鏡の国に戦慄を (19)
四.現実よりも深い想い

 どうすればいいのか、理解している訳ではなかった。
 ただ聖の背中を追いかけているに過ぎない。
 けれど追いかけている理由もいまひとつはっきりとはしなかった。
 七瀬の命を奪った聖を許せなかったのか、無常に与えられたミッションへの憤りなのか。
あるいは巻き起こる奔流に身をゆだねているだけなのかもしれない。目の前で起きている
事態を消化しきれずに、ただ流れにのって走っているだけかもしれなかった。
 聖を追いかける事で何か起きるのか、何が変わるのか。そもそも聖はどこに向かおうと
していて、何を為そうとしているのか。それすらもわからない。
「功くん。ねぇ、どこにいこうとしてるの。さっきの彼を追いかけているの?」
 佐由理は息を荒くしながら、必死に功についてきていた。
 佐由理は特に不満を漏らす事もなく功の後ろをついてきていた。
 佐由理自身も事態を飲み込めておらず、功と離れ一人になる事を恐れているのかもしれ
なかった。
 その声に功はやっと佐由理の存在を思い出す。
 あまりに次々と起こった出来事に、頭の中がパンクしかかっていて、冷静に物事を考え
る事が出来ずにいた。
 佐由理にしてみれぱ、すでに自分のミッションは失敗してしまっている。
 功に下された新しいミッションの内容も彼女にはわからないし、人をためらいも無く殺
めた聖を追いかける事は、彼女にとっては恐ろしいことに違いない。
「悪い。思わずつっぱしてた。聖の理屈はともかく、ただあいつを許せなくて」
 言葉にしてみて、初めて自身の行動に納得出来ていた。
 そう功は許せなかったのだ。
 七瀬を殺めた聖を許せなかった。
 この世界と現実が重なっている事をわかっていながら、簡単に人を殺す事が出来る聖が
許せなかった。
 半ば騙すかのように、聖はこのセッションにつれてきた。セッションが始まるよりも前
に話をきいていれば、功は参加しなかったかもしれなかった。
 そうすれば今のような思いをせずに済んだはずなのに、功は巻き込まれる事になった。
 その事も許せなかった。
 だけど、それよりもずっと深く許さない事がある。
 それはこの事態を引き起こした何か。
 誰が何のためにゲームの世界と現実とを重ね合わせたのか。
 偶然なのか、故意だったのか。
 まだ何一つわからない。
 それをあばいて、平穏を取り戻したい。
 功は強く思う。
 その思いこそが、功の足を前へと進めていた。
 聖を見失ってしまえば、そこへの手がかりがなくなってしまう。そう感じていた。
「そうなんだ。うん、それならね。たぶん彼は東京タワーに向かっているんだと思う」
 佐由理は聖がさっていった方向をじっと見つめながら、遠目に見える東京タワーを指さ
していた。
「連続ミッションってね。最後には最初にもらったミッションと同じ場所に戻る事が多い
みたいだから」
 その佐由理の言葉に先ほど下った最終ミッションの内容を思い出す。確かに功に下った
ミッションも東京タワーへと向かうものだった。
 囚われの少年を助け出せというミッション。その囚われの少年とは一体誰の事なのかは
わからなかったが、もしかすると七瀬が助けだそうとしていた弟の事かもしれない。不意
に功は思う。
 それを証拠づけるかのように、魔の飛行船が東京タワーの展望台の隣に浮かんでいた。
 七瀬の弟をさらったという飛行船が何らかの鍵を握っている。
 このばかげた世界を終わりにしなくてはいけない。
 ゲームの世界は現実では出来ないすばらしい体験をする事が出来る。
 しかしそれによって誰かを傷つけたり、殺めたりするなんて事が、現実にあって良いは
ずもなかった。
 ゲームからもらう感動や楽しさ。
 現実の命の尊さ。
 どちらも大切なもので、どちらかを選ぶような性質のものではない。
 それを踏みにじろうとしている誰かが、功には許せずにいた。
