鏡の国に戦慄を (03)
「破邪~光! 火球の舞、レベル1っ」
 七瀬の言葉に反応して、杖の先に大きな炎が浮かび上がる。
「ちょ、おま。まてまてまてっ」
 巧は慌てて声を漏らすと、急いで体を翻す。
「無駄無駄無駄っ。この火炎の術式は自動追尾なんだからねっ」
 しかし七瀬は言いながら思い切り杖を振るう。
 杖の先から生まれた炎は避けようとする巧の動きなどおかまいなしに、その体を捕らえ
ていた。
 ぼんっと鈍い音をたてて、巧の体を捕らえていた。
「あちちちちっ」
 慌てて体をはたいて火を消すと、巧はぜいぜいと荒い息を漏らす。
「てめ。俺を殺す気かっ。PKかお前はっ」
「えー。レベル1の術式くらいじゃ殆どダメージいかないでしょー」
 抗議の声を漏らす巧に、七瀬は悪びれた様子もなく手を振るって杖をしまっていた。巧
の刀と同じように、七瀬の杖も自由に出し入れが出来るようだ。
「まぁ、私のレベルじゃPKしようにも返り討ちがいいところだけどね」
 くすくすと笑みを浮かべたまま、七瀬は少し距離が離れてしまった巧の方へと歩み寄る。
 七瀬が見せた炎の術は、このゲームの中で術式と呼ばれている一種の魔法のことだ。こ
のゲームの中で特別な装備を身につける事によって使用する事が出来る。
 ただし使用できる術式には様々な種類があり、それらを使う為には戦功を貯めて新しい
術を覚える必要がある。七瀬が使用した術式は火炎系列の呪文の一つで、ごく初歩的な術
であった。
 術式は一度使うと一定時間使用する事が出来なかったり、ゲーム内での精神力と呼ばれ
ているポイントが必要であったり等の欠点もある。その代わりに狙いを定めなくても確実
に相手に攻撃出来る術もあるといった利点もあった。その為、ゲームの初心者は好んで使
う傾向がある。
「まぁ、お前みたいな天文のPKがいても笑えるだけだけどよ」
「うわっ、ひどっ。っていうか、PKでなければ天文でもないもん」
 言いながら、七瀬はぷいっと顔を背ける。
 こうしてみていると、七瀬はちょっと鈍そうだけれど、ごくごく普通の女の子のように
思えた。正直PKなどとても出来る様子には見えない。
 PKと言うのは、プレイヤーキラーの頭文字をとったものだ。そしてプレイヤーキラー
とはその語が表しているとおり、ゲーム内で他のプレイヤーを標的として殺害するプレイ
ヤーの事だ。
 多くのゲームではプレイヤーキャラクター、つまり実際に人が操っているキャラクター
同士でもダメージを与えられるゲームが多い。その為に一緒に闘っている時には、気をつ
けないとゲーム内の仲間を殺してしまう事もある。
 その為、闘う時にも連携をうまくしないといけないという、ゲームの中ではそれがまた
一つの醍醐味でもある。しかしプレイヤーの中には、特に誤射した訳ではなくわざと他の
PCを殺すのを楽しむ人達もいた。
 彼等の目的は多種多様で、自分が狙っている魔物を倒すのを邪魔されないように近づい
てきたものを殺すといった自分の利益の為に行う人もいる。だがそれだけでなく、中には
ただの嫌がらせや人が苦しむのを愉悦しているような奴らもあった。
 そうした行為を営むのは大抵は高レベルのPCであり、従って多くのプレイヤーにとっ
ては、PKは敵であり非常に怖い存在でもあった。
「お前、そういえぱ何レベルになったんだ」
 巧は何気なく訊ねてみる。
 このゲームではオンラインゲームでは少々珍しいが、他のプレイヤーの情報はあまりわ
からないシステムになっている。だから一緒に行動する仲間のレベル等は、話してみない
限りわからない。その辺りはリアリティを追求している結果らしい。
 ただ逆にこのゲームではレベルが高かったり、装備品が良いものを持っている方が有利
ではあるものの、それが絶対的な差とはなっていない。隠れた場所から不意打ちをする等
