僕にも魔法が使えたら (26)
「召還術か!? くっ」
 洋は叫ぶ。目の前に大量の小鬼達が呼び出されていた。
「考えましたね。多少、力が回復しようと私達全員で取りかかれば対処できない事態では
なかった。しかしこうして鬼を呼び出せば、どうしても力を分けざるを得ない」
 冴人は淡々と呟いていた。目の前に生まれた小鬼を避けるようにして身を翻す。
「そうね。こうして小鬼を呼び出す事で私達の足止めをして力の消耗を測るつもりみたい
ね。私達、完璧じゃないもの」
 綾音も落ち着いた声で答える。もっとも彼女が取り乱すさまはあまり想像がつかなくも
あったが。
「仕方ないわね。この小鬼達。私達二人で引き受けるわ。だから貴方達で、あいつをどう
とかしてちょうだい」
 綾音はそう言うと、冴人へと視線を送る。渋々と冴人が綾音に頷く。
「だ、だめだよっ。二人だけじゃ、力が足りないよっ。私も、私達も一緒に戦うよ」
 結愛が慌てて声を上げていた。
 確かに呼び出された小鬼の数からすれば、いつもならともかく消耗しきった綾音と冴人
の二人では、これを抑えるのは至難の業だ。
「だめよ。そうしたらあいつはその隙に逃げるわ。力を蓄え、より厄介な状況に追い込ま
れる確率が高いもの」
 綾音はにっこりと微笑んで、そして印を結びながら続けていた。
「でも、消耗しきった貴方達じゃこの鬼の数を乗り切る事は出来ないわね。二人とも本当
に魔力が残ってないもの。数は対処できないから、だから大物をこの間に倒してね。あい
つも召還術を使っている以上、もう大技は使えないはずだから」
 綾音はにこやかに微笑んだまま、術を繰り出していた。小鬼の一匹が雷に打たれ、そし
て倒れる。
「ありがとう」
 不意に洋が答える。そして結愛の隣へと立った。
「俺にチャンスをくれて。一つだけ試してみたい術があるんだ。あんたはそれに気がつい
ていたみたいだけど」
 綾音へと答えると、佳絵の身体をした蒼駆へと向き直っていた。
「結愛。頼む。力を貸してくれ」
「はいっ。私、洋さんの為なら、なんでもしますからっ。なんでもなんでもなんでもです
からっ。ハリネズミが……」
「いくぞっ」
 結愛に皆まで言わせる事なく、洋は飛び出していた。
「ああっ。みなまで言わせてくださいっ」
 結愛は叫ぶが洋はもう聞いてもいない。
「結愛。お前はなんとか久保さんを……蒼駆の奴を抑えてくれ。ひとつだけ試したい術が
ある」
「ふ、ふぇっ。わかりましたっ」
 洋の鋭い言葉に、結愛は頷く。
「試したい術だと。貴様に魔現流駆(まげんりゅうく)以外の術が使えるのか?」
「使えないさ。俺にはそれだけだ」
 からかうように言う蒼駆に、しかし洋は淡々と答えていた。その手を強く握り締める。
「ふぇぇ!? 洋さんっ。もしかしてもしかしてもしかしてっ。だめですっ。だめですよっ
。そんなことしたら、洋さん、死んじゃいますっ。だめですっ、絶対だめですっ」
 結愛は慌てて声を荒げて洋へと向き直る。
「結愛! 戦いの途中だ。敵から目を離しちゃいけない」
「でもでもでもっ。洋さん、無理です。無茶です。危険が危ないですっ!」
 洋の叱責の声も聞かず結愛は叫び続けた。
 確かに危険な事をやろうとしているな、と洋は心の中で思う。
「大丈夫だ。俺は必ず戻ってくるから」
 洋はゆっくりと告げると、一歩だけ前へと歩み寄った。結愛を背にするようにして。
「いいか。結愛。十秒、いや五秒でもいい。それだけの時間、奴の動きを封じてくれ。出
来るな?」
