鏡の国に戦慄を (05)
『ミッション……東京タワーを防衛せよ』
 セッションスタートと共に与えられたミッションは、このような物だった。
「かぁ。防衛ミッションかよ。面倒くさいな。これ」
 功はぼやきながら、遠目に覗く真っ赤なタワーを見つめてみる。
「そうかな。僕は結構好きだけどね。防衛ミッション」
 聖は淡々とした口調で告げると、すぐに辺りを見回していた。
 そばには他に人影もなければ魔物の姿もない。ゲームのスタート地点はおよそランダム
に決まる為、すぐ近くに他のPCがいる事はまれだ。
 しかし場合によっては魔物に取り囲まれている場合はある。
「とりあえずタワーまで、おおよそ二キロってところかな。まずは現場まで向かおう」
 聖は落ち着いた様子で、しかしいつの間にか右手に拳銃を取り出していた。
 聖は武器に銃を使っている。
 拳銃は実のところ一発一発の威力は低い。剣の方が大きなダメージを与えられる。
 ただ当然ながら銃は離れた位置にいる敵にも攻撃する事が出来る。その辺りが剣と異な
る利点だ。
 同じ様に離れた場所にいる敵にも攻撃出来る方法に、七瀬が使ったような術式がある。
しかし術の場合は精神力を使用する為、使いすぎると気を失ってしまう欠点があった。精
神力を復活させるには、しばらく休むかアイテムを使うしか方法はない。
 銃にしても補充出来る弾薬の数が決まっていたり、弾薬がなくなれば使えなかったりと
いったデメリットはある。しかし多数のアイテムをもって歩けるゲームであるがゆえに、
最初から用意しておけば弾薬についてはそれほど心配する必要はない。
 また別につかいきったとしても、使えない以外のデメリットはない為、別の武器に持ち
変えれば済む。
 代わりに術の場合は、絶対に命中させられる術等もあるし、術を使う人によってダメー
ジが異なるという利点がある。銃の場合は誰が使ってもダメージそのものは殆ど変わらな
い。あてどころによってダメージは異なる為、腕によって異なるとも言えるが、それは他
の武器でも同様であり、こうしたそれぞれの利点欠点がある。
「お。さっそく豚もどきがおいでなすったぜ。どうする」
 不意に功が呟くように告げる。
 功達の目の前に、数匹の魔物の姿があった。豚のような顔をして棍棒を手にした人型の
その魔物は、それほど強い魔物ではない。
「ほっとこう。僕らの目的は東京タワーの防衛だ。別にあいつらを倒しても、何の役にも
立たないからね」
「それもそうか。じゃ、急いで通り過ぎよう。あいつら襲ってきたらリンクするからな」
 冷静に答える聖に、功は大きく頷く。
 魔物を倒したくて少し腕がうずうずしていたものの、どうせ東京タワーまでたどり着け
ば沢山の魔物が襲いかかってくる。敢えてここで闘う必要はない。
 功はそう思い直して、一気に駆け出していく。
 向こうもこちらに気が付いてはいる様だけれど、今の状態であれば問題はない。足は功
達の方が早いし、追いつかれはしない。
 しかし彼等はいちど攻撃を受けると仲間を呼ぶ習性がある。これをゲーム内ではリンク
というのだが、ちょっと闘っている間にわらわらと仲間を呼び寄せて取り囲まれるなんて
事もあり得ると言う事だ。
 魔物は功達へと襲いかかろうとして迫ってくるが、功はその魔物を大きく飛び越えて避
ける。
 ゲームの中では、通常よりも何倍もの身体能力を得られる。それゆえにこれくらいは簡
単な事だった。
 聖は素直にやや相手を避けて走り抜けていた。その様子をみてとると、功は続けて東京
タワーへと向かう。
 魔物は慌てておいかけてこようとしていたが、しかしすぐに二人は魔物を引き離してい
た。この手の魔物はある程度距離をとれば、これ以上近づいてはこないから、もう安心だ
ろう。
 そう思った瞬間だった。
「げっ。シルバーウルフ」
 功が思わず声を漏らしてしまったのは、目の前に銀色の狼の姿をした魔物がいたからだ。
「こいつら、確か」
 呟いて刀を構えた時にはもう遅い。シルバーウルフは『わぉぉぉぉぉぉん』と大きな遠
吠えが辺りになり響く。
 それと同時にさきほど追いかけるのを諦めた豚もどきがものすごい勢いでこちらに迫っ
てくる。
 それだけではない。あちこちから足音がこちらに迫ってきているのがわかった。
