僕にも魔法が使えたら (06)
「で。飯も終わったところで、とりあえず気が付いたら、もういい時間だ。そろそろ帰ら
ないとな」
「ふぇ?」
 結愛はよく分からないといった様子で首を傾げている。
 よくもまぁ毎回同じリアクションで飽きないものだと洋は思うが、たぶん結愛は飽きる
事など知らないのだろう。
「もうお家いるじゃないですかー」
「いや、そうじゃなくて。お前がだ。こいつはどうする? 連れてくか?」
 足元で丸まっていたみゅうの首元をひょいとつまみあげる。
「そっか。そうですよね。私も帰らなきゃ。でも大丈夫かな。洋さん」
 なにやら思案しているようで、腕を組んで首を傾けたかと思うと、突然動きだして洋の
回りをぐるぐるぐると回り出す。そしてぴたりと動きをとめて、くんくんと洋の匂いを嗅
ぎだした。
 またかっ、またなのかっと思いつつも洋はもう何も言わない。変に止めても逆に厄介な
事になる事は間違いないしと。
「うーんうーん。大丈夫、かな。でも、私いたし。有り得ないとは言い切れないかなぁ」
「ああ、お前の住んでる場所がどの辺なのかはしらないけど。近くまでは送ってってやる
から心配するな」
 時間はちょうど八時を回ったくらいだ。さすがに外は暗い。この辺りは街灯も少ないし
女の子の一人歩きは危険がないとは言えない。いくら『まほー』が使えるとはいっても、
心配には違いないだろうと洋は思う。
 しかし意外な事に、結愛は洋の言葉に思いっきり首を振っていた。
「ふぇぇ。だめですっ、そんなの。だめですだめですっ。危険すぎますっ」
「なんだ案外信用ないんだな、俺は。別にお前を襲ったりしないって」
「そうでなくて洋さんが、帰り道に一人になっちゃうから」
「はは、バカだな。俺は平気だよ」
「ふぇ」
 結愛はしばらくの間、何か思いふけっていたようだが、何か納得したのか小さく頷く。
「わかりました。洋さんがそう言うのなら。私、帰ります」
 ぺこりと頭を下げる。
 そして二人ゆっくりと帰路についた。

「じゃあ、ここまででいいです。ありがとうございました。……気をつけて帰ってくださ
いね」
 バス停まで送り届けると、結愛は再び頭を下げる。何でもここからバスでしばらく走っ
たところに家があるらしい。
 結愛の言葉に心配してくれているのを感じて、洋は少し嬉しくなる。
 洋の家からバス停までは少し距離があったが、そう離れているという訳でもない。洋に
とっては何か心配がある程の距離でもなかったが、こういうのは気持ちだしな、とも思う。
「ああ。お前も気をつけろよ。服は今度返してくれればいいから」
「はい! あ、バス来ました」
 私鉄の駅まで向かうバスに乗り込むと、結愛は手をぶんぶんと振って洋を見ていた。と、
バスが走り出した瞬間、かくんと転びそうになって慌てて近くを掴むのが目に入る。
「あいかわらず変な奴」
 しばらくはバスの行く先を見つめていたが、やがてバスの姿が見えなくなると、くるり
と背を向けて元きた道を帰りだす。
 家までは徒歩で十分ちょいというところだ。閑静な住宅街の中を抜けていく事になる。
「よし、帰るか。みゅう」
「みゅーっ」
 肩に乗せていたみゅうが、大きく返事する。本当に返事したのかどうかは定かでないが、
タイミング良く鳴いたのは事実だ。
「案外、お前、言葉がわかったりしてな」
「みゅー」
「お、そうか。わかるのか。なかなかすごい奴だな、お前」
「みゅう」
 しかし考えるとくだらない会話だな、と思いつつも洋は軽い笑みを浮かべながら、ゆっ
くりと歩き出した。
 初め結愛はみゅうを連れて帰るつもりだったのだが、みゅうがどうしても洋から離れよ
うとしなかったのだ。
「ふぇ。よほど洋さんが気に入ったんだね、みゅう」
「みゅーっ」
 なんて会話の後、結局みゅうはとりあえず洋の家で飼う事になった。洋の家は一軒家な
ので別にペットを飼う事に禁忌はない。
「俺は猫なんて飼った事ないから世話の仕方なんか知らないけど。ま、なんとかなるだろ」
 洋は肩にしがみついているみゅうへと軽く視線を移すと、ゆっくりと帰り道を歩いた。
 その瞬間だった。
「ふーーっ!」
 突然、みゅうが威嚇の声を上げる。
「どうした、みゅう?」
 辺りを見回すが、特に変わったものは見あたらない。猫には人に見えないものが見える
と言うが、それにしても唐突な唸り声だ。
「何もないぞ」
 洋がそう言った瞬間だった。
「ファーッ!!」
 みゅうが突如、目の前に向かって飛びかかった。そこに何かがいるかのように。だが何
もないように見えた空間で、確かにみゅうの身体は弾かれていた!
