鏡の国に戦慄を (10)
 東京タワーに集結せよ。そこで新たな任務を受けるべし。
 今回二人に下されたミッションはこのようなものだった。
 これは珍しい連続型ミッションだ。
 通常はある一つのミッションを請け負い、それを時間内にこなす。
 だが中にはレアミッションと呼ばれる滅多に出会わないミッションがある。それらのミッ
ションは大抵の場合、最初から全ての条件がわかる訳ではなく特定の条件をクリアする事
で本当のミッションが判明するという内容になっている。
 そういったミッションを連続型ミッションと呼び、場合によってはいくつもの細かいミッ
ションを受ける事になるかなり大変なものだ。
 しかしその分やりがいがあり、クリアした時の報酬も大きいらしい。
 功はそれなりにこのゲームをやり混んでいたが、未だにこの連続型ミッションに当たっ
たことがない。それほど珍しいミッションだった。
「お。レアミッションかよ。初めて受けた。これは面白くなりそうだな」
 功が感銘の声を漏らす。
 それと同時に弾んだ声で聖が笑い始めていた。
「あははっ。なるほどね。そういう事か」
 いつもどこか落ち着いた聖がこんなに明るく話し始める事はかつてなかった。
 それだけ聖も感銘を受けていたという事だろうか。功はわずかに首を傾げる。
「功。どうやら僕らは招待されたらしいよ。なるほど。これが鍵っていう訳か。道理で」
 一人で納得し、あからさまに口をほころばせている。
 ただそれがどこか嗚咽のようにすら思えて、聖は再び背中に冷たいものを感じていた。
「聖、いったいどうしたんだよ」
 心配になって思わず訊ねていた。
 だけど聖は功を気にした様子もなく、大きく息を吐き出すと、右手を胸の前で強く握り
しめる。
「功。さっきの写真の事を覚えているかい」
 そう訊ねてくる聖の声はもういつもと同じ、淡々とした口調だった。
 それにほっとして功は胸をなで下ろす。
「ああ。そりゃあね。このゲームは現実そっくりに作り上げられているけど、あの小屋は
確かにゲーム内で燃えた。つぅことは現実を元にしていたって、同じ写真がとれるはずは
ないんだ。現実でも燃えてしまったんじゃなきゃさ。ま、俺を驚かせる為に、どうとかし
てゲーム内の画像を外にひっぱりだしたのかもしれないけどさ」
 このゲームでとった写真は他のゲームと異なり、ゲーム内でしか見る事が出来ない。
 ゲーム会社の話によれば、正式サービス前の状態が外に漏れない為で、正式サービス開
始後に可能になるという説明だった。
 しかし正式サービスが始まっても、いまだ写真を外にアップする事は出来ない。従って
インターネット等に漏れている情報は、テキストや自作のイラストや写真のものばかりだ。
 ただデータが作られている事は間違いがない。その為にコンピュータの知識が詳しけれ
ば、何とかなるのかもしれないとは功は思う。そしてそうした事に力を注ぐ人達が一部の
ゲーマーにいる事も、功は理解している。誰かがそうしたツールを作ってしまえば、後は
自然に広まってしまうものだった。
 しかし聖の答えはそうした功の予想とは全く異なっていた。
「もちろん僕はゲームの画像を外に出す事なんて出来ない。いや、僕だけじゃない。きっ
と誰にも出来ない。そしてサービスがどんなに進もうと出来るようになる事もないと思う」
「え。正式サービスが始まったら出来るようになるんだろ。まだ不具合があってスタート
出来ないでいるだけで」
 そうしたツールが存在しないのも、いくら暇な人が多くても、近い将来出来るようにな
る事がわかっている事に敢えて力を注ぐ人は少ない。
 だからわざわざそうしたツールを作る人が存在しないんだと功は理解していた。
 しかし聖は大きく首を振るう。
「そうじゃない。運営会社、いやこのゲームにて何かを企んでいる奴らは、そんな事を許
すはずがないんだ」
 聖の言葉はあまりにもエキセントリックなものだった。
 何が言いたいのか功にはまるで理解出来ない。
 むしろいつも冷静で落ち着いていたはずの聖が、どこか違えてしまったのではないかと
心配しはじめていたくらいだ。
「だってこのゲームは、現実を取り込んでいるんだから」
 そして次に続いた言葉は、全くあり得ない、でたらめな台詞だった。
 もしも今日、古川の言葉をきいていなければ全く信じる事はなかっただろう。
 東京タワーの南極観測犬が実際に誰かに破壊されている。昨日自分達が守りきれず破壊
