんでもない事を言う。
「そういうのじゃねーって! ただずっとベンチに座ってるみたいだから、具合が悪いん
じゃないと思ってさ」
 思わず声を張り上げていた。
 ったく。夏樹め、俺がいつもそんな事ばかりしてると思ってやがる。
「ふぅん。そうか」
 あははと小さく笑みをこぼしながら、美紅さんが夏樹と俺とを交互に見つめていた。
「本当ですからね?」
「いや、疑ってなんかいないよ。それより彼女はそんな訳で、いつもああしているんだ。
本人がそうしたいみたいだからね、放っておいてやってくれ」
 あははとやっぱり笑い声を漏らしたまま、ぽんと俺の肩に手をおいた。
「ま、あと冷める前にメニューの方も食べた方がいいと思うけどね」
 言うだけ言うと、軽く手を振って美紅さんは食堂から出ていく。
「マイペースな人だな」
 俺が呟くと、夏樹もにこっと笑って「そうだね」と答える。
 どうやらいつもあの調子らしい。
 うーん。とりあえず目の前のパスタをいただく事にするか。
 俺はぱくりと食らいつく。出来損ないのマカロニみたいなパスタは、だけどそこそこ美
味しい味だった。
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