僕にも魔法が使えたら (21)
「なにっ!?」
 蒼駆は再び大声で叫んでいた。綾音の力が冴人の力を渡され、みるみるうちに回復して
いたのだ。
「乾兌離震巽坎艮坤。天沢火雷風水山地。
 八卦より選ばれしもの。互いを合わせ、更なる威を駆れ! 震為雷(しんいらい)!」
 再び綾音の大成が放たれる!
「ばかな!?」
 ドン! と巨大な音が響き、一本の巨大な雷が蒼駆を包み込む!
「ぎゃぁぁぁ!」
 大きな叫び声が響いていた。確かに蒼駆の守りをうち破っていたのだ。
「まだまだっ。離爲火(りいか)! それから雷風恒(らいふうこう)!」
 続けざまに大成を放ち、炎が、雷がさらに蒼駆を打ち付けていく!
「冴人の術はさらなる負荷を掛けるためのもの。そして私がもう一度大成を使う為の時間
稼ぎよ」
 綾音が淡々と呟いていた。
 いかに綾音が天才術師と言えど、大成を連続して四回以上唱える事は出来ない。しかし

冴人が術を唱え、負荷をかけ続ける事で余裕が生まれていた。これにより再び呪文を唱え
続ける事が出来たのだ。
 綾音の六連続の大成に加え、冴人の八卦施術の威力。この大技を防ぐ事など、どんな術
士とて不可能な事だ。
「まぁ、これやっちゃうと魔力が殆どなくなっちゃうから滅多にやらないんだけどね」
 綾音は囁くように告げてウィンクを一つ。
「この術を受けて無事だった相手は未だ一人もいませんからね」
 冴人は僅かに同情を含んだ声で答える。この術を受けた以上は、全て焼け焦げて骨すら
も残っていないだろう。
 男がいた場所を見受けると、真っ黒に焼けた地面と男の手にしていた錫杖だったらしき
ものだけが転がっている。金属だけに残りはしたようだが、もはや使い物にならないほど
に原型を留めていない。
「さ、帰るわよ。あっと、この岩は壊していかないとね。これが力の乱れの原因みたいだ
し、候補生としての課題も無事終了ね」
 綾音は蒼駆が術に使った梵字の描かれた岩に触れる。そしてぐっと力を込めた。グワン
と大きな音が響き岩が崩れていく。
「とはいっても結愛。貴方にはもう巽で移動する程の力も残っていないみたいね」
 綾音は結愛をじっと見つめる。
「ふぇ。だ、大丈夫だよ、綾ちん」
 結愛は慌てて否定するが、それが虚勢を張っている事は誰の目にもわかる。
「こんな時まで強がらなくてもいいのよ。そうね貴方は私が連れて行きましょう。じゃ冴
人はあそこで倒れてる彼を連れて行ってね」
 綾音はにこやかに笑みを浮かべながら、結愛へと肩を貸す。
「私が、彼をですか?」
 あからさまに嫌そうな顔で、冴人はちらりと洋を見つめる。
「そうよ。まさか私に連れていけなんて言わないでしょう? 置いていく訳にもいかない
し」
「わかりました。仕方ないですね」
 冴人は静かに答えて、まったく世話の焼ける人ですと口の中で呟きながら、洋を抱き起
こした。

