僕にも魔法が使えたら (10)
「ふっふっふ。ついに手にいれたぞ。金のカレーパン。悪いな、洋。俺が最後の一つを買っ
てしまってな」
 自慢げにカレーパンを頭上に掲げながら、大げさに呟いていた。
「いや、俺はいいけど。コロッケパンも買えたしな」
「ふ。本当はうらやましいくせに。素直になったらどうなんだ、このこのこのっ」
 肘で洋をつつきながらも、裕樹はカレーパンを手放そうとはしない。手放した瞬間に強
奪されるかもしれないからだ。学食の無いこの学校では昼のパンを手に入れられるかどう
かはまさに死活問題だった。
 そして裕樹がカレーパンに食らいつこうとした、その瞬間。
「洋さんっ。洋さんっ。洋さんっ。忘れ物です。お弁当、お弁当、お弁当♪ 届けに来ま
したよーっ!」
 がらりと教室のドアを開け歌うように叫んだのは、確かに身覚えのある顔だった。
「結愛っ!?」
 思わず叫んでしまってから、洋は慌てて口を塞ぐ。しかしもう時すでに遅く、クラス中
の視線が洋へと注がれている。たらり、とこめかみに汗が流れた。
「誰だ。あの可愛い子!?」
「おおおおっっ」
「お、お弁当。うらやましーっ」
 などの声があちこちから飛び交う。特に男子の声がかなり激しく響いている。
 結愛は、そんな声が全く耳に入っていないかのように洋の机の前まで歩み寄ると、大き
な風呂敷に包まれたお重を広げていた。
 その量たるやとても一人で食べきれるようなものではない。なにせ五段にも積み上げら
れた重箱がきらりと輝いていた。
「ぜひぜひお腹いっぱい食べてくださいねっ。沢山沢山沢山ありますからっ」
「あああっ。結愛っ、何でお前ここにきたっ。学校にはくんなって言っただろ!?」
 我慢しきれずに、洋はいつも通り叫ぶ。ここうも注目を浴びては隠しようがない。
「ふぇ。洋さんが、一緒にいったらダメだって言うから、私、考えたんです。洋さんお昼
はパン買うっていってましたし、それじゃ栄養バランスを考えて、野菜や果物も食べない
と、という訳で、お弁当のとーじょーっという訳です」
 途中から話が変わっていたが、どうやら結愛の言い分は一緒にくるな、と言われたから

一人できたという事らしい。洋も結愛の思考がかなり読みとれるようになってきていた。
「洋、誰だっ。その子!? 紹介しろ!」
 裕樹を始めとして、殆どのクラスメイトが結愛の回りに集まっていた。それも当然だろ
う。これだけ可愛らしい女の子、それも部外者がいきなり教室に乱入してきたのだから。
「ふぇ。洋さんのお友達、ですか? 私、洋さんの相方で、ゆあといいます。愛を結ぶと
書いて結愛です。よろしくお願いしますっ」
「うおぉぉぉぉっ」
 結愛の挨拶に大きく声が漏れる。
「相方っ、相方だってよ!」
「洋、いつのまにこんな!?」
「新堂くんってば、意外と進んでるのね」
「新堂。お前、後で廊下逆さ張付けの刑な」
 などの声が高らかに上がる。
「違う! 違うんだ、これは!」
 洋は必死に否定していたが、もはやその声は誰にも届いていなかった。
「あ、よかったらみなさんも、一緒に食べてください。沢山沢山沢山ありますから。ソー
スとお醤油ちゃんと気をつけましたから」
 そして結愛はにっこりと微笑む。
 かくしてクラス全体を巻き込んだお弁当騒動は幕を開けたのだった。
 あちこちで「この卵焼きすごくよくできてるよ」とか「鴨南蛮とは豪勢な」とか言う声
が響き渡っている。
「新堂くんって、女の子にはあんまり興味がないのかと思っていたけど、そうじゃなくて、
こんなに可愛い彼女がいたからなのね」
 クラスメイトの一人が楽しげに呟いて、洋へと笑いかけている。
「違う! 違うんだ」
「照れなくてもいいのに、ねー」
 うんうんと一同、頷く。もはやクラスの中では『結愛=洋の彼女』という図式が出来上
がっているらしい。
 ちらりと結愛へと視線を移すと、一人一人にぺこぺこと頭を下げながらお弁当をふるまっ
ていた。結愛は結愛で回りを囲まれて、いろいろと訊かれまくっているようだ。
「ふぇ?」
 相変わらずきょとんした顔で、身体を左右に倒している。
「はぁ……」
 洋は溜息をついて自分の席に座った。もはやこうなっては、どうしようもないだろう。
諦めて弁当を食べるしかあるまい。
 そう思い席につくと、広げられた結愛のお弁当の他に一つ、ぽつんと小さな包みが置か
