僕にも魔法が使えたら (13)
 次の日。いつも通りの日々。
 授業はつまらない退屈なものではあったが、昨日の話の後だと何故か掛け替えのないも
ののような気もする。
 しかし実際には何も変わらずに、ただゆっくりと時間は過ぎていく。
 キーンコーン。終業を知らせるベルがなった。委員長の合図で礼をして授業が終わる。
「じゃあ、洋っ。今日も金のカレーパンを争奪に向かうぞっ」
 裕樹は腕まくりまでして、気合十分だった。すでに身体は購買へと向かっている。
「お前、昨日も食べただろ?」
「あれは毎日食べても飽きない味なんだ。無理なら銀のカツサンド。せめて銅のソーセー
ジ揚げパンっ。手にいれるぞっ」
 生徒達による総菜パンランキングによると、このような順位になっているらしい。
「あ、お前は昨日の結愛ちゃんの手作り弁当がくるのか。また。くそ、何が『愛を結ぶと
書いて結愛ですー』だ。くぅぅ、可愛いだろ。それなのに洋と結ばせてたまるかっ」
 むちゃくちゃな事を口走りながらも、身体はしっかりと購買へと走っていた。洋達の2
−Aは渡り廊下に近く、旧校舎にある購買へ向かうには有利な位置にある。
 しかしそれでも手に入れられるかどうかわからないのが金銀銅の食材達なのだ。
「まぁ、佳絵ちゃんには敵わないから許す」
 裕樹はやっぱり佳絵ちゃんらしい。ふと洋は笑い、なんだかんだいいながらも二人はパ
ンを仕入れて、教室へ戻ってきたのだった。
「くそう。金銀銅、どれも手にいれる事が敵わず。ああ、俺はやきそばパンで我慢するし
かないのか」
 この世の終わりのような声で、裕樹は嘆いていた。目の前にはやきそばパンと玉子サン
ド、パックの牛乳が一つずつ。
「食うか? カツサンド」
 洋はしっかり人気食材をゲットしていた。もっともたまたまに過ぎないのだが。
「うう、敵に恵まれようとは。購買マスターの称号を持つこの俺が!」
 購買でことごとく欲しい食材を手にいれていく者達の事を、みな尊敬の意を込めて購買
マスターと呼ぶ。このクラスで購買マスターの称号を受けているのは裕樹ただ一人だ。
「じゃ、俺一人で食う」
「ください」
 へっへっと飼い犬のようにへつらいながら、両手を差し出す。どうやら購買マスターに
はプライドは必要ないらしい。
 洋がカツサンドの片割れを渡し、代わりに玉子サンドを受け取ろうとしたその瞬間。
「洋さんっ、洋さんっ、洋さんっ」
 大きな声を上げて、結愛が扉を開け入ってきていた。
「結愛!? お前、くんなっていっただろっ」
 思わず叫び声を上げた瞬間。洋の手におかれるはずの玉子サンドがなくなっている。
「おわっ!? 裕樹、お前っ」
 洋が裕樹へと抗議の声を上げるが、しかし裕樹は何食わぬ顔で告げる。
「お前には結愛ちゃんのお弁当があるからいいだろ。くぅっ、絶対殺す死ぬほど殺す」
 二度目の出没となるとクラスの皆も慣れたもので、「あ、結愛ちゃん、いらっしゃい」
とか「ち、新堂の奴いいなぁ」とか各々好き勝手な事を囁いている。
「はぁ」
 洋は大きく溜息をついて、仕方なく結愛へと振り返る。
「で、お弁当か」
 洋が疲れた声で告げた、まさにその瞬間だった。
 ゴォン!! 不意に爆音が響く。同時に「ウウウウ!!」と警報が鳴り響いた。
「な、なんだ!?」
 一同が慌てふためく。
『皆様にお知らせします。ただいま旧校舎一階理科室より火災が発生致しました。東側通
路より速やかに避難を行ってください』
 耳慣れない放送が、確かに流されていた。
「洋さん洋さん洋さん。お弁当じゃなくて鬼(キ)の気配です。たぶんそれも一匹じゃな
いです」
 結愛が側によってきたかと思うと、珍しく小声でしかし緊迫感のある声で囁く。
「どういう事だ!? この火事と何か関係があるのか?」
 洋は慌てて訊ねる。しかし思ったよりも落ち着いていたのは、今までいろいろな事が目
の前で起きてきたからだろうか。
 見回すと他の生徒達はかなりパニック気味になっていた。なぜか二つある出口の片方に
集中して、うまく廊下に出られないでいた。
「ばかっ。みんな落ち着け。後ろのドアもあるだろうが! それに火事は旧校舎。俺達が
