僕にも魔法が使えたら (18)
「確かによくそれだけのものを身につけたものよな。恐れ入る」
 男はじゃらんと錫杖をならして、それからくくくと笑みを浮かべていた。
「しかしいくらお前の魔力が甚大であろうとそんな戦い方では続くまい。もういちど鬼を
呼び出せば、それで終わりだろう?」
 男はただあざ笑っていた。まるで洋の行動が全くの無駄だったと言うかのように。
「は。そっちこそはったりはよしたらどうだ。お前の魔力がそんなに残っていない事はわ
かっているんだ。それに俺の力はまだまだ終わらない」
 しかし洋は動じない。男の状態を瞬時に見抜き、そう言い放っていた。
 以前の洋だったなら、男のはったりに精神を乱していたかもしれない。しかし今ならわ
かる。男の力が先程の術で、今にも尽きようとしている事が。
「ほう。相手の魔力を見抜く力も身につけたか。殊勝な事よな。どうだ。お前のその魔力。
失うは惜しい。私に仕えぬか?」
 男はくくく、と鈍い笑みを浮かべながらそう問いかける。
「は、バカを言え。力の尽きかけた奴に何が出来るっていうんだ。確かに俺の力は無限じゃ
ない。だけど、お前をぶちのめす程度の力は十分以上に残っている」
 そう言ってその拳に力をこめる。光が、きゅんと唸りを上げて浮かぶ。
「そうか。惜しい事よ。だが安心しろ。その力、この私がもらい受けてやる!」
 男は高らかに叫びながら、錫杖を振るった。環がじゃらんと音を立てる。
「臨・兵・闘・者・皆・陣・列・在・前」
 男が印を切り始める。
 その瞬間、洋の背中にぞくりと冷たいものが走った。この術を完成させてはいけない!
 直感的にそう悟って洋は男に向けて駆け出していた。そして拳を振るう。だが、逆に洋
の身体が大きくはじき飛ばされていた。
「な!?」
「ばかめ。お前のような簡易の術と違い、高等な術を使う際には力の指向性というものが
ある。それを無視して近付こうとしてもはじき飛ばされるだけよ」
 男は声を大にして叫ぶと、くくくと再びくぐもった笑いをこぼす。そして組みあげた印
を解放する!
「魔吸智存(まきゅうちぞん)の術!」
 男の力強い声が響く。
 その、瞬間。洋を中心として包み込むように四つの巨大な岩が飛び出していた!
 それぞれに梵字が描かれたその岩は、次の瞬間まるで電気が走るように洋へと襲いかかっ
ていく!
「な……!? ぐわぅあ!!」
 逃れようとするものの避けきれない。電撃を受けた瞬間、苦悶の声を漏らしていた!
「この中にいるものは全て力を吸い取られる。そしてその力は私のものとなるのだ」
 男が叫んだ瞬間。岩からいくつもの光が生まれ男へと向かっていく。
「ふふ、きた。きたぞ。これよ、私はもともとこれを狙っていたのよ。本当は天守どもを
一掃し、その力を手に入れるつもりだったのだが、もはや構わぬ。こやつの尽きぬ力が手
に入ればどのような術でも使える。憎き天守であろうと軽く倒せる力がな。
 そうすれば、今度こそ雪人の力を手に入れられる。かつての恨みを晴らす力を」
「く……そ」
 男の力が大きく増しているのがわかる。同時に自身の力が急速に失われつつある事も。
「俺の……魔力よっ。この手に先に……収束しろっ!」
 苦悶の表情を浮かべながらも、しかし何とか叫ぶ。洋の手の中に光が収束していく。そ
して小さな刃を生み出していた。
 しかし、それだけ。大鬼を倒した時のような強い刃は生まれようとはしない。それどこ
ろかその刃も消え去ろうとして揺らめく。
「ふん。その小さな刃では、今の私を倒す事は出来ぬぞ。ましてや私の側まで歩み寄る事
も出来ぬであろうが」
 男はあからさまに馬鹿にした声で呟く。
 確かに洋は電撃に捉えられ、この場から動く事すら不可能に近い。しかし洋はにやりと
笑みを浮かべていた。
「お前……今、術の最中だよ……な。なら……もう他に……術は使え……ないだろ?」
 息も絶え絶えでありながら、それでも口元が笑っていた。勝利を確信したかのように。
「ふん。だとしてもお前に何が出来る? 出来るのなら見せてもらおう」
 確かにこれだけの術を使っている以上、どんな術士でも同時に二つの術を使う事は出来
ない。かといって洋には攻撃する手段はな意筈なのだ。だけど、それでも洋は笑みを崩そ
うとはしない。
「なら……みろ。これだっ!」
 洋は渾身の力を込めて刃を生んだ手を振るう。その瞬間、洋の手の先にあった光の刃が、
その手から撃ち出されていた!
