僕にも魔法が使えたら (04)
「ほら、タオル。……っていうか、シャワーあびた方がいいな。なら着替えもいるか? 
でもな、俺んち女物はないんだよな。そうそう、あとこいつも一緒に洗ってやれ」
「みゅーっ」
 仔猫をひょいとつまんで結愛に手渡して、それからいくつか服を脱衣所に置いた。
「必要だったらその中から好きなの着ろ」
 それだけ言い残すと脱衣所の扉を閉める。それから自分も部屋で着替えを済ませて、と
りあえず居間に向かう。
「どうわっ」
 その瞬間、洋は大声で叫んでいた。居間のこたつで見知らぬ若い男女がお茶をすすって
いたのだ。
「あら、やっと戻ってきたわよ」
 ウェーブの掛かった髪の少女が呟くと、その隣に座っている眼鏡の少年が湯飲みを置い
て洋をじろりと睨む。
「やっぱり大したことありませんね。所詮、ただの人ですか」
 キリリとした賢そうな瞳を、じっと洋に向けると再びお茶をずずっとすする。
「何だっ。お前らは!」
 あまりのふてぶてしい侵入者に、洋は声を張り上げる事しか出来ない。
 ウェーブ髪の美少女は蜜柑を剥きながら、品定めするように洋を上から下まで眺めると、
ふぅんと軽く声を漏らす。
「でも力は強いみたいだけど。あの子、一か八かの賭けに出たってとこかしらね」
 ふてぶてしい態度の二人に、洋は怒るやら呆れるやら何とも言えない感情にとらわれた
が、それでも落ち着いていられたのは、結愛の唐突さに慣れていたからかもしれない。
「人んちの蜜柑勝手に食うな、茶飲むな!」
 洋はとりあえず叫んでいたが、だいたい彼等の素性の推測はついていた。恐らくは結愛
の知り合いなのだろうと言う事くらいは。
「……それから結構けちだという事が判明したわね」
「貧乏そうですしね」
 ぬけぬけと囁くと、それからすっと二人とも立ち上がる。
「まぁ、いいわ。自己紹介くらいしておきましょう。私は綾音(あやね)。候補生の一人
よ」
 綾音と名乗った少女はそう告げると、髪をそっとなびいた。明るい髪がさっと流れる。
「僕は冴人(さいと)。綾音の智添(ちぞえ)です」
 冴人と名乗った少年は、片手で眼鏡の位置を直しながら洋の顔をじっと見つめると、口
元に軽く笑みを浮かべる。あからさまに見下した表情だ。
「それにしても、彼に智添が務まるとは思いませんけどね。あの人も変な奴を選んだもの
です」
「なんだと」
 冴人の言い分に声を荒げる。何の事だかはわからなかったが、バカにされている事だけ
はわかる。
「まぁ、敵わないまでもせいぜいがんばってください。このままでは張り合いないですか
らね」
 冴人はふんと軽く鼻を鳴らすと、洋を一瞥して顔を背ける。
「それじゃあ挨拶はこのくらいにさせてもらうわ。あの子の選択が間違いでなかった事を
期待しているわね」
 綾音はそう言うと、ふとその手を胸の前へと突き出した。
「巽(そん)!」
 彼女の不思議な言葉と共に、突如風が吹き始める。風はそのままつむじを巻くと、綾音
と冴人の二人を包んでいた。
 洋は吹き荒れた突風に思わず一瞬、目をつぶってしまう。そしてその風が吹き止んで、
その目を開いた瞬間。
 二人の姿は、もうどこにも無かった。
「消えた!?」
 目を疑うが、確かに彼等の姿はもうどこにもない。そもそもこの居間から外に出るには
洋が立っているこの扉を抜けるか、奥にある台所へ向かう扉を開けるしかない。
 しかし洋の隣を通り過ぎるには狭すぎたし、奥の扉が開いたような様子も無かった。
 と、その時。
「みゅーーーーー!!」
 という叫び声が大きく響く。
「どうした!?」
 今度はなんだ、と声には出さずに続けて廊下に向かう。廊下に出ると同時に何者かが洋
の顔にばんっと飛びついた。水に濡れた感触が気持ち悪い。
「うわっ」
 思わず声を上げてしまうが、冷静になってみれば何の事はない。先程拾った仔猫が飛び
ついてきただけだ。
「みゅーーっ!」
 仔猫は再び声を張り上げると、そのまま洋の肩へと回り、爪を立てしがみつく。
「こらー、みゅう。まちなさーーーい」
 声にふと顔を上げると、その向こうからバスタオルだけにくるまった結愛が駆け寄って
きているのが目に入る。隙間から胸元や素足がちらりと覗いていた。
「あ、洋さん」
 何事も無いように、結愛はにこりと微笑むとじっと洋を見つめる。
「『あ、洋さん』じゃないだろっ。なんて格好してるんだ。ちゃんと服きろ、服」
 慌てて顔を逸らして、その顔を真っ赤に染めた。しかしそれでも時々ちらちらと思わず
視線を移してしまっていたが、まぁその辺は若い男だけに仕方ないだろう。
「ふぇ?」
 結愛はいつも通り首を傾げる。そして身体ごとそのまま傾けようとしていた。
「わわわっ。バカっ、結愛。そんな事したら見えるだろーがっ。服きてこいっ、服っ」
 バスタオルの上から僅かに覗く膨らみが目に入り、洋の胸が強く鼓動する。
「ふぇ? あ、でもまだみゅうを乾かしている最中なんです。それなのに、みゅうったら
ダッシュで逃げちゃうんですよ。ドライヤーの音が怖いみたい。だから、みゅうを渡して
くださーい」
「みゅう? ああ、この猫の事か」
 洋の肩の後ろに隠れてしがみついている猫を、頭だけ向けて眺めると手を伸ばす。しか
しがっしりと捕まって離れようとはしない。
「あ、そうですよ。みゅーみゅーなくから、みゅう。ダメですか?」
「いや、お前が拾った猫だから好きにつけたらいいけど。こいつ乾かすの嫌がってるみた
いだぞ」
「ふぇ。でも、ちゃんと乾かさないと風邪ひいちゃいますよー。ね、みゅう」
 結愛がみゅうを覗き込もうとするが、みゅうも結愛を避けるように洋の背中を動く。
「いててっ。こら、爪たてるなっ」
「ほら、洋さんも痛がってるからっ。はやくおいで、みゅう」
 結愛はみゅうを捕まえると、思いっきり引っ張りだす。しかしみゅうもそれに耐えるよ
うに思いっきり爪を立てて対抗していた。
「こらっお前ら、いてっ、やめろっ、ててっ」
 洋の背中で激しい攻防戦が繰り広げられていたが、さすがに仔猫の力では敵わないのか、
ふっと洋にしがみついていた力が抜ける。
 洋が溜息をついて振り返ったその瞬間。
 はら、と結愛のバスタオルがはだけだす。微かにその肌が目に入ったような気もする。
「きゃっ」
 結愛は小さく声を立てると、慌ててバスタオルを抑えた。
 ぷるぷると洋の肩が震え、
「……さっさと服きてこーーーい!!」
 大きく叫んでいた。

