僕にも魔法が使えたら (08)
「なんだと」
 洋は再びむっとした声で答える。そして冴人へと視線を向けると、二人の目線が激しく
交錯する。
「小鬼の一匹も満足に倒せない様ではね。智添は単なる魔力の担い手という訳でありませ
ん。時に天守の身を守り、時に機転を効かして困難を打破し、時に自らも魔力を振るい敵
を倒さなくてはなりません。
 出来ますか? 貴方に。八卦施術どころか、簡易な法術すら使えない貴方に?」
 ふんと冷たい声を漏らすと、じっと洋へと見つめ返した。
 洋は言葉を失う。確かに、洋はただの一般人に過ぎない。結愛の言う魔法も使えないし、
特別に賢い訳でもない。スポーツは人よりも得意ではあるが、だからと言って闘いの役に
は立ちそうもない。
 何よりも智添がどんな存在なのかすら分からないのだから。反論の言葉がある筈もない。
「冴人くん。ダメだよ。洋さん、選んだのは私だから。洋さんに責任があるんじゃない。
私が、がんばるから。大丈夫。うん、大丈夫。なんとかなるよ、洋さん、私の大切なパー
トナーだもん」
 えへへ、と声をこぼして、そして冴人へとぺこりと頭を下げた。
 その瞬間。洋の心の中で、何か強い不安に駆られた。なぜ結愛が自分を選んだのかわか
らない。自分に何が出来るのか、何をすればいいのかもわからない。
 だけど。それでも、洋は凛とした態度で、ゆっくりとこう告げていた。
「お前の言うとおり、俺には無理なのかもしれない。だけどだ。こいつが俺を選んだ事に
理由があるのなら、俺はその理由に答えてやる。だから、俺はやめない。こいつのパート
ナーである事を」
 はっきりとそう告げた瞬間。冴人の眉がぴくりと動いた。それにどんな心が込められて
いたのか、洋にはよくわからなかったけども。
「わかりました。それではそのうち貴方の覚悟をみせてもらう事にしま……」
 冴人がそう告げかけた瞬間。
「洋さんっ。私、こいつなんて名前じゃないですよっ。違います、違います、違いますよ
ーっ。ゆあですっ、結愛。結愛ですよーっ。名前で呼んでくれないと悲しいですっ。悲し
いですからっ」
 結愛のよくわからないところへのつっこみが入っていた。
「どれくらい悲しいかというと、ハリセンボンのハリが突然……」
「それはそれとしてだ」
 なにやら言い続けようとしていた結愛を止めると、洋ははぁと溜息をつく。
「ああっ、皆まで言わせてくださいっ」
 なんだか主張したかったらしく、ふぇ、と悲しそうに呟いていたが、とりあえず洋はそ
れは気にしない事にする。
「それでは貴方が無事に智添をこなせる事……結愛さんに迷惑をかけない事を期待してい
ますよ」
 冴人は、ふふんと軽く笑みをこぼした。挑発的な瞳で、じっと洋を見つめている。
「あんたの期待は裏切らないさ」
 洋ははっきりと告げ、そして冴人へと視線を移す。二人の視線の間に見えない火花が飛
び散っていた。
「ふぇぇっ。無視ですかっ、しかとですかっ。ひどいです悲しいですひどいですーっ」
 しかし次の瞬間。隣で騒ぐ結愛の言葉に、思わず二人は苦笑せざるを得ない。
「結愛さん。貴方がどうしてこの人を選んだのかは存じませんが、貴方が無事に天守にな
れる事を祈っていますよ。それでは、私はここで失礼しましょう」
 冴人は苦笑しつつも結愛を見つめて、そと眼鏡の位置を直し、小さな微笑みをみせた。
「巽(そん)!」
 指先を奇妙に重ね合わせながら、冴人は叫ぶ。同時に風が巻き起こり、あの時と同じよ
うに姿を消していく。
「冴人くん、いっちゃったね」
「みゅう♪」
 結愛の言葉に、みゅうがやけに嬉しそうに応えた気がしたのは洋の気のせいだろうか。
 僅かに苦笑して、洋は結愛の頭にぽんとその手を置いた。
「いくぞ。結愛」
「はいっ」
 嬉しそうに答える結愛に、洋は微かに自嘲の笑みを浮かべて。そして一つだけ、心の中
で決めた。何がどうなっているのか、未だにわからないけども。目の前にいるこの少女の
力になろうと。
 だけどもし。だけどもし洋が、これから起きる未来を知っていたのなら、この時、こう
は思わなかったのかもしれない。
 ただ時は、確かに過ぎていこうとしていた。

「私。今日から、ここで暮らします」
 結愛は、平然な顔をしてぽつりとすごい事を告げる。
「はぁ!? 何言ってるんだよ、結愛」
「ふぇ? だから、私は今日からここで暮らします、って」
 きょとんとした顔で首を傾げながら結愛は呟くと、今度は再び反対側に首を倒す。
「あ。わかりました。ごめんなさい」
 ぽんと柏手を打って、それからぺこりと大きく頭を下げて。
「挨拶がまだでしたね。お世話になります。よろしくお願いします。私、こうみえても家
事とか得意ですから任せてくださいっ。今度は醤油とソース間違えないようにしますから。
しますから。しますから、安心してくださーいっ」
 よーし、がんばるぞー、ふぁいと、おーっ。と続けてぐぐっと力こぶを作る。
「そうでなくてだ! どうしてお前が俺と一緒に暮らすんだよ」
「ふぇ?」
 再び首を傾げて、うーんと考え始める。少しずつ身体も一緒に倒していた。
「えっと。私、天守候補生として、この街にきましたっ。課題は『この街で起きている力
の乱れの調査と、その原因の排除』です。この課題を無事くりあすると、私も立派な天守
