僕にも魔法が使えたら (09)
二.過去と未来と出逢い

「おはようございます。ご飯、もう出来てますよ」
 結愛がエプロン姿で洋へと声を掛けた。
「おわ。お前、いたのか!?」
 思ってもいなかった攻撃に、洋は大きく声を上げる。誰もいないと思って寝ぼけ眼のま
ますごい格好で降りてきていた。
「ふぇ。ひどいですひどいです。ちゃんと昨日、一緒に暮らすって事で決まったのに。だ
から初日くらい、ちゃーんと早起きしてごはん用意して待ってたのに。待ってたのに。ひ
どいです。ひどいです。いじわるですーっ」
 しくしくと泣き真似をしながら騒いでいた。実際に泣いているようには全く見えなかっ
たが、しかしそれでも悲しんでいるのは本当のようだ。
「洋さん、前からそうでしたけど、やっぱりいじわるです。ひどいです。そんなに酷いと
雪人に訴えますよ? 大変な事になりますよ? それでもいいんですか? 洋さん」
「あー、かまわん。雪うさぎだか雪だるまだか知らないが、好きにしてくれ」
 そう言えば以前にもそんな名前を言っていたな、とふと思い出す。そいつが何者なのか
気にならなくもなかったが、恐らく訊いても答えは戻ってこないのだろう。
「洋さん、やっぱりいじわるです。私にそんな事出来ないの知ってて言うんですね」
 くすんくすん、と泣き真似を続けながら言うが、洋はとりあえず無視する事にしてテー
ブルにつく。目の前でほかほかと用意された食事が湯気を立てていた。
「ま、とにかく飯にしよう。暖かいうちに食べないとな」
「はいっ」
 洋の飯の言葉に一気に機嫌を直すと、ごっはんごはん♪ と謎の歌を歌いながら、ご飯
をよそっている。切り替えの早い奴だな、とも思う。
「はい、沢山食べてくださいね」
「ああ」
 ご飯を受け取ると、そのまま箸を手にとろうとする。
「あ、だめです、洋さん。ご飯たべる時は『いただきます』ですよ」
「ん? ああ。いただきます」
「はい、めしあがれー」
 にこにこと笑みを浮かべながら、結愛はじっと洋の顔を見つめていた。
(ご飯を食べる時はいただきます、か。そんな事を言われたのは、いつ以来だろう)
 ふと考えを巡らせていた。幼い頃に亡くした母親から言われた言葉。今でもはっきりと
思い出す事が出来る。
 いつも一人きりだった食卓。こんな感覚は忘れていたな、と思いながら、そっとご飯を
口へと運んだ。

「じゃ、いってくる」
 洋が声を掛けると、結愛がきょとんとした顔を向けて首を傾げている。
「ふぇ。どこにいくんですか?」
「どこって、学校だよ。学校。結愛は学校はないのか? ないんだろうな。たぶん」
 洋は一人納得すると、鞄を手にとって立ち上がる。
「ふぇ。がっこう。がっこう。あ、私も一緒にいってもいいですか?」
「ダメ」
「ふぇ〜。即答です」
 残念そうにがっくりとうなだれると、それでもぺこりと頭を下げて「いってらっしゃい
ませ」と見送っていた。
「ああ、いってくる」
 玄関のドアをあけ、外へと向かう。
 とてもいい天気だった。澄んだ冷たい空気が、一瞬身体を包み込んでいく。しかしそれ
も心地よく感じていた。
「今日はいい一日になりそうだ」
 そう呟いて、通学路をゆっくりと向かう。
 この時はまだ、洋は状況を甘くみていた。もう後戻りなんて出来ないのに。