「みゅっ!!」
 小さな叫び声を上げて、ごろごろと地面を転がっていく。
「どうした、みゅう!?」
 洋が叫んだ瞬間には、みゅうは立ち上がりその空間に向けて威嚇を続けていた。どうや
ら怪我はないらしい。
「何だ、何が……」
 呟いたその時。目の前の一点がぼんやりと白く光る。そしてその真ん中から、黒茶の肌
をした小さな鬼が浮かび上がっていた。
「こいつは!?」
 家で見たものと同じ、結愛が『ぷちおに』と呼んだそれだった。
 次第にはっきりと姿を現したかと思うと、ニィと口を開けて牙を立てて笑う。
 ぞくり……と洋の背に冷たいものが走る。先程は結愛が一瞬のうちに退治してしまった
ので実感もなく恐怖も感じはしなかった。
 しかし今、一体一で対峙してみればわかる。人に有らざるもの。その鋭い牙は、洋の喉
くらいは簡単に噛みちぎってしまうだろう。
「何か、武器になるもの」
 素手では勝てない。洋は直感で悟っていた。かといって住宅地にそんなものがそうそう
落ちているはずもない。
「……みゅう、逃げるぞ」
 威嚇を続けているみゅうをさっと手にとると、まだ動きだそうとはしない小鬼に体当た
りするように突っ込む。いま背を見せたらやられる。それだけは何故か分かった。
「キキィ!!」
 小鬼は完全に意表をつかれたのか、叫び声をあげてはじき飛ばされる。さすがに身体の
大きさが違うだけあり多少は効いたらしい。
 しかしもちろん、その程度で倒れるようなものでもなかった。
「あいつの正体は紙だ。なら火があれば燃やせるはず」
 結愛も火の術であいつを倒していた。そして鬼が紙に戻っていくのを確かにこの目で見
た。なら火が有れば自分でも倒せるはず。
 洋はそう踏んで走り出していた。目指すは自分の家。そこまで逃げ切れば、まだ手段は
あるはずだと。
 しかし小鬼はそれを許そうとはしない。キキィと甲高い声を上げて、洋の背中へと飛び
かかった。
 ただそれは洋も予想していた攻撃だ。飛び込んでくる小鬼をすんでのところでかわすと、
すれ違いざまに蹴りを食らわす。
 ガン、と強い衝撃が走った。まるで金属の固まりのような堅さだった。
 再び背中に冷たいものが走る。もしもこんな奴に捕まったら、洋の身体などそれこそ紙
切れのように引き裂けるだろう。
 もっとも小鬼も蹴りの衝撃でバランスを崩していた。幸い蹴り足には僅かに痛みが走っ
た程度で、さほど影響はない。
 しかしこのまま小鬼のいる方向へ走り抜けるのは無謀に思えた。仕方なく側にあった路
地へと入る。
「ち、遠回りになる」
 思わず呟くが、しかし文句もそうは言っては居られなかった。後を振り返れば、小鬼の
姿はもうすぐ後まで追いついてきている。
 逃げ切れるか。洋はぎゅっと眉を寄せた。スポーツは得意な方だ。子供の頃に空手の道
場に通った事もある。しかしそれだけだ。化け物と戦うには、とてもじゃないが事足りる
とは思えなかった。
「くそっ」
 このままでは家まで無事にたどり着けるとは思えない。
「みゅーっ」
 突然、みゅうが心配そうに鳴いた。
「だいじょうぶだ、みゅう。そう簡単にやられてたまるか」
 みゅうに答えたその瞬間。ふと洋の頭にある事が浮かぶ。
「そうだ。この近くに確か」
 建築中の建物があった。そこになら、何か武器になる資材があるかもしれない。
 洋はとにかく走り続けた。そして小鬼が追いつくよりも早く、目的の資材置き場へと飛
び込んでいた。
「こいつなら何とか闘えるか!?」
 置いてあった鉄パイプを手にして、洋はもう目前に迫っている小鬼へと振り返る。
「キキィ!」
 叫びを上げ小鬼は洋へと飛びかかった!
「うおおお」
 しかし洋も鉄パイプを突くように小鬼へと差し出す。ガンと強い衝撃がその手に走る。
「キキィ!?」
 小鬼は今までと少し違う叫び声を上げて倒れていた。
「よし、効いてる。なんとかこいつで……」
 倒せれば。そう思った瞬間だった。
「無理ですね」
 ふとその声は響く。
 洋は声のした方向へと振り返る。積み重ねられた資材の上に、彼は座っていた。確か人
のこたつで蜜柑を食べていた二人組の片割れの男で、冴人とかいう名前の男だ。
「式神をそんなもので倒せるはずがない。所詮、只人(ただびと)は只人に過ぎないとい
う事ですか」
 冷たい声で言い放つと、冴人はじっと洋を見つめていた。
「なんだと」
 こっちは必死だと言うのに。
「やれやれ。助けにきてあげたというのにご挨拶ですね」
 冴人がそう言った瞬間、小鬼も彼に気付いて、きょろきょろと二人を見回していた。
 そして次の瞬間。その牙の矛先を冴人へと向け飛びかかる!
「愚かな。小鬼程度が、この僕に向かってくるとは」
 冴人はすっと立ち上がり、そして近付いてくる小鬼へと向き直った。
「乾・兌・離・震・巽・坎・艮・坤(けん・だ・り・しん・そん・かん・ごん・こん)」
 一文字ずつ、はっきりとつぶやき、そして合わせた両手の形を、少しずつ変えていく。
「八卦より選ばれし者。我は汝を使役せす。こい! 震(しん)!!」
 冴人が叫んだ瞬間。突き出した三本の指のうち、唯一その指先同士が触れる薬指の先か
ら、一筋の雷撃が走る。
「キキィ!!」
 雷に打たれ、小鬼の動きがぴたりと止まる。そして次の瞬間、やはり小鬼は紙へと姿を
戻し、そして燃え尽きていた。
「あっけないものです」
 呟いて、そしてくるりと洋へと顔を向ける。
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