僕にも魔法が使えたら (16)
三.戦いと約束と気負い

「みゅう。いくぞ」
「みゅーっ!」
 洋の声に応えるようにみゅうが力強く鳴いた。ほっと一息ついて、みゅうを見つめる。
 あれから二日が過ぎ、三日目の朝を迎えた。もっともまだ日は昇っていない。外は完全
に暗闇の中だ。
 洋が玄関を潜ると、みゅうはぴょんと洋の背中へと飛びつく。そのままわしわしと背中
を登ると、その肩にしがみつくようにして留まった。もう背中の傷は痛みはしない。僅か
に傷跡が残るだけだ。
「まってろよ、結愛」
 強く呟いて西の山へと向かい始める。
 あの男は「酉の山奥の神社」にて待つと告げていた。酉は干支に合わせた古い方向の言
い方で、西の山と言う事だろう。
 ここから西にある山には、確かに今は無人となった古い神社がある。その神社に間違い
ないだろう。
 しかし一つだけ分らない事があった。「太陽が東の山に沈む時」との一言。冷静に考え
れば太陽は西に沈むはずだ。どう考えても東の山に沈む訳がない。
 男の間違いなのか、それとも何か深い意味があるのか。それは分らなかったが、もしも
「東の山に昇る」の間違いだったとしたら。その可能性も捨てられず、洋は朝早くから山
へと向かう事にしたのだ。
 もしかするとその言葉自体も罠の一つだったのかもしれない。いたずらに混乱させる為、
あるいは結愛を解放しない理由を作る為。
「何にしても、あの男を倒して結愛を取り返すだけだ」
 強く言葉を吐き出すと、洋はまっすぐに歩き出す。向かうはただ一つ、結愛の待つ場所
へと。山道を登り続ける。
「こう薄暗いと何となく気味が悪いな」
 洋は呟くと辺りを軽く見回す。暗闇の中の山道と言うのは、本当に何も見えず怖い位だ。
今はほんのり明るさを増しているとは言っても、それでも足元もおぼつかない。
「この冷たさのせいかもしれないけどな」
 元々、冬の朝の山道だ。寒いのは当たり前なのだが、それ以上に何か不思議な冷気を感
じていた。この山に入ったその瞬間から。
「敵の待つ罠の中に飛び込もうというのだから、当たり前かもしれないけどな」
 いわゆる武者震いという奴なのかもしれない。思えば、またぞくりと身体が震える。
 道行くのは洋とみゅうの一人と一匹。他には誰もいない。誰もこない。天守の一族は結
愛を見捨てたのだから。
 無謀過ぎる事は分っている。それでも洋には結愛をほっておく事は出来なかった。
 自分のミスだから取り返さなきゃいけない。確かにその気持ちもある。だけどそれ以上
に抱いている想い。胸の奥にある。だけど、その心の正体は洋には分らない。
 ただここで結愛を見捨てたりしたら、自分はもう胸を張って生きていく事は出来ない。
それだけは確信している。例え、行く先に待つものが死だけだったとしても。
 不思議と怖くはなかった。ただ何となく感じているものは、以前にもどこかで感じた記
憶。いつかどこかでこんな風に山を登った事があったような気がする。もっとも遠足等で
散々登った山だ。その時の記憶だろうが。
「小さい時は、この山もよく登ったっけな。けどこんな時期、こんな時間に登ったのは始
めてだな」
「みゅう!」
「ま、お前は始めてだよな。この山、夏場に登ると綺麗なんだぞ」
 軽口を叩きながら、しかし心はただ一つの場所に向かっていた。やがて誰もいないはず
の神社が見えてくる。
「ついた、か」
 ぽつりと声を漏らす。そこには誰もいない。ただ無人の神社が寂しい佇まいを見せてい
るだけで。
 山の麓に管理者が住んでいる為に、決して荒れてはいなかったが、人がいないそこはた
だ静かに、静かすぎる時間が流れている。