の行動によって、ゲームを始めたばかりの低ランクでも強い魔物を退治する事も出来るよ
うなシステムになっていた。
「えーっと、レベル5になりましたっ」
 巧の問いに七瀬は胸をはって答える。
 しかしその言葉に巧は唖然として口を開いていた。
「ちょ、お前この間までレベル20とかいってたじゃないか。転職でもしたのかよ」
 レベルは数字が高ければ高いほど強い。つまり逆に以前よりも弱くなっているという事
になる。
「えへへ。レベルドレインされました〜……」
 七瀬はがっくりと肩を落として、大きく溜息をついた。
 このゲームの中には、攻撃してきた時に相手のレベルを吸い取る魔物が存在する。そう
いった魔物の攻撃をレベルドレインというが、もちろんレベルが低くなる為、それだけ弱
くなってしまう。
「いや……すごいな。お前。レベル5って、レベルドレインじゃそれ以上下がらないとこ
までさがってんじゃん」
 ちなみにこのゲームではレベル5までは、初心者用の保護レベルとされており、PKや
レベルドレインの対象とならない。すなわちレベル5はレベルドレインによって下がる最
低レベルという事になる。
 なおレベルドレインはペナルティが大きいため、通常であればそう簡単に受ける事はな
い。一レベルくらいは吸い取られたとしても、すぐその魔物を退治してしまえばすむし、
ドレインされた状態の魔物を倒せば、レベルは元に戻る仕組みになっているからだった。
「……まぁ、スキル類は忘れてないからだいじょーぶっ」
 顔を背けて呟く七瀬に、巧はもういちど溜息を漏らす。
 戦功によって得られるものの中には、レベルの他にも術式を始めとするスキルと呼ばれ
る能力がある。これらは特別な能力であり、覚えているPCだけが使う事が出来る。例え
ば七瀬はさきほどのような術式を使えるが、巧は術式は覚えていない為、全く使う事が出
来ない。
 他にも常に防御力が高くなるようなスキルや、足が速くなるようなスキル等もある。
 レベルは全体的に力が高くなるが、先ほどのようなレベルドレインをされる事もある。
逆にスキルは特定の能力しか手に入らないし、使用する為に精神力と呼ばれるポイントが
必要な事もあるが、レベルドレインのように無くしてしまうことはない。
 そういった要素を合わせて、うまくキャラクターを育てていくのも、このゲームの楽し
みの一つだった。
「そーいうこうさんは、いくつになったの? ちょっとウインドウみせてみせてー」
「ん。まぁ、いいけど」
 巧は七瀬に答えて「状態ウインドウオープン」と呟く。するとその声に応じて巧の目の
前に、大きな画面が映し出されていた。
 ちょうどプロジェクターで映し出された画面が宙にういているといった雰囲気だ。この
画面の事をウインドウと呼ぶが、このウインドウではゲームの中に関係する事をいろいろ
表示したり変更したりする事が出来る。
 いま巧が表示した状態ウインドウであれぱ、キャラクターの情報がある程度映し出され
ているウインドウの事を言った。
 三枝 巧(通称 巧)。レベル32。職業 剣士。そういった様々な情報が映し出され
ていた。なお三枝は巧の名字である。このゲームの中では、姓名をそれぞれ決められるよ
うになっており、それとは別に通称というゲーム内で使われるニックネームも表示出来る
ようになっていた。
 なお巧の場合は何も考えずに本名を使用しているが、全く関係のない名前も普通につけ
る事が出来る。
「へー。レベル32かぁ。すごいねっ」
 感心した様子で七瀬がうんうんとうなずいていた。
「俺が見せたんだから、お前も見せろよ」
「ん。いいよ。じゃあ、状態ウインドウおーぷんっ」
 七瀬はふんふんと鼻歌を漏らしながら、大きく手を広げてみせていた。
