僕にも魔法が使えたら (25)
「思い……だした」
 不意に洋は声を漏らした。ややふらつきながらも、しっかりとその両足で立って。
「なに?」
 蒼駆が、倒れていたはずの洋へと視線を向ける。力を全て吸い取られて、もう立つこと
すら出来ないはずだったのに。
「洋さん洋さん洋さんっ。無事だったんですね!」
 結愛は叫んでいた。洋は無言のままこくりと頷き、そして力強く答える。
「結愛。約束は、必ず守るからな」
「はい! 私、私もっ」
 涙ぐみながら結愛は洋へ駆け寄っていく。
「でも、みゅうが……」
「結愛」
 洋はそばにいる少女の名前を呼んで、それからそっとその右手を結愛の頭へと置く。
「大丈夫だ。心配しなくてもいい。みゅうは、ここにいる」
 自らの胸元に左手をおいて、結愛へと微笑みかける。
「……はいっ」
 結愛は必ずしも納得した表情ではなかったが、洋の表情に何か思うところがあったのだ
ろう。こくりと頷きもう何も言わなかった。
「戯言は終わったかね」
 刹那、蒼駆はゆっくりと告げる。
 洋は蒼駆へと振り返っていた。
「戯言だと?」
「雪人の欠片も完全に消滅したようだな。役立たずの男、一人救うのに勿体のない事を」
「なんだとっ!?」
 洋は声を荒げる。確かに結愛や綾音、あるいは冴人と比べるとあからさまに洋は力量が
劣る。まして今はその膨大な魔力すら完全に復活した訳ではない。みゅうによってやっと
意識を取り戻したに過ぎない。
 だが、それでも蒼駆の一言は我慢の出来る台詞ではなかった。たとえ自身が役立たずに
過ぎないとしても、みゅうが自らを失ってすら救おうとした自分。そこに何かの意味があっ
たと信じたかった。
「貴様が復活したゆえに、貴様等は勝機を失うのだからな」
 蒼駆はにやりとその口元を綻ばせる。じゃらん、と錫杖を振るう。その瞬間、蒼駆の身
体がゆらりと揺れた。その身体を包んでいた幻影を脱ぎ捨てるように。
 そこに姿を現したのは。一人の、少女。佳絵の、ものだった。
「久保さん!?」
「佳絵さん!?」
 洋と結愛の声が高らかにあがる。
「なぜ私が復活出来たのか。わかっておらなんだか? この娘の身体を奪ったのよ。さて、
それでも攻撃を続けられるかね?」
 蒼駆は、ただただ歪んだ笑みを浮かべ続けていた。墜ちた笑みを。
「……くだらない真似を」
 冴人は下がった眼鏡の位置を合わせながら、冷静に呟いていた。
「器にされた貴方には何の恨みもありませんが、私達もここで倒される訳にはいきません。
立ちふさがるならば倒すまでの事です」
 冴人は再び印を結び始める。今度は防御の術ではない。攻撃の為の術だ。
「そうよな。仲間も見捨る天守であれば、小娘の一人や二人、殺しても構わぬであろうな」
 あざけりの含まれた声で呟く。しかしその顔からは余裕の色が消えてはいない。
「乾・兌・離・震・巽・坎・艮・坤。八卦より選ばれし者。我は汝を使役せす。こい! 
震!!」
 冴人の呼び出した八卦は、一瞬のうちに具現化し、一筋の雷と化す。ドン! 耳をつん
ざくような音が響き渡り、世界が真っ白に包まれる。
「ふ、ふぇっ!?」
 結愛が大きく叫んでいた。目の前で起きた光景を見やって。不安をはっきりと顔に浮か
べて、一点を見つめていた。
 冴人は雷が落ちた中心。光の源へと目を凝らし、ゆっくりと呟く。
「何を。やっているのです?」
 呆れた冴人の声。確かに、そこにあった。現の術。魔皇鎧で身を包んだ洋の姿。それを
みつめながら。
「……彼女は俺の友達なんだ」
 洋はたどたどしく答えていた。
 洋の魔力は殆ど戻っていない。立っているのすらも今は辛いはずだ。それなのにこんな
術を使えば、再び命の危機を招きかねない。
「馬鹿な。私とて彼女の命を奪おうとした訳じゃない。多少の傷は負ったでしょうが、死
ぬことは無かったはずです。一度倒し、蒼駆の意識を追い出したのち、施術を行えばそれ
しきの傷は癒えたはず」
 冴人は呆れ顔をして洋を見やる。
「わかってる。あんたがそこまで非情でも冷酷でもないことは。でも俺には出来なかった
んだ。友達が傷つくのを見るのは嫌なんだ」
 洋は思わず呟くように答えていた。
 冴人がとった手段は荒っぽくはあるが、もっとも冷静で正しい方法だった。
 震は離のような炎の力ではない。力を抑えれば、相手をしびれさせて動きを封じるといっ
た使い方も出来る。
 力を抑えたとしても無傷ではあり得ないだろうが、しかしよほど心臓が弱ってでもいな
い限り命まで奪う事はない。
 電撃で動きを封じた後、蒼駆の意識を追い出す。今の蒼駆なら恐れるべきものはない。
確実に蒼駆を倒し、しかるべき処置を行えば術も解ける。
 ならば多少の傷を負わしたとしても、魔力をもって負わせた傷は魔力をもって癒す事が
出来る。つまり蒼駆を倒すのがもっとも効率的な方法なのだ。
「わかってる。俺が馬鹿な事やってるのは。でも、ダメなんだ。久保さんは俺の大切な友
達なんだ。俺から、奪わないでくれ!」
 洋は強く叫んでいた。ある意味、錯乱していたといってもいい。
「洋さん……」
 結愛が名前を呼ぶ。しかしその声は洋の耳には入っていなかった。
「言ってる事がむちゃくちゃですよ。貴方にとって彼女が掛け替えの無い友達だとしても、
それが何の意味があるというのです?」
 冴人は額を寄せ呟くと、再び蒼駆へと視線を移し、そして呪文を唱え始めていた。
「やめろ!? やめてくれっ」
 洋は冴人と蒼駆の間へと入り立ち塞がる。
「やめないなら。力ずくでも止める!」
 言って洋は拳をぎゅっと握った。その拳が柔らかな光に包まれていく。
「……前から貴方は気にくわない人だと思っていましたが、ここまで道理の通用しない人
だとは思いませんでしたね」
 冴人は洋へと視線を戻し、そしてその印を結び直す。
「邪魔するなら。貴方から先に眠ってもらいますよ?」
 冴人は眉を寄せ、そして向き直っていた。
「やれるものならやってみろ!」
 洋は叫び、そして冴人へとその身体を向ける。その、瞬間だった。
「はっ!」
 蒼駆が強く叫ぶ。風が刃と化して、冴人へと襲いかかっていく!
