僕にも魔法が使えたら (27)
「気が付いたみたいね」
 声は響いていた。目を開けると、そこには見知った顔があった。綾音の顔だ。
「どこだここは!? ……って、俺の部屋か」
 慌てて声を漏らしてから、ゆっくりと辺りを見回していた。確かに見慣れた部屋だ。
「もう一週間も眠っていたのよ。もう二度と目覚めないのかと思ったけど、しっかり戻っ
てきたわね」
 綾音は淡々と言うと、ベットに腰掛けてじっと洋を見つめる。
 その奥にある机の椅子に、冴人が腰掛けているのも目に入った。しかし視線が合うと同
時に冴人はふんと顔を逸らす。
「怪我はもうすっかり治ってるわ。魔力もずいぶん回復しているはずよ。まぁ、あれだけ
無茶して五体満足なんだから上々かしらね」
 くすりと笑って綾音は立ち上がる。
「そんな事よりも……あれからどうなったんだ!? 久保さんは? ――結愛は!?」
 洋の言葉に冴人が顔を背け綾音が俯く。
「まさ……か!?」
 思わず声を震わして身体を起こした。
「貴方の友達は無事よ。今は元気にしている。ちゃんと助かったわ」
 綾音はそう告げるが、しかし洋と視線を合わせようとはしない。
「結愛は!?」
「蒼駆はね、復讐が目的だったみたい。かつて天守に倒された仲間の仇討ちね。全く逆恨
みに過ぎないけど」
 洋の問いを、はぐらかすように綾音は訊いてもいない話を続ける。
「まさか……?」
 洋が声を落として訊ねる。しかし綾音は顔を再び俯けるだけ。冴人は顔を背けたままだ。
 しん、と静寂に満ちていた。時間が止まったような気がする。
「うそ、だろ?!」
 思わず叫んでいた。誰にぶつければいいかわからない怒りと悔しさを込めて。
「嘘だっていってくれ!」
 綾音に詰め寄る。
「嘘よ」
 綾音ははっきりと告げていた。
「は?」
 洋は間抜けな声を上げる。
「だから嘘だってば。結愛は元気よ。いま買物にいっているわ」
 綾音は何事も無かったようにさらりと流す。脇で冴人が声を殺して笑っている。
「まぁ、貴方のおかげでずいぶん苦労しましたからね。ちょっとした余興ですよ」
 冴人は嫌味ったらしく告げるが、まだその口元が微妙に笑みを隠しきれない。
「あのなー!? 人が本気で心配したって言うのに、お前等な」
 洋は頭を抱えながら、大きく息を吐き出す。
「はぁ、もうなんだっていい」
 再び息を漏らす。しかし確かに浮かんでくる感情に、洋の顔からも笑みがこぼれていく。
「……無事でいてくれたんならそれで……」
 誰にも聞こえないほどの小さな声で呟く。
 その瞬間だった。バン! と大きな音を立てて扉が開いた。
「結愛いちごう。特殊任務より、ただいま帰りました帰りました、帰りましたよーっ」
 そしてその声は響いていた。
「ゆ、結愛!?」
 洋は思わず間抜けな声を漏らす。
「ふぇ? ああーっ、洋さん洋さん洋さんっ。気がついたんですねっ。よかったですぅ」
 言うが速いか、だだだーっと音を立てて洋へと近付いて、くんくんと洋の匂いをかいで
まわる。
「うん。洋さんの匂いだ。おかえりなさい、洋さん。ずっと待ってたんですよ。心配した
んです。本当ですよ。どれくらい心配したかというと、ハリセンボンのハリが全て……」
「お前等、本気で質悪いぞ、さっきのは」
 結愛が皆まで言い切る前に、洋はぼそりと呟く。何となく結愛と顔を合わせるのが恥ず
かしかった。
 くすくすと意地の悪い笑みをこぼしながら、綾音は洋をまっすぐに見つめる。その後ろ
で結愛が「ふぇぇ。無視ですかっ。しかとですかっ。ひどいです悲しいですひどいですー」
と騒いでいた。
「まぁ、済んだ事だしね」
 綾音は淡々と告げる。
「そうだ、な」
 洋も、はぁ、と溜息をついて。それでも嬉しさが隠しきれなくて、笑顔を浮かべる。
 結愛一人だけが何がなんだかよくわからないといった様子で、首を大きく傾けていた。
「ふぇ〜」
 呟いて、そして倒れる首と同時にそのまま身体ごと倒していく。
「あ、そうだ!」
 その瞬間、結愛が大きく叫ぶ。
「さっき! 私が入ってくる直前。洋さん、何か言ってました! なんですかなんですか、
なんですかーっ。さっき、なんていったんですか!?」
 不意に結愛は洋へと思いっきり詰め寄っていた。思ってもいない行動に、洋ははっきり
と焦りを隠せない。
「なんでもないよ」
「そんなことないですっ。確かに洋さん何かいいましたっ。教えてくださいっ。教えて教
えて教えてくださいですー」
 とぼけて言う洋に、しかし結愛はしつこく問いかける。元々からして結愛にはそういう
ところがあったが、今回はいつもよりさらに食い下がっている。
「なんですかなんですかなんですか? 言ってくださいっ。はっきりちゃんともういちど
言ってください。言ってくれますよね? そうですよね。言わない訳ないですよね。はい、