「なにかと思えばその程度か。その程度では私は傷つけられぬ」
 男は避けようともせず、その場に立ち尽くす。術を使っている最中には、その力の余波
が身体を包み、少々の術や打撃には耐えてしまうのだ。
 光の刃が男へと向かう。しかし男のすぐ側を通り抜けていく!
「ふ。どこを狙っている? 本当に避けるまでもないとはな」
 男はつまらなそうに呟く。
 だが洋の笑みはそのまま。まるで勝利を確信したかのように。
「間違っては……いないさ。あんたの……魔封水固(まふうすいこ)の術。……破らせて
もらったぜ!」
 消えそうな声で、だけど力強く叫んだ。
「なに!?」
 男が慌てて振り返る。
 そこにあった結愛を包み込んでいた水晶体の柱。それを洋の刃が捉えていた。術で出来
た柱に洋の魔力が強く干渉する!
 カッシャーン! 甲高い音が響き、水晶体は砕ける。そして中から崩れるようにして結
愛の姿が現れていた。
「狙い……通りだぜ……」
 洋は呟き、にやりと笑みを浮かべた。
「ほう。あの娘を助ける為の一撃とはな。しかし無駄だ。お主にはもう力は残されていま
い。ならあの小娘一人いようが何が出来る」
 だか男は言い放つとくるりと背を向ける。同時に洋は完全に意識を失い力尽きていた。
「みゅうっ、みゅうっ」
 みゅうは結愛のそばで鳴きながらその顔を舐めている。
「ふん。魔封水固の中で力を奪われていたのだ。そう簡単には目覚めぬわ」
 男はさっと錫杖を振るう。
「みゅっ!?」
 錫杖の一撃を受けて、みゅうが吹き飛んでいく。しかしさほど力を込めていた訳でもな
いらしく、みゅうは飛ばされた先ですたんと綺麗に着地していた。
「天守の娘か。この娘ももはや利用価値はない。こやつも憎き天守の一人だ。生かしてお
く訳にはいかんな」
 もっともこやつ一人では何も出来まいがな、と呟いて、錫杖を振り上げる。
「みゅう。みゅうっ」
 みゅうが必死で叫んでいたが、何が出来る訳でもない。洋の元で鳴き続けるだけだ。
「しかしこの程度ならば敢えて言霊(ことだま)や方違え(かたたがえ)の力を使うまで
もなかったか」
 太陽が東の山に沈む時。太陽は言うまでもなく天の象徴。そして天を意味する乾(いぬ
い)の方向は、北西に当たる。
 有り得ぬ方向に天が沈む。それも太陽は南の空に映り西に沈むはずが東へと沈む。南東
は天の方角、乾とは逆方面である。つまりこれは天守が倒れる事を示唆する言葉だった。
 有り得てはいけない筈の現実。それを引き起こす為の言葉。古来より日本では言葉には
魂があると信じられている。その魂を上手く動かすのが言霊の力。
「わざわざ言葉を現実にする為に、あの山を越えてきたというに」
 今見えている東の山。しかし更に東の方角から見れば、それは西の方角にある。いま東
に見えている山に確かに太陽は沈んだのだ。これで言葉は現実のものとして力を持つ。
 さらに陰陽では方違えといい、不吉な方角に向かう時には、わざと一度違う場所に向か
いそこから目的地に向かう事で、その方角へ向かうのを避けた風習があった。
 これを言霊と掛け合わせて行う事により、自身へと運気が回るようにし向けたのだ。
「しかしこの程度なら、そこまでする必要も無かったか」
 現れたのはこの男だけ。天守は恐らく危険を避ける為にこの娘を見殺しにする事を選ん
だのだろうと男は推測する。
 だが結局、男は力を手に入れていた。洋の無限とも思える魔力の量を。
「そういう事だったのねっ」
 不意に声は響いた。
「なに?」
 男は思わず声を漏らす。力を失って倒れていたはずの結愛。しかし彼女はいま確かに目
を開いて立ち上がっていたのだから。
「私、許さないっ。洋さんをあんな目に遭わせるなんて。絶対絶対絶対、許さないから!」
 結愛は男の前に立ちふさがり、そしてきっと強く睨みつける。
「ほう。ではどうするつもりだ。智添もおらぬお前は大した術は使えまい? しかも魔封
水固の中にあって殆ど力も残っておるまい」
「確かに私は一度は沈んだけど、でもこうして再び立ち上がったものっ。太陽は再び空へ