 一瞬の隙をつかれていた。怒りで冴人の意識から一瞬、蒼駆の事が消えていたのだ。
「くっ。乾・兌・離……」
 唱えかけていた術を完成させようと急ぐ。
 しかし、間に合わない!
 そして、まさに冴人を捉えようとした瞬間! 一陣の風が、刃をうち消していく。
「仲間割れしてる場合じゃないわよ。あいつの思うつぼにはまってどうするの?」
 風をうち消したのは、綾音の呪文だった。呆れ顔で呟くと、蒼駆へと向き直る。
「じゃあ、どうするっていうんです!? こいつの言う通りにして、討ち死にしろとでも
言いますか?」
 珍しく冴人が熱くなっていた。この声に力がこもる。
「誰もそんな事は言ってないわよ。落ち着きなさいと言っているだけ。でも珍しいわね。
貴方がこんな風に熱くなるところなんて始めてみたわ」
 淡々と呟くと、くすくすっと笑みをこぼしながら、冴人を見つめていた。
 冴人は一瞬、視線を落とすが、しかしすぐに再び顔を上げる。
「しかし彼の言う事を訊く訳にはいきません。ならばどうするつもりですか?」
 冴人は冷静を装いながら、そっと綾音へと目をやった。しかし今度は蒼駆から意識を離
しはしない。
「さて、どうしようかしらね」
 綾音はそう呟いて、再び蒼駆へと視線を向けていた。
「かぁっ!?」
 同時に蒼駆が鋭い気合と共に叫ぶ。風が洋を打ち付けていた。先程よりも威力が増して
いる。魔力を失いかけた洋の身体では耐えられない。
「ぐぅあ!?」
「洋さんっ」
 洋が苦痛の声を漏らし、そして結愛がそこに駆け寄る。風を受けた胸を抑え、その顔を
歪ませている。
「よくも洋さんをっ」
 結愛は蒼駆へときっと睨み付ける。
「許さないからっ。けんだり、しんそん……」
「だめだ、結愛!」
 怒りにとらわれ呪文を唱えようとする結愛を、しかし洋は声を上げ止めていた。まだそ
の顔は痛みで歪んだままだ。
「でもっ、洋さんっ。このままじゃ」
 結愛は洋と蒼駆を交互に見つめ、ぎゅっと拳を握る。
「このままじゃ、奴の思うつぼね。さて、どうするつもり?」
 綾音は微笑みながら洋へと訊ねる。
「決まってる。久保さんから奴を追い出す」
 洋は綾音へと視線を移そうともせず、まっすぐに蒼駆を――佳絵を見つめていた。
「そんな事が出来るならとっくにやっています。所詮貴方は只人に過ぎません。これ以上、
私達の邪魔をしないでください」
 冴人はとげとげしい声で洋へと答える。今までの含まれていた嫌味とは違う、はっきり
とトゲのある声で。
「冴人くんっ。洋さんは悪くないの。私が、私が洋さんを巻き込んだから。私が洋さんと
出会わなかったら、こんな事にはならなかったのに。ごめん……なさいっ」
 結愛は、大きく身体ごと頭を下げる。
「結愛。お前のせいじゃない。わかってる。俺が悪いんだ」
 洋は結愛の前に立つと、一瞬、結愛へとその顔を向ける。
「ふん。茶番よな」
 佳絵は。いや、佳絵の身体をのっとった蒼駆ははっきりとそう告げていた。
「なんだと!?」
 洋は大きく叫ぶ。
「久保さんを返せ!」
「くくく。この娘の身体はもはや私のものよ。そして知ってのとおり魔力はもともと体内
において働くもの。つまり元来、精神ではなく肉体に魔力は宿るものだ。それを意識の上
に落とすのが術だ。ならば、この娘の魔力をも、私は解放する事が出来る」
 佳絵の身体を奪った蒼駆は、一瞬のうちに印を切り始める。
 先程の術の威力が増していたのも、そういう事だったのだ。佳絵の身体に宿った魔力を
いわば予備タンクとして残しておき、いまそれを解放したという事。
「臨・兵・闘・者・皆・陣・列・在・前」
 早い! 洋は思わず唇を噛む。
 そして蒼駆は大きく叫んだ。
「魔現傀儡(まげんくぐつ)の術!」
 いくつもの影が生まれていく。
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