僕にも魔法が使えたら (14)
「俺達を行かせないつもりか!?」
「そういうことだな」
 僧侶は再び手にした数珠を鳴らす。
「結愛。ここは俺がなんとかする。だから久保さんを助けにいってやってくれ!」
「え、え、えっ。でもっ、でもっ、でかおにですっ。とても洋さん一人で何とか出来る相
手じゃないですっ」
「いいから、早くいけ。そして久保さんを助けたら、戻ってきてくれ!」
 洋は結愛を背にしたまま、渡り廊下へと急がせる。男からも意識を離しはしなかったが、
男が動く様子はない。
「ふぇ。わかりました、洋さんがそういうなら。でもでもでもすぐに戻ってきますから」
 結愛は洋に背を向けて走る。その様子をみてとったのか、大鬼が追いかけようとその体
躯をうごめかせた。
「お前の相手はこの俺だ!」
 洋は猛然とつっこんでいく。大鬼がなぎ払うようにその太い腕を振るう!
 しかし洋はその腕を飛ぶようにして避けると、大鬼の後頭部めがけて蹴りを放った。
 グワン! と強い衝撃が走る。大鬼は僅かにバランスを崩していたけども、それだけ。
全くダメージを受けたようには見えない。
 しかしそれでも式神を叩きつけた時のように金属質なイメージは受けなかった。ならば
急所を狙えば、洋でもダメージを与える事は出来るはずだ。
「もっとも鬼と人間の急所が同じかどうかはわからないけどな」
 自嘲ぎみに呟くと、大鬼へと再び対峙する。
 しかし無理をする必要はない。召還術で呼び出した鬼は多少、術への抵抗力があるよう
だが、佳絵の傍にいる小鬼は先程倒した鬼よりも格下だ。時間さえ稼げば、結愛は必ず戻っ
てくるはず。洋はそう確信する。
「グォォォッ!!」
 大鬼が再びその太い腕を振るった。ガシャンと音を立てて学校の窓ガラスが、ことごと
く割れていく。
 しかし大鬼の攻撃は当りはしない。大きな図体をしている分、やや攻撃も緩慢なところ
があった。洋にしてみれば、この程度の攻撃ならば避ける事はどうという事はない。
 だが洋が攻撃をしかける事は難しい。そもそも体躯が違えばリーチも違うし、普通に攻
撃してもダメージを与えられそうにはない。
 かといって実際に急所を狙うのは無謀だった。急所は急所ゆえに、そう簡単には攻撃さ
せてはもらえないものだ。
「ち、何食ってこんなに大きくなりやがったんだよっ」
 大鬼の攻撃をかわしざま、くるりと振り返って大鬼のすねへと蹴りを入れる!
 いわゆる弁慶の泣き所である。普通の相手ならば、これで立てなくなるところではあっ
たが大鬼は平然とした顔をして、その足を蹴り出した!
 後ろへ飛びすざってかわす。しかし大鬼の攻撃はそれでは止まらない。
 大鬼が、すぅ、と口を開いた。
 その瞬間、強く嫌な予感が頭によぎり、そのまま大鬼へ向かって飛び込んでいた。大鬼
の股の間を転がるようにくぐり抜ける。
 それと同時に大鬼の口から黒い液体が飛び散っていた。さっきまで洋がいた位置で、ジュ
ウ、という嫌な音が響く。大鬼が吐き出した液体がリノニウムの廊下を焦がしている。
「図体がでかいだけじゃないってか」
 背筋に冷たいものが走った。あんなものがもしも直撃したら洋など溶け去ってしまうか、
良くても大火傷は避けられない。
 今回は運良く避ける事が出来たが、広範囲に吐き出す液体を避け続ける事は不可能に近
い。しかも一度でも避け損なったなら、それで終わりだ。

「ち、えらく部の悪い賭だな」
 唇をぎゅっと噛みしめると、大鬼へ向かって立ち上がる。大鬼が口元に笑みを浮かべた
ような気がした。
 洋は先程、鬼が砕いた窓ガラスの破片を拾う。こうなれば危険でも攻撃するしかない。
 しかししゃがみ込んだ洋を、大鬼は見過ごしはしなかった。再びその腕が振るわれる。
 だがそれを見透かしていたように洋は転がるようにして後へと避けて距離をとる。そし
て勢いを利用して立ち上がった。
 その時、大鬼の口が開く。
「くるかっ」
 洋の叫びと同時に、大鬼の口から黒い液体が再び吐き出される。しかし予想していた攻
撃だ。後ろへと飛んで避ける。足元に液体が飛び散り、ジュウ、と再び廊下が焦げた。
 そこで間髪入れずに大鬼へと飛び込んでいた。さすがの大鬼もそれは予想していないよ
うだった。一瞬、対応が遅れる!
