僕にも魔法が使えたら (19)
「私、約束したからっ。絶対、守ってみせるからっ」
 結愛は大きく呟き再び印を結び始める。
「けんだり、しんそん、かんごんこん。八卦より選ばれしもの、我は汝を使役せす。お願
いっ。届いて!! 震(しん)!!」
 雷を表す八卦。震を呼び出していた。
「無駄だ。炎が雷に変わろうと代わらぬ」
 男は笑みを浮かべたまま平然と呟く。
 しかし、その声が終わるよりも早く。
「乾・兌・離・震・巽・坎・艮・坤(けん・だ・り・しん・そん・かん・ごん・こん)。
八卦より選ばれしもの、我は汝を使役せす。震!」
 大きくその声は届いていた。
「雷はその身を持って震と為る! 震為雷(しんいらい)!」
 声と共に、結愛の呼び出した雷の上から更に雷が降り注いだ!
「なに!?」
 これにはさしもの男も驚いたようで、焦りの含まれた声が響く。
 カッ! と辺りが輝き、そして男の回りが一気に焦げ付き煙を吐き出していた。
「智添がいなくとも八卦を使う事は出来る。あるいは僕のような術力を持ってすれば、智
添といえど八卦を使える。八卦に八卦を合わせれば六十四卦。すなわち大成に匹敵すると
いう事です。甘く見ましたね、あなた」
 結愛から見て、煙の向こう側。声はそこから響いていた。
「冴人くん!」
「結愛さん、無事でしたか。遅くなりましたが、いま参じましたよ」
 冴人は眼鏡の位置を直し、ゆっくりと結愛の元へと歩み寄っていく。
「怪我はなさそうですが、力がずいぶん失われていますね。お労しい事です。しかし案ず
る事はありません。ここに僕が来た以上は」
 そう言って冴人は振り返る。雷による煙はいまだもうもうと上がっていたが、冴人は決
して気を緩めてはいなかった。
「まだあなたが倒れていない事は分かっていますよ。不意をつくつもりでしょうが無駄で
す、出てきなさい」
 冴人の言葉に、ぴたりと煙が止まった。
 ピシ! と何かが裂けるような音が響き、そして砕けるように煙は飛び散っていた。
「違うな。不意をつくつもりなどはない。せっかく現れたのだ、今生の別れにもなるやも
しれぬのだから、せめて挨拶くらいはさせてやろうと思うてな」
 男はそう言ってにやりと口元を歪ませた。全く、その服すらも替わらぬ姿のままで。
「な!?」
 冴人は反射的に声を漏らしていた。
 まだ男が倒れていない事はわかっていた。まだ気配も魔力そのものも消え去ってはいな
かったから。しかし全くの無傷だとは思ってもいなかったのだ。
「大成か。八卦に八卦をかける術。さすがに強い力よな。しかしこの私には通用せぬぞ」
 男は淡々と告げ、二人へと向かい合っていた。その顔に歪んだ笑みを浮かべながら。
「馬鹿な。大成は八卦施術、最大の術。それも震と震を掛け合わせる震為雷(しんいらい)
だ。どんな術士でも傷を負わぬ筈がないのに」
「ふん。今の私の力を持ってすれば、大成など恐るるに足らぬ。ましてや半人前の候補生
と、多少力があろうと天守のおらぬ智添など私の敵ではないわ」
 男が言い放つと同時に力が放たれた!
 風のようなものが、二人を直撃する!
「ぐっ」
「きゃあ!?」
 冴人と結愛の二人は思わず声を漏らしていた。さほどのダメージはない。ただ風のよう
な圧力が一気に二人を押さえ込んだだけ。
 しかし『ただ言葉を発するだけ』で、これだけの力を使う。それがどれだけの力なのか、
冴人には想像もつかない。
 もしも冴人、あるいは結愛がこれと同じ真似をしようとすれば印を組み、呪を唱え、力
を練る必要があるだろう。それはすなわち二人の最大の術。八卦施術を使うと言う事だ。
男にとっては術にも入らない力が。
「ばかな。これではまるで、安倍清明に匹敵する、いやそれ以上の力だ」
 冴人の言葉に男は僅かに眉を上げた。
「清明か。だが私の術は九字を切る道満式(どうまんしき)よな。かといって清明に負け
た蘆屋道満(あしやどうまん)と例えられるも気に食わぬ」
 男は一瞬、考えるように視線を彷徨わせる。だがすぐに二人へと戻し、笑みをこぼす。
「ならば新しく私の名を残そうか。我が名は、蒼駆(そうく)。蒼を駆けるものよ」
 呟きと共にあるのは。どこまでも歪んだ笑みだった。
「冴人くん、逃げて」
 ふと結愛が告げていた。
「結愛さん!? 何を言っているんですか! 僕が貴方を置いて逃げられる訳がないでしょ
う?」
 結愛の言葉に冴人は声を荒げる。結愛が何を言い出したのかわからなかった。
「だめ、このままじゃ敵わないよ。冴人くん。だから、みんなに知らせて。綾ちんや、鷺
鳴様や、みんなに。――雪人にも」
 結愛は真剣な表情で、その目を蒼駆と名乗った男へと向ける。そして冴人を横目にしな
がら駆けだしていた。
「ここは私が抑えるから。私、がんばるから。約束したから、がんばるから負けないから」
 結愛は素早く印を揃えていく。
