僕にも魔法が使えたら (07)
「この程度の鬼(キ)も一人で退治出来ない男を、なぜ結愛さんは選んだんでしょう。僕
には未だに理解できません」
 言い放って資材の上から飛び降りる。それからつかつかと洋の目の前まで歩み寄って、
じっとその顔を見つめた。
「貴方には智添をこなすのは無理です。まだ取り返しがつかなくなる前に辞退しなさい。
貴方も命は惜しいでしょう?」
 ふん、と冴人は冷たく声を漏らす。
 洋はむっとして顔を向けると、目の前でぐっと拳を握る。
「何だと。お前に出来る事が、俺に出来ないっていうのか!? ふざけるな、智添だかな
んだか知らないが、立派にこなしてやろうじゃないか!」
 思わず啖呵をきっていた。
 洋は意外とこう言った挑発に弱い。すぐに熱くなってしまう面も持っている。
「ふぅん。思ったよりは骨がありそうですね。まぁ、それでは貴方が根を上げる瞬間を楽
しみにしていましょう」
 冴人は眼鏡の位置を直すと、小さく笑い声を漏らす。
 その瞬間だった。肩にしがみついていたみゅうがフー、と威嚇の声を上げた。
「う、わわっ!? ね、ねこ?」
 冴人は叫ぶと、一歩後ろへと飛びのいていた。突然の事に洋は何も反応出来ない。
「みゅうっ」
 みゅうが勝ち誇ったような声を上げるが、冴人はあからさまに不機嫌そうな顔で洋を睨
みつける。
「なんですか。その不快な生き物は。全くそんなものと一緒に歩いているだなんて、本当
に不愉快極まりないですね。ただでさえ貴方は私の気に触るというのに」
 どこか洋を遠巻きにしながら、冴人は眉を寄せた。
「……お前、もしかして猫苦手なのか」
「何を言うんです。この僕が、そんな小動物風情が苦手な訳ないでしょう」
 眼鏡の位置を直しながらはっきりと、しかしどこか視線を逸らしつつ告げる。
「そうか。じゃあ、ほら」
「みゅう?」
 みゅうを肩からつまみ上げると、冴人へとさっと差し出した。みるみるうちに冴人の顔
色が変わる。
「わ、わわっ。く、くるなっ」
 慌てて後ずさると、洋から、というかみゅうから距離を置いていた。
「やっぱり猫苦手なんじゃないか」
「……いちいち感に障る人ですね、貴方は」
 完全に顔を背け冴人はふんと声を漏らす。
「まぁ、いいでしょう。今日のところは、もう貴方の元に小鬼が差し向けられる事もない
でしょうし、私は退散する事にしましょう」
 再び洋へと視線を戻し、そして軽く鼻を鳴らした。
「どうしてそう言い切れるんだ?」
 あの鬼は紙が変化したものだ。だとすれば、いくらでも送りつけられそうなものだと洋
には思えた。
「そんな事も知らないのですか?」
「悪かったな。お前らと違って、俺はただの一介の高校生なんだよ」
「そんな事で智添が務まりますかね。まぁ、いいでしょう。無知な貴方の為に、説明して
あげましょう」
 冴人の言葉に、今度は洋が眉を寄せた。
 そっちの言葉の方がいちいち感に触るんだよ、と思わなくもないが、とりあえず説明し
てくれるというものは聞く事にする。何せ結愛の説明は殆ど役に立たないし、説明自体を
引き出すのが一苦労なのだから。
「一人の術者が従えられる式神には限りがあります。それこそ安倍清明のような名だたる
術師でも無い限りね」
 冴人の言葉に洋は眉を寄せる。
「有名なのか、そいつ」
 洋の言葉に今度は冴人が眉を潜めたが、それでも何も言わずに説明を続けていた。
「普通の術師の使える式神はせいぜい一体。凄腕と呼ばれる術師でも二体がいいところで
しょう。清明は十二神将と呼び名される十二体の式神を従えていたといいますけどね」
「へぇ。すごいんだな」
「貴方に本当にそのすごさがわかっているとは思えませんがね」
「いちいち突っかかる奴だな」
 洋は再び眉を寄せて呟く。しかし冴人は気にしていないのか淡々と話を続けていた。
「一度、倒された式神を再び使役するには時間が必要です。貴方の元にはすでに二体の式
神が送り込まれています。従ってよほどの術師でない限り、もう一度式神を送りつける事
は不可能でしょう」
 冴人はふんと声を漏らすと、じっと洋を睨むようにしてみつめる。
「けど、そいつがその清明とかいう奴みたいな、すごい奴かもしれないだろ?」
「それはあり得ませんね。それならそもそも小鬼程度の鬼を従えるのでなく、もっと力の
ある鬼を味方にしたでしょう」
 全くばかばかしい質問をするものです、と続けると、冴人はふんと声を鳴らす。
「みゅうっ」
 その瞬間、みゅうは声を立てると洋の肩が首を伸ばした。
「どうした、みゅう?」
 洋が声をかけるが、みゅうは何も答えない。じっとある一点を見つめ続けているだけだ。
 しかし先程の様に、みゅうは強い警戒をみせておらず、むしろ期待に満ちた瞳で見つめ