「ふぇ。なんで私はこうしているのでしょうか?」
「みゅーっ」
 結愛とみゅうは客間で仲良く正座させられていた。もっとも実際に正座しているのは結
愛だけではあったが。
 結愛はすでに着替えも済ませており、洋のジーンズとトレーナーを着込んでいる。サイ
ズが合わずにだぼだぼで、ジーンズの裾など何重にも折り曲げられていた。
「反省会だ。ついでに聞きたい事も山ほどあるしな」
「反省会。ふぇ〜」
 結愛は驚いたとも理解出来ていないともとれる声を漏らすと、いつも通り首を傾げる。
「……わかってないな。こいつ」
 洋は半ば諦めも含めた声で呟くと、軽く溜息をこぼす。
「まぁそれはいいとして、それよりだ。さっき居間で綾音と冴人と名乗る二人組が、こた
つで勝手に蜜柑食ってた。こいつらは、お前の知り合いだな?」
「ふぇ? 綾ちんと冴人くん。何の用だろ? うーん。あ、わかった! そろそろご飯だ
からお腹がすいたんだ、きっと」
「違う! 絶対違う!」
「ふぇ。結愛の手料理じゃだめですか? 料理得意なのに、私」
「あああ。そうじゃない。っていうか、それはいいとしてだ」
 結愛のずれた台詞に洋は律儀にいちいちつっこむ。そんな様子をみてか、みゅうは退屈
そうに大きくあくびしていた。
「あいつら候補生って言ってた。何だ、候補生っていうのは? 俺には智添は務まらない
とも、だ。なんだ、それは」
 こうして考え出すと分からない事は本当に山ほどあった。そもそも結愛自身が何者なの
かもわからないのだから。
「あいつら何なんだ。そしてお前は何者なんだ?」
 洋はただまっすぐに結愛を見つめていた。
「ふぇ? 私はゆあですよ」
「名前じゃなくて、お前の素性を訊ねているんだっ」
 洋は叫びながらも疲れる問答になりそうだと再び溜息をつく。
「ふぇ、素性。……あ、わかった! 自己紹介って事ですねっ」
 少女はぽんと手のひらを合わせると、うんうんと一人頷いている。
 違う、と洋は内心つっこまずにはいられなかったが、それでも少しは話が進むかと声に
は出さずに心の中に留める。
「えっと、私は名前はもう知ってますよね。愛を結ぶと書いて、ゆあです。ゆあ。すっご
く可愛い名前ですよね。
 あ、それで私は候補生としてこの街にやってきたんです。でもやっぱり一人ではうまく
いかなくて、なかなか難しいです。一人は辛いですよね。一人は悲しいです。施術も上手
く使えないし。
 けど今はもう大丈夫です。洋さんがいてくれますから。これで私も綾ちんとふぁいとが
出来ます。戦いますよー。負けないですから、洋さんも一緒にがんばりましょう。おー!」
 結愛はそこまでほぼ一息に言い放つと、ぺこりと頭を下げる。どうやら結愛の言うとこ
ろの自己紹介が終わったようだ。
 相変わらず良く分からない説明ではあったが、それでもいくつか推測する事が出来た。
 まず結愛は何かの目的があったこの街にやってきたこと。その目的を果たす事が、一緒
のテストのようなものだということ。しかし目的を果たす為には一人では難しいこと。そ
こで洋が選ばれた事などだ。
 綾音と冴人の台詞と照らしあわせれば、その役目が智添という立場であり、結愛と綾音
はライバル関係にあるらしい事もわかる。
 しかしまだ肝心のその目的が何なのかも、結愛達が何者なのかもわからない。洋は頭の
中を整理して、くるりと結愛へと向き直る。
「なぁ、結愛」
 洋が彼女の名前を呼んだ瞬間だった。
Back Next
良かったら読んだ感想を下さい!
タイトル
お名前 (必須)
メール

★このお話は面白かったですか?
すごく面白かった  面白かった  まぁまぁ面白かった  普通
いまいち  つまんない  読む価値なし

★一番好きな登場人物を教えて下さい
洋  結愛  綾音  冴人  みゅう

★もしいたら嫌いな登場人物を教えて下さい(いくらでも)
洋  結愛  綾音  冴人  みゅう

★好きな台詞があれば


★印象に残ったシーンがあれば


★その他、感想をご自由にどうぞ!