僕にも魔法が使えたら (22)
四.記憶と焦りと憩い

「なー、なんで今日、佳絵ちゃん来なかったのかな」
 学校の帰り道、裕樹はぶつぶつと呟き続けていた。
 少なくとも同じクラスになってから、佳絵は今まで一度も休んだ事がない。多少、具合
が悪い時でも無理して出てきていたくらいなのだから、よほど体調が悪いのだろうか。
「そういや、昨日、佳絵ちゃんお前の事すごく心配してたよ。けど見舞いにいってもお前
いなくってさ。その後、急に用事を思い出したらしくって、すごく慌ててどこかにいって
たんだけど、それと関係あるのかなー」
 裕樹は特に話しかけるというでもなく、一人で話し続ける。答えを求めている訳ではな
く、ただ聞いて欲しいだけなのだ。
「なんだって!?」
 だが洋は怒鳴るように言葉を返していた。いつもなら殆ど答えもしないというのに。
「え? いや、昨日、お前んちに見舞いに言った後、急にどこかに向かったって」
 やや言葉に詰まりながらも、それでももう一度言葉を返すとね
「どこに行ったかわかるか!?」
「い、いやわかんねぇ。そこまで訊かなかったし」
「……そうか。悪い。先に帰る」
 洋はやや声を荒げながら告げると、突然走り出していた。
「お、おい、ちょっとまて、何なんだよ!」
 後から呼び止める声がしていたが、もう洋の耳には入っていなかった。
 嫌な予感がした。その予感が外れていればいい。そう願っていた。だけど締め付けられ
るほどに胸が苦しくなる。不安に囚われる。
 家までの路を一気に駆け抜けた。辿り着いた自宅の玄関を乱暴に開けると、大きな声で
叫んでいた。
「結愛! いるか!?」
「ふぇ? どうしたんですか、洋さん」
 洋の声に、ひょこんと居間から姿を見せる。洋の剣幕に、ふぇと呟いて首を傾げては、
そのまま身体ごと倒していく。
「昨日の神社だ。あそこにもう一度、向かう。すぐ出られるか!?」
 洋は玄関に鞄を投げ捨てて、靴を脱ごうともせずに結愛を急かす。
「は、はい。大丈夫です。でも、そんなに焦ってどうしたんですか?」
 いつもなら捲し上げるように告げるのは結愛の方だ。しかし逆転した立場に何がなんだ
かわからずに身体を傾けたままだった。
「嫌な予感がするんだ。もしかしたらあの男がまだ生きているのかもしれない」
 洋の言葉に、結愛が目を丸くする。
「え、え、え? でもでもでもでもでもでも、綾ちんと冴人くんの大技を受けたんです。
あれで助かるはずがないです」
 天才術士の綾音と冴人の二人だからこそ出来るあの術。無事でいられるはずがない。
 しかし洋自身はその術を見ていないし、何より胸の奥がどうしても疼くのだ。そこに何
も無い事を確認せずには居られなかった。
「何も無かったらそれでいい。行くぞ!」
 洋は結愛の返事も待たずに駆けだしていた。結愛が慌てて後から追いかけてくる。
 胸の中の不安は、どんどん大きくなるばかりだ。当たらなければいい。そう強く願いな
がら、ただ走り続けた。
 やがて山の麓へと辿り着く。やや息を切らしながら、それでも足を止めずに山道を登る。
「洋さん洋さん洋さん。速いです。ちょっと待ってください。私、追いつかないです」
 振り向くと、結愛がぜいぜいと息を荒くしながら、ずいぶんと後を走っているのが見え
た。術が使えると言っても結愛も女の子なのだ。洋が全力で走れば追いつけはしない。
「悪い。飛ばしすぎた」
 素直に謝ると洋は大きく深呼吸をする。根拠もなく焦りすぎていたかもしれない。
 焦りは冷静な判断を失わせる。落ち着かなくてはと思う。せっかく助け出した結愛を、
また危険な目に合わせかねない。
「大丈夫ですっ。私、元気だけが取り柄ですからっ。ふぁいとーっ、です」
 結愛は笑って答えると、荒れ気味の息を何とか整えている。
 洋はぽん、と結愛の頭の上に手を置いて、微かに笑みを浮かべた。
「みゅう!」
 と、不意に結愛の背中から声が響く。
「お前までついてきたのか」
 洋は呆れて結愛の背中にしがみついていたみゅうを見つめる。どうやらここまでずっと
背中に張り付いていたらしい。
 焦っていた気持ちが、見る間に霧散していく。僅かに和んでしまったからだろうか。
 何があっても冷静でいよう。そう心に決める。洋は山道をもう一度登り始めていく。
 そして辿り着いたそこには。
「綾ちん! 冴人くん!」
 結愛がまず叫んでいた。目の前の惨状に。
「ほぅ。お主らまで来たか」