「出来ませんっ。私、洋さんを失いたくないからっ。だから」
 結愛はその目に涙を溜めていた。瞳が潤んでいく。
「結愛。俺は戻ってくる。約束は必ず守る。だから、頼んだぞ。どちらにしてもこのまま
戦っても勝てる相手じゃないんだ」
 いかに力を失っていようと、奴にはまだ佳絵の持っていた魔力がある。しかも佳絵は比
較的、人よりも強い魔力があった。今にして思えば出会った佳絵に結愛が驚いていたのは
普通より強い魔力を持っていたからだろう。
 しかしそれだけだ。それは洋のような強い力ではないし、術士になりうる程の力ではな
い。本来なら気にするほどの力ではなかった。
 だがその力も限界まで魔力を引き出せばそれでもかなり強い力となる。
 通常であればそれは出来ない。自身の肉体を失う事になりかねないからだ。しかし奴は
それを厭わないだろう。これは本来の自分の身体ではないのだから。
 ぎゅっと拳に力を込め、洋は蒼駆めがけて走り出す。
「洋さん!」
 結愛が叫ぶ。しかしもう声は届かない。
「いくぜっ。俺のすべての力を込めた術。いまこそ受けてみろ!」
「ふん。何をする気かは知らんが、どこまでやれるか、見せてもらおうか!」
 蒼駆は洋に応えると、印を結び始める。
 これが最後の戦いになる事を、誰しもが悟っていた。
 洋は走り出していた。
 蒼駆が術を放つ。風が刃と化して洋へと向かう!
 洋はそれをぎりぎりまで引きつけて避けると、一気に蒼駆の懐まで詰めていく。
「ばかめっ。魔現傀儡の術で術力の多くを使っているとはいえ、懐に入らせるほどもろく
はないわっ」
 蒼駆が一気に力を解放する。蒼駆から風が吹き荒れ、洋を吹き飛ばしていく!
「くっ」
 洋は小さく舌を打って、魔力による壁を作りその風をなんとか受け流す。
(こんなところで力を使う訳にはいかない。まだか、結愛。まだか!?)
 現の術を使い、蒼駆の術を受け流しているとはいえ、洋は本当に最低限の力しか使って
はいない。洋が狙っている術を使う為には、少しでも多くの魔力が欲しいからだ。
 だが、それは洋の身体に負担をかけ続ける事でもある。完全に受け流してはいない力は、
確実に洋の体力を奪っていた。
「……いきますっ」
 不意に結愛が叫ぶ。結愛は本当は洋に術を使って欲しくなかった。危険な術だ。もうい
ちど洋を失う可能性のある術。
 だけど。今こうして無理をして傷ついていく洋も見ていたくはなかった。
 そして。気が付いた。自分の出来る事に。
 結愛は印を結び呪文を唱え始める。
「けんだり、しんそん、かんごんこん。八卦より選ばれしもの。我は汝を使役せす。離!」
 結愛のときはなった呪文と共に、炎が生まれていた。
 炎は蒼駆を包みこんでいく。しかし! 風に遮られて、炎は届く事はない。
「ばかめ。その程度の術など届かぬ!」
 蒼駆は叫ぶが、結愛は、そして洋も全く気にも止めない。
「けんだり、しんそん、かんごんこん。
 八卦より選ばれしもの。我は汝を使役せす。お願い! 巽!!」
 そして再び呪文を唱えていた。まだ消えてはいない炎に呪文が続く!
「あの小娘も使った連携技か! だがその程度ならばまだ防げるわっ!」
 それは綾音の使った炎で風の勢いを増す術だった。渦巻く炎の力で放った風の力が増し、
蒼駆のまとう風がうち消されていく。
 しかし蒼駆には僅かに届かない。そして再び印を結び始める。
「さらに風の術を重ねるつもりか!? させぬっ」
 蒼駆は結愛へと向けて風を紡ぐ。結愛を風の刃が切り裂いていく!