と昇るものだからっ」
 結愛が大きく叫ぶ。
「ほう、意趣返しか。言霊を使うとはな」
 先程の男の言葉の裏をとって、結愛も言霊の力を借りていた。男の言霊で沈められた天
守の力が、再び甦ってくる。
「だがその程度の力では私は倒せぬぞ」
 男は手をぎゅっと握りしめる。
 その瞬間、結愛の隣をびゅんっと風が通り過ぎた。
 バグォ! その風は奥にあった樹木に当たり、大きな穴を穿つ。
「うむ。良い調子だ」
 淡々と呟く男の顔は、満ち足りたものだった。手にいれた力を確かめるように。
「洋さんの力を奪うなんてっ。許さない、許さないからっ」
 倒れた洋へと一瞬、視線を移す。
 苦悶の症状を浮かべていた。恐らくは結愛を助ける為に力を使い果たしたに違いない。
 洋の傍でみゅうがぺろぺろと頬をなめているのが目に入る。しばらく洋さんをお願いね、
と心の中で呟いて結愛は男へと振り返った。
「一人でも、術も使えるからっ。けんだり、しんそん、かんごんこん……」
 結愛は呪文を唱え印を組んでいく。
「八卦施術か。ふん」
 男はさっと身構えていた。錫杖をじゃらんと振るう。
「八卦より選ばれしもの。我は汝を使役せす。いっちゃえーっ! 離(り)!!」
 結愛の叫びと共に、目の前に猛火が浮かび上がった。そして炎が男へと襲いかかる。
 しかし男は眉一つ動かさなかった。それどころか殆ど身動きせずに錫杖を振るい、その
炎を振り払っていたのだ。
「えええーっ。ど、どうしてっ。どうしてなんでどうしてーっ!?」
 八卦の術で生まれた炎を錫杖で振り払うなんて事は出来るはずがない。術で生まれた炎
だけにまっすぐに目標に向かうはずなのに。
「くくく。良いな、この男の力は。ほんの少し力を込めるだけで、昔なら使うも困難であっ
た術が使えるわ」
 男の言葉に、結愛は錫杖の先を見つめていた。その先がほんのりと光を発しているのに
気付き、結愛はごくりと息を飲み込む。
「込儀(こぎ)……。そんな術が詠唱も印も無く使えるなんて」
 結愛は力無く呟いていた。物品に力を込める術はかなりの高等な術だ。魔力というもの
は元々一度外に出したら、そこに留めておく事が出来ないものなのだ。
 しかしそれを一定の手順に従い、その為に余分な魔力を費やす事によって、始めて物品
に術を込める事が出来る。
 従って込儀はかなりの高等な術であり、そう簡単に使えるものではない。しかし男はい
とも簡単にこの術を使いこなしていた。
「もはや護衛の鬼などいらぬな。身にまとう袈裟(けさ)に術をかければ済む」
 男は淡々と呟く。だがそれは最強の防御であった。力を失う事さえ恐れなければ。そし
て男には、洋から奪った無限の力がある。恐れる必要はないのだ。
 本来は他人から魔力を奪うなんて事は出来ない。しかしその為に長年をかけて数々の条
件を満たし用意した術場。それが天守の関知した力の乱れであり、男の罠であったのだ。
「防御だけではない。これだけの魔力があれば攻撃も強化される」
 男が錫杖を振るう。同時に錫杖から炎の固まりが振りそそいだ!
 慌てて結愛はその場から飛び退く。刹那、結愛のいた場所に炎が落ち地面を真っ黒に焦
がしていた。呪文の詠唱も印を組む事もなく。
 呪文の詠唱や印はあくまでも補助に過ぎない。使えば少ない魔力でもその威力を上げ、
精度を増す事が出来る。
 普通の術師は多くの魔力を持ってはいない。天守が智添という存在を必要とするのも、
一人では失われがちな魔力を補うという意味もあるのだ。互いの力を共有する事で、大き
な術も楽に使う事が出来る。
 しかし十分な魔力があれば、あるいは威力や精度を落とす事を覚悟すれば、詠唱も印も
無くとも瞬時に術を使う事が出来る。
「智添もおらぬお前では大した術を使う事も出来まい? どこまでやれるか見物よな」
 くくく、とくぐもった笑い声を漏らし男は結愛へと向かう。
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