鏡の国に戦慄を (20)
 東京タワー。
 日本で最大のタワーであり、一つの象徴でもある。
 バリのエッフェル塔のような美しさはなくとも、ただそこにあるだけで不思議と憧憬を
抱かせる。
 真っ赤なカラーが、日が昇る国を示しているかのようにも思えた。
 功は東京生まれの東京育ちだ。だから東京タワーはごく当たり前にあるものとして、あ
まり訪れた事はなかった。
 しかし今こうして眺めていると、何か自分達のシンボルの一つであると、確かに思い起
こさせた。
 途中くるまでには、あれだけいた魔物の姿は殆ど無かった。
 まれに死骸が音もなく消えかけているのをみると、誰かに退治されてしまったのかもし
れない。
 あるいはイベント的に現れた魔物なのだとすれば、すでに彼等は散っていった後なのか
もしれなかった。
 と、不意にタワーのエレベータが上昇していくのがわかる。
 その中にちらりと聖の姿が見えた。
「聖! やっぱりここにきていたのか」
 佐由理の予想通り、聖は確かにここにいた。
 慌てておいかけて、入り口の中に入る。
 エレベータの前。
 そこにはまだ一つ目の鬼が立ちふさがっていた。
 佐由理達のパーティをあっという間に倒してしまったあの鬼だった。
「やっぱりまだいたのか。ここの守護者って訳だな」
 功は拳を握りしめて、手の中に刀を生み出していた。
 聖はエレベータを昇っていた。おそらくはうまく隙をついて戦わずにして昇りだしたの
だろう。
 あるいは功達に対して現れた魔物だけに、別パーティである聖には反応しなかったのか
もしれなかった。
 しかし隙をついて昇ったのだとすれば、功には真似出来そうもない。
 聖は功よりもずっとすばしっこかったし、相手の隙をつくような動きを得意としていた。
 だが功は体当たりのようにつっこんで、まっすぐ敵を粉砕する事の方を得意としている。
聖のようにタイミングを見計らって先に進むというような事は、どちらかといえば苦手で
あった。
「倒すしかねーな……。でも俺の攻撃が通用するかどうか」
 功は渋い顔をして、少しずつ間合いをつめる。
 鬼には佐由理の術式も、ゆみの鞭攻撃も全く通用しなかった。
 そして啓太もゆみも一撃にて殺したような力の持ち主だ。
 そう思うと背中が震えていた。
 攻撃を受ければ死ぬかもしれない。
 死と言うものについて、今まで殆どまともに考えた事はなかった。
 自分が死ぬかもしれないなんて事もなければ、家族や友人の誰かが死んだなんて事もな
い。
 それどころか金魚のようなものさえ、ペットを飼っていた事すらなかった。
 だから功が触れた初めての死は、腕の中で抱えた七瀬を失った瞬間。
 それすらも現実の死のように形が残るものでなくて、ゲーム内の死はあっさりとしてい
て、あっという間に姿を消していくだけだった。
 けどもうこれで七瀬とは、古川とは会えない。もう二度と彼女の笑顔を見る事は出来な
かった。
 現実での彼女は、真面目ででも気が強くて、ちょっと不真面目なところもある功へは、
どちらかといえばいつも怒る姿ばかり見せていた。
 それでもときどきは一緒に何かをして、優しい笑顔をみせてくれる事もあった。
 ゲームの中では、天然が過ぎるほど天然で。それは天然を超した天文と呼ばれるくらい
で。ゲームのお約束を理解していない事も多くて、失敗する事もおおかった。
 でもいつも笑っていて、滅多に怒りを見せる事もなかった。
 たぶんそれは現実を裏返して、彼女の中にいる別の一面を表していたのだろう。ゲーム
の世界でなら、鏡のように反対にして見せる事が出来たのだろう。
 それはどちらも同じ少女の一面であった。
 功はどちらの少女の事も嫌いではなかった。
 その彼女が必死で叶えようとしていた願い。
 それを代わりに叶えてやりたいと思った。
 彼女を奪った何者かが許せなかった。
 だから功は走り出していた。
「うおぉぉぉぉっ」
 雄叫びを上げて突進する。
 鬼は功よりもかなり大きい。
 だからこそ下手な小細工をしても、通用しそうもなかった。
 正面突破。