「うわ。強制リンクすんだよなぁぁぁっ」
 言いながら、シルバーウルフめがけて突進していく。
 強制リンクとはこちらが攻撃するしないに関わらず、勝手に仲間の魔物を呼び出す習性
のことだ。この場合、先ほどの遠吠えが強制リンクの呼び鈴となる。
 バンッと鈍い音が後方から響く。
 同時にシルバーウルフの頭が、木っ端みじんに砕け散る。聖が銃で狙ったのだろう。
 だがそれをしっかり観察している余裕はない。元を断っても、新たな魔物が参戦しない
だけで、すでに多数の魔物が近づいてきている。これらを倒さない限り、ずっと追い続け
てくるのだ。
「間に合わなかったか。仕方ない、功は豚もどきを頼む。僕は奥から来ている奴らを足止
めする」
「了解っ」
 聖の言葉に応えて、功は振り返り豚もどきへと突進していく。
 豚もどきはリンク能力をもっている為、今度は豚もどきの声に寄せられて他の魔物がやっ
てこないとも限らない。少しでも早く倒す必要があった。
「豚もどきの分際で、俺に勝てると思ってるのかよっ」
 功は大きく飛びあがると、その着地がてら思い切り刀を振り下ろす。
 ざんっと鈍い音がたった後、三匹いる豚もどきのうち右手にいる奴を叩ききる。
「ぶひっぶひっ」
 仲間をやられた事に腹を立てたのか、他の豚もどき達が声を荒げて鳴く。
「ふひじゃねぇっ。この豚さんめっ」
 功の勢いは止まらない。そのまま大きく左手へと飛ぶ。
 刀を両手で構えて、勢いよく胴をなぎ払う。
「ぶひぃぃっ」
 豚もどきの悲鳴が響く。
 バンッバンッ。
 後方から銃声も聞こえてきていた。聖が別の魔物を倒している音だろう。
「ぶひぃぃぃぃぃ!」
 だが振り返る前に、残った豚もどきが雄叫びを上げる。
「やべぇ。またリンクしちまった」
 すでに豚もどきはシルバーウルフによってリンク状態だった為、自分が攻撃された事の
他にも仲間が殺された事がリンク条件を満たしてしまっていた。
 再び遠くから別の足音が響いてくる。この辺りの魔物が全て押し寄せているのだろう。
 残った豚もどきを一閃するが、しかし魔物の音は聞こえてくる。
「そっちも片づいたなら、新手がくる前に逃げよう。リンクモンスターはいなくなったか
ら、距離を開ければもうよってこないはすだ」
 声に振り返れば、聖の方の魔物はすでに倒された後のようだった。何の魔物かまではわ
からないが、すぅと音もなく消えていく姿がみえる。
「よし。いこうっ」
 功の言葉に聖も頷く。
 多数の足音の響いてこない方向へと、功達は走り出していた。
 しばらくの間、全力で走り抜ける。
 さすがに息も荒くなってきていた。
「はぁ。はぁ。こ、ここまでくれば大丈夫だろ」
 辺りには今のところ魔物の姿も、他のPCの姿も見えない。
 途中で何やらやり合う音も聞こえてきていたから、たまたま別のパーティが遭遇して退
治してくれていたのかもしれない。
 ただすでにかなりの距離を走っていたが、魔物を避けてきた為に肝心の東京タワーはま
だ離れている。
「ちょっと離れてるな。早く向かわないと破壊されちまうかも」
 いま現在東京タワーの周りに魔物がいるのか。そして他に同じミッションを受けている
パーティがあるのか。その辺りの事はわからない。他に誰もいなければ、すでに破壊が始
まっている可能性もある。
「そうだね。でもさっきみたいに敵と戦っていたら時間の無駄だ。急ぎながらも、慎重に
いかないと」
 聖は落ち着いた声で告げると、軽く辺りを見回してみていた。
 辺りに敵はいないようだ。
 それから聖は路地裏を抜けるつもりか、大きな通りから少し離れた道を覗き込んでいた。
 敵はいない様で、すぐに手招きする。功も魔物に気が付かれないように、やや足音を殺
して歩いた。
 それでものんびりとはしていられない。すでにセッションが始まってから十数分が経過
している。今回のセッションの制限時間は一時間だ。あと四十分強しか時間がない。
 幸いこの後は魔物にも他のにPCにも出会う事なく、東京タワーが間近に迫ってくる。
 そしてある程度近づいたところで『防衛エリアに入りました』と言うアナウンスがどこ
からともなく聞こえてきていた。
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