言うと決めました。そういう訳で言ってくださーいっ」
 楽しそうに一気に言い放つ。そして期待に満ちた瞳でじっと洋を見つめていた。
「……言えるか、ばか」
「ふぇ。言ってくれないんですか。そうなんですか? でも、言ってくれますよね。そん
な事ないですよね。そんな事したら雪人が悲しみますし。それに私、聞きたいなー。聞き
たいです。聞きたいです、聞きたいなー」
 聞きたいなー、と聞きたいですを交互に繰り返しながら、ずっと洋に迫り続ける。恐ら
くこの調子なら言うまで永遠に聞き続けるのだろう。
「ああ、もうっ。無事でいてくれたなら、それでいいって言ったんだよ!」
 反射的に洋は叫んでいた。その瞬間、はっと気が付いて口を塞ぐがもう遅い。綾音がに
やにやとした笑みを浮かべながら、じっと洋を眺めている。
 しかし結愛は全くそれも気にしていない様子で、思いっきり大きな笑顔を向けていた。
「えへへ。嬉しいです」
 照れるように笑って、そしてゆっくりとその笑顔が崩れていく。
「私も……。私もっ。洋さんが無事でいてくれて。よかったです」
 笑顔を浮かべているつもりなのに、その瞳に涙が潤んでいた。
 綾音が冴人の肩にそっと手を置いた。冴人はふん、と小さく鼻を鳴らした後、眼鏡の位
置を直して呪文を唱える。その瞬間、二人の姿はここから消え去っていた。
 しかし結愛はそれにも気が付いていない。
「私っ、私っ。洋さんが無事でいてくれて……無事でいてくれたから。
 洋さんがいてくれたから。
 洋さんがいてくれたから、ここまでこれました」
 結愛はなきじゃくりながら、しかしそれでも言葉を止められなくて、話していたくて。
ただただ言葉を紡ぎ続けていた。
「私。私、がんばれましたか? がんばっていましたか?」
 結愛はじっと洋をみつめながら、涙をその瞳に溜めながら。ゆっくりと訊ねる。
「ああ。がんばったよ」
 洋は結愛の頭にぽんと軽く手を乗せて、静かに微笑みかける。
「えへへ……」
 軽く笑い、洋の手のあった場所をそっとその手で確かめる。
「嬉しいです」
 結愛は小さく笑って、洋をじっと見つめていた。洋も結愛へと視線を返していた。
 静かに時間が流れる。時間が止まったように思えた。だけど時間を再び動かそうとして、
洋の手が動いたその瞬間。
「みゅーっ!」
「うわっ!? なんだっ!?」
 突如響いた声に、洋は大きく叫んでいた。
「みゅう♪」
 足元で、一匹の仔猫が満足そうに声を上げていた。
「みゅ、みゅう!? お前、確か消えたはずじゃ」
「みゅ?」
 みゅうは軽く首を捻り、その後興味を無くしたようにベットの上に飛び乗って丸くなっ
ていた。大きくあくびをして、そのまま眠りに入ったらしい。
「えーっと。みゅうは、雪人の欠片だって話、蒼駆がしてましたよね」
 ばつが悪そうに結愛が話し出す。
「逆にいうと、雪人がいればみゅうはいつでも復活できるみたいです」
 淡々と告げた結愛に洋は無言のまま、一瞬動きが止まる。
 そしてつかつかつかとベットへと近付いて。一気にシーツをめくりとる!
「みゅう!?」
 シーツごとみゅうが転がっていき、大きな声を上げる。
「このやろーっ。そうならそうと最初から言えーっ」
「みゅー!?」
 洋が叫び、みゅうも叫ぶ。みゅうが慌てて逃げ出そうとするが、それを逃さぬとばかり
洋が追いかけていく。
「ふぇ〜」
 結愛が不思議そうに洋とみゅうを視線だけで追っていた。
 ふと洋の瞳に涙が満ちる。結愛には見せないようにそっと覆い隠して。
 洋は泣いていた。みんな無事でいられた事に。だけど誰にも見せないように隠して。
 そして隅に追いつめたみゅうを捉える。
「つかまえたっ」
「みゅ、みゅう!?」
 みゅうが大きく声を上げた。そしてみゅうをじっと見つめる。
「……お帰り、みゅう」
 洋は静かに告げて、そして微笑む。
「みゅうっ!」
 みゅうも大きく答えた。
「それから」
 そして結愛へと振り返る。
 もう涙はその目にはない。
「お帰り、結愛」
 洋は静かな声で告げる。
「はいっ、ただいまですっ」
 結愛は、大きな声で答えていた。
 満面の笑顔と共に。


                              (完)

Back あとがきへ
良かったら読んだ感想を下さい!
タイトル
お名前 (必須)
メール

★このお話は面白かったですか?
すごく面白かった  面白かった  まぁまぁ面白かった  普通
いまいち  つまんない  読む価値なし

★一番好きな登場人物を教えて下さい
洋  結愛  綾音  冴人  みゅう
裕樹  佳絵  蒼駆

★もしいたら嫌いな登場人物を教えて下さい(いくらでも)
洋  結愛  綾音  冴人  みゅう
裕樹  佳絵  蒼駆

★好きな台詞があれば


★印象に残ったシーンがあれば


★その他、感想をご自由にどうぞ!