鏡の国に戦慄を (07)
「よし。これで後はお前らをぶったおすだけってこった」
 危ないところではあったが、運良く現れた七瀬の手助けによって何とかこの場を乗り越
えられそうだと功は勢いづいていた。
 七瀬は天然を超えた天文だけに、ろくでもない事をやりかねなかったが、それでも一人
でセッションに参加出来るくらいの実力はある。レベルドレインされて低レベルだといえ、
今まで培ってきた経験は糧になっているはずだった。
「破邪~光! 火球の舞、レベル5っ」
 後方からまた七瀬の声が響く。同時に聖が「助かるっ」と声を漏らしていた。背中は安
心して任せられそうだと功は思う。
 だがあまり安心してばかりもいられない。安堵の息を吐く間もなく、赤グレが巨大な剣
を振り上げていた。
「おおっと」
 赤グレの剣が落とされる前に、功は一気に懐に飛び込んでいた。
 その勢いを殺さずに、刀をまっすぐに突き立てる。
 きらりっと刀身が白く輝く。
「一の太刀っ、牙風突継!」
 必殺技の名前を叫ぶ。同時に、刀が赤グレの鎧を一撃で突き破っていた。
 この技は功の覚えているスキルの一つで、通常の三倍の威力の攻撃を誇る技だ。技の出
も速く、一対一であればかなり使い勝手の良い技だった。
 ただし出し終わった後に一瞬硬直する時間があり、複数の敵相手には向いていない。そ
の為、先ほどのように囲まれた場合にはなかなか使いづらい技なのだ。しかし七瀬の助け
のおかげで、この技を使う事が出来た。
 赤グレは今の一撃で霧のように散っている。だが囲まれている訳ではないが、まだまだ
豚もどきの数も残っていた。
「聖、そっちはどうだっ」
 振り返り聖達の様子をうかがう。
 空を飛ぶ魔物達が大挙して襲いかかってきていたが、少しずつその数は減っている様だ。
「ぼちぼちだね。ただちょっと数が、うわっ」
 答える途中で、わずかに慌てた声を漏らす。
 体をひねって、大きく奥の方へ飛ぶ。
 同時にひゅんっと鋭い音が響いて、上空から爆弾のようなものが落とされていた。
 地面に着弾すると辺りに思い切り爆風が広がる。東京タワー前にある南極観測犬達の像
が無惨にも飛び散っていた。
「すげぇ威力だっ。なんだこれはっ」
 功は叫びながらも上空を眺める。
 いつの間にか始めの有翼鬼だけでなく、見たことのない飛行船のようなものが空に浮か
んでいた。
「あれも敵かよ!?」
 功はいらだつような声をあげて飛行船をにらみつけていた。爆弾を落としたのは間違い
なくあのは飛行船だろう。
「だろうね。見た事はなかったけど、あれが噂の魔の飛行船って奴だと思う」
 聖は功とは対照的に落ち着いた声で呟いて、しかし少しだけ眉を寄せていた。
 功の刀では当然届きはしないが、あれだけ上空にいると聖の銃でも打ち落とせるかは怪
しい。そもそも飛行船の爆弾を避けるだけでも精一杯になるだろう。
 聖の言う魔の飛行船の存在は功も聞いた事はあった。かなりレアな敵キャラで、滅多に
その姿をみかける事はないらしい。また倒した事がある人間は誰もいないそうで、ある意
味でこのゲームのボスキャラのようなものだと思っていいかもしれない。
 それだけに情報も殆どなく、真下からみると船の形が巨大な目のように見えるという事
くらいしか知られていない。
 どうやって倒すか。あるいは倒さなくても、何とか東京タワーを防衛する事が出来るの
か、功は必死で頭を働かせる。
 実際、空が飛べない以上は飛行船に攻撃を当てる手段はない。しかし最初の爆撃の後は
飛行船の方も攻撃をしてきていなかった。それであればあるいは刺激しなければ、やりす
ごせるかもしれない。
 聖も同じ考えのようで、飛行船の様子を気にかけながらも近づいてきている有翼魔を確
実に打ち落としていた。