「きゃあ!?」
 僅かに傷つき、その服が切り裂かされていく。その瞬間、結ぼうとしていた印は解け、
呪文が中断する。
「結愛!」
 洋が叫ぶ。
 そして。
「ありがとう」
 洋は呟くように告げていた。
「なに!?」
 蒼駆が叫ぶ。結愛が呪文を唱えようとした瞬間、蒼駆は結愛へとその意識の多くが向かっ
ていた。
 その一瞬、蒼駆の防御に隙が出来た。風が止んだ訳ではない。だが弱まったのは事実。
 現の術で身を守りながら、吹き荒れる風の中に無理矢理飛び込んだのだ。しかし最低限
の術しか使っていない為、その身は大きく傷ついてもいた。
「俺の、術を受けてもらうぞ!」
 洋は蒼駆を、佳絵の身体をしっかりと抱きしめるようにして掴んでいた。
「なにを!?」
「俺は現の術しか使えない。けどそれは魔力を放出する事は出来るという事だ」
 洋は淡々と告げる。その腕が、少しずつ光り始めていた。
「俺の魔力を出来うる限り久保さんの中に送り込む。それが、お前の魔力より強ければ久
保さんの中から追い出す事が出来るはずだ」
 相手の魔力に干渉できるものは魔力だけ。他の何をもってしても破る事は出来ない。し
かしそれはより強い力をもってすれば破る事が出来るという事でもある。

「ふん。いかにお前が強い魔力を誇ろうとも、今の状態でそんな事をすればただでは済む
まい。いま私を攻撃しておれば、それで終わっていたものを」
 蒼駆は口元をにやり歪ませる。
「甘いことよ。それで私の魔力を上回る事がなければ全てが無に変えるというものを」
 確かに蒼駆の言う事は正しかった。
 佳絵の身体の中に魔力を送り込む。それは洋の中から魔力が失われるという事。だがも
しも蒼駆の魔力が洋の魔力を上回っていれば、何の影響も受ける事もない。
 そして蒼駆はわかっていた。現時点で自身の方が洋よりも強い魔力を持っている事は。
 その上、佳絵から奪った魔力もある。そして洋は完全に魔力を回復した訳ではない。こ
の術は失敗に終わる。蒼駆にははっきりと分かっていた。端から邪魔しようにも密着状況
では下手な術を使う事も出来ない。
「無駄なあがきよな」
 蒼駆は笑みを浮かべていた。勝利をはっきりと確信して。
「やってみるまでわからないだろ!?」
 洋は叫び。そして全ての魔力を佳絵の身体の中へと送り込んでいた。
 力が失われていく。はっきりとそれがわかった。何もない無限に続く暗闇を必死で照ら
すかのごとく、満ちる事がない。
 洋の魔力は消耗しきっていた。このままではもはや長くはない。
「……俺は、負けない」
 確かめるように呟く。強い強い意志を込めて。しかし光はどこにも届かない。
 暗闇は蒼駆の魔力。光は洋の魔力。この光で佳絵の姿を照らす事が出来たなら、佳絵を
救い出す事が出来る。
 だけど、どこにもいない。佳絵はいない。力はただ通り過ぎていくばかり。
「……俺は、負けない」
 洋は再び声を漏らした。だが声は少しもろくなっていた。光はどこにも届く事はない。
「……俺は……」
 声を漏らそうとして、しかし言葉にならなかった。自分の中で何かが消えていくのが、
はっきりとわかる。なのにまるで小さな蝋燭一つで闇を必死で照らそうとしているようで。
何も起こりはしない。
 汗が流れた。胸の中に強い痛みが走る。
「ぐ……俺は」
 それでも意志を守ろうと言葉を漏らす。
 その瞬間。引き裂くような、雷に打たれたような痛みが身体中を襲っていた。限界まで
魔力を失い、そして身体すら消えゆこうとしている。その痛み。
 激しい力は、洋の心までも蝕んでいく。何も明かりは見えはしない。