「けんだり、しんそん、かんごんこん」
 結愛の呪文が高らかに響く。
「何かと思えば、また八卦施術か。それは通用しないと何度言えばわかるのかな」
 蒼駆はじゃらんと錫杖を慣らす。その瞬間、かっと強い光が放たれる。
 結愛の呪文が完成する前に、その光は結愛を打ち付けていた。力が結愛を吹き飛ばし、
そのまま地面へと転がっていく。
「きゃあ!?」
「結愛さん! 無茶ですっ。正面からつっこんでも勝てる相手じゃありません」
 思わず冴人が叫ぶ。しかしそれでも結愛は引こうとはしなかった。再び立ち上がり、そ
してじっと男を見据えていた。
「いいから、いって!」
 叫んで、そしてもう一度印を切り始める。
「ばかめ」
 今度は風が吹いた。その風が結愛を捉え、そして動きが止まる。
「うくっ」
 声にならない声を漏らす。
「約束したから」
 それでも結愛は呟いて、そして蒼駆へと向かっていた。
「その態度、どこまで持つかな。印の無い術ではさすがに妨害程度にしかならぬが、なら
私が少し力を加えれば、さぁどうなる!?」
 蒼駆は楽しそうに、その手に力を込める。そして印を切り始めていた。
「臨・兵・闘・者・皆・陣・列・在・前」
 一つ唱えるごとに、男の顔がゆっくりと歓喜へと変わっていく。それは込み上げる力へ
の喜び。そして弱者をいたぶる強者の悦び。
「魔現炎上(まげんえんじょう)の術!」
 蒼駆が叫ぶと目の前に炎が現れる。まるで全てを燃やし尽くすかのような黒い炎が。
「さて、この術を防ぐ事が出来るかな?」
 男は下卑た笑みを漏らすと錫杖を慣らす。その瞬間、炎はまるで生きているかのように
結愛目がけて襲いかかっていた。
「く。乾・兌・離・震・巽・坎・艮・坤。八卦より選ばれしもの、我は汝を使役せす。こ
いっ、坎(かん)!」
 慌てて冴人が八卦を呼び出していた。濁流のような水が結愛の前に広がる。
「その程度では、この炎は防げぬ!」
 しかし蒼駆の言葉と共に、炎は水の壁を一瞬のうちに蒸発させ、易々と突破していく!
「けんだり、しんそん、かんごんこん」
 しかし結愛も負けじと術を唱えていた。
「まけないからっ。坎(かん)!」
 黒い炎を包むこむように、水が勢いよく放たれていく。ジュウ! と嫌な音が響き、水
は再び湯気と化して消えていくが、しかし何とか黒い炎をも消し去っていた。
「くくく。二人がかりでやっと防ぐか。つまり私の術は大成をもってして、やっと防げる
という事だな。だが」
 蒼駆の目に入るは力無く立ち尽くす二人。
「もはや力も残らぬか。今のが最後の力だったという訳だ」
 蒼駆はくくく、と声を漏らす。どこまでも嫌らしい笑みだった。
「私、負けないからっ」
 結愛はそれでも力の限り叫んでいた。
 結愛さん、と冴人が僅かに彼女の名前を呼ぶ。しかし結愛は答えようとしない。
「けんだり、しんそん、かんごんこん」
 印を結び、呪文を唱える。
「ふん。何度やっても同じよ」
 男はあざけるように呟いていた。だけど結愛は呪文を唱えるのを止めようとはしない。
「八卦より我らを示すもの。選ばれしもの。汝、ここにありて、礎を作りしもの」
「それは!?」
 結愛の呪文に冴人が声を荒げた。今までと違う呪文。
「結愛さん、無理です。智添もいない状態でそれを唱えるのは、自殺行為です!」
 冴人が叫ぶ。
「でもっ。やるしかないのっ。お願いっ、きてっ。乾(けん)!」
 結愛は三本の指を立て、それを両手で合わせて目の前に差し出す。三つの線が結愛の目
の前で煌めいた!
 いや、煌めいたように思えた。しかし。
「っ!?」
 結愛は喉の奥に熱いものを感じていた。全ての力が抜け出すかのような。必死でそれを
押さえ込もうとする。だが流れ出した力はもう止める事が出来ない!
「かはっ!?」
 結愛は呻きと共に、大きく血を吐き出していた。力を使いすぎたのだ。魔力は身体を構
成する一部でもある。極度に使いすぎた時には、その身自体を失う事すら有るのだ。
 結愛はふっと力を失い倒れそうになる。冴人が何とか支えるが、結愛は力なく瞳を彷徨
わせた。
「結愛さん、しっかりしてください!」
 冴人の声に僅かに結愛の肩が震える。どうやら完全には力尽きてはいないようだ。
「洋……さん。ごめんなさい。……私、約束、守れそうにないです……」
 意識を戻した結愛は瞼をぎゅっと瞑る。
「乾……すなわち天を呼び出すつもりだったか。なるほど、それなら私を傷つけられたや
もしれぬ。だが智添の助けも無くして、それを行う事は出来まい。半人前の、智添もいな
い天守ではな」
 蒼駆は結愛を見つめ、そう呟いていた。完全に勝ち誇った声で。しかし。
「そうね」
 その声が響いた瞬間。空から大きく電撃が放たれていた!
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