してしまった場所。そこが実際に誰かによって破壊されていた。
 その事実だけが、聖の言葉を完全に否定する事をさせなかった。
「まさか」
 それでも功は声に出して否定していた。
 常識で考えてありえない話だ。いくらリアリティがあるとはいっても、ゲームはゲーム
だ。現実とは違う。
 それでもどこか頭の片隅で、功は警報を鳴らし続けていた。
 それはこれ以上話をきいてはいけないと言う警告だったのか、それともこれから始まる
現実への恐れだったのか、功にはわからない。
 ただ何か、体に感じる冷たさだけは確実に感じ取っていた。
 しかしそれらを声にする事は出来ず、そして聖はまるで構う事なく話を続けていた。
「とはいえ、それも完全じゃない。これは僕の推測だけれど、まず正式サービス開始前に
はそんな事は起きていない」
 聖の言葉にひとまず頷く。
 まだ何が何だか功にはわからなかった。ただ聖の話に、ひとまず相づちを打ったに過ぎ
ない。
 だけど続けられた制の言葉に、功は何か違和感を覚えずにはいられなかった。
「そしてもう一つ。現実とリンクしているのはセッションの時に限られる」
「え……」
 違和感の正体はわからない。ただ何か重大な事を見落としている。そんな気がしてなら
なかった。
 それでも聖の話は静かに進んでいく。
「セッション時にはこの鏡面世界の中と現実とがリンクして、この世界で起きた事がまさ
に鏡のように現実にも映し出される」
「そうして、ゲームの中で壊れた小屋や東京タワーの銅像が現実になっているっていうの
か。そんな訳あるかよ。非常識な話だ」
 功はわざと声を荒げていた。
 そんな事はあるはずがない。そう思う心がある中で、聖の言う事を疑いきれない自分が
いる事もどこかで理解している。
 そんな自分自身の思いを打ち消すように、声を張り上げずには居られなかった。
「そうだね。非常識だ。でも、常識っていってる事が必ずしも真実とは限らない。かつて
世界では天動説が当然で、地動説なんて非常識だった。でも今では誰も空の星が動いてい
て、地面はいつも固定だなんて信じている人はいない。つまり常識は事実ではないんだ」
「いや、まぁ、そりゃあそうかもしれないけどさ。でも」
 言いよどむ功に、聖は微かに笑みを浮かべていた。
「じゃあ、功。一つ質問をするよ」
 聖は言いながら、懐から銃を取り出していた。
 そして目の前の建物にいくつか弾丸を撃ち込んでいた。
 がんっ、がんっと鈍い音が響くが建物はまるで傷つくことはない。
「僕の銃が当たるという事は、ここに建物があるって事になる。それは正しいかい」
「そりゃあまぁ」
 功の質問の意味がよく理解できず、曖昧に頷く。
 だが確かに目の前に建物は存在しているし、銃撃が当たっている。建物はある。それは
間違いがない。何を当たり前の事をきくのかと、首をひねらずにはいられない。
 だけど功は軽く首を振るうと、ビルの壁に手を添えながら答える。
「そう。確かにここに建物が見える。銃はあたった。でもよく考えてみてくれ。ここはゲ
ームの世界なんだから、目の前にあるのは建物でなくただのデータのはずだ。パソコンが
そのデータに従ってそう見えるように描いているに過ぎない」
「いや、まぁ、そうかもしれないけど。俺、聖の言う事がよく理解できねぇ」
 少し頭が痛くなってきて、功はこめかみを押さえる。何だか禅問答でもしているかのよ
うな気分に陥っていた。
「つまり当たり前だ。常識だ。なんて考えている事は、案外よく考えるともろいものなん
だ。これだけリアルな世界を広げられるのは、最新鋭のゲームだから。僕らはずっとそう
考えてきた。でも、それは違った。この世界は現実を映し出した世界。ゲームのタイトル
通り、鏡面に映し出された世界だったんだよ」
 聖の言葉はどこかがおかしい。間違っている。功はそう思わずにはいられない。
 功の常識では、そんな事は起こりえる事ではなかった。
 でも確かにこのゲームの中では圧倒的なリアリティを感じさせた。それこそ現実を取り
込んでしまっているかのように。
 しかしそれが聖の言うように現実を取り込んでいる結果ではないと、どうしても言い切
る事が出来なかった。
 現実に小屋や、東京タワーの像は破壊されてしまっているのだから。
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