 ウインドウを開くには別に言葉で告げれば良いだけなのだが、七瀬はこうしたパフォー
マンスが気に入っているようで、表示させる時には必ず行っている。
 吉川 七瀬(通称 七瀬)。レベル5。職業 術士。そういった情報が七瀬の状態ウイ
ンドウには並んでいた。
「うわ。お前。マジでレベル5かよ」
 表示されているレベル5という文字に、巧は正直驚きを隠せない。
「そりゃ、こんなこと嘘ついたってしょうがないじゃない。でも、だいじょーぶっ。この
ゲーム、別にレベル低くても何とかなるし」
 まるで気にしていない様子で、七瀬はピースマークを一つ作ってみせていた。
 実際レベルが下がっていても、それまで得たスキルがなくなる訳ではない。従って術式
を中心に使うキャラクターであれば、確かにそこまで大きな影響はないとも言える。
「……いや、お前、いま現にゼリンに食われかけてたろ」
「うっ。それはそれっ」
 呆れて呟く巧に、七瀬はわずかに顔をそらしていた。しかしその額から流れる汗が、痛
いところをつかれた事を示していた。
 もっとも七瀬の言うようにこのゲームではレベル差自体がそれほど大きな差を生む訳で
はない。レベルが高ければいろいろと有利な面はあるが、決して魔物を倒せないという訳
ではなかった。例えばどの魔物にも必ず急所が用意されており、うまくその急所をつく事
が出来ればレベルが低くとも倒す事が出来る。
 また街中で行われるこのゲームでは、相手に気が付かれないように姿を隠し、不意を付
く事がポイントとなる。相手が油断している時であれば、簡単に敵を倒す事ができた。
 ただしそれはプレイヤーにも当てはまる事で、七瀬が最弱の魔物であるゼリンに食べら
れそうになっていたのも油断したからに他ならないだろう。
「えーっと。そうだっ。こうさんはセッション出るの? もうちょっとしたら東京都のセッ
ション始まるみたいだけど」
 七瀬はあからさまに話題を変えようとしていた。ゼリンに食べられそうになった事は、
七瀬にとっても恥ずかしい事実のようだ。
「ああ。聖の奴と約束してるからな。セッションには出るつもりだよ」
 巧は腕時計を見ながら呟く。七瀬とバカ話をしている間に、いつの間にかずいぶん時間
が過ぎていたようだった。
「そうなんだっ。実は私も出るんだよ。だったら中でどこかでまた会うかもねっ。あ、で
もミッションかぶっていても、邪魔しちゃだめだからねっ」
 七瀬は人差し指をたてて、その指先を巧の口元へと差し出しながら告げる。
「さぁ、それはどうだかな。ミッションの内容次第だな」
「むぅ。手加減してよねっ。私は思いきり殴るから」
「ちょっ。ひでぇ」
「いいじゃないの。か弱い女の子相手なんだし」
 七瀬は少し眉を寄せて、不満げな表情を露わにしていた。感情がストレートに顔に出て
きて、巧にしてみると見ているだけでも面白い。
 ただこうして裏表があまり見えないところが、彼女が人気なところの一面だろう。事実
彼女は一部ユーザーの間で、アイドル的な扱いをされている部分もある。天文と言う呼び
名も、それがゆえに流通していた。
 ただしその可愛がられ方は、どちらかというとからかってその反応を楽しむというよう
な方向が主ではあったが。
「お前。その暴力癖は治した方がいいと思うぞ」
 七瀬はすぐ他のキャラクターを杖で殴ったり、低レベル術式をぶつけたりする。
 もっともそれでは殆どダメージを与える事が出来ない為、みな笑ってすませるレベルの
ものではあった。
「いいじゃない。コミュニケーションの一つだよ。あ、私はそろそろいちどオフして、セッ
ションに参加するよ。こうさんも遅れて間に合わないなんて事がないよーにねっ」
 言いながら七瀬は手をふっていた。
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