僕にも魔法が使えたら (05)
「洋さん!」
 不意に今までに無い強い口調で、結愛が洋の名を叫んでいた。
「みゅーっ!?」
 同時にみゅうも叫び声を上げて、ある一点を見つめている。
「突然ですけど来ましたっ。準備はいいですかっ?! たぶん相手はぷちおにです。大し
た敵ではないですから、一気に行きますよっ。八掛(はっか)を使います」
 結愛はそれぞれの手の親指と小指だけを握り、残った指同士を奇妙な形に合わせる。
「けんだり、しんそん、かんごんこん」
 唱えだした言葉と共に、指の形をいくつも変える。多少ぎこちない感じもするが、それ
でも何とか遅れずに動いていく。
「キキィ!!」
 その瞬間、妙に甲高い声が響く。
 異容。その場に現れたのは、そうとしか言いようのない小さな生物。尖った耳、つり上
がった目端。黒茶の肌はエナメルのような鈍い輝きを放っていた。
 しかしその生き物――小鬼(しょうき)は、口元から鋭い歯を覗かせてにやりと笑った。
「よーしっ、いっくぞぉっ!! 我は汝を使役せす。生じよ! 離(り)!!」
 合わせた三本の指を中指だけが開いた形に変えて、そして強く叫ぶ。刹那、大きな炎の
固まりが生まれていた。
「キキィ!?」
 小鬼は慌てた声を上げるが、しかしもうすでに間に合わない。燃えさかる炎が小鬼を一
気に包み込む。
 小鬼が全て炎に包まれたかと思うと、しかしその鬼は一枚の人形の紙へと姿を変えて、
そのまま燃え尽き消える。
「いえーーーーい。ぷちおに一匹退治〜。一点げっとげっと」
 ぴょんぴょん飛び跳ねながら喜ぶ結愛に、しかし洋はただ驚くばかりだった。目の前で
起きた出来事が信じられない。
「なんなんだ、今のは?」
「ふぇ。ぷちおにですよー。一匹一点です。みにおには二点です。でも、でかおにの場合
はなーんと十点ですよ。高得点なんです」
「……その点数ってお前が勝手に決めたろ?」
 ふと考えた後、しかしすぐにこめかみを抑えながら言う。
「わ。なんでわかるんですかっ。もしかして洋さん、心が読めるとか?」
 結愛はふぇ〜、と続けながら尊敬の眼差しで洋を見つめている。
 わからいでかっ、と内心つっこむが、もはやこの形がお約束となりつつある事に、洋は
再び溜息をついた。
「あ、でもパートナーなんだから、わかって当然ですよね。もちろん二人は一心同体、一
蓮托生、一生懸命、一意専心、一族郎党、一粒万倍、一騎当千、一切合切、一宿一飯……
あれ? 何の話してたんですっけ?」
 どうやら途中から一のつく四字熟語を上げる事に精一杯になっていたらしく、よくわか
らない単語も混ざっていた。
「パートナーか。智添っていうのか? それは一体何なんだ。何をするものなんだ?」
 しかし洋はそれに反応する事もなく、ただまっすぐに結愛も見つめていた。わからない
事が多すぎた。
 結愛はしばらく首を傾げて、何か考えていたようだったが、そのうちぽんと手を合わせ
て、洋を見つめる。
「ごめんなさいです。洋さん天守じゃないんですよね。私、話がよくわからないってよく
言われるんです。反省ですね。でも反省だけなら猿でも出来るって、昔誰かいってました
ね。ふぇ、どうすればいいんでしょうか?」
 うーん、と再び何か悩み出したようで、結愛の身体が傾いていく。
「いいから。いろいろ教えてくれ」
「はい。そうでしたね。私、すぐ脱線しちゃって。しゃべりすぎなんですよね。はい。
 えっと、何から説明すればいいのかな。うーんと、私の使ってる術……えっと八卦施術
(はっかしじゅつ))というんですけど、これは八卦という陰陽(おんみょう)でいうと
ころの両儀(りょうぎ)を四象(ししょう)に分けて、それをさらに八つに分割したもの
が八卦で……」
「まてまてまてっ。そんな事いきなり言われてもわからん。専門用語は出来るだけナシに
して、俺にもわかる言葉で説明してくれ」
 洋は一気に喋りだした結愛の言葉を止めると、ふぅと息をついた。きちんと説明してく
れようとするのは嬉しいのだが、いかんせん言ってる単語が良くわからない。
「ふぇ。じゃあ、私の言葉で説明してもいいですか?」