「よう、おはよっ。洋」
 かけられた声に、ふと洋は振り向く。見慣れた顔、悪友の裕樹(ゆうき)の姿が見えた。
「ああ、おはよう」
「お、今日は妙に楽しそうな顔してるじゃないか。いい事でもあったかー、このこのっ」
 肘で洋をつつきながら、裕樹は楽しそうに笑う。今日はかなり機嫌がいいらしい。
「お前の方が嬉しそうな顔しているよ」
「お、そうか? わかるか!? いやぁ、実はそーなんだよっ。聞いてくれよ、昨日な、
佳絵(かえ)ちゃんとばったり街中であっちゃってさぁ。一緒に買い物なんかしちゃって
ね。いやもう天にも昇る気持ちとはこのことだね」
 裕樹は嬉しそうに一気に言い放つと、頭上を見上げ想像をふくらませていた。どうやら
昨日の事を思い出してるらしい。
「そうか。よかったな」
 俺は鬼には襲われるし変な奴らがこたつで蜜柑くってるしで散々だったけどな、と内心
呟きながらも、言葉にはせずに足を進める。
 その間も裕樹は佳絵ちゃんがあれをしたこれをしたと話し続けていたが、とりあえず聞
き流しておく。裕樹の佳絵ちゃん病は重傷なので、いちいち聞いていると身が持たない。
「え、えっと。お、おはよう、新堂くん、矢島くん」
 と、不意に後ろから声を掛けられた。新堂は洋の名字で、矢島は裕樹の姓だ。
 振り返ると恥ずかしそうに顔を染めて、僅かに俯きながら。それでもがんばって声を掛
けてくる佳絵の姿が見えた。
「ああ、おはよう。久保さん」
「あ、おはよう、佳絵ちゃんっ。今日もいい天気だね!」
 洋が答えるとほぼ同時に、裕樹が大きく声を上げていた。相変わらず元気のいい事だ。
「う、うん。いい天気」
 言葉少なに答える佳絵だったが、俯けた顔は肩までのばした髪が遮ってはっきりとは見
えない。恐らくはいつも通り眼鏡以外は完全に真っ赤な顔をしているのだろうが。
「いま佳絵ちゃんの話をしてたところだったんだよ。噂をすれば影がさすって、この事だ
ね。よしこれからどしどし噂をしよう」
「そ、そうなんだ」
 ちょこんと小さくなりがらも、それでも二人のやや後ろについて歩いていた。時々ちら
りと目の前を気にしながらも。
 それからしばらして学校へと辿り着く。
「さて、今日も一日ぱーっとがんばるぜ!」
 校門の前で裕樹が大きく叫ぶ。これは裕樹の日課で、学校がある日は今まで一度も欠か
した事がない。
「で、今日の午前の授業はなんだったけな? 確か英語、数学、現国、技術だっけ?」
「そうだな」
 裕樹の台詞に洋がぶっきらぼうに答える。この台詞もいつものお約束だ。
 と、その瞬間だった。
「えっと、あのね。あの。今日ね、女子は家庭科。あるの。クッキー作るの。だから、あ
の。よかったら、食べてほしいの。新堂くんに……矢島くんも」
 時折つっかえて、そして顔を俯けながらも佳絵はなんとかそう告げる。
「もちろんだよっ。佳絵ちゃんの手作りを食べられるなんて、俺って何て幸せもん!?」
 裕樹は本当に舞い上がるかのように言い放つと、手を合わせて「神様ありがとう」と天
に向けて祈っていた。
「え、えっと。新堂くんは? ……だめ、かな。私のクッキー、美味しくないかもしれな
いけど……食べて欲しいの」
 時折洋へと視線を送りながらも、佳絵は顔を俯けている。
「ああ。楽しみにしてるよ」
「ほんと!?」
 洋の言葉に、ぱぁっと声が明るくなる。眼鏡の向こうの瞳が、大きく開いていた。
「わ、私。がんばって作るから」
 やや大きな声で告げると、さささっと早足で先に昇降口へと向かっていた。
「よかったな、裕樹」
 ふと呟く洋に、じーっと裕樹は洋の顔を見つめていた。
「俺さ、お前が鈍い奴で良かったと最近よく思うよ」
 そう言い放って、すたすたと先を急ぐ。
「なんだ、そりゃ?」
 訳も分からず、ただ呟いていた。

「だーっ。出来るか、こんなもんっ」
 電気回路の部品を放り投げると、洋はふぅと溜息をつく。今は技術の時間で電気回路の
半田付けを行ってる。しかし洋はこういった細かい作業は基本的に苦手だった。
「お前、料理とかは出来るくせに、こういうのは苦手なのな」
 隣で裕樹は平然と回路を組み立てていく。手作りラジオキットと書かれた袋から、部品
が一つ一つ消えていく。
「料理はこんなに細かくないだろうが。なんだよ、この抵抗とかコンデンサとかって奴は。
わけわかんねー」
「じゃ、女子に混じってクッキーでも焼いてくるか?」
「ばかいえ。んなこと出来るか!」
 大きく叫ぶ。もっとも男子にも家庭科の授業そのものはある。ただ二クラス合同で、女
子と男子は交代で行う為に、一緒に授業を受ける事はない。
 キーンコーン。と、その瞬間、授業の終わりを告げるチャイムが響いた。
「時間だな。じゃあ、今日はこれまで。各々、片付けてから解散する事」
 技術の小池はやる気がなさそうに告げると、さっさとどこかへ向かう。
「おっと、俺等もとろとろしてる場合じゃないぞ。はやく片づけて購買にいかないと、パ
ンなくなっちまうぜ」
 裕樹は、半田ごてのスイッチをきると、そそくさと部品を全てしまう。ただでさえ技術
の時は遅れ気味なのだ。急がなくては売り切れてしまう。
「今日こそ金のカレーパンを手にいれるぞ!」
「俺は大量にあるやきそばパンでいいけどな」
「うっさい。一日限定十個のカレーパンこそが購買のメイン食材に決まってるだろうが。
先にいくぜ!」
 裕樹は言うが早いか、脱兎のごとく駆けだしていた。
Back Next
良かったら読んだ感想を下さい!
タイトル
お名前 (必須)
メール

★このお話は面白かったですか?
すごく面白かった  面白かった  まぁまぁ面白かった  普通
いまいち  つまんない  読む価値なし

★一番好きな登場人物を教えて下さい
洋  結愛  綾音  冴人  みゅう
裕太  佳絵

★もしいたら嫌いな登場人物を教えて下さい(いくらでも)
洋  結愛  綾音  冴人  みゅう
裕太  佳絵

★好きな台詞があれば


★印象に残ったシーンがあれば


★その他、感想をご自由にどうぞ!