続けていた。
「やれやれ、困ったものですね。あの人は」
 冴人が呟いた瞬間。風が旋毛を巻いた。
「洋さんっ。大丈夫ですかっ?」
 そして突如響いた声と共に、結愛はその場に姿を現していた。
「洋さんっ、洋さんっ、洋さんっ」
 洋の名を呼んで、思いっきり飛びつく。一瞬、バランスを崩しそうになって洋は僅かに
たたらを踏んだ。
「ごめんなさい、私の。私のせいでっ。洋さんが、洋さんが、洋さんが」
 洋の胸にすがりつくようにして、その顔を見上げて。
「薄焼きせんべいになってしまうところでした。うう〜。ぱりぱりして美味しいんです」
 相変わらず訳の分からない事を言い放つ。
「あのな。なんだ、その薄焼きせんべいっていうのは。俺は食べ物か、食べ物なのか!?」
 洋は思わず叫ぶと、胸元にいる結愛をじっと見つめる。呆れて言葉も出てこない。
「ふぇ。洋さんは食べ物だったのですか? 美味しいですか? 何味ですか? あ、わかっ
た、きっと塩味ですねっ」
 私、でも醤油味が好きです。と続けて、結愛はそれから首を傾げる。
「でもどうしてそんな話になったんでしたっけ?」
「あのな。俺が薄焼き煎餅になるってお前が騒いだんだろ」
「ふぇ〜」
 首を傾げたまま、結愛は頬に伸ばした人差し指を当てる。それから不意に、ぽんっと柏
手を打つと、うんうんと頷いた。
「そうでした。そうです。そうですよーっ、えっと洋さん、大丈夫でしたか?」
「ん。ああ、まぁ平気だよ」
 洋は言葉を濁しながら答えると、ちらりと冴人へと視線を送る。冴人はふん、と鼻を鳴
らすが、しかし何も告げようとはしなかった。
「よかったぁ」
 安堵の息をついて、再びうんうんと頷く。
「洋さんがぷちおにに食べられたらどうしようかと。頭からぱりぱりと……。洋さん塩味
だからきっと美味しいでしょうし、食べがいあるし」
 結愛がむーと眉を寄せる。
 しかし軽く言われた結愛のその台詞に、洋の背中にぞっと冷たいものが走る。あそこで
冴人が現れなかったら、確かにそうなっていたのかもしれない、と。
「俺はいつから塩味に決まったんだよ」
 内心感じた恐怖を悟られないように軽口を叩く。しかしそれに答えるものはもちろん誰
もいなかった。
「まぁ、それはそれとしてです。結愛さん、貴方、また人前で八卦施術を使ったでしょう
? いけませんよ」
「ふ、ふぇっ」
 冴人の台詞に結愛が大きく声を上げる。
「冴人くん。いつからここにいたの? ふぇ、私、びっくり」
「気付いてなかったんですか!?」
「うんっ」
「そこで力一杯頷かないでください!」
 冴人は大声で叫んでいた。洋に対する時とは違い、何か温もりのある声ではあったが。
「ふぇ。ごめんね、冴人くん。でもでもでもでもでもでも、大丈夫だよ。ちゃんとバスの
お金、置いてきたし。乗り逃げしてないよ、してない。してない。うん、してない」
 こくこくこく、と何度も頷いて、そしてゆっくりと笑う。
「結愛さん。そういう事が問題な訳じゃないんですよ……と、貴方にこれ以上いっても無
駄でしょうね」
 冴人は呆れた声で答えると、ふぅと溜息をついた。
「みゅぅ」
 ふとみゅうが頷くように鳴く。その様子をみて冴人が僅かに顔を歪める。どうやら内心
何か思うところがあったらしいが、さすがに猫相手に文句を言うつもりもないようだ。
「ふぇ〜。ごめんなさい」
 結愛はよくはわかっていないようではあったが、それでも思い切り頭を下げていた。
「まぁ、いいでしょう。本来、私が関与すべきところではありませんしね」
 冴人はちらりと結愛へと視線を送って、それから眼鏡の位置を直す。
「それよりも、です。問題は貴方の方ですね」
 不意に洋へと向き直って、じっと睨むように見つめる。
「認めたくはありませんが、それでも契約した以上、貴方は私と同じ智添です。それも、
本来なら私が結愛さんの智添になるはずだったのにです」
 冴人は苦々しい声で告げると、僅かに眉をつり上げて眉間を寄せた。
「冴人くん。仕方ないよ、だって鷺鳴(さぎなり)様の決めた事だし。鷺鳴様、怒ると怖
いし。怖いし。怖いし。……怖いし」
 結愛が、ふぇぇぇ、っと叫んでまっすぐに洋を見つめた。その表情にはっきりと恐怖の
色が浮かんでいる。
「お前、そういうところはわかりやすいな」
 たぶん鷺鳴とかいう偉い人(なのだろう)に怒られるところを想像したに違いない。
「鷺鳴様も酷な事をされる人です。私なら結愛さんの智添を完璧にこたせたでしょうに」
 まぁ、誰かさんには無理でしょうが、と続けていた。
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