いる新校舎まで急に火が回る事はない」
「そ、そうか。そうだよな」
 洋の声に、はっと気が付いたように皆が落ち着きを取り戻す。
「落ち着いて東階段から避難しろ! 他の教室はまだパニックになってる奴もいるはずだ。
気をつけて声をかけあって逃げろ!」
 洋は一同に声をかけると、再び結愛へと視線を戻した。結愛がこくりと頷く。
「関係があるかはわからないです。でも鬼の気配は爆音のした方からしますから、たぶん
関係があると思うです」
「そうか。なら、行こう!」
「はいっ」
 洋の台詞に結愛は大きく頷く。
 皆が東側階段へと向かうのをみてとると、誰もいなくなった廊下の西側、旧校舎へ続く
渡り廊下へと急いだ。
 その、瞬間だった。
「キキィ!!」
 不意に甲高い声と共に、それは襲い来る!
 すんでのところで身を翻すと、一匹の小鬼が確かにそこで身構えていた。しかし今まで
襲いきた鬼よりも、角の数が多くまた体つきも僅かに大きいような気がする。
「洋さん、この子はみにおにです。二点です。ぷちおによりはちょっと手強いですけど、
これくらいなら楽勝ですっ。いきますっ」
 結愛は目の前でさっと手をかざす。
「けんだり、しんそん、かんごんこん」
 不思議な呪文と共に、合わせた指先を変えていく。
「よーしっ、きました! 八卦より選ばれしもの。我は汝を使役せす。いけー! 離(り)
!」
 結愛の叫びと共に、猛火が現れたか思うと猛スピードで小鬼を包み込む。
「いえーーい。二点ゲットです!」
 結愛の台詞と共に残ったのは、いつものような燃え尽きようとする人型の紙――では無
かった。業火の中で蠢く鬼そのもの。
「結愛。まだだ!」
「ふぇ!?」
 洋の台詞に、結愛は慌てて構えをとる。しかしまだ燃え尽きていない鬼は、結愛へと向
かって飛びかかった!
 刹那。洋は結愛の手を思いっきり引く!
 結愛の身体がバランスを崩して倒れ、いまいた場所を鬼が通り過ぎていく。
「こいつ、式神とかいう奴じゃないのか!? 燃え尽きないぞ!?」
「ふぇっ。これ、召還術です。私、外では始めてみました。びっくりです。びっくりです。
油断しました。ごめんなさい」
 ぺこりと頭を下げて、結愛は再び鬼へと向き直る。
「召還術?」
「はい。式神が紙などの媒介に鬼の魂を宿らせるの対して、実際に鬼を呼び寄せる術です。
契約とかはいらないので、いくらでも呼び寄せられるんですけど……呼び出した後に制御
するのが非常に難しいので、あんまり使われないんです」
 結愛は早口で説明しながらも、鬼から目を離さない。
 鬼は猛火に包まれながらも、しかしさしたるダメージを受けているようには思えない。
いやそれどころか火は徐々に勢いを無くし、やがて灰色の肌をした鬼だけがその場に残っ
ていた。微かに不敵な笑みを浮かべながら。
「ならどうしたらいい!?」
「えっと、えっと。術が効くまでかけ続けるか、沢山打撃を与えるか……」
「そうか。わかった」
 洋はさっと結愛の目の前に立ちふさがる。
「ふぇ。洋さん、洋さんっ、危ないです。ここは私に任せてくださいっ」
 慌てて結愛が叫ぶが、洋はしかしそこから動かない。
「いいか? 俺があいつを引きつける。その間に確実に倒せる術を使うんだ。いいな?」
「だ、だめです。だめですっ。危ないですっ」
「いいからっ。……くるぞ!」
 洋が叫ぶと同時に、鬼は洋目がけて飛びかかってくる。
 鬼の牙が届く直前で身を翻すと、避け際に拳を繰り出した。腕に強い衝撃が走る。
 しかし式神を相手にした時よりも、確かにそれはここにいると信じられる痛みだった。
「キィ!?」
 効いてる。洋は確信して、再び身構えた。かつて習っていた空手が、まがりなりとも役
に立っているようだ。
 こうみえても洋は黒帯の持ち主である。鬼に通用するかはともかくとしても、少々の相
手になら負ける事はない。
「こいよ。俺は術も使えない一般人だぞ」
 呟くと同時に、冴人の顔が思い浮かんだ。
 ギリと歯を軋ませて、そして鬼へとこちらから向き直り、そして洋へと飛びかかる!
「甘い!」