「……ああ」
 しばらく考えた後、こくりと頷く。恐らく『ぷちおに』だの『パートナー』だの言う言
葉は結愛がつけたものなのだろう。しかしその方がまだしもわかりやすい。
「えっと、じゃあ私は『まほー』が使えるんです。その『まほー』を八卦施術といいます。
この魔法は基本が八種類……けん・だ・り・しん・そん・かん・ごん・こんっていうのが
あるんですけど、それぞれが意味を持ってるんです。細かい意味はおいおい説明しますね。
 でも『まほー』を使う為には一人では難しいんです。私は『まほー』の力を引き出す事
が出来ますけど、『まほー』の力は殆どもっていないんです。そこで力を表に出す事は出
来ないけども、蓄え制する事が出来る『パートナー』を必要とするんです。ちょうど陰陽
でいうところの光と影の関係ですね」
 そこまで一気に言い放つと、話疲れたのか軽く息をついた。
「なるほど」
 相変わらず専門用語は多かったが、それでもなんとなく理解する事が出来た。
「つまり俺はタンクみたいな物という事か」
「そうですね。そういう表現も出来るかもしれませんです」
 結愛は大きく頷くと、それから「でも、それだけじゃないですけどね」と続ける。
「それじゃあさっきの鬼みたいなのはなんなんだ。お前はぷちおにと呼んでいたけど……
最後、紙みたいなものになったように見えたが、俺の気のせいか?」
 実はこの事が洋には一番気になっていた。あの化け物は何なのか。なぜここにやってき
たのか。敵というのはどういう事なのか。全くわからない。
 あのような化け物を見たにも関わらず冷静にいられるのは、驚く事に慣れてきた事もあ
るだろうし、一瞬のうちに結愛によって倒された事もあるだろう。しかしそれ以上に、化
け物が最後に紙へと姿を変えたからかもしれない。現実のものとは思えなかったのだ。
「ぷちおにはえっと式神の一種です。人型に切り取った紙をまほーで姿を変えるんです」
 結愛は先程、鬼が現れた方向をじっと見つめていた。何を思っているのかは、洋にはど
うにも掴めなかったが。
「でも、こうして敵が送りつけられてきたって事は、私達の存在がばれてしまったみたい
です。綾ちんも無事だったらいいけど……」
「みゅー」
 心配そうに遠くを見つめる結愛に、みゅうが寄り添って頭をすりつけていた。
「うん、みゅう。大丈夫だよね。綾ちん、私よりぜんぜん成績よかったし。天守候補生の
中では一番だものね」
 みゅうを抱きかかえてから、そしてにこやかに微笑む。
 その瞬間。ぐぅ〜と、結愛のお腹から音がなった。
「ふぇ。お腹の虫が鳴いてる。そういえば私、今日一日何も食べてない〜」
 へろへろと力尽きるように、ぱたんと床に突っ伏した。
 そんな様子をみていると、さっきまでのそれでも張詰めていた空気が、一気にどこかに
行ってしまったような気がする。
「そうだな。俺も腹減ったよ。そろそろ飯にしよう」
「はい!」

 結愛は大きく頷くと、再び元気良く立ち上がった。食事と言う言葉に無くした気力が、
思いっきり回復したようだった。
 みゅうを抱えたまま台所へと歩き出して、そしてまだ置きっぱなしだった買い物袋の中
身を取り出し始めた。
 それから結愛は台所の棚をいくつか見てまわっている。どうやらどこに何が有るのかを
確認しているらしい。
「俺も手伝おうか?」
 ふと洋は呟いていた。一人に任せるのは悪いと思ったし、それに一人に任せるのは心配
だったからでもある。
「ありがとうございますっ。でも、大丈夫ですっ。台所をみればだいたいどこに何がある
かわかりますから、心配ご無用ですっ。無用ですったら、無用です。大船に乗ったつもり
で、私に任せてください。ほらー、洋さんはこたつで休んでいてください」
 そう言うと結愛は洋の背中をぐいぐいと押して居間へと追いやる。
「大船にって、泥船じゃないだろうな、それ」
 乗ったは良いものの出航したとたん沈みだしたカチカチ山のたぬきを思い出してしまい、
僅かに眉を寄せた。
「ふぇ。ひどいですひどいですっ。むー、みててくださいねっ。洋さんをびっくりさせちゃ
うんですからっ」