「日が昇る……という訳では無かったみたいだな」
 そう洋が呟いた瞬間だった。薄暗い空間が、すぅっと明るさを増していく。日が昇る瞬
間が近付いているのだ。思わず東の山へと視線を移した瞬間。
「ほう、来たのはお前一人か」
 響いた声に振り返る。
 そこにはあの僧服の男が立っていた。
「と、いう事は雪人は渡さぬ、という事か」
 男は何の感情も感じさせない声で呟いた。
「なぜそう言い切れる? 俺が持ってきたのかもしれないだろ」
「ふん。持ってきた等と言ってる時点で、お前が何も知らぬ事はわかる。くだらぬ虚勢は
張らぬ事だ」
 男はじゃらんと数珠を鳴らす。今日は数珠だけで無く錫杖――金属で出来た杖で頭部に
環がついており、そこにさらに小環が付いているもの――をも手をしている。
「少しでも天守の数を減らしておこうと思うたがな。どうやら捨て置いたか。いやはや、
仲間を簡単に見捨てるとは下らぬ奴らよ。
 まぁ、良い。どうせ初めからこの娘を捉えたくらいで雪人を手に入れられとは思ってお
らぬしな。まずは一人、守の民(もりのたみ)を確実に倒しておくとしようか」
 男が、じゃらんと音を立てて錫杖を振るう。その瞬間、水晶体の中に閉じこめられた結
愛の姿が見えた。
「そういえばお前はこの娘の智添であったな。安心しろ、この少女の砕ける様はたっぷり
と拝ませてやる」
「やめろ!!」
 男の台詞に、洋は強く叫んでいた。今にも駆けだそうとして身体が動く。しかし男が洋
へと意識を戻した為に動きを止めた。
 下手に動けば死を招く。そうなれば結愛を助けられるものは誰もいなくなってしまう。
「ふん。くだらぬ。お前に止められるというのか? 所詮は只人にすぎぬくせに」
 男はつまらなそうに呟く。
「仲間を囚えれば、少なくとも候補生などでない天守の一人や二人は現れるかと思えば、
来たのは只人の小僧一人。丹念に準備した甲斐がないというものだ」
 男が呟いて、視線を傍らに逸らした瞬間。
 洋は思わず殴りかかっていた。しかし男はそれも予想のうちだったのか、さっとその身
を翻して避ける。
「くだらぬ。くだらぬな、その程度の体術で私を傷つけられる訳もない。まぁ、お主の苦
しむ様を見て楽しむのも一興かもしれぬ、な」
 男の口元に歪んだ笑みが浮かぶ。
「臨・兵・闘・者・皆・陣・列・在・前(りん・びょう・とう・しゃ・かい・じん・れつ・
ざい・ぜん)」
 男が再び印を切り始める。そして、錫杖を振り上げ大きく叫んだ。
「魔現傀儡(まげんくぐつ)の術!」
 男の声と共にいくつもの影が生まれた。その影はみるみるうちに大きさを増していく。
「みゅう!」
 みゅうが大きく叫んだ。影はいくつもの小鬼へと姿を変えていく。
「召還術か!?」
「ほう。少しは術を知っておるか。だが只人のお主にはこやつらを倒す術はあるまい」
 男はにやりと笑みを浮かべ、錫杖を振るう。その瞬間、ただ虚ろにさまようだけだった
鬼が、一斉に洋へと向き直った。
「くるか!?」
 洋も構えをとる。
 そして一瞬の間を置いた後、堰が崩れるように小鬼達が洋へと飛びかかった!
 一番側にいる小鬼が洋へと爪を立てる。
 それを避けると、洋はその拳を振るった!
 ガン! 強い衝撃が走り、小鬼が吹き飛んでいく!
「キィィィ!?」
 今までにない甲高い小鬼の叫び。洋は今、確かに手応えを感じていた。
「な……に?」
 男の呟きをよそに、小鬼達は次々と洋へと飛びかかっていく。
 しかしそのことごとくを避けると、拳が蹴りが炸裂し、そして鬼達が倒れていく。
「ばかな。なぜ素手で鬼(キ)を倒せる!?」
「俺にはこんな小物じゃ通用しないぜ」
 洋は余裕で答えると、その拳を振るった!