                    ◇

「ん……」
 小さく声を上げて、洋は目を覚ます。
「洋さん洋さん洋さんっ」
 起き抜けに結愛の声が大きく響いて、洋は僅かに眉を寄せた。
「お前な、もう少し静かに出来ないのか?」
「でもでもでもっ、洋さん、ずっと倒れてて意識を失ったままで、もう目覚めないのかと
思って……」
 結愛が泣きそうな顔で、ぐすぐすと鼻をすすっている。いつかの嘘泣きとは違う、確か
に瞳に涙を溜めて。
「そうか。俺はあの時、力を使い果たして」
 ふと男との闘いを思い出して、口の中で呟く。あれからどうなったのだろうか。こうし
て自分の家にいるという事は、何とか無事に切り抜けたのだろうが、と。
「魔力を限界まで失った人は、そのまま永遠に目覚めない抜け殻になってしまう事もある
んです。私、洋さんがもしもそんな風になってしまったらどうしようって。私の、私の、
私のせいだって思って」
 泣きながら結愛は、洋が横になったベットにすがりつくようにして立っている。
「大丈夫だ。俺はいまここにいるんだから」
「はい」
 洋の台詞に結愛は大きく頷く。少しは気分が戻ってきたようで、その目をごしごしとこ
すっていた。
 結愛が気にする必要はないんだ。洋はそう思っていた。元々あの事態を招いたのは洋自
身のミスなのだから。もしも結愛を助ける為に力を全て使い果たして倒れたとしても、後
悔はしなかっただろう。
「それで。あの後、どうしたんだ?」
「えっと、えっと。冴人くんと綾ちんが助けにきてくれて、あの男を倒してくれました」
 自身が無理をした話などはせずに、慌てて告げる。
「あの二人が? そうか礼を言わなきゃな」
 ややまだ動きの鈍い身体を起こして、ベットから降りる。
「そうですね。これで力の乱れも解決したみたいだし、綾ちんはこれできっと天守になれ
るかな」
 結愛は僅かに首を傾げながら、ゆっくりと告げる。
「そういえば試験だったんだよな。で、お前はどうなんだ? なれそうなのか?」
 洋はややばつが悪そうに訊ねる。
「ふぇ。私ですか? うーんうーん。どうでしょうね。あんまり役に立ってないから、ダ
メかも。あ、でもまだ鷺鳴様に報告していないから、わからないです」
「そうか。まぁ、上手くいくといいな」
 洋は何と言って良いものかもわからずに、それだけ告げるとこめかみを掻いた。
「みゅう?」
 その瞬間、みゅうが眠そうな声をあげて、ふぁと大きくあくびをするのが見えた。

◇

 放課後、佳絵は一人、山道を歩いていた。学校をずっと休んでいる洋の見舞いに向かっ
て、そこに誰もいない事に気が付いたから。
 佳絵には洋が向かった場所に心当たりがあった。あの時の男が告げていた台詞。今日の
太陽が沈むまでに神社のある山へこいと。なら洋は神社に向かったに違いない。
 自分が向かっても何の役にも立たない。むしろ足手まといになる。それは佳絵にもはっ
きりと分かっていた。
 それでも山を登る歩みを止められなかった。洋は自分の為に追いつめられたのだから、
と。ただじっとしていられなかったのだ。
 なんど考えても、あれが実際にあった事とは思えない。鬼も僧服の男も、そして結愛が
連れ去られた事も。それでも自分の責任でと、ずっと心苦しく思っていたのだ。
 そこに誰もいなければいい。あれは夢だったんだと思いたかったのかもしれない。だか
ら山を登り、そして神社へと辿り着いた。
「誰もいない……。洋くんも」
 そこには誰の姿も無かった。ただ壊れた岩の固まりがいくつか見えるだけで。
「夢、だったの?」
 佳絵が静かに呟く。その瞬間だった。
「きたか」
「だ、誰!?」
 響いた声に慌てて辺りを見回すが、しかし誰もいない。誰の姿も見えない。
「待っておったぞ。お主が現れるのをな」
 声はただどこからともなく響いていた。
「ひ……」
 どこからか響く声に、佳絵は小さく悲鳴を上げた。しかしその声は誰にも届かない。
「例え仕掛けが万全でも破るる事はある。そこでもう一つ手を打っておくが知恵者よな」
「い、いやっ」
 響いてくる声に、佳絵は背中を向けて走り出そうとする。しかし足を取らればたんと倒
れる。地面が足首を捕まえたかのように。
「な、なんで。どうして?」
 胸の鼓動がどんどん高まっていく。見えないものに襲われる恐怖に。そして足が動かな
い。倒れたまま何も出来やしない。
 慌ててあちこちに手を伸ばそうとするが、どこにも掴めるものすらない。
 目の前にぼんやりと僧服の男が現れる。
「ひっ。こ、こないで!」
 傍にあった石を投げつける。しかし石は男の身体を突き通って地面へと落ちていた。
「無駄よ。これは霊体に過ぎぬからな」
 男の身体が佳絵へと触れる。その瞬間、電撃が走ったように身体に響いた。
「うぁ……あ……ぁ……いや」
 嗚咽に似た声を漏らして、佳絵は衝撃に耐えようとする。しかしやがてその声も薄れて
いき、静寂が訪れた。虚ろな瞳を向けていた佳絵が、不意に立ち上がる。
「ほぅ。思うていたよりは悪くない身体よ」
 佳絵の声で、確かに呟いていた。
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