僕にも魔法が使えたら (02)
「で、改めて訊くが。そのパートナーっていうのは何なんだ?」
 キャラメルを食べ終わった後、洋は少女へと再び訊ねた。
 少女はまだキャラメルが口の中に残っているのか、ふがふがと言葉にならない答を返す。
「いや、いいから先に食べてからにしろ」
 物を口にしたせいか、それとも何となく和んでしまったからか、洋も先程よりは少し落
ち着いていた。もっとも落ち着いているのは、いまさら焦っても欲しい答えは得られない
だろうという諦めもあったのだが。
「はい。もう大丈夫です。えっと、それでパートナーが何かですね」
「そうそう」
 始めて戻ってきたまともな答えに、思わず大きく頷いてしまう。やっぱり人としての会
話はこうでないと、と心の中で呟く。
「パートナーっていうと、相方とか相棒とかって意味です。つまり洋さんは、私の相棒っ
て事ですね」
「あああっ、そうじゃない。その相棒っていう存在の役目とか、意味とかそういう事を訊
いてるんだ!」
「ふぇ?」
 洋の言う意味がわからないというように首を傾げると、こめかみに人差し指を当てる。
 しばしの間、何かを考え込んでいたようではあったが、やがて何かに思い至ったのか、
ぽんと両手を合わせた。
「そうかー。洋さんは天守(てんもり)じゃないから、わからなくって当然ですよね。じゃ
あ、説明しますね。パートナーの役目は」
「一緒にダンスでも踊るのか?」
 憮然とした表情のままで、呟いてみる。やや洋の表情に疲れが浮かんでいた。
「いやだぁ、違いますよ洋さん。例えるなら、そうだな。うん、そうだ。えっと洋さんは
魔女って知ってます? あ、ほら魔女が宅急便配達する映画ありましたよね。あの子が連
れていた黒猫の……」
「ちょっと待て」
 少女が皆まで言い切る前に、洋は少女の台詞を遮っていた。なんだか嫌な予感がする。
「じゃ、なにか。パートナーっていうのは、魔女が連れている黒猫だの蛙だの蝙蝠だのっ
て、そういう存在なのか?」
「うんと。ちょっと違いますけど、だいたいそういう事かなぁ。うん、そういうことです」
 にこやかな笑みのまま、さらりとろくでもない事を告げる。
「そんな重大な役目は丁重にお断り致します」
 洋はそう言い放つと、くるりと振り返って彼女に背を向けていた。何が哀しくてそんな
立場にならねばならんのだと、口の中で呟く。
「ええっ、そんなっ。ダメですよっ。だってもう契約しちゃいましたから。そんな事する
と雪人が悲しみます。いいんですか!? 大変な事になっちゃいますよっ」
 相変わらず訳のわからない事を言う少女に、洋は大きく息を漏らす。
「別に俺はかまわん。その雪人だか、雪男だかも俺は知らないし。関係ないだろ?」
 いいかげん疲れが増してきていたのか、洋はやや強い口調で答えていた。
「ふぇ」
 不意に少女が何度目かの同じ言葉を呟く。口癖なのだろうか。僅かにそんなことが気に
なったが、それよりもその台詞と共に目の端に浮かんでいた水滴から目が離せなかった。
「そう、ですよね。関係、ないですよね。洋さん、天守じゃないし」
 それだけ言うと彼女は静かに笑う。
「洋さんが嫌だというなら、仕方ないです。一人でやってみます」
 迷惑かけてごめんなさい、と続けて少女はすぐに背を向けて走り出した。たたたたたっ
と足音が聞こえては消えていく。
 変な子だったな、とは思う。少し悪い事をしたかな、とも思う。それでも、これでよかっ
たと感じる気持ちが強い。強い筈なのに。何故か少女の涙が気になって仕方なかった。
 今日出会ったばかりの少女。噴水の上に立っていた、ちょっとおかしな女の子。何も知
らない、考えてみれば彼女の名前も知らない。ただ目を合わせただけの関係。それなのに
胸の中がどこか空になったようなこの感覚は何だろう。
「洋さん、か」
 洋の名をそう呼んだのは、彼女が始めてだったかもしれない。女の子に名前で呼ばれる
事なんてそうは無かったから。
「案外悪くなかったかもな」
 ぽつりと呟くと、少女が去っていった方へと視線をこらしてみた。もう彼女の姿はどこ
にも見えはしなかったけども。
「ん。ちょっとまて。あいつ、なんで俺の名前を知っていたんだ?」
 思いついた事実に、洋は困惑を隠せない。出会ったばかりだと思っていた少女。だけど、
もしかするとそうではなかったのだろうか。