 直線的な鬼の攻撃を避けると、同時に右回し蹴りを繰り出す。ガン! と再び強い衝撃
が走って、鬼は勢いよく吹き飛んでいた。
「結愛! まだか!?」
 洋の叫びと共に、結愛が大きく頷く。
「はいっ。いきますっ。大成を使いますっ」
 手を再び合わせ、奇妙な印をきっていく。
「けんだりしんそんかんごんこん。
 てんたくからいふうすいさんち。
 八卦より選ばれしもの。互いを合わせ、更なる威を駆れっ。いきますっ。離爲火(りい
か)!」
 結愛の叫びと共に洋は大きく後へと飛び退いた。その瞬間、先程までのものとは違う、
激しく燃えさかる烈火が鬼を包み込む!
「キィ!!」
 先程の炎にも耐えた鬼も、しかしこの炎には強く苦しそうな痛みを発している。
「私は、みにおになんかにやられないから」 結愛の台詞が終わる頃には、鬼の姿が完全
に消え去っていた。
「いえーいっ。こんどこそっ、二点ゲットですっ。あれ? でも、これ普通のみにおにじゃ
ないから点数違った方がいいのかな? うーんうーん。どう思います、洋さん。私として
は召還術の場合、倍の四点が正しいかなぁって。でも、みにおにはやっぱりみにおにだし。
うーん、迷いところですよね」
「そんなとこで、迷わんでいいっ」
 結愛の間の抜けた台詞に、思わず洋はつっこみを入れてしまう。
「ふぇ。大切なのに。点数。うーん。あ、でも、疲れましたー。大成なんか使ったの、試
験の時以来ですー。でもでもっ、今日は洋さんいてくれたから、あの時みたいにふらふら
にならないで使えましたっ。やっぱり洋さん、すごいですっ」
 結愛はぴょんぴょんと飛び跳ねながら喜んでいる。ついさっきまで生きるか死ぬかの戦
いをしていたとは思えない緊迫感の無さだ。
「あのなぁ、結愛」
 呆れるやらなにやらで、洋が溜息をついた瞬間だった。
「ほう。あの鬼(キ)を倒す事が出来るとは。さすがは天守というべきか」
 そう声を掛けてきたのは、一人の黒髪の男。不思議な、まるで僧侶のような服装をした。
「お前がさっきの鬼を呼び出したのか!?」
 洋は男へと向き直る。何者かはわからないが、傍にいるだけで背中に冷たいものが走る。
「そういきりたつものじゃない」
 男は淡々とした声で告げる。その声には感情の欠片も感じられない。
「あんた、誰だ?!」
 洋は男へと視線を返す。そしてさっと結愛を背へと隠した。
「私の事などどうでもいい。それよりあれをみたまえ」
 男が移した視線の先に見えたのは炎に包まれていく旧校舎。そしてその屋上にたたずむ
一人の少女。
「久保さん!?」
「ほう。知り合いかね? それなら余計に彼女が置かれている状況を見てみたまえ」
「なに?!」
 男の台詞に洋は警戒をしながらも、佳絵へと目をこらした。
 屋上のフェンスによりかかるようにして後ずさった佳絵。その奥に見えたのは。
「鬼!?」
「正確にいえば、小鬼だな。大した鬼ではない……が、だがあの少女程度ならひとたまり
もあるまい」
 男は淡々と告げると、手にした数珠をじゃらりと鳴らした。
「くそ。結愛、いくぞ。こんな奴に構ってる場合じゃない!」
「は、はいっ」
 洋の叫びに結愛が大きく返事する。
「だがそう上手くもいくまい。なぜなら」
 男の台詞が終える前に。
「グゥワァ!!」
 洋達の背後から、大きな声が響いた。思わず振り返る。そこにあるのは巨大な身の丈の、
今までとは全く違う姿の。鬼。
「大鬼(ダイキ)が、ここにいる」
 男は眉一つ動かさずに言い放つと、大鬼をじっと見つめていた。
Back Next
良かったら読んだ感想を下さい!
タイトル
お名前 (必須)
メール

★このお話は面白かったですか?
すごく面白かった  面白かった  まぁまぁ面白かった  普通
いまいち  つまんない  読む価値なし

★一番好きな登場人物を教えて下さい
洋  結愛  綾音  冴人  みゅう
裕樹  佳絵  謎の男

★もしいたら嫌いな登場人物を教えて下さい(いくらでも)
洋  結愛  綾音  冴人  みゅう
裕樹  佳絵  謎の男

★好きな台詞があれば


★印象に残ったシーンがあれば


★その他、感想をご自由にどうぞ!