 その声は淡々と告げていた。そこに立っている男の声。確かに見覚えのある顔。
「お前は!?」
 洋は思わず声を荒げる。それは確かにあの男、蒼駆だった。倒れた冴人の頭を踏みつけ、
にやりと微笑んでいた。
「もう少し後で来たならば、隙もつけたものを。タイミングが悪い事よな」
 蒼駆はぐりと冴人の頭へとねじ込むように足をひねる。しかし冴人はぴくりとも動きも
しない。やや離れた場所に、綾音もあちこちを焼け焦がした姿で倒れている。
「綾ちんと冴人くんに何をしたの!」
「恐らくは調査にきていたのだろうな。こやつらは」
 結愛の言葉に、蒼駆はやや話をはぐらかすように淡々と呟く。
「まるで隙だらけだったのでな。大きな術一つで倒す事が出来たわ」
 蒼駆はにやりと笑みを浮かべて、倒れている二人へと視線を送る。
「貴様。生きていたのか!?」
 洋は蒼駆をじっと睨むように見つめながら、大きく構える。
「そうよ。私は確かに一度は倒された。だが、万が一に備えて倒れても錫杖に意識が移る
ように仕組んでおいたのよ」
 淡々と告げると、蒼駆はぎゅっとその手に力を入れる。その瞬間、蒼駆の手の中に例の
錫杖が現れていた。
「この錫杖は術の力を増す術具というだけでなく精神の移し身だったという訳だ。まぁこ
の術は準備が必要。もはや同じ術は使えぬが」
 ぎゅっと錫杖を握りしめる。その瞬間、蒼駆に魔力が充ち満ちていく。
「お主ら程度なら、必要もないわ!」
 蒼駆の言葉と共に風が吹き荒れていた。洋と結愛に向けて圧力が打ち付ける。
「くっ」
 洋は思わずうなり声を上げる。風の圧力にではない。追いつめられたこの状態に。
 綾音と冴人と言う強力な術士はもはやいない。結愛と洋の二人だけで倒さなければなら
ない。しかしまだ洋の魔力は万全ではない。
「許さないです。綾ちんと、冴人くんを傷つけた貴方をっ。許さない!」
 結愛が叫ぶ。
「みゅう!」
 みゅうが大きく追従する。
「ほぅ。許さないとな。ではどうする?」
 男の声に結愛は大きく叫ぶ。
「こうですっ」
 印を結び、そして呪文を唱える。
「けんだり、しんそん、かんごんこん。
 八卦より選ばれしもの。我は汝を使役せす。いっちゃえーっ! 震!!」
 雷を招来する!
「ふん。その程度の術では私を倒す事などは出来ぬわ!」
 蒼駆は錫杖を振るう。その瞬間。結愛が放った筈の雷が錫杖に吸い込まれていく。
「えええ!? なんで、どうして!?」
「何も対抗策を練ってないと思うてか。術を防ぐ為の術をあらかじめ掛けておいたのよ」
 蒼駆は面白くもなさそうに告げると、錫杖を大きく振るう。同時に雷が幾重にもなって
降り注いでいた。
「!! 俺の魔力よっ。力の限り広がれ!」
 洋が咄嗟に叫ぶと、洋とそして結愛を包むように魔力の光が広がっていく。光は降り注
いだ雷をすんでのところで弾いていた。
 しかし、それと同時に洋は片膝をつく。
「洋さん洋さん洋さんっ」
 結愛は洋へと駆け寄って、大きく名前を呼ぶ。洋はぜいぜいと荒い息を漏らしていた。
「大丈夫だ。それよりあの男から注意を逸らしたらいけない」
 洋はやや苦しげな表情で、しかしそれでも何とか立ち上がり、男へと意識を向ける。
「やはりな。お前はまだ先日の戦いで失った魔力が完全には回復しておらぬな。その上で
自分だけでなく、その娘まで包み込むのは無理があった訳だ」
 蒼駆は口元に歪んだ笑みを浮かばせる。
「もっともあれだけ力を失っていた訳だ。こうして今ここにいるだけでも賞賛に価するが
な。しかし私にはまだ魔力は余り有るぞ。お主達の術など、簡単には受けぬ」
 じゃらんと錫杖を振るい、そして前にさっと突き出す。
「くるか!?」
 洋は身構え、結愛へと一瞬だけ視線を送る。結愛もこくりと頷いて、すぐにでも術を唱
えられるように体制を整える。
「喝!」
 蒼駆が叫び、その瞬間、錫杖から洋へと雷が落ちる。しかしすでに予想していた攻撃だ。
術を使う事もなく身を翻して避ける。
「結愛、いくぞ。円舞だ!」
「はいっ。いきますっ。けんだり、しんそん、かんごんこん」
 洋の言葉に応え結愛は呪文を唱え始める。
「ふん。八卦施術はきかんぞ」
「我は汝を使役せす。生じよ! 離!」
 蒼駆の言葉に、しかし結愛は全く気にせずに呪文を唱え続ける。結愛の目の前に炎が生
まれていた。その炎はまるで円を描くように、いくつもの輪になって蒼駆へと襲いかかる
!
