僕にも魔法が使えたら (20)
「なに!?」
 幾多もの電撃が蒼駆を包み込む。
「八卦施術。大成の儀。雷風恒(らいふうこう)よ」
 山道の向こうから、綾音は淡々と呟く。この機会を虎視眈々と狙っていたかのように。
「貴方はこれくらいでは倒れないんだったわね。なら、続いていくわよ」
 間髪いれず、綾音は印を切り始める。
「乾兌離震巽坎艮坤(けんだりしんそんかんごんこん)。天沢火雷風水山地(てんたくか
らいふうすいさんち)。
 八卦より選ばれしもの。互いを合わせ、更なる威を駆れ! 離爲火(りいか)!」
 電撃が収まらぬ内、綾音の呪文が再び完成する。誰もが恐れる程の業火が、蒼駆へと向
かっていた。
「もう一つ! 乾兌離震巽坎艮坤。天沢火雷風水山地。八卦より選ばれしもの。互いを合
わせ、更なる威を駆れ! 震為雷(しんいらい)!」
 その炎が消える間も無く、再び術が完成する。今度は一筋の、巨大な雷が蒼駆へと落ち
込んでいく!
 ドン!! つんざくような音が響き、男がいた場所をまっすぐに打ち抜いていた。
「どう? 雪人がいなくても、これくらいの真似は出来るのよ」
 綾音はふふんと声を漏らして告げていた。
「綾音さん!」
「……綾、ちん?」
 冴人と結愛の二人が彼女へと声を掛ける。
「あら、二人ともずいぶんぼろぼろになったわね。だらしないわよ」
「それは貴方だから言える台詞ですよ。守の民始まって以来の天才術士だからこそ。大成
を連続で三度唱える。そんな事が出来るのは現役の天守でも貴方の他にはいませんから」
 冴人はそれでもほっと息を漏らしていた。
 綾音は天守候補生ではあるものの、実際その力は天守の中でも随一だ。現時点でも彼女
に勝てる術士は僅かであるし、それに追いつくのも時間の問題であった。彼女がここに来
てくれたのは誰が現れるよりも頼もしい。
「忘れてるかもしれないけど、貴方は私の智添なのよ。勝手な行動は慎んで欲しいわね」
 綾音はウィンクして見せる。その顔は怒るというよりも、楽しんでいるように見えた。
「忘れてはいませんよ。ただ、僕はほっておけなかっただけです。第一、ここにいるって
事は貴方もそうでしょう?」
 冴人は呆れた声で呟く。両手を肩の前で広げ、ふぅ、と溜息を漏らした。
 この事件には手を出さない。それが長老部の決めた事だった。ここに姿を現すという事
は、その決め事を破った事に他ならない。
「私はふがいない弟子の姿を見に来ただけよ」
 ちらりと視線を移す。洋はやや離れた場所で一人倒れ込んでいた。その横でみゅうがぺ
ろぺろとその顔を舐めている。
「ずいぶん力を使ったみたいね。まぁ、三日前まで只人だったんだから、上出来かしら」
 綾音はうんうんと頷いて。そして振り返り身構えていた。蒼駆が今いた方向に。
「くくく。驚いたぞ。まさかここまでの真似が出来る奴がおろうとはな。さすがの私も傷
ついたわ」
 蒼駆はにやりと笑みを漏らしながら、そう告げていた。衣服のあちこちがやぶれ壊れて
いる。だがその肌は殆ど傷ついてはいない。
「驚いたわね。あれを受けてもまだ生きているだなんて。これは少し本気にならないとい
けないかしら」
 しかし綾音は余裕を残した声で返した。綾音にとってもあの術は最大の術ではない。
「ふん。そう言って粋がっていれるのも、今のうちよ」
 蒼駆は力強く告げ、そしてその手に印を切り始めた。
「臨・兵・闘・者・皆・陣・列・在・前。魔現炎上の術!」
 先程、結愛に向けて放たれた術が再び放たれる。真っ黒な炎が唸るように綾音へと襲い
かかっていく!
「私をこの程度の術で倒そうなんて甘いわ。
 乾兌離震巽坎艮坤。八卦より選ばれしもの、我は汝を使役せす。いきなさい、離!」
 綾音の言葉に燃えさかる炎が生まれ出す。
「なに!?」
 蒼駆は綾音の使った術に驚きが隠せなかった。炎に対して炎をぶつける。それでは本当
に力比べでしかない。術を防ぐつもりであれば、五行でいう水克火(すいこくか)、火に
打ち克つ力、水の術を使うべきなのだ。
「ばかめ。私の術は大成でなければ防げぬ。しかも離だと? そんな術は我が炎で飲み干
してくれるわっ」
 蒼駆の炎が、綾音の生み出した炎を包み込んでいく。しかし綾音の炎はそれに抗おうと
すらしない。
「掛かったわね、もう一つ。きなさい、巽(そん)!」
 綾音が叫んだ瞬間。風が起きた。風は炎が生み出す空気の流れと共に合わさり強まって
いく! 同時に二つの炎が消えた。だが風は消えず、刃と化して蒼駆へと襲いかかる!
「くっ」
 唸りを上げ、錫杖を振るい風の作り出した刃を一つ一つ払い落としていく。しかし全て
の刃を防ぐ事は出来ずに、身にまとう衣がいくつか切り裂かれていた。
「術っていうのは、こうして使うものよ。炎は空気がないところでは生まれない。これは
術によって生まれた炎でも同じ事。
 そして炎によって生まれた急激な温度差は風を起こすわ。なら風の術を使い全ての空気
を貴方に送り込めば。炎は消え力を増した術と化す。ただ魔力が強ければいいってものじゃ
ないの」
 綾音は軽く片目をつむってみせる。