 ある意味で聖も被害者なのかもしれない。
 このゲームの制作者に踊らされてしまっているのだ。
 ゲームはゲームであるべき。そんな単純な理屈すら、このゲームは消してしまっていた。
 すでに聖の姿は見えない。だけど佐由理の言うように聖は東京タワーの方向へ向かって
いたのは間違いがなかった。
 東京タワーにて何が待ちかまえているのかはわからない。
「佐由理さん。俺はこれから聖を追いかけようと思う。俺、聖の奴も許せないけれど、そ
れ以上にこのゲームを作った奴らが許せないんだ。ただもしそいつらに何かの意図がある
のだとしたら、それを知ろうと思う。こんな馬鹿げた世界は終わりにしてやる。だからそ
の為に、奴らが作った道標に乗ってあそこに向かう」
 東京タワーを、そしてその中にいるであろう何かをにらみつけながら、功はうそぶく。
 自分に何が出来るのか。冷静に考えてみれば、何も出来ないかもしれない。残されたセッ
ションの時間はもうそうはなくて、最後のミッションを受けずにこのまま終わりにする方
が賢いのかもしれない。
 しかしもしもそうして戻ったとしても、自分が今まで通りでいられるかはわからなかっ
た。
 もしも古川が明日学校にきていなかったら。七瀬がもう現実にすらいない事を思い知ら
されてしまう。
 そうした時に自分が平静でいられるのか。
 その問いに功が出した答えはNoだった。
 もしかしたら自分も命を失うのかもしれない。聖やあるいはゲームの制作者の用意した
何かに殺されてしまうのかもしれない。
 そう思うだけで体は震えていた。
 自分の命がかかっている事が、怖くないはずはなかった。
 それでも功は許せなかった。
 様々な事が許せなかった。
 それは若さからくる無謀さだったのかもしれない。
 それでも功は立ち向かわずにはいられなかった。
「でも佐由理さんはここにいた方がいいと思う。セッションの終了まで、恐らくあと三十
分もないはず。そうしたらここにいれば佐由理さんだけは無事でいられると思う」
 功は目の前にいる佐由理をじっとみつめながら告げる。
 しかし佐由理の答えを待つまでもなく、功は振り返り東京タワーに向かって駆け出して
いた。
 佐由理がくるはずはないと考えていた事もある。
 彼女は聖とも七瀬とも付き合いがある訳ではない。それどころか今起きている事態を本
当に把握しているのかもわからない。
 現実とゲームが鏡のようにうり二つで、どちらかを壊せばもう片方も同じように壊れる。
功はすでにいくつかの証拠を知っていて、もはやそれは確信に近いものがあった。
 しかし佐由理がその事すら理解しているのかもわからない。
 唐突に巻き込まれて、何が何だかわからないうちにPKに襲われ、そのPKを知らない
人が倒した。
 PKは一人でドラマを作っているキャラクターで、自分に陶酔して現実とゲームの世界
を取り違えてしまっている。
 佐由理がそう考えたとしても、全く不思議はなかった。
 しかし功は七瀬の事も、聖の事も良く見知っている。特に七瀬はクラスメイトですらあ
り、現実の彼女の事も知っている。
 だからこそ憤りを感じていたし、許せないという想いが浮かんできていたのだ。
 だけど佐由理は違う。
 何が出来るのかもわからないのに、無駄に命をかける必要もなければ、功に巻き込まれ
る理由もなかった。
 だから功は走り出していた。
「あ、功くん。待って!」
 背中から制止の声が聞こえてきていた。
 しかし功は振り返る事はしなかった。
Back Next
良かったら読んだ感想を下さい!
タイトル
お名前 (必須)
メール

★このお話は面白かったですか?
すごく面白かった  面白かった  まぁまぁ面白かった  普通
いまいち  つまんない 

★好きな台詞があれば


★印象に残ったシーンがあれば


★その他、感想をご自由にどうぞ!