として認められるんですっ。わ、すごいですねーっ、びっくりです。綾ちんは成績優秀だっ
たから、てすとを受けるのも当たり前ですけど、私が候補生に選ばられるなんてびっくり
です。びっくりです。びっくりくりくり、くりっくり♪ です」
 最後は奇妙な歌を口ずさみながら、嬉しそうに呟いていた。
 洋は選ばられるというのは言葉が間違ってるだろ、とか、その歌はなんなんだよ、とか
思わなくもないのだが、とりあえず黙って訊いておく。こういう機会に訊いておかないと、
結愛から事情を聞き出すのは難しいからだ。例え訊ねた質問と直接関係無いにしても。
「私が思うにです。地の力が乱れているのは、悪の大魔王使いがいるんだと思うんです。
そして悪の大魔王が、あばれてまわってるんです。なので、私が悪のだいまおーを倒せば、
万事完結なんですっ」
 うんうん、と一人頷いている。
 なんだか良くわからないが、たぶんそれは違うだろ、と内心つっこむ。そもそも悪の大
魔王使いっていうからには、大魔王を使ってる奴を倒さないとダメだろ? とも思う。
「でもっ。さすがは悪の大魔王使いなので、私達の存在を早くも探しあてられたみたいな
のですっ。だからぷちおにを私の元に送り込んで私達を倒そうとしたんですっ。
 でも、大丈夫ですっ。私はぷちおに程度ではやられませんっ。洋さんは私が守ってみせ
ますっ。大丈夫ですっ。大丈夫ですっ。大丈夫なので安心してくださーいっ」
 結愛はえへんと胸を逸らしていた。
 途中、微妙に大魔王使いに対して敬語だったのは一応敬意を払っているんだろうかとも
思うが、たぶんでたらめなだけなのだろう。
 何にしても真相は恐らく違うと直感で理解していたが、しかし何らかの敵がいて結愛の
邪魔をしようとしているのは間違いない事だ。洋が狙われたのも、その為に違いない。
 ただ不思議とあまり恐怖はなかった。小鬼は結愛や冴人によってあっと言う間に倒され
た為か、それとも不思議と気になりだした目の前にいる少女の為なのか。
 洋の心にあるのは、恐怖よりも。
「結愛。俺にも、八卦施術だったか? その術は使えないのか? 俺には無理なのか?」
 女の子に守られなくてはいけない不甲斐なさ。ただその事にあった。例えそれが無理も
無い事であろうと。
「ふぇ。洋さんがですか?」
「ああ俺がだ。俺にも出来るなら教えてくれ」
 洋は結愛の目を見つめながら強く訊ねる。
「で、でもでもでも。無理、ですよ。洋さん、まほーを使う力ほとんど無いですし。まほ
ーの力は沢山あるんですけど」
「……そうか」
 このまま結愛の魔力タンクとしてしか役に立てないのだろうか。智添はそれだけではい
けないという冴人の言葉だけが反芻する。
「大丈夫ですっ。まほーは私が使いますから、私と一緒にいてくれるだけで十分です」
 結愛はうんうんと頷いて、そして洋をじっと見つめる。洋のすぐ近くへと、そっと近付
いていく。ぐっと顔を近づけて、それから洋の瞳を覗き込んでいた。
 一つだけ大きく頷いて、始めて会ったあの時のようにくんくんと洋の匂いを嗅いだ。
「ほら、大丈夫です。ちゃんと暖かな匂いしていますから。大丈夫です」
 にこりと微笑んで、ぽんと柏手を打った。いつもとのように大騒ぎしない、静かな微笑
みだった。
「えへへ。懐かしい匂いです〜」
 ゆっくりとそう告げると、洋の胸の中でぎゅっとすがるように掴まえる。
「あの時と同じ匂いです」
 胸によりそったまま嬉しそうな声で笑う。
「結愛」
「ふぇ?」
 思わず呼んだ名前に、結愛はそのまま顔だけ上げて洋を見つめていた。すぐ目の下に、
結愛の素顔が映る。
 なんとなく心のどこかに、何かがひっかかっていた。それが何なのかはよくわからない
けど、洋はどうしても何か違和感、あるいは既視感なのかもしれない。それを感じては、
眉を寄せていた。
「洋さん、どうしたんですか? そんなに眉間にしわを寄せて。そんな顔ばかりしている
と、顔がしわくちゃになっちゃいますよーっ。その上、しわがもう元に戻らなくなって、
最後にはおじいさんになってしまうんですっ。洋じいさん誕生ですっ。わっ、びっくり」
「びっくり、じゃないだろ。誰がじいさんなんだよ。俺はまだ十七だぞ、十七!」
「わ、洋さん。七十七ですかー。ふぇ〜、喜寿ですねっ」
「違う!」
「みゅう♪」
 完全にいつもの調子に戻って言い合う二人に、みゅうが鋭く声を上げていた。
 その瞬間には、もう感じた違和感はここにはなかった。いつも通りの結愛が目の前で笑っ
ているだけで。
「はぁ。もういい。風呂入って今日は寝る」
 洋は溜息をついて結愛に背を向ける。
「あ、お風呂用意しますね」
「いい。シャワーだから」
「でも、私も入りますからお湯はった方が経済的ですよー。残り湯は洗濯にも使えるし」
 結愛はうんうんと頷いている。
「そうか。じゃあそうしてくれ」
「はい。あ、背中も流しますからーっ。任せてくださいっ」
「いらんっ」
「ふぇ〜」
 そんな会話を繰り広げながら、もう何事も無くゆっくりと今日が過ぎていく。
 でも洋はまだ気が付いていなかったが、いつの間にかしっかりと結愛はこの家で暮らす
事が決まっていたのだった。
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