僕にも魔法が使えたら (12)
 放課後。ホームルームも終え、すでに殆どが帰宅の途についていた。洋も鞄を手にとっ
て、教室を後にする。
「よ、新堂。彼女に宜しくなー」
「……彼女じゃねー」
「照れるな照れるな」
 同級生達と、そんな会話を繰り返しながら靴箱へと向かう。今日一日でどっと疲れた気
がするのは気のせいではないだろう。
 靴箱から靴を取り出して、上履きをしまう。声がかけられたのはその瞬間だった。
「し、新堂くん」
「ん? ああ、久保さんか」
「う、うん。私」
 顔を上げると、そこには佳絵が真っ赤に顔を染めながら立っていた。
 今更ながら彼女の赤面性はすごいな、と洋は思う。そしてそれでも勇気を出して人と話
せる彼女自身もすごい、と洋は内心思う。
 それはあの事件で変わるきっかけを与えたからなのだが、洋はそれ以前の佳絵を知らな
かったから、今ひとつ実感は無い。
「い、いま帰り?」
「ああ、今から帰るところだ」
 洋はぶっきらぼうに答えると、靴を履いて立ち上がる。
「久保さんも今帰り? じゃ、途中まで一緒かな」
「う、うん。そうだね」
 洋の何気ない台詞に、こくこくと頷いて佳絵は洋の隣に立った。彼女はすでに靴も履き
替えており、すぐにでも外に出られる。
「じゃ、いこうか」
 洋の台詞に佳絵はこくりと頭を下げて、小走りで洋を追いかけていた。
 しばらくは無言のまま二人歩く。しかしそれもつかの間の事、校門へと向かう途中、ふ
と佳絵が切り出していた。
「し、新堂くん、き、きいてもいいかな?」
「ん?」
「昼間の、えっと、あの女の子の事」
 佳絵はもう一度、顔を真っ赤に染めて、洋からは僅かに顔を逸らして訊ねる。
「ああ、結愛か。なんて説明したもんかな」
 こめかみをぽりぽりと書きながら、洋はどう答えたものか思案を巡らせる。
「か、彼女じゃないって言ってたから、し、親戚とか?」
「いや、そういう訳じゃあないんだけどな。俺は結愛の何なんだろうな」
 洋は僅かに首をひねりながら、思わず口に出していた。ふと傍にいる佳絵の事も忘れ、
物思いにふける。
「洋さんは私のパートナーですよ」
「パートナーってもなぁ。何なのか、良くわからないし」
「パートナーは相方とか相棒って意味です」
「いや、だからそれはわかってる……って、おいっ。またいつの間に!?」
 洋は大きく叫ぶと、声の主、結愛へと振り返る。いつの間にか隣を歩いていたらしい。
「校門のところからです。ずっと待っていたんですよ」
 結愛はにこりと微笑むと、それから洋を挟んで向こう側にいる佳絵へと視線を向けた。
「あ、さっき屋上にいた人ですね。私、結愛です。愛を結ぶと書いてゆあです。わ、いい
名前ですね。びっくりです」
「え、あ……」
 一気に喋り尽くす結愛に、思わず佳絵は言葉を無くしてしまう。結愛のような矢継ぎ早
に話すタイプが佳絵にとってもっとも話し辛い。話すタイミングを失ってしまうからだ。
「えっと、えっと。うん、そうです。貴方のお名前、なんですかー?」
「……え。あ、その。久保……佳絵」
 何とか声を返すと、結愛は「むぅ」とうなり声を上げる。
「かえ、かえ、佳絵さん! 佳絵さん、宜しく宜しくお願いしますっ」
「あ、うん。よ、よろしく」
 しどろもどろになりつつも、なんとか声を返す。もうすっかり顔が赤く染まっている。
「佳絵さんは、洋さんのくらすめいとですか? ですね。最初、私が入ってきた時に、教
室にいましたもんね。と、いう事はいつも洋さんと一緒に勉強しているんですよね。いい
なー、いいですー、いいなー」
「え、えと」
 結愛の話すスピードについていけずに、佳絵はその目をくるくると回していた。
「おい、結愛。もう少しゆっくり喋ってやれ。久保さん、ついてけないだろ」
 洋の言葉に、結愛が「あ」と目を大きく見開いた。
「そうですよね。私、喋りすぎなんですよね。よく言われるんです。ごめんなさい」
「あ、いえ。そんな」
 しゅんと小さくなった結愛に、佳絵が慌てて声をかける。
 結愛はその後も何か言おうとしているようなのだが、しかしどうもゆっくり話すと言う
事が出来ないらしく、口の中でもごもごと呟いていた。
「あ、えっと。わ、私、大丈夫ですから。えと、えと」
 その様子を見て取ったらしく、佳絵も何かを必死で告げようとしているのだが、うまく
言葉にならないらしい。
「はは」
 二人の様子に洋は思わず笑みをこぼしてしまう。なぜかそれにつられて、結愛と佳絵の
二人も不意に微笑んでいた。
「あ。わ、私こっちですから」
 しばらく歩いた後、分かれ道で佳絵が囁くように告げた。

「そうか。じゃあ、また明日な」
「あ、は、はい。また明日」
 洋の言葉に佳絵がぺこりと頭を下げる。
「また明日ですーっ」
「お前はまた明日じゃないだろ」
「ふぇー」
 そんな会話を交わした後、洋は結愛と二人、帰り道を歩く。
「かえ、かえ、佳絵さん。あんまりおしゃべりできませんでした。残念です。洋さんのお
友達と、もっと仲良くなりたかったのに。残念です残念です」
 むぅ、と唸りながら、腕を組んでいる。どうやらかなり心残りだったらしい。どことな