 それが功の出した答えだ。
 単純に過ぎるその方法は、しかし功の力と想いの丈を全て載せて、刀を握る力がいつも
よりも増していた。
 鬼はあんまりな功の突撃に不意をつかれたのか、殆どまともに身構えられてすらいない。
 大きく後ろに引いた刀を思い切りなぎ払う。
 ちょうどその一撃は、鬼の胸の辺りを一閃していた。
 がっと鈍い音が響く。
 手に激しい衝撃が走った。
 腕にずしりと重さが伝わる。
 しかしそれでも巧は刀に込める力を止めはしない。
「いけぇぇぇぇぇっ」
 抵抗を感じていたが、それでも一気に振り抜いていた。
 同時に急激に抵抗感が薄れ、刀は鬼を切り裂いている。
「ぐおおおぉぉ」
 鬼は激しい雄叫びをあげる。
 そして思い切り拳を振り下ろしていた。
「やべぇっ!?」
 慌てて左手に飛んで、そのまま転がるようにして避ける。
 びゅんっと風を切る音が耳元に響いて、それだけでも風圧でひっぱられるような感覚が
走る。
 巧の剣は何とかダメージは与えた様子ではあったが、しかし大して効いている様子はな
い。逆に一撃でも受ければ、巧も間違いなく昇天する事になるだろう。
「こんな化け物どうしろっていうんだよ!」
 奥歯を噛みしめて、それからもう一度刀を構える。
 鬼の腹の辺りにわずかな傷がついているものの、その程度の傷ではとても倒せそうもな
い。
 鬼は、ぎろりと一つしかない巨大な目をこちらに向けてくる。そして獲物を逃がすつも
りはないようで、巧へと向かって突進を始めていた。
「ち……なら、いちかばちかっ」
 覚悟を決めて、巧も鬼へと向かっていく。
 少しでも勢いをつけて威力を増さない限りは、通用しそうもない。
 だが巧が刀を振るうよりも速く、鬼の手が巧の頭上から振り下ろされていた。
「させるかよっ!」
 だがそれは巧も予想の範疇だった。
 拳が当たるよりも少し早く、巧は大きく空へと飛び上がる。
 ゲーム内ゆえに、巧のジャンプ力も現実よりもかなり増している。
 殆ど鬼の身長と同じくらいの高さへと飛び上がっていた。
「こいつで、どうだ!」
 刀を垂直に立て、そのまま落下の勢いと共に鬼へと思い切り突き立てていた。
 それは避けられた事で思わず頭上を見上げた鬼の目玉に突き立てられる。
 ぐにゃりとした柔らかい感触が手を伝わってくる。
「ぐぉぉぉぉぉぉぉぉん!?」
 鬼が悲痛な叫びを漏らしていた。
 巧は自分の体を支えきれずに、刀から手を離してそのまま床を転がっていた。
 その瞬間に鬼の手が巧のいた場所をなぎ払っていた。
 その先端が微かな触れただけであったが、巧の体は思い切りはじき飛ばされる。
 ぐっと喉の奥から息を吐き出していたが、幸い体が多少痛んだだけで大した傷は負って
いない。
 すぐに立ち上がって、目の前にいるはずの鬼の姿を探す。
 だがその場所にあったはずの鬼の姿は、そこにはない。ただ巧の突き立てた刀が、そこ
に残されていただけだ。
「やった……のか?」
 答えるものはいないと知りつつも、思わず声に出して訊ねてしまう。
 それから辺りを見回してみても、全く気配を感じなかった。どうやら無事に鬼を倒した
らしいと巧は安堵の息を吐き出す。
「やっぱ目玉が弱点だったんかな」
 そこに刀を突き立てた時には、あっけないほどに手応えを感じなかった。そこだけは装
甲が薄かったのだろう。
 巧は転がっている刀を拾い上げようとして、腕を伸ばす。
 だがその瞬間、激しい痛みが左肩に伝わっていた。
「……く。さっきの一撃でやられたのか」
 巧は痛みを堪えながらも、しかしもうそれ以上には気にとめずにいた。
 今までゲームの中ではこれほど痛みを感じた事はない。おそらくは現実とゲームの世界
の結びつきが強くなってきている為なのだろう。巧の現実の世界の体が傷ついてしまって
いるのかもしれなかった。
 それでも何とか先に進むしか、巧に残された道はない。
 エレベータのボタンを押して、そして開いた扉へと乗り込んでいた。
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