れているのに気付く。
『彼女のお弁当と比べたら美味しくないかもしれないけど、よかったら食べてください』
 小さく書かれたメモと共に、ハンカチに包まれたクッキーがいくつか置かれていた。
 恐らく佳絵が置いていったものなのだろう。昼間交わした約束を思い出して、なんとな
くばつの悪さを感じながらも、洋はクッキーを手にとる。かじってみると、微かにまだ暖
かい。柔らかい味がした。
 結愛へと視線を移してみる。結愛は多くのクラスメイト達に囲まれて「ふぇ」とか何度
も呟いているのがわかった。
 放っておいたら何を言うか知れたものではなかったが、しかし今はそれよりも佳絵の誤
解を解く方が大切に思えた。
 洋とて結愛を可愛いと思わなくはない。しかし決して結愛は彼女なんかではなかったし、
今のところそうなる予定も無かった。
 何故かはよく分からなかったけども、佳絵を深く傷つけてしまったような気がして、探
さずには居られなかった。
 教室から廊下へと抜け出す。佳絵がどこに行ったのかは分からなかったが、だいたいは
想像が付く。
 洋は佳絵をそこで何度か見かけた事があったし、彼女と挨拶を交わす程度には仲良くなっ
たのもそこで話した事があるからだ。
 廊下を早足で歩き、旧校舎へと続く渡り廊下を過ぎる。旧校舎の階段を登り、屋上へと
つながる扉を開ける。扉はギィとややきしんだ音を立てた。
「やっぱりここにいたんだな」
 洋はゆっくりと声をかけた。旧校舎の屋上で、一人風に当たる少女に向けて。
「し、新堂くん。来たんだ。あ、えっと、そうだ。彼女をほったらかしにしたらダメだよ」
 佳絵は振り返ると、ややどもりながら顔を俯けて話し出す。
「結愛は彼女じゃない」
 洋はこめかみを指先で掻きながら、しかしはっきりと伝える。
「そう、なんだ?」
 佳絵が俯けていた顔を微かに上げ、それでも上げきれないまま洋を見つめる。
「ああ。あいつとの関係をどう説明したらいいかわからないけど、とにかくそんな浮いた
関係じゃないから」
 洋は自分でもよく分からない事を言っているな、とも思う。もっとも洋自身が結愛との
関係を掴みきれていないのだから、当然かもしれなかったが。
「新堂くんの言う事だから。私、信じるよ」
 佳絵は顔を真っ赤にしながら、もういちど顔を俯ける。刹那、その瞳からぽつんと一粒
の涙が落ちた。
「あ!」
 佳絵は慌てて背を向けると、眼鏡を外してその目をごしごしとこする。
「……泣いてるのか?」
 洋は静かに声をかける。何と言って良いのか分からなかったけども、それでも言わずに
はいられなかった。
「な、泣いてないよ!」
 佳絵は背を向けたまま、慌てて言葉を返す。だけど振り向きはしない。
「い、一緒だね。あの時と」
 佳絵は少し声のトーンを落として、遠く街並みを見つめながら言う。
 さぁ、と風が吹いた。この時期、この場所に吹く風はとても冷たい。身体の奥から凍え
そうになる。
「わ、私ね。今だから言うけど、あの時まで新堂くんってずっと怖い人だと思ってた」
 佳絵の髪が風になびく。
「まぁ、そうかもな。俺は無愛想だったし」
 やや戸惑いながらも、洋はそう答えた。確かに教室にいる時、洋は必要以上の事は殆ど
何も喋らなかった。
 今でこそ裕樹や佳絵と話す事もある。クラスの皆ともそれなりに仲が良い。しかしもし
もここで佳絵と出会う事が無ければ、誰とも話す事は無かったのではないかと思う。
「今は違うって。分かってるけど」
 佳絵はやっと振り向いて、にこやかに笑う。けど一瞬、洋と視線を合わせるとまた顔を
真っ赤に染めて、再び顔を俯ける。
「わ、私ね。感謝してるんだよ。私、クラスに溶け込めないでいたけど、あれ以来、友達
も増えたし」
 顔は俯けたままで、それでも佳絵にしてははっきりとした言葉で告げていた。
「まぁ、あの時以来、おかけで一躍有名人になったからな、俺達は」
 洋はばつが悪そうにこめかみを掻く。あの事件は洋にとっては本意ではない。
「う、うん。そうだね。でも、びっくりしたよ、新堂くんがここに飛び込んできた時」
 佳絵はくすくすと笑う。そしてあの時に想いを巡らせた。
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