「……だめ……なのか……」
 洋は呟いていた。いや、本当はもう声にもなっていなかった。声を漏らしたつもりでい
ただけで。
「……力が、たりないのか。ここまできて、失うのか!?」
 洋は叫ぶ。声にならない声。必死で何かを掴むような、そんな想い。だけど何も起こり
はしない。
「……俺には、無理だったのか……所詮、只人に過ぎない俺には……」
 洋の心の中に、一点の雫が生まれていた。諦めという名前の。その雫は、一気に波面を
広げ洋自身を蝕んでいく。
「ぐぅ……ぐぅぁ!?」
 痛みが急激に強まっていた。強い意志で押さえ込んでいた傷の痛み。だけど生まれてし
まった諦めの心が痛みを思い出させていた。
「……ぐぅ……ぐぁ……ぐがぁ!?」
 言葉にならない声が洋の口から漏れる。
「洋さん! 洋さん!!」
 結愛が叫んでいた。だけど届いていない。
「もはや、この男は助からぬな」
 蒼駆が呟く。洋の身体は急激に色を失い、その肌は土色へと変わっていた。
 魔力をもう殆ど全て失っている。もはや接ぐ事も出来ない僅かな欠片だけを残して。
(……もう……だめ……だ……)
 洋の心が、全て諦めに変わっていく。洋の存在そのものが消えようとしていく。
 その、瞬間だった。洋の中に、急激に力が沸いてきていた。どこからか注ぎ込まれるよ
うな、そんな力が。
「なんだと!?」
 蒼駆が叫ぶ。洋の力が急激に増しているのがみてとれたからだ。肌の色に血色が戻り、
そして力が確かに沸いていたのだ。
「ばかな! 雪人の欠片ももはやおらぬ。どこからこんな力が!?」
 蒼駆の顔にはっきりと狼狽の色が浮かんでいた。このままでは洋の力が自分の力を越え
てしまうかもしれない、と。
 誰かに力を渡す。そんな真似は普通には出来ない。雪人のような特別な存在であるか。
あるいは。
「……まさか!?」
 蒼駆は一つの事に思い当たり顔を向ける。確かに光が放たれていた。結愛の身体から。
「私っ、洋さんと約束したから。洋さんを失いたくないから。智添は天守に力を貸す事が
出来る。それは契約を結んだから。雪人を通じ、互いの心を一つにするから。だったら。
だったら私の力を洋さんに与える事だって、できる!」
 結愛は叫んでいた。
「結愛っ。やめろ! そんな事をしたら、お前は無事じゃ済まないかもしれない!」
 洋は強く声を荒げる。綾音の講義で洋もある程度の知識は身につけていた。智添と天守
の関係についても。
 陰陽でいう両極に位置する二人。本来、その互いの役目を入れ替える事など出来ないと
いう事も。
 確かに結愛のおかげで洋は力を取り戻していた。光は大きな太陽のようで、闇があっと
いうまに晴れていくのがわかる。
 だがその光は、結愛の生命の輝きなのだ。それはあたかも流星が燃え尽きる瞬間、大き
く煌めくかのような。そんな光。
「洋さん。私、約束しましたから。洋さんを守るって。でも私、約束守れなかった。あの
時は綾ちんがきてくれたから、なんとか助かっただけだから。
 だから今度こそ約束守りますから。そしたらっ。そうしたら私をほめてくれますか?」
 結愛はにっこりとと微笑み。そして全ての力を洋へと注ぎ込んでいた。
 その瞬間。光は、全ての闇を払う。光の中に佳絵の姿がはっきりと映し出される。
 それを確かめた瞬間。結愛は微笑んだままで。光が、消えた。
「結愛!!」
 洋は叫ぶ。だが、それと同時に。洋に注がれていた力も消え。そして全ての力を使い果
たし。洋は意識を失っていた。
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