 刹那。手にしていたガラスの破片が、大鬼の目を掻ききっていた。
「グオォォォ!?」
 大荷が苦悶の声を上げる。同時にめちゃくちゃにその腕を振るった。
 なんとか避けようとして身を翻すが、しかし間に合わない。その腕が洋を捕らえた!
 かすっただけなのに鈍い音が響き、洋の身体が壁に打ち付けられる。
「ぐぅっ」
 今度は洋が苦悶の声を上げる番だった。
 身体中が痛んだが、幸い骨や内臓まではいってないようだ。なんとか身体を起こし、再
び鬼へと向かい合う。
 鬼は目から青い血を流しながら、でたらめにその腕を振るい続けていた。
「……無理に俺が倒す必要はない……か」
 大鬼は何も見えていないようだし追撃してくる可能性は低いだろう。それよりも佳絵の
元に向かった結愛と合流した方がいい。
 僅かに唇を噛みしめる。ここまで相手にダメージを与えながらもとどめを刺す事は出来
ない事に。素手ではやはり限界があるのだ。
「……俺にも魔法が使えたら」
 小さく呟くと未だ腕を振るい続ける大鬼へと背を向けて走り出す。身体中が痛んだが、
立ち止まりたくはなかった。
 この時、洋は気が付いていなかった。僧服の男が、どこにも見えなくなっていた事に。

 旧校舎に辿り着くと傍の階段を登る。屋上へ向かうにはここを登るしかない。結愛は必
ずここにいるはずだ。扉を開け屋上へ出る。
「結愛っ、久保さん!?」
 その瞬間、強く叫んでいた。一匹しかいなかったはずの小鬼。しかし今、二人は大量の
鬼に囲まれていたから。
「洋さんっ洋さんっ洋さんっ」
 結愛が洋の名を叫ぶ。だけど。
「ほう、思ったよりも早かったな。いや、大鬼にやられずにここまできただけでも褒める
べきか。だが残念ながら一足遅かったな」
 あの僧服の男は、いつの間にかここに来ていたのだ。洋が気付かないうちに。
 動いたような気配はなかった。いくら大鬼と対峙していたとはいえ、渡り廊下を渡った
なら気配くらいは感じ取れるはずなのに。
「貴様、いつの間に」
 洋が叫ぶ。しかしもう時間は過ぎ去っていたのだ。
「いくら天守と言えども、智添がいない状態では、この数の小鬼を相手にするだけで手一
杯だろう。そこにこの私の呪文が加われば」
 男は大きく手を掲げ、数珠を振るう。
「臨・兵・闘・者・皆・陣・列・在・前(りん・びょう・とう・しゃ・かい・じん・れつ・
ざい・ぜん)」
 そして奇妙な呪文と共に、不思議な印を幾つも切っていく。
 その間も洋は結愛の元へと急ぐ。小鬼をなぎ払いながら進もうとするが、しかしあまり
の数に近付く事すらままならない。
「魔封水固(まふうすいこ)の術!」
 男の叫びと共に結愛の回りに水の固まりが現れていた。そして水が結愛を包んでいく。
「ふぇっ。こ、これなんですか!?」
 結愛は慌てて振り払おうとするが、しかし水の固まりは逆に結愛の手足を捉え、絡み取っ
ていた。
「結愛!?」
「ゆ、結愛さんっ」
 洋と佳絵が叫ぶ。しかしその声もむなしく、結愛は完全に水の中に閉じこめられていた。
「くそっ。こいつ」
 小鬼を振り払い、結愛へと駆けつけようとする。しかしその度に新しい小鬼が洋へと飛
び込んだ。
 式神で呼び出した小鬼よりも力も弱いし、身体も強固ではない。振り払う程度の事は何
という事はなかったが、数が半端ではない。洋は一歩たりとも前へ進む事が出来ない。
 その瞬間。結愛を覆っていた水が、キィンと音を立てて固まっていた。まるで水晶の中
に閉じこめられたかのように。
「結愛!? 貴様、何をした!?」
「魔封水固の術。魔を捉える術よ。安心しろ、この中にいる限り死ぬ事はない。七十二時
間以内ならな」
 淡々と告げる僧服の男。数珠が、じゃらんと音を立てた。
「結愛を捉えてどうするつもりだ!?」
「しれた事。取引よ。この娘の命と引き替えに、雪人を差し出せ。三日後の太陽が東の山
に沈む時、酉の山奥の神社にて待つ。それまでにこなければ、わかるな?」
 僧服の男は、口元に笑みを浮かべる。歪んだ強い笑みを。
「待てっ、雪人って何の事だ!?」
「それは後の天守がよく知っておろうよ」
 呟くと数珠を天高く捧げる。
「地動天震(ちどうてんしん)の術!」
 男が叫ぶと男と結愛の姿がふっと消えた。その瞬間、大量の雷が辺りへと降り注ぐ!