 結愛はなんだか気合いが入ったのか、ガッツポーズをしてみせると洋を居間にやって、
ぱたんと扉を閉める。
「大丈夫だろうなぁ。あいつ」
 油をひっくり返して火傷したりしなきゃいいけど、と台所へと続く扉を見つめながらも、
それでも信用する事にして洋は居間のこたつへと入った。

「じゃーんっ。出来ました。出来ました。出来ましたよーっ」
 しばらくして大きな声と共に扉が開かれる。もうずっと使われていなかった大きなお盆
の上に、いくつもの器が乗せられていた。
「おおっ!?」
 思わず洋も声を漏らしてしまう。
 色とりどりの器に盛りつけられたのは茄子の田楽、じゃが芋のそぼろ煮、小海老入りの
茶碗蒸し、それから天ぷらが三品、豆腐とわかめのおみそ汁に炊きたてのご飯。そのどれ
もがほかほかと湯気を立てて暖かい。
 特別にものすごい料理がある訳ではなかったが、これだけの品を冷めない内に全て作り
上げるのはかなりの手際の良さが必要だ。
 それに茶碗蒸しや煮物は、見た目よりもずっと手間が掛かる料理だ。しかも焼き物、煮
物、蒸し物、揚げ物の全てがそれぞれ揃っている。まるで旅館の料理のようだ。
「本当に料理得意だったんだな」
「はいっ。すごいですか? すごいですか? すごいですよね? すごいって言ってくだ
さーいっ」
 楽しそうに言う結愛の頭にぽんと手をおいて、「ああ、すごいよ」と洋は告げる。
 結愛はそっと顔を上げて洋へと視線を送ると、それからえへへ、と声をあげて嬉しそう
に微笑んだ。
「ま、せっかくだし熱いうち食うか」
「はいっ」
 洋の言葉に結愛が大きく頷く。料理を席の前に置いて、ゆっくりと椅子へ腰掛ける。
「いただきます」
 声と共に洋は箸を手にする。その一挙一動を結愛はじっと見つめていた。
 茄子の田楽に手を伸ばして、ぱくりと一口。そこで洋の動きが止まる。
「どうですか? 美味しくなかったですか?」
 心配そうに覗き込む結愛に、じっと洋は視線を送った。
「う、うまいっ。うまいよ、結愛」
 見た目に反せず繊細なそれでいてちゃんと感じる味付け、さらに完璧な火通りで茄子の
旨味を完全に引き出している。確かに自慢するだけはあった。
「わぁ、よかった。お口に合うかどうか心配だったんです」
 結愛はにこりと微笑むと、安心したのか自分もゆっくりと食事を始めていた。
「うん。うまい、このキス天もうまいし。思ってたより全然いいよ」
「ふぇ。それはぜんぜん期待してなかったという事ですか?」
「まぁ、そうともいうな」
「わー、洋さん。ひどいです。ひどいです」
 そんな会話を繰り返しながら、ゆっくりと食事の時間は過ぎていく、いや過ぎていくか
と思えた瞬間。それは洋がジャガイモのそぼろ煮に手をつけた時だった。
「……結愛、お前これ何つかった?」
「ふぇ?」
 訳が分からないのか結愛は首を傾げる。
「これ醤油でなくて、ソースつかっただろ」
 そぼろ煮は、やけにべたべたしている上に妙に味が濃い。決して食べられないという程
でも無いのだが、どこか気持ちが悪い。
「ふぇ。ソースって何ですか?」
 結愛はさらに首を深く倒していた。
「お前、ソースも知らないのか?」
「ふぇ〜」
 呆れる洋に、結愛は殆ど床に着きそうなほど身体を倒している。そのうち椅子ごと倒れ
てしまいそうだ。
「これ。こいつがソース」
 台所からソースの入った瓶を持ってきて見せる。
「ふぇ〜。それ濃口醤油だと思ってました」
「違うっ。ぜんぜん違うっ」
 洋は思わず叫んでいたが、このソースは特売で買ってきた業務用の大きな瓶に入ってる
ものだ。確かにぱっと見た目醤油に見えなくもない。しかしラベルにはソースと書いてあ
るし、そもそも直前に味を確かめていたら、こんな事にはなっていないはずだ。
「お前、全く味見してないだろ」
「はいっ!」
「味見くらいしろーっ!!」
 力強く返事した結愛に、洋は思わず声を上げる。しかし心のどこかで、こんなのも悪く
はないかもな、と感じている自分を見つけて、僅かに溜息を吐いた。
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