鏡の国に戦慄を (12)
「やはり中にいるみたいだね」
 聖はぼそりと呟くと、入り口の方を横目で見つめる。
 先ほどの様子では、中にいるプレイヤー達はとても中に招き入れてくれる事はないだろ
う。
 しかしそれではこちらもミッションを完成させる事は出来ない。
 後にして思えばこの状況でミッションを成し遂げる事を考える必要はなかった。ただ時
間が終了して、無事に帰り着く事だけを考えていれば良かったのだ。
 けれどこの時はその事に気が付くことはなかった。やはりどこかゲームの中で現実味が
薄れていた事と、今まで行ってきたゲームの中での流れがそうさせていたのだろう。
 まだ巧は本当にここで起きた事が現実でも同じように起きると言う事が、心から納得出
来ていた訳ではなかった。
 ただ小屋や銅像のこと。そして聖の話から本当にそうなのかもしれないと、疑ってみて
いるだけだった。
 逆に言えばどこかでまだその事を信じていない気持ちが強く残されていたのだ。
 だから巧はごく普通にゲームをプレーする事が、頭の中から離れてはいなかった。
「みたいだな。でもとても中に入れてくれそうもないぜ。どうする」
「仕方ない。ここで諦める訳にもいかないが、さすがにPKしようとも思わない。パーティ
を解散して向こうのパーティに入れて貰おう。そういれば向こうのパーティの禁忌を破ら
ずにすむ」
 聖は淡々と告げて、それから少しだけ入り口の方へと歩み寄っていく。
 ミッションの禁忌事項はいろいろなものがある。今回の場合であれば、相手は自分達以
外の敵やPCを中に入れてはいけないというミッションになっているのだろう。
 ただしそれがなされたかどうかの判定は、基本的にパーティ単位で行われる。従ってパ
ーティのメンバーに入れてもらえれば、中に入っても問題はなくなる仕組みだ。
 ただし他のパーティを組んでいる場合には、メンバーにいれてもらう事は出来ない。そ
の為には一度すでに組んでいるパーティを解散するか、脱退する必要があった。
 パーティの解散や脱退は、ゲーム内だけの話なのでそう宣言すればそれだけで実行され
る。実際に何かの仕組が必要な訳ではない為、比較的気軽に行う事が出来た。
「でもそうしたらミッションの単位は別々になっちまうぜ。何かアイテムを手にいれろと
かってミッションだったら、俺か聖かどっちかしかクリアできなくなっちまうけど」
 巧は腕を組んで呟く。
 セッションの決まりとして、ミッションの単位はパーティ事。ただし一度でも違うパー
ティになった事があれば、ミッションのクリア単位は個人単位となるという規定がある。
その為に解散してしまった場合には、内容によって誰か一人しかクリアできなくなってし
まう事もあった。
 ただその辺りは状況による為、ミッションの内容によっては結果的に全員がミッション
クリアとなる事もあった。
「でもそうとも限らないしね。実際それしか方法がないだろ」
 聖は巧へと軽く手を振りながらも、入り口の方へと向かっていく。ただしある程度の距
離は保っていた。
 そこから少し大きな声で、中にいるはずのパーティへと声をかける。
「悪いが、どうやらこっちのミッションで中に入る必要がありそうだ。こっちのパーティ
を一度解散するから、そっちに入れてくれないか。それならそっちのミッションの邪魔に
はならないだろ」
 聖の言葉に、しばらくの間何も返答が帰ってこなかった。
 恐らくは中のパーティ内で相談しているのだろう。
 しかし向こうももめたくないのは間違いがない。それほどの時間はかからずに、提案へ
の答えが戻ってきていた。
「わかった。ただこっちのパーティの空きは一人しかない。一人ずつならいい」
 向こうの姿はまだ見えないが、声だけはしっかりと聞こえてくる。
 一人ずつならいいと言う答えに、巧は再び聖へと顔を向けていた。
 もともとがこちらからの提案だけに特に罠などはないとは思われるが、完全にパーティ
を分かれるという事はミッションの進行にも差異が出来てしまうという事だ。場合によっ
ては問題になってしまう事もあり得た。
 ただ一つのパーティの人数は5人までと決まっており、それを超える編成が出来ない事
も確かだった。つまり向こうは4人組なのだろう。
「どうする?」
「仕方ないね。まさか向こうに一度パーティから一人外してくれという訳にもいかないし、
とりあえず解散して一人ずついこう」
「そうだな。それしかないか」
 巧はひとまずパーティ解散を宣言する。
 それと同時に巧の視界の隅に浮かんでいた聖の名前が姿を消していた。これはパーティ
が解散され、一人ずつになった印である。
「どちらが先にいく?」
「どっちでもいいけれど、まぁ、君でいいんじゃないか。解散したとはいえ、君がこのパ
ーティのリーダーな訳だしね」
「まぁ、話を決めてたのは殆ど聖だけどな。話きくだけだろうし、ちゃっちゃとすまして
くるよ」
 巧は言いながら軽く手を挙げて、それから少しずつ東京タワーの入り口の方へと歩み寄っ
ていく。
「じゃあ悪い。まずは俺から頼む」
 そういって奥にいるだろうプレイヤーへと声をかけていた。
 すると赤い帽子をかぶった男が一人、巧の方へと近づいてくる。
 それと同時にパーティ勧誘のメッセージが目の前に浮かび上がっていた。
 これは巧だけに見えている文字で、パーティに勧誘された事により発生している。
 ちょうど1メートルくらい先の位置のガラス窓に、何か文字が書かれている。そんな感