 とにかく手の届く化け物を退治していく。それが一番確実だろう。実際雑魚とはいえ、
放置している訳にもいかなかった。
 功と聖の二人の考えは警戒しつつも無視する事で、ほぼ一致しいている。
 しかし一人だけ、七瀬だけは全く違う反応を覗かせていた。
「あの……飛行船は」
 微かな声で呟きを漏らすと、何か思い詰めたように杖を握りしめる。
「高広をさらっていった船だ……」
 その声に思わず巧は七瀬へと振り向く。
 だがその瞬間、七瀬は大きく手を振り上げていた。
「天使の翼。私の元に!」
 聞き慣れない呪文を唱えると、七瀬の背に大きな白い翼が生まれていた。巧は初めてみ
る呪文だった。
 そしてその翼が大きく羽ばたくと、思い切り空へと飛び立っていく。
「あいつ空飛べるのかよ。初めてみた」
「僕もあの呪文は初めてだね」
 聖は頷きながらも、銃を撃つのはわすれない。その度に有翼魔は数を減らしていく。
「最近できた新しい呪文かな。けど、高広って誰だ。知ってるか?」
「たぶんアレだよ。彼女の中の脳内設定。前にこのゲームの中で弟を捜しているんだとかっ
ていたじゃないか。その弟の名前が確か高広だったと思う」
 聖は呟いて、それから銃に弾を込め始める。
 言われて功も、確かに七瀬とゲーム内で出会ってしばらくした頃にそのような事を言っ
ていたなと思い出していた。
 七瀬の天然ぶりは、当初からそういった部分に現れていた。
 ゲーム内で自分の思うように設定を追加するプレイヤーは案外多い。例えばキャラクタ
ーとしては別に剣でも銃でも使えるとしても、剣士を名乗って剣しか使わないと言うよう
な自分なりの規約をつけてみたりも、一つの設定付与だと言えるだろう。
 その中でまれにPCの背景にストーリーを付与する人も存在している。自分の家族が魔
物に殺されたので、その敵討ちをしていると言った類の話だ。そうした肉付けをする事で、
世界にどっぷり浸って楽しむと言う訳だ。
 七瀬もそういった背景づけをしているうちの一人だった。弟を捜してゲームを始めたよ
うな事を少し前には良く言っていた。
 もちろん実際にそんな弟がいる訳ではない。ゲーム内で七瀬の頭の中にだけある設定と
言う訳だ。
 恐らく七瀬はゲーム内で噂にきく魔の飛行船の存在と、自分の設定をうまくつなげて弟
をさらった飛行船と言う事にしていたのだと思われる。
 あるいは功は聞かなかったが、七瀬のミッションは飛行船と関係があるものだったのか
もしれない。たまたま近くに現れたから手伝いを頼んだが、当然ながら七瀬のミッション
が東京タワー防衛であったとは限らない。
 もともと七瀬はセッションの時でも自分のミッションをクリアするよりも、戦友の手伝
いを選ぶようなところもあった。あまり自分の成長には関心がなく、誰かと一緒に楽しむ
事を優先している節もあった。
 しかしそれよりも脳内設定の方を優先させたという事だろう。こういった設定を課す人
はたいていその設定を優先順位の一番に置く傾向がある。自分の中の拘りのようなものだ
と思われる。
「まぁ、どちらにしてももう有翼鬼は全滅させたから。飛行船の事は彼女に任せて、僕達
はしっかり防衛しよう」
 聖は言いながら再び銃を構える。
 いつの間にか空を飛んでいた有翼鬼の姿は見えなくなっている。近くにいる化け物も豚
もどき数匹だけだ。
「おし。それならさっさと片づけちまおうぜ」
 そういって功が身構えた時には、もう残り時間もそれほど多くは無かった。
Back Next
良かったら読んだ感想を下さい!
タイトル
お名前 (必須)
メール

★このお話は面白かったですか?
すごく面白かった  面白かった  まぁまぁ面白かった  普通
いまいち  つまんない 

★好きな台詞があれば


★印象に残ったシーンがあれば


★その他、感想をご自由にどうぞ!