「なんだ!?」
 洋は思わず身をすくめるが、雷は小鬼だけを目がけて打ち付けられていた。
「八卦施術。大成の儀。雷風恒(らいふうこう)よ」
 掛けられた声に、後ろへと振り返る。
 そこには、こたつで蜜柑を食べていたあの二人組が立っていた。
「逃げられた、か。私達の気配にまで気付いているとは、かなりの手練れね。あの男」
 綾音はそう告げながら溜息をつく。
「厄介な事になったわね。よりによって雪人を狙っているなんて」
 綾音は腕を組みながら、僅かに眉を寄せる。
「雪人ってなんなんだ?! それより、結愛は、結愛はどうなったんだ!?」
「し、新堂くん……」
 綾音に食ってかかる洋に、佳絵がか細く声を上げた。よほど恐ろしかったのだろう、力
無くぺたんと地面へと座り込んでいる。
「久保さん!? 大丈夫か?」
「う、うん。でも、怖かった」
 ぼぅっと魂が抜けたような顔で、佳絵は淡々と答えた。あまりの恐怖に逆に涙も出ない
ようだ。
「貴方には呆れました」
 ふと冴人が呟く。
「天守は智添がいなくては、正しい力を発する事が出来ない。教えておいたはずです。そ
れなのに敵を前にして二人分かれるとは」
 いつもの冷静な淡々とした物言いとは違う。どこか感情の込められた声。
「結愛さんが敵に捕らわれたのは貴方のせいです。貴方の判断が全てこの結果につながっ
たのです」
 冴人の言葉に、しかし洋は返す言葉もなかった。洋が、智添がいてこそ結愛は強大な魔
力を使う事が出来る。知っていたはずなのに、ひとり結愛を向かわせたのは洋の判断だ。
「彼を攻めても仕方ないわ。彼は只人だもの。そこまでの判断をしろという方が酷よ」
 綾音の庇う言葉が、しかし洋には余計に辛い。今、ここには結愛はいないのだから。
「……」
 冴人は何も答えず、くるりと背を向ける。
「私は貴方を許しません。絶対に」
 まっすぐに怒りを向けて告げると、呪文を唱え。そして冴人は姿を消した。
「鷺鳴様に報告に行ったのね。でも、多分結果は見えているでしょうね」
「どういう事だ?」
 洋は思わず聞き返していた。結果が見えているという言葉の意味がわからずに。
「雪人を差し出すくらいなら、結愛は見捨てられるでしょうね。確実に」
「なんだって?!」
 洋はただ声を荒げていた。
「どうしてだ!? 結愛を助ける為に、その雪人とかいう奴が犠牲になるというのは確か
に筋違いかもしれない。けど、見捨てられるっていうのはどういう事だよ! そんなにそ
いつは大事なのかよ!?」
 綾音に食ってかかるが、しかし綾音はその反応は予想していたのか全く動じはしない。
「誤解しているみたいだから言っておくけど、雪人は人じゃないわ」
「え?」
 思わぬ言葉に洋は呟いていた。抱いていた憤りを僅かに忘れながら。あるいは綾音はそ
れを狙って告げたのかもしれない。
「そうね。本当はこんな話は部外者にするものじゃないけど、貴方は結愛の智添ですもの
ね。後でゆっくり教えてあげる。でも、今はまずこの場から離れた方がいいわね」
 そう言って指差した先では、炎が轟音を立てながら燃えさかっている。忘れかけていた
が、この校舎は今火事のまっただ中なのだ。
「……分かった」
 苦々しく呟く。強く感じていた憤り。それは、何も出来なかった自分自身に対する想い
だったから。誰に向ける訳にもいかない。
 綾音の言うとおり、洋に何が出来た訳ではない。むしろ一般人としては上手く立ち振る
舞ってきたのかもしれない。
 それでも事実は変わらない。結愛を窮地に追いつめたのは、冴人の言う通り洋の判断ミ
スだと言う事は。ならせめて今できる事をするしかない。
「じゃあ、また後で会いましょう」
 綾音は軽くウィンクして、そして呪文を唱えていた。その瞬間、風が旋毛を巻いて彼女
を包み込んで、その姿を消す。
「久保さん、いこう」
 その顔にはただ悔恨の色が滲みでるだけ。
 何も言えず、何も出来ず。佳絵はこくりと頷くと、「ごめんなさい」と呟いていた。掠
れた、聞こえるか聞こえないかの声で。
「久保さんのせいじゃない」
「で、でも。私が、こんなところにいたから」
 佳絵は俯いて声を無くしてしまう。
「とにかく今はここから脱出しよう。みたところ渡り廊下には火はいっていないようだ。
新校舎へ戻ろう」
 洋は心の中の痛みを抑えながら、目の前を凝視する。屋上から見る限りはまだ火はそこ
までは来ていない。佳絵もこくりと頷き、そして階段を駈け降り四階の廊下へと降りた。
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