僕にも魔法が使えたら (11)
「おい、新堂。聞いてるのかよ」
 裕樹はやや声を荒げながら訊ねる。
「ああ、聞いてる」
 しかし洋は、ただぶっきらぼうに答えただけだった。
「ち、相変わらず愛想の無い奴。もうちょっとこの俺を見習って、愛想良く出来ないかな
ぁ。な、おい?」
 裕樹の声に、しかし洋は何も答えない。
「ち、つまんない奴」
 ぶつくさといいながら、それでも裕樹は離れようとはしない。もっとも裕樹の席は洋の
真ん前だ。振り向けば、いつでも洋の姿があるのだが。
「あ、そうそう。五時間目は何だっけ? 現国だっけか?」
 裕樹はそれでも洋に話しかけ続ける。まだクラス変えがあったばかりで、他に友人がい
ない事もあったが、諦めが悪い性格でもあったからだ。
「英語だ」
 洋はぽつりと答える。
「お、そうか。さんきゅ。おっと昼休みも後、二十分かぁ。俺もそろそろ飯食うか」
 裕樹は机の中からパンを取りだして、袋を開ける。
「今日は金のカレーパンは手にいれそこなったけど、これも数少ない銅のソーセージ揚げ
パンさっ。美味いぞー。お、どうだ? 新堂も食うか? 少しなら分けてやるぞ」
「いらん」
「そっか。美味いのになぁ」
 裕樹は残念そうに言うと、洋へと背を向ける。食べる事に専念する事にしたらしい。
 と、その瞬間だった。洋はガタっと音を立てて立ち上がる。
「どうした? やっぱりソーセージパンが欲しくなったか!?」
「違う! 急がなきゃ!」
 洋は一方的に言い捨てて教室を後にする。
「お、おいっ。待てよ」
 裕樹が後から声をかけてきていたけども、それも聞かずに洋は走っていた。
 渡り廊下を走り抜けると、旧校舎へと向かう。階段を駆け上がり、屋上へと抜けた。
 音を立てないようにゆっくりと扉を開ける。そしてきょろきょろと辺りを見回した。
「いた!」
 教室から確かに見つけた姿を認めて、微かに声を漏らした。
「え?」
 洋の声に反応して、少女は振り返る。屋上のフェンスの向こうで。旧校舎のフェンスは
誰でも簡単に乗り越える事が出来る程度の高さしかない。その代わりフェンスから縁まで
の距離がやや大きくあった。
「そんな事したらダメだ!」
 洋は叫ぶと同時に、ぎゅっと少女――佳絵を背中から抱き留める。
「え!? きゃっ」
 佳絵は思わず声を上げる。その顔が真っ赤に染まっていた。
「ダメだ。飛び降りなんてしても意味はないだろ!」
 洋は大声で叫ぶと、佳絵をフェンスの手前に引き寄せようとする。
 しかしその瞬間、思わず佳絵は洋の手をふりほどこうとしてしまっていた。あまりの突
然の事に、何がなんだか分からなかったのだ。
「い、いや!」
 声を上げると同時に、思いっきり洋をはねのけようとする。洋も掴んだまま佳絵を離そ
うとはしない。
 その結果。大きくバランスを崩していた。洋も思わぬ抵抗に、ぐらりと身体がよろけフ
ェンスの向こう側へと転がり落ちる。
「きゃ!」
 しかし佳絵はそれだけでは済まなかった。元々からフェンスの向こう側にいた分、バラ
ンスを崩しふらりとその縁から倒れていた。
「きゃあ!?」
 佳絵が大きく声を上げた。その姿が一瞬にして視界から消える。
「捕まれ!」
 慌てて洋はその手を伸ばす。洋の手が、佳絵の手を何とか取っていた。
 一気に体重が洋の手に掛かる。佳絵は背も低いし体重も軽い方だろう。しかし人一人の
体重を支えるというのは簡単な事ではない。
「く……」
 必死で引き上げようとするが、支えた時の体勢も悪く、下手をすれば洋まで落ちてしま
うかもしれない。
「ひ……」
 佳絵が悲痛な声を上げた。このまま落ちてしまう事を想像したのだろうか。
「大丈夫だ! 必ず俺が助けるから。だから君もがんばってくれ!」
 洋が大きく声を上げる。
「う、うん」
 佳絵が声だけで頷いていた。青くなりつつあったその顔が今度は真っ赤に染まる。
「お、おいあれ、みろよ」
 ふとざわめきが耳に入った。どうやら事態に気が付いた他の生徒達の声らしい。新校舎
から聞こえてくる。