「ふん。この程度の術。防ぐまでもない」
「そうかな? くらえっ、魔想刃!」
 叫びと共に洋の手に光の刃が現れる。そしてその刃は蒼駆目指して撃ち出されていく!
「なに?!」
 炎と光の刃が同時に襲いかかっていく。しかし、攻撃はそれで止まろうとはしない。
「結愛っ。崩撃だっ!」
「はいっ。我は汝を使役せす。生じよ、震!」
 再び洋の言葉に応え、八卦施術を唱える。いつものただの雷ではない、三点に枝分かれ
た雷撃が落ちる!
「くっ。連携重視で来たかっ」
 蒼駆は錫杖を振るい炎を光を雷を避けていく。しかし先程のように術を吸収するところ
までには至っていない。
「思った通りだ。奴は一人しかいない。いかに魔力があろうと、身体中全てに集中し続け
る訳にはいかないんだ。なら大技じゃなくとも小技で攻め続ければ、勝てる!」
 洋は冷静に告げていた。相手の弱点を完全に見切った上で。
「はいっ、洋さんっ」
「みゅう!」
 結愛とみゅうが大きく頷く。勝機を見出した事に声を高めながら。
「ふん。見抜いたか。なるほど、智添らしくなったものよな。施術の隠語まで覚えておる
とはな」
 蒼駆はしかし焦る事もなく、ただ淡々と呟いていた。
「師匠にみっちり教わったからな」
 隠語は智添としての心得の一つ。円舞、崩撃はそれぞれが術の形態を表している。直接
的な言葉でなく隠した言葉を使う事で、何の術を使うかを悟られないようにする手段だ。
 円舞の円は同時に炎を表している。崩撃の撃は雷撃を示し、崩は雷を分ける事を意味す
る。知らないものが聞けばどんな術かは受けるまでわからないだろう。
「だが根本的にその戦術は間違っておるな。攻め続ければ、確かにそのうち術を受けるか
もしれぬ。だが攻め続ける。それ自体が不可能なのだからな」
 そう言い放った瞬間。蒼駆の錫杖が強い光を伴っていた。
「結愛っ。風だっ」
「はいっ。巽!」
 慌てて叫ぶ洋に、結愛は頷き呪文を唱える。二人の目の前に風の壁が生まれ、その瞬間、
錫杖から放たれた光の刃を受け流していく。
「俺達も前とは違う。俺の魔力と結愛の術力が合わされば多彩な術を使う事が出来る!」
 洋は蒼駆をじっと睨むように見つめ、そしてちらりと結愛へと視線を移す。
「大丈夫ですっ。まだまだまだまだですっ」
 結愛は胸元でガッツポーズを決めて、ぶいっと声に出しながらピースを繰り出す。
「よし。俺の力はまだまだ尽きない。連続して大技を決めてやれ」
「はいっ」
 洋の台詞に結愛はゆっくりと呪文を唱え始めていた。
「!? ばかな、貴様の力はまだ回復してはおらぬはずだ。先程の状態であれば、そろそ
ろ力尽きても不思議ではないはず。なぜだ! なぜ、まだ力が残っている!?」
 蒼駆は叫び意識を移す。なぜか力が溢れんばかりに充ち満ちている洋へと。
「さぁな、俺にはわからない。でも、俺の力は確かに今ここにある」
「みゅう!」
 洋の言葉に、なぜかみゅうが自慢気に声を上げていた。蒼駆の意識が今まで一度もまと
もに向ける事のなかったみゅうへと移る。
「そういう……事か。やられたわ」
 蒼駆は、くくくと再びくぐもった笑みを浮かべていた。
「その猫。雪人だな。いや正確には雪人の欠片か」
「みゅう?」
 蒼駆の言葉に、みゅうはきょとんとした声を漏らす。何を言われているのか分からない
というように。
「ふん。言葉はわかる程度の知恵は残したか。しかし、まさかこんなところに雪人がいよ
うとは思いもしなかったわ」
 蒼駆の言葉に、結愛がみゅうへと振り返る。
「ふぇ。みゅうが、雪人? ふぇぇ」
「どういう事だ?」
 結愛、そして洋も不思議そうにみゅうと蒼駆を交互に見つめる。
「気付いておらなんだか。ならば教えてやろう。その猫は雪人の力の一部よ。強い魔力を
込めたな。前の戦いで、お前等が力尽きても立ち上がってきた訳がやっとわかったわ。尽
きると同時にその猫から力を分け与えられていたという訳だ」
 蒼駆はにやりと口元を歪ませる。
「ならば、その力ごと奪うまでよっ」
「!? 結愛っ、離れろ!」
 洋はその瞬間、結愛を突き飛ばしていた。
「洋さん!」
 結愛が叫ぶ。しかしもう間に合わない。
「魔吸智存の術!」
 洋の力を吸い取ったあの術を、蒼駆は再び唱えていた。確かに綾音が壊したはずの石柱
が再び現れて。
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