じに見えていた。
「おっけーな」
 そのメッセージに対して認めるように強く思う。そうするとメッセージが消え、代わり
に視界の端に四人の名前が浮かび上がっていた。
 啓太、俊輔、ゆみ、佐由理。それがこのパーティに所属しているメンバーの名前のよう
だった。
「短い間だけど、よろしく」
 メンバーに対して軽く声をかける。他のメンバーがどこにいるかはわからなかったけれ
ど、この声はパーティの全員に届くようになっている。
「よろしく。出来ればちゃっちゃと済ましていってくれば助かる」
 そう告げたのは先ほどの帽子の男のようだった。どうやら彼が啓太のようだった。やや
アメリカ風の赤い派手な服を身につけている。
「よろしくお願いします。悪いですね。そっちパーティ解散までさせてしまいまして」
 そう告げた声は俊輔の物のようだった。見ると柱の影に、すらりとした背の高い少年が
立っていた。
 彼はなぜか学生服姿で、本当にそのまま街の外にいても不思議ではない姿だ。
「よっろしく。あ、この子かっわいいっ。もーどーせならうちのパーティでずっとやって
いきなよー。防衛戦も案外楽しいよ?」
 次に声をかけてきたのはゆみと言う名前の女性だった。少し他のキャラよりも年上の様
で、豊満な体つきを惜しげもなく晒していた。
 水着とまではいかないまでも、ホットパンツにチューブトップと言う解放的な姿をして
いる。
「もぅ、ゆみちゃん。無理いっちゃだめだよ。他のお仲間さんもいるんだし。あ、ごめん
ね。私、佐由理です。よろしくお願いします」
 最後にぺこりと頭を下げたのは、淡いパステルグリーンのカントリードレスに身を包ん
だ少女だった。
 やや古風な姿ではあるが、ゲーム内ならではと言った感じだろう。少し舌足らずなしゃ
べり方と相まって、おっとりとしたお嬢様然な様子を醸し出している。
 二人とも巧よりかは年上だろう。ゆみは恐らく大学生くらいではないだろうか。佐由理
はそれより少しくらい下のように思える。もしかすると高校生くらいかもしれない。
「ああ。よろしく。ちゃっちゃとすましてそっちには迷惑かけないようにするからさ」
 巧は手を挙げて、それからタワーのさらに奥へと向かっていく。
 彼等とはたまたま同じパーティになったが、別に彼等と目的を同じにしている訳ではな
い。一時的に手を組んだだけである。
 ただこうしてわずかな間でも一緒のパーティに入ると、次にあった時に声をかけやすく
なったりする事もある。
 全く知らない人との出会いも、オンラインゲームの醍醐味の一つだった。実際聖や七瀬
ともゲームの中で知り合った友達だった。こうした事から仲良くなる事も多く、きちんと
声をかけておくに超した事はない。
 挨拶をすませて奥の方へと向かおうとする巧に、不意にゆみが声をかけてくる。
「あ、NPCを探してるんだったらさ。そっちの方には誰もいなかったよ。というか、一
階には誰もいなかったなー。だからいるとしたら二階以上じゃないかな」
 彼女は言いながら巧の肩にぽんと手をおいて、それから顔をじっと見つめている。
「え、えっと。俺の顔に何か?」
 やや年上の女性が妙に接近してきた事に、巧はどぎまぎとしてしまう。
「いや、可愛いなーと思ってさっ。もーっ、君可愛いっ。マジお姉さんの好みなんだけど。
あ、次は一緒にミッションやろうよ。つー訳で、フレしてくんない?」
「あ、うん。いいけど」
 フレとはフレンドの略で、このゲームでは戦友と呼ばれている友達登録の事だ。これを
しておくと、次にインした時に誰がインしているかすぐわかる仕組みになっている。
 そしてゆみからの戦友希望の文字が浮かんできていたので、OKとしておく。
 これで巧の戦友リストの中にゆみの文字が姿を現していた。
「あー、ゆみちゃんずるい。じゃあ私もお願いします」
 佐由理も同じように近寄ってきて、戦友登録を行ってきていた。巧としては断る理由も
ないのでOKとしておいた。
「あ、ああ。よろしく」
 ただ突然に二人の女性によってこられた事に、妙に胸が鼓動してしまう。二人が普段仲
良くしている七瀬と比べても、年上の女性のように思える事も影響していたかもしれない。
「もてもてですね」
 俊輔と名乗った少年が、口元を抑えながら笑っていた。みれば啓太の方も軽く頭を抑え
ている。
 どうやらこの二人の女性達は、恐らくいつもこれが通常の事なのだろう。
「いや、そういう訳じゃあないと思うけどさ。まぁ、でも」
 どこか照れた様子で巧が呟いた。
 その瞬間だった。
 ばんっと激しい音が辺りに鳴り響いた。同時に地が震えるような鈍い音が伝わってくる。
「きゃーっ、なになになにっ。何なの!?」
「どうやら地震みたいだよ。って、え!」
 ゆみと佐由理の二人が思わず声を漏らしていた。
 確かに地面は揺れていた。
 だがそれは地震と言うようなものではなかった。
 いつの間にか大量の化け物達が辺りを埋め尽くしている。本当に唐突にそこに姿を現し
ていた。
 それだけではない。巨大な一つ目の鬼が、いつの間にかエレベーター前に立ちふさがっ
ている。
 その事から考えると、彼等はエレベーターを伝って降りてきたのかもしれない。
 そして一つ目の鬼は、その図体に寄らず機敏な動きで啓太へと駆け寄っていた。
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