「……助けてくれ!」
 洋は恥ずかしげもなく大声で叫んでいた。今は外聞を気にしている時ではない。
「よ、よしっ。待ってろ!」
 誰かも知らない男子生徒達が、声をかけてくる。さらに何人かに声をかけて、こちらに
向かってきているようだった。
「これで何とかなる。もう少しだ! がんばれっ!」
 洋は佳絵へともう一度声をかけた。佳絵が「は、はいっ」と大きく返す。
「よし。任せろ」
 と、不意に声は背中から響いた。先程の男子生徒達が駆けつけてきたには早すぎる。
 しかしその声の主はひょいとフェンスを乗り越えてきたかと思うと、洋を支えながらぐっ
と力を入れた。
「いきなり飛び出していくから、何事かと思ったよ」
 声の主――裕樹はにこやかに笑って力を足した。佳絵の身体が次第に上がっていく。
「よっし、これでもう大丈夫だね!」
 佳絵の身体が完全に助け上げられたのを確認して、裕樹はふぅと息を吐いた。
「あ、ありがとう。二人とも」
 佳絵はぺこりと頭を下げて、それから再び顔を真っ赤に染めていた。
 洋は息を切らしていてまともに返事も出来なかったが、裕樹は一人平然として「いいっ
ていいって」と言葉を返す。
 そして声をかけた男子生徒を始めとして、多数の生徒や教師達が集まってきたのは、ちょ
うどこの瞬間だった。

「あの時は自殺しようとしてるんだって、俺が勝手に勘違いしたんだよな」
 洋は照れくさそうにこめかみを掻いた。どこかばつの悪そうな顔で目を僅かに逸らす。
「う、ううん。あんなところに立っていた、わ、私も悪いから」
 佳絵も顔を真っ赤にして、やっぱり視線を合わせようとはしない。
 それもそうかもしれない。あの時、フェンスを乗り越えて校舎の縁に立っていたのが、
ただ高いところから地面を見てみたかったという理由なのだから。
 佳絵は基本的に大人しい子なのだが、時々一人突飛な行動していまうところがある。そ
の時も、屋上で風に当たっていたら地面が見たくなったのだと言う。
 しかしそれ故に、集まってきた人達に事情を説明する時、あまりの恥ずかしさに倒れそ
うになった事を佳絵は今でもはっきりと覚えている。
 それ以来だった。仲良くしたいと考えていたけども、それでもどうしても話せなかった
クラスメイト達と話せるようになったのは。
 しかもそれだけじゃない。今まで全く知らなかった人達すら声をかけてくれるようになっ
た。今、この学校で洋と佳絵を知らない人は殆どいない。
 そしてずっと友達がいなかったのは、洋も同じ事だった。無愛想で、あまり話しかけて
も返事もしない。そんな人間だった洋が、今では明るく話せるようになったのも、この事
件のおかげだった。
 それ以来、三人は仲の良い友達としてやってきている。無愛想な洋と、大人しい佳絵が
仲良く出来るのも、その間にお調子者の裕樹がいるからに他ならない。いつも三人グルー
プで仲良くやってきていたのだ。
「で、でも良かった。こうして、みんなと。し、新堂くんとも仲良くなれたから。感謝し

ているの」
 ゆっくりと告げる。そして少しだけ沈黙の時間が過ぎた。佳絵がそっと顔を上げる。
「わ、私ね。私、新堂くんがね。え、えっと……えっと。えっと」
 佳絵はなかなか言葉が出てこないようで「えっと」を何度か繰り返して、顔を俯けて。
 それでも意を決したように再び顔を上げた、その瞬間。
 バン! と大きな音を立てて扉が開いた。
「洋さん洋さん洋さんっ、ここにいたんですね。探したんですよーっ。気が付いたらいな
くなってたし。ひどいですひどいです。無視ですか? しかとですか? いじめ格好悪い
ですよーっ」
 大きな声をかけながら、洋の元へと走り寄って来る。
「……あは、あははっ」
 突然の来訪者に目が点になっていた佳絵ではあったが、もう次の瞬間には笑っていた。
「ふ、ふぇ?」
 何がどうしたのか分からずに、結愛は首を傾げて、そして身体ごと倒しつつあった。
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