鏡の国に戦慄を (13)
「なっ」
 啓太は慌てて銃を構えるが、しかし間に合わない。
 鬼の腕が思い切り振るわれると、啓太の体を吹き飛ばしていた。
「がぁっ!?」
 啓太は壁に強く打ち付けられる。
 同時にだらりと力なくその体を地面へと横たわらせていた。
 目の前に見える啓太の名前が赤く姿を変えている。そしてこの色はゲーム内での死亡を
表していた。
「啓太くん!?」
 佐由理が慌てた声を漏らしていた。それからすぐに何やら呪文を唱え始める。彼女は恐
らく七瀬と同じく術式使いなのだろう。
「よくも啓太くんを。風よ。舞い散る刃となれっ。風刃レベル7!」
 言いながらいつの間にか手にしている大きな杖を振るう。
 同時に風の刃が鬼の周りを完全に取り囲んでいた。
 ザンザンザンザンザンッ。
 鈍い音が連続して走る。鬼の体を刃が切り裂いていた。
「どう!?」
 佐由理は刃のやんだ後の鬼の姿をじっと見つめている。
 だがすぐにその目が大きく見開いていた。
「そんな。ぜんぜんきいてない。この子には呪文が利かないの!?」
 愕然として声を漏らす。
 佐由理の使った術はレベル7の術式である。これは七瀬が使ってみせた炎の術式よりも、
6段階上の威力のある技で、かつ風刃の中では最強のレベルの術だった。
 大抵の魔物はこのレベルの術式を受ければ、一撃で姿を消す。それくらいの強力な技で
ある。
 しかし目の前の鬼は全くダメージを受けた様には思えなかった。
「魔法のきかない相手なら、あたしの出番ね」
 そう言いながらゆみは鬼に向かって突進していく。
 やはりいつの間にか手には鋭い棘のついた鞭を装備していた。
 佐由理の術式が聞かなかった理由を、ゆみは魔法が利かない相手だからと思ったのだろ
う。そういった魔物も中には存在している。
 実際彼等はかなりの高レベルパーティのようで、巧よりもさらにレベルが高いようだっ
た。つまり相当の技量があると言う事で、その分そうそう自分がやられるとは思ってはい
ない。
 啓太は一撃で鬼に殺されていたが、どうやら彼はメンバーの中でも低レベルのキャラク
ターだったようだ。それゆえにゆみは啓太が一撃で死に至った事を、全く疑問に抱いては
いない。
 ただその判断は全くの誤りだった。
「よせっ。やめろっ」
 功が強く叫ぶ。
 だがその叫びは時すでに遅し。
 ゆみの鞭が鬼を捕らえる。
 だがばんっと鈍い音が響いただけで、全く鬼は動じた様子も見せない。
「うそ」
 驚いた様子で呟くゆみに、しかし鬼は容赦なくその豪腕を叩き込んでいた。
「ぐっ」
 体に走った衝撃に何とか耐えて、ゆみはその場に踏みとどまる。
 だがその次の瞬間、側によってきていた豚もどきが彼女の腕を捕らえる。
「ちょっ、いつの間に」
 彼女がそう呟いた時には、すでに鬼の二撃目が叩き込まれていた。
 彼女の名前がふっと赤く変わる。彼女の体は力が抜けきった様子で、地面に横たわって
いる。
「そ、そんな。ゆみちゃんまで」
 佐由理が愕然とした声を漏らしていた。
 あっという間にパーティが半壊していた。いやそれどころか、気が付くと俊輔と名乗っ
ていた少年の名前が視界から消え去っていた。これは彼がパーティから離脱している事を
示していた。
 つまりパーティ内で生き残っているのは巧と佐由理だけと言う事になる。俊輔は生きて
いるのかもしれなかったが、いつの間にかパーティから脱退していて、どうなったのかは
わからなかった。
 もうすでにかなりの距離を離れて逃げだしていたのかもしれない。ミッション中にパー
ティ内の距離が一定以上に遠くなると、自動的にパーティから外れてしまうという制限が
ある。それにひっかかってしまったに違いない。
「とにかくっ、ここは逃げよう」
「で、でも、啓太くんとゆみちゃんが」
 慌てた様子で、しかしどうしたらいいのかわからずに佐由理はあたふたと二人の姿を眺
めていた。
 力なく倒れる様子は確かに二人の死を感じさせた。
 ただしそれはゲーム内だけの話だ。実際に同じ方法で人が死んでいたとすれば、もっと
凄惨な姿にて描かれるだろう。
 けれど今は記号のように人が倒れているに過ぎない。これはあくまでもゲーム内の出来
事なのだ。
 だからそれほど取り乱す必要もないし、死んだとしても復活させればいい。普通に考え
ればそれだけの話だ。
 ただもしも聖の言う事が正しかったとすれば、啓太もゆみももはや命を残してはいない
のかもしれなかった。
 現実でどのような死を迎えているのかはわからない。
 心臓麻痺のような形なのか。それとも同じように打撲を負って死んでいるのか。
 それともやはりゲームだけの出来事なのか。
 それを確かめる術は功にはない。
 巧は額に冷たい汗が流れている事を確かに感じていた。
 体中が震えて止められないでもいる。
 ここに居れば死ぬかもしれない。
 ゲーム内だけではない、本当の死が訪れるかもしれない。
 本当の事はわからなかった。しかしこのままここでぼぅっとしていれば、その答えを探
す前に敵に殺されてしまうかもしれなかった。
「とにかく……逃げるんだっ」
 巧は佐由理の手を掴むと、そのまま駆け出していた。
