鏡の国に戦慄を (04)
 十秒ほどして、彼女の姿が消える。ゲームの世界から抜け出したらしい。セッションに
参加する為には、一度始めの画面に戻らなければいけないからその為だろう。
「俺もそろそろ戻るかな」
 巧は呟いて、それからログオフと小さな声で呟く。
 すると十秒ほどの時間が過ぎたあと、一瞬頭がふっと軽いめまいのような感覚が訪れる。
 同時に入りこんでいたゲームの世界から、現実の世界に戻ってくる。目の前には最初の
日本地図のような画面が表示されていた。
 さきほど赤く表示されていた千葉県の色は他の県と同じ色に戻っていた。その代わりに
東京都の色が緑色へと変わっている。
 この赤色はセッション中を示しており、緑色は参加者募集中を表している。千葉県に関
してはセッションが終わった為に、色が元に戻っていた。
 セッションとは鏡面世界の中でのイベントの一つだ。そしてこのゲームの醍醐味の一つ
といっても良かった。
 まずセッションは、あらかじめ決められた特定の時間に、一つのエリアを指定して行わ
れる。
 参加するにはセッションが開始になる前に、参加申請を行わなくてはならない。
 巧が緑色になっている東京都を選択すると、セッション参加受付完了の文字が画面上に
表示されていた。こうしてセッションの受付をしておいたプレイヤーだけが参加する事が
出来る。
 それらの参加者全員は、皆何らかの任務を請け負う。このゲームではその任務の事をミッ
ションと読んでいた。このミッションをクリアする事が、セッションの目的となる。
 ミッションには様々なものがあり、どこから隠されているアイテムを見つける事であっ
たり、特定の魔物を倒す事だったり、あるいはある建物を防衛する事であったりとバラエ
ティに富んだ内容が指定される。
 ただしここがセッションの面白いところで、そのミッションは参加しているプレイヤー
によって異なるものが与えられるのだ。
 しかし他のプレイヤーがどのようなミッションを背負っているのかはわからない為、場
合によってライバル関係にあったり、共闘すべき相手であったりもする。
 例えばある宝物を探すというミッションが与えられたとして、他のプレイヤーも同じミッ
ションを請け負っていた場合、どちらか片方のプレイヤーしかその宝物は手にいれる事が
出来ない。従って相手を出し抜いていく必要がある。
 しかしある建物を守るというミッションであった場合、同じミッションを請け負ってい
る相手ならば、協力しあった方がより効率的となる訳だ。
 お互いに違うミッションを背負っていた場合にしても、内容によっては利害が生まれる
事もありうる。例えば建物を守るミッションと宝物を得るミッションがあったとして、そ
の建物を壊さないと宝物が手に入らない。そんな状況がもしあったとすれば、互いに譲れ
ないシチュエーションとなり、場合によっては敵対する事もあるだろう。
 ただし他のプレイヤーがどのようなミッションを与えられているかはわからない為、協
力しあうべきなのか、そうでないのかは出会ってみるまでわからない。時にはミッション
の内容をごまかし、協力しているふりをする場合も考えられる。
 これらのミッションを一定時間の間にクリアする事が、この鏡面世界でもっとも面白い
と評されているイベント、セッションだ。
「さてと、聖はいるかな。と。お、いたいた」
 戦友のリストの中に聖の名前に色がついてオンラインと記されている。これは聖がゲー
ムの世界にインしている証拠だ。
「じゃ、とりあえずまずはパーティをくんどかないとな」
 言いながらリスト上の聖の選択すると、ヘッドセットごしに声をかける。
 もちろんこの状態では聖の姿が見える訳ではないが、このあたりがインターネットを介
したゲームの利点だ。離れていても一緒にいるかのように遊ぶ事が出来る。
「よう。そろそろセッション始まりそうだぜ」
『やぁ。巧。こっちは準備出来てる』
「お。じゃ、さっそくパーティ組もうぜ」
『そうだね。セッション開始前に組まないと、別のミッションが与えられてしまうからね』
「だな。以前それ失敗して奪い合いになった事あったよなー。それはそれで楽しかったけ
どさ」
 かつて一緒に遊んだセッションの事を思いだして、功は笑みを浮かべる。
 パーティと言うのはゲーム内での一時的なグループの事だ。一緒の目的を共有する仕組
みであり、実はミッションもこのパーティ単位で与えられる。
 他にも同じパーティの仲間にだけ高価のある術やアイテム等もあり、パーティというの
がゲーム内の一つの単位になっていた。このパーティという単位を結成する事を、パーティ
を組むという。パーティとは一時的な仲間関係のようなものだといえるだろう。
 パーティはゲームをする度に、あるいはゲーム中でもその都度メンバーを募る仕組みと
なっており、その際には常に同じプレイヤー同士である必要はない。たまたま近くにいる
プレイヤーとパーティになってもいいし、目的が一致している間だけ組んでもいい。
 セッション中でもそれは例外ではなく、パーティのメンバーはいつでも増減させる事が
出来る。
 ただしセッション中に与えられるミッションは、セッションが始まった時点でのパーティ
単位にて与えられる。従って本当に同一の目的の為に動くには、セッションが始まる前の
段階からパーティを組んでいる必要があった。
 最初から組んでいる場合であれば、パーティの仲間のうち、誰か一人でも目的を達成す
ればパーティ全員がミッションを達成したと見なされる。
 ただし途中から組んだメンバーの場合は、仮に目的が同一だったとしても全員が達成し
たとは見なされない。例えばある宝物をみつけるというミッション同士だった場合に途中
でパーティを組んだとしても、最初にみつけたプレイヤーのみがミッションクリアとなる。
もちろんミッションの内容によっては、結果として双方とも達成になる場合もあったが。
例えば建物を守るというミッションであれば、魔物を倒したプレイヤーでなくてもミッショ
ンを達成した事になる。
 また最初はパーティを組んでいた場合でも、途中で離脱したり解散した場合には別々に
受けたミッションという扱いになる。いちど別れた後に再度パーティを組んだとしても、
先に達成した方のみがミッションの達成と見なされてしまうという制約もある。途中でパ
ーティを別れた場合は、最初から別々だったとみなされるという事だ。
 この辺りのルールがセッションでの選択肢を増す事になり、ゲームをよりいっそう面白
いものに変える事が出来る。
「よしパーティ結成、と。あとは開始を待つだけだな」
 功は呟いて画面の左上を見つめる。聖の名前が表示されており、パーティを組んでいる
印となっている。
 と不意にベルの音が響き、画面が暗転していく。
 これはセッション開始の合図だった。
「お。始まるぜ」
『みたいだね。くれぐれもへましないようにね』
「まかせとけって。俺とお前が組めば、無敵っていうものだぜ」
 聖の言葉に、軽い口調で答える。
 いまから始まるセッションに、ただ巧はわくわくと揺れる気持ちを抑えきれずにいた。
 この後に待っているものは、過酷という名前がつけられるとも知らずに。
Back Next
良かったら読んだ感想を下さい!
タイトル
お名前 (必須)
メール

★このお話は面白かったですか?
すごく面白かった  面白かった  まぁまぁ面白かった  普通
いまいち  つまんない 

★好きな台詞があれば


★印象に残ったシーンがあれば


★その他、感想をご自由にどうぞ!