「ついでに言うと、風は五行では木に当たるわ。すなわち私の炎は木生火(もくしょうか)
の関係で強められていたの。だから貴方の炎にも打ち負けなかったのよ」
 陰陽とも深い関係にある五行では相生・相克という考え方がある。全ての事柄を五つの
属性に分けそれぞれが時に活かし時に殺す。
 五行では火は木を燃やす事によって生じる。すなわち木生火である。これにより自らの
炎を強め蒼駆の炎に対抗していたのだ。
「ふん。確かに小手先の技には長けておるようだな。だが、所詮その程度では私の守りを
完全にうち破る事は出来まい?」
 蒼駆はそれでも余裕の笑みを浮かべていた。実際、確かに今の術は蒼駆にダメージを与
えるには至っていない。
 綾音の魔力には限りがあるが、蒼駆の魔力はまだまだ消える兆しすらないのだから。
「ふぅん。なら私も大技で勝負しようかしら」
 綾音は構えをとり、そして冴人と結愛の二人へとちらりと視線を送る。
「結愛。平気?」
「う、うん。なんとか平気……かな」
 綾音の問いに、やや息絶え絶えながらもはっきりと答える。少し休んだ事で僅かだか力
も戻ってきたようだ。
 戦うにたる程の力ではなかったが魔力の失いすぎで命をなくす危険はもうないだろう。
「そ。じゃ、しばらくの間、冴人を返してね。冴人、あれいくわよ」
「わかりました」
 綾音の言葉に、冴人は僅かにと頷く。結愛を抱えていた手を、ゆっくりと下ろし、そし
て結愛へと軽く微笑む。
 立ち上がり眼鏡の位置を直して、ではいきますか、と小さく呟く。
「結愛さん。貴方は下がっていてください。かなり危険な術を使いますから」
「うん……。でもでもでもっ、だめだよっ、むりしたら」
 結愛の言葉に、二人とも微笑んでいた。
「大丈夫です」
「大丈夫よ」
 余裕を持った答えに、結愛はこくんと頷いて後に下がっていく。素直に頷いたのは倒れ
たままの洋も気になっていた事もある。
「みゅう」
 結愛に、みゅうがか細い声を上げる。
「うん。大丈夫だよ、二人に任せていれば」
 結愛は力無げに微笑むが、しかしその笑みには確かな安心が含まれていた。
 その様子をみてとったのか、みゅうも「みゅう」と小さく声を返す。
「さて、いくわよ」
 綾音の声が響く。
「ふん。どこまでやれるか、みてやろうではないか。所詮、半人前の候補生に過ぎぬもの
が、私にどこまでせまれるか、な」
 挑発的な蒼駆の声に、しかし綾音はまるで気にしていない様子で、ふふんと笑みを返し
ていた。
「私の魔力は守の民の中でも、十本の指に入るわ。全ての智添も含めて、ね。つまり、私
には少なくとも魔力の面だけでいえば、智添はいらないって事。実際、私のような術力も
魔力も共にある天守が智添を持たなかった例もあるそうよ。
 でも、私は冴人を智添に選んだ。それは智添としての彼の知恵を借りる為もある。けど、
それよりも、私と彼がいればこういう真似も出来るからよ」
 綾音は叫んで、そして印を結んでいく。
 それに対して蒼駆も印を切り始める。
「乾兌離震巽坎艮坤。天沢火雷風水山地。
 八卦より選ばれしもの。互いを合わせ、更なる威を駆れ! 離爲火(りいか)!」
 呪文が完成すると共に、燃えさかる炎が生まれ蒼駆へと向かっていく!
「まだまだっ。震為雷(しんいらい)!」
 しかしその呪文が届くか届かないかのうちに、続けざまに大成の呪を再び放つ。同時に
一本の巨大な雷が降り注ぐ!
「雷風恒(らいふうこう)!」
 さらに大量の雷が生まれ、一気に蒼駆へと向かっていく! だが!
「ばかめっ。その術なら、もはや見たわ」
 蒼駆が叫ぶと、生まれた魔力をことごとくはじいていく。
「印を切った防御を初めから行えば、この術とて防げぬ事は――何!?」
 蒼駆が呟きかけた瞬間だった。
「乾・兌・離・震・巽・坎・艮・坤。八卦より選ばれしもの、我は汝を使役せす。震(し
ん)!」
 冴人が呪文を唱えていた。先に向かう綾音の呪力が完全に消え去る前に、冴人の放つ雷
が襲いかかる!
 今までよりもさらに強い圧力がかけられ、蒼駆の術がピシィと大きな音を立てる。
「く。二人、連続で術を唱えきたか。しかしその程度ではまだ私の術は」
 蒼駆はそれでも力を逸らしていく。放たれた術と守りの力が互いにぶつかりあい少しず
つ中和し消え去っていく。
「その程度だとお思いですか?」
 しかし冴人が不敵に笑っていた。そしてその持てる力を全て綾音へと送り込む。
Back Next
良かったら読んだ感想を下さい!
タイトル
お名前 (必須)
メール

★このお話は面白かったですか?
すごく面白かった  面白かった  まぁまぁ面白かった  普通
いまいち  つまんない  読む価値なし

★一番好きな登場人物を教えて下さい
洋  結愛  綾音  冴人  みゅう
裕樹  佳絵  蒼駆

★もしいたら嫌いな登場人物を教えて下さい(いくらでも)
洋  結愛  綾音  冴人  みゅう
裕樹  佳絵  蒼駆

★好きな台詞があれば


★印象に残ったシーンがあれば


★その他、感想をご自由にどうぞ!