 幸い巧は入り口の側にいたままだった。ゆみは不用意に鬼に近寄っていった為、鬼の攻
撃を受ける事になった。
 しかし鬼は近づいてくる様子は見えない。今はただエレベーター前でうろうろとしてい
るだけだ。
 豚もどきや他の魔物も同じようにその近辺をうろついていた。誰も巧達によってこよう
としている者はいない。
 もしかすると彼等はガーディアンと呼ばれるタイプの魔物でかもしれないと功は思う。
ガーディアンは特定の拠点を守る魔物で、その拠点に近づくと襲いかかってくる。しかし
拠点に近づかない限りは、何もしてくる事がない。そういったタイプの魔物だ。
 すなわち彼等は東京タワーのエレベーターを何らかの理由で守っているのかもしれなかっ
た。
 ただその理由を考えてもわかるはずもない。彼等には何らかの指命があるのだろう事以
外には、功は全く想像もつかなかった。
 またガーディアンか否かも、今は功の想像に過ぎない。たまたまあの魔物が襲いかかっ
てくる位置よりも遠い場所にいたからかもしれないからだ。
 とにかくまずは聖と合流しよう。聖は外で待機しているはずで、すぐに合流出来る。巧
はそう考えて、東京タワーの外へと向かう。
 だがそこに見えたのは、待っているはずの聖の姿ではなかった。
 完全に一面を埋め尽くす魔物の姿。
 さきほどの鬼のような強力な魔物の姿は無かったが、尋常な数ではなかった。まるで初
詣客でごったがえす神社のように、隙間すら見えない。
「なんて数だよ……」
 呆然として呟く。
 これではさすがに聖がここに残っているとも思えなかった。しかし相手は雑魚でありそ
う簡単に聖が倒されるとも思えなかったので、恐らくはどこかに逃げるなりしたのだろう。
「え、えっと。どうしよう」
 佐由理が慌てた声を漏らしていた。
 しかしすぐに功は大きく声を張り上げていた。
「あんた、集団突破の術式は使えるか。使えるなら、そいつをぶっぱなして出来た穴から
一気に逃げよう」
「あ、うん。使えるっ。風の魔法だけど」
「それでいい。頼むっ」
 功の声もやや説破詰まっていた。
 考える前に敵がじわじわとこちらによってきていたのだ。
 この程度の魔物に倒される事は考えにくかったが、いかんせん数が多い。下手に囲まれ
てしまえば、袋だたきにされる事も考えられた。
「いきますっ。風よ、大気を震わせその威を示せ。烈風陣、レベル5!」
 佐由理がくるりと回転しながら、大きく杖を振るう。
 同時に目の前の空間で巨大な爆発が起こり、地面が吹き上がっていた。
 その爆発の範囲内にいた多数の魔物達が大きく吹き飛んで、一気に姿を消す。この術は
相手にダメージを与える事はないが、こうした時に相手を吹き飛ばして逃げ道を作る事が
出来る。
「よし、行こう!」
 功は佐由理の手を引いて、ぽっかりと空いた空間を目指して一気に走り始める。
 だがその空間にもすぐに他の魔物達が詰め寄ってきていた。
「こい村正!」
 大きな声で自身の持つ刀を呼ぶ。
 きらりと銀色を光を輝かせて、功の右手には日本刀が握られていた。
 近づいてくる魔物に向けて刀を煌めかせる。魔物はその様子におびえたのか、ぴたりと
足を止めていた。
 だが後から後から魔物達は近づいてきていて、あまり勢いを止める事はない。
「ち。これじゃ囲まれちまうっ」
 功の足は少しずつ速度を落としていた。魔物が急激に襲いかかってくるのを避けている
為に、思うように走り抜けられずにいた。
 一匹ずつ斬り捨てても良かったのだが、そうすると自然と足が止まってしまう。この集
団から逃げる為には、あまり戦う事は好ましくない。
 どうするべきかと頭を巡らせる。だがその瞬間に佐由理の声が響いた。
「え、えっと。風よ。私達を暖かく包んで! 神速!」
 それと共に体がふっと軽くなって、急激に走る速度が増していた。おそらくは足が早く
なる術式だろう。
「さんきゅ! これなら何とか!」
 言いながらも目の前にいる魔物を避けて、走り抜けていく。
 その瞬間だった。
『次なるミッションを与える。仲間の少女をと自身をPKから守りぬき、PKを撃破せよ』
 唐突に次のミッションが下されていた。
 功はその事に一瞬衝撃を受けて歩みを止めそうになる。
「危ないっ。烈風陣、レベル1!」
 佐由理がさっと術式を唱える。
 同時に風の刃が目の前にいた魔物をはじき飛ばしていた。
 レベルが低い術式ほど、発動までの時間が短時間ですませる事が出来る。その事を利用
して低レベルの術を発動させる事で、何とか打ち破っていた。
 しかし目の前にいた敵がたまたまゼリンクラスの魔物であった為に吹き飛ばす事が出来
たが、そうでなければ功はまともに敵の一撃を受けていたところだった。
「巧くん、大丈夫!?」
「ああ、さんきゅっ。行こう!」
 心配した声が佐由理から飛んできたが、今は立ち止まっている余裕はなかった。
 ひとまずミッションの事は忘れ、とにかく前に向かって走り始める。
 そうして幾度となく襲いかかる魔物を退けながら、二人は何とか魔物の囲みを突破して
いた。
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