 その度に一匹、また一匹と倒れていく。その振るう拳に、うっすらと白い光が漏れる。
「貴様、術を使っているな!?」
 男が驚きの声を上げる。
「さすがにばれたか。なら、もう隠す必要はないな。俺は守の民――天守の一族じゃない
から、八卦施術は使えない。ましてや俺には術を使う力が殆どない。だけどそんな俺にも
使える術はあったんだ」
 洋がぐっと拳を握りしめると、その手の平が、ぱぁっと眩い光に包まれる。
「現(うつつ)の術。魔力を現す初歩の初歩の術。ただそれだけの術。けど幸いにも俺は
魔法の力だけは沢山もっていた。簡単に尽きる事がない程に。ならこの拳に魔力を乗せて
殴れば」
 言いながら小鬼へと拳を振るう。ガン! と強い音が響いて、小鬼が崩れていく。
「俺だって、小鬼くらいなら倒せる」
 そう言い放った時。洋のそばにはいくつもの小鬼が倒れていた。残るはほんの数匹。洋
とて多少は傷を受けている。だけど洋一人の前に、小鬼はほぼ壊滅状態へと陥っていた。
「我が流儀でいう魔現流駆(まげんりゅうく)の術か。まさかそのような術で鬼を倒そう
とはな。恐れ入る」
 感心したような、あるいは呆れたような声で男は答えていた。
「だが、その程度で勝ち誇らぬほうが良いな。なるほど魔力を拳に乗せて振るえば、小鬼
程度なら何とか倒せたかもしれぬ。だがこいつはどうする?」
 男がじゃらんと錫杖を鳴らした。その瞬間、洋の足元が突然吹き飛ぶ! 土砂が大きく
まいあがり、洋自身も吹き飛ばされていた。
「みゅう!?」
 みゅうも洋の肩から落ちて、やや離れた場所へと跳ね飛ばされる。
「グォォォォオオォォ!」
 土の中から大きな叫びと共に現れたのは、あの時、洋が目を傷つけた大鬼だった。しか
もその目の傷はとうに癒えている。
「リターン・マッチという訳か」
 あのときはまるで敵いそうもないと思った大鬼。運良く切り抜けただけで。だけど今は。
洋はただ不敵に微笑んでいた。
「いいぜ。こいよ」
 挑発するように大鬼を手招きする。
「グォォォ!?」
 鬼はそれに応じるように走り出す!
 その丸太のように太い腕を振るった!
 洋は後ろへと飛んで、その腕を避ける。
「甘いぜ!」
 腕の通り過ぎた先に大きく回し蹴りを放つ。ぐらりと大鬼が身体を揺らした。
 洋はそのまま鬼の背の方へと身を捻り着地する。と、同時に洋は大鬼へと飛び込んで右
の正拳突きを繰り出した。
 大鬼の背中に洋の一撃が入る!
 しかし大鬼は多少、身体を揺らしただけでそのまま振り返っていた!
「くるか!?」
 洋の言葉が早いか、大鬼がその口を大きく開く。あの黒い粘液だ。位置が近い。このタ
イミングでは避けようなどない。
 しかし洋は避ける気などまるでなく、そのまま大鬼へと飛び込んでいく。カァっという
嫌な音が響き粘液が吐き出された!
「俺の魔力よっ。力の限り広がれ!」
 洋が叫ぶ。その瞬間、洋の拳の回りをうっすらと包んでいた光が、一気に洋全体へと包
み込んでいた。
 黒い粘液が降り注ぐ!
 しかし、その粘液は洋を包み込む光の前に全て遮られていく。
「甘くみたな。俺の魔力よ。この手の先に収束しろ!」
 洋の言葉に応え光が手の先に集まっていく。その光はまるで刃のように形取り、洋の手
の中へと収まる。
「くらえ。魔力の刃を!」
 大鬼へと大きく振りかぶって斬りかかる!
 ザン! 強い音が響き、そして大鬼の身体がまっぷたつに裂け斬っていた。
「みたか。俺の魔法、魔想刃(まそうじん)と魔皇鎧(まおうがい)を!」
 洋は勝ち誇るように叫ぶ。この数日で身に付けた魔法の名前を。
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