く喋りがゆっくりな気がするのは、佳絵と話していた時の影響だろうか。
 そうこうしているうちに家に辿り着いて、洋は部屋へと戻る。簡単に着替えを済ませ居
間へと向かうと、結愛がこたつに入ってにこやかに微笑んでいた。
「あ、洋さん。改めて、おかえりなさいです。でも学校って、いろんな人がいるんですね
ー。私、始めていきましたー」
 結愛は楽しそうにきゃいきゃいと笑う。
「佳絵さんとも会えたし。あ、でも佳絵さんさすが洋さんのくらすめいとです。びっくり
しました」
 よくわからない事を呟いていた。これだけにぎやかな結愛の事だ。もしかすると大人し
い子が珍しいのだろうか。
「学校ってないのか? 天守には」
 洋は何気なく訊いてみる。未だ天守の事は良くわかっていない。こうしてみている限り
は、ちょっと変わり者だけども他と変わって見えないのだが、しかし彼女は普通の少女で
はないのだ。
「ふぇ。そうですねー。ないですよ。んと、でも勉強はあるです。私、でも成績は落ちこ
ぼれだったから、こうして最終課題を受ける事になったのが不思議なくらいです」
 結愛はやや感慨深そうに、うんうんと頷いていた。
 その最終課題と言うのが、先日言っていた「地力の乱れを正す」という奴なのだろう。
話の展開からすれば、恐らく実地試験に近いものに違いない。
「なぁ、結愛。天守って何なんだ? 何をするものなんだ」
「天守ですか? うーんと、簡単に言えば正義の味方です!」
 結愛は自信満々に胸を張って答える。
「その正義の味方は、どんな事をするんだ? 悪人を退治するのか?」
 洋は半ば投げやりになって溜息を吐く。まともな答えが返ってくるのは期待してはいな
かったが、こうも的はずれだとやはり疲れる。
「うんと。そうですね。私達、天守は只人には使えない術が使えます。でも天守でなくて
も術を使える人達っていうのはいるんです」
 結愛はゆっくりと、少しずつ語り始めていた。思っていたよりもずっとまともな答えに、
洋はやや姿勢を正す。
「でもその中には悪い人もいます。鬼を呼び出して誰かを殺めるのに使ったりとか」
「なるほど。そういうのを取り締まるのが天守だと? なら、魔法の世界の警察みたいな
ものか?」
 結愛の言葉に洋はふと言葉を返す。なんとなく天守の役目が分かったような気がする。
 しかしてっきりと頷くと思っていた結愛は、静かに首を振っていた。
「ちょっと違います。それだけなら私達天守は手を出しません。人の世界の事ですから」
 どこか悲しそうな、あるいは寂しそうな瞳で、ただゆっくりと答える。
 こんな風な顔をした結愛を洋見た事がなかった。思わず抱きしめてあげたくなるような、
そんな眼差しをした。
「私達、天守は隠れ里に住んでいます。地図にはない、誰も知らない場所。そこで天を守っ
て生きているんです」
 結愛は空を見つめる。空とは言っても、ここは室内だからもちろん天井しか見えはしな
いのだが、しかしそれでも結愛は空を見ている。洋にはそんな気がしていた。
「見えないけど、天には沢山の者達が住んでいます。たぶんそれは人が神と呼ぶもの。
 洋さん、ぷちおに。見ましたよね。あれは国ツ神(くにつかみ)の一種。地の底の住む
者です。
 同じように天にも住んでいる者がいます。天ツ神(あまつかみ)。例えば天使、あるい
は精霊、神と呼ぶれる者たち。彼等は、時に中ツ国(なかつくに)――私達が住むこの世
界に現れます。
 彼等の力は、まさに神と呼ぶに足るものです。でも彼等は決して人にとって善なるもの
ではない。現れるのは、中ツ国を得んとするため。すなわち人を滅ぼす為です。
 私達、天守は天からこの中ツ国を守る為にいるんです」
 いつよりも真摯な眼差しで。結愛は一気に言い放った。
 洋の背中に、なぜか冷たいものが走った。もしもこれが本当だとするならば、結愛達は
人知れずこの世界を守っているという事なのだろうか。永遠に闘い続ける運命を背負い。
 そして洋は天守である結愛を助ける為に選ばれたというのだろうか。自分にそんな事が
出来るだろうか。ふと思う。
 重い役目だ。一介の高校生には、重すぎる役目。「貴方には智添をこなすのは無理です」
そう言った冴人の言葉が、頭をよぎる。
 自分には無理かもしれない。ふと不安に囚われて口を開こうとする。その瞬間。
「……と、言っても実際には天から何かやってくるなんて事、千年に一度とか、そーいう
話なんですけどね。
 基本的にはその兆候が無いか調べたり、何か原因があるなら取り除いたり。あるいは天
ツ神の力を手にいれよーとする悪人を退治するのが天守の役割ですっ」
 結愛は急に雰囲気を戻して、明るく告げていた。
「つまりは正義の味方ですっ。ぶぃ!」
 結愛はきゃいきゃいと笑いながら、ピースサインをしてみせる。
 その様子に、なんだか洋は可笑しくなって、ぽんと結愛の頭に手を載せた。
 えへへ、と結愛は軽く笑っていた。
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