 しかしもうそれを確認する方法はない。少女がどこの誰かすらも知らないのだから。
 ただ胸のどこかに開いた隙間だけを感じて、洋はその場に立ちつくす事しか出来なかっ
た。

                  ◇

 あれから数日。
 少女の事はどこか気になりながらも、やって来る日々に追われ次第に頭の隅の方へと追
いやられていた。
「ただいま」
 家の扉を開け声をかける。しかし返事が返ってきたりはしない。この家には洋一人で住
んでいるも同然なのだから。
 洋には母親はいない。父親と二人ここで暮らしていたが、ただ洋の父親は滅多に家に帰っ
てくる事が無かった。
 洋の父親はその道では高名な考古学者であり、いつも世界各国を飛び回っている。その
為、家に戻ってくる事の方が稀だった。
 しかし実質的に一人で暮らしていると大変な事もも多い。掃除や洗濯に関しては、週に
一度ホームヘルパーが来てくれるのでなんとか事足りていたが、食事だけは自分で準備し
なくてはならない。面倒でも親から渡されている金額は、そう多いものではない。弁当ば
かりを食べている訳にもいかなかった。
「はー、かったるいけど買い物いくか」
 確か茄子と葱が余っていたから麻婆茄子にでもするか等と口の中で呟きながら着替えを
済まし家を後にする。それからふと思考が主婦化している自分に気付いて溜息をついた。
「学校終わってから、まず夕食の買物にいく男子高校生なんて滅多にいないんだろうな」
「そうですね。滅多にいないと思いますよ」
「だよなぁ。一人暮らしで羨ましいなんていう奴は、絶対この大変さをわかってないって」
「そうですねっ。一人はやっぱり大変ですよね。やっぱり一人より二人ですよっ」
「……って、お前いつのまに!?」
 ふと気がつくと、あの時の少女がいつの間にか隣に並んで歩いている。
「さっきからずーっといましたよ。ずーっとですよ、ずーっと。なのに洋さんぜんぜん気
付いてくれないし。私、無視されてるのかと思いましたよ。無視は悲しいです。いじめは
ダメですよ、洋さん」
 そう言いながら少女は両手を拳にして目の前でぐすぐすと泣き真似をしてみせているが、
あまり悲しんでいるようには見えない。
 しかし洋はそれには気が付かなかった事にして、すたすたとその足を速めていた。
「ああっ、無視はダメっていったのにっ。ひどいですひどいです。怒っちゃいますよ。私、
怒ると怖いんですよ。どれくらい怖いかというとハリネズミが……」
 なおも抗議を続けようとする少女の言葉を遮るかのように、洋は足を止め振り返った。
「なんでお前がここにいるんだ!」
 力の限り叫ぶと少女を強く睨みつける。
「えっと。私、一人でやってみました。でも、やっぱり一人では出来なくて。そしたら洋
さんも一人より二人がいいっていうから、私も一人より二人がいいなー、って思ったので
やっぱり気が合うなって事で、洋さんは私のパートナーで決定という訳です」
「だぁっ。諦めたんじゃなかったのか!?」
「ふぇ?」
 少女はいつもの口癖を呟くと、頬に人差し指を当てる。どうやら何か考えているらしい。
「あー、いい。余計な事は考えなくても。それよりだ、なんでお前は俺の名前だけでなく
て家まで知ってるんだ! いま流行りのストーカーかっ、お前は」
 洋は一気に言い放つ。言っても無駄だとは思うのだが、言わずにはいられないのだ。根っ
からのつっこみ体質なのかもしれない。
「ふぇ。えっと、ストーカーって何ですか?」
 少女は言うと同時にその首を傾ける。そのまま身体ごと右へと傾けていったかと思うと、
限界まで倒したところで、今度は身体を戻して左側に寄せていく。
「なんだストーカーも知らないのか? 狙った相手を執拗につきまとったり待ち伏せした
りする奴の事だ」
 ちょうどお前みたいに、と続けようとしたその瞬間。
「そうなんですねっ。勉強になりましたっ。でも今はそんなのが流行ってるんですね。あ、
じゃあ私もやらなきゃ! 流行乗り遅れちゃうし。わわわ。一大事だっ。ど、どうしよう」
「そんな流行にのるなーっ」
 慌てた声を上げる少女に、今日何度目かわからない怒鳴り声で返す。
「ふぇ?」
 しかし少女は不思議そうな瞳で洋をみつめるだけだった。
「いや、そんなことよりだ。ストーカーじゃないなら、なんで俺の事を……」
 と言いかけた時には、すでに少女の姿は目の前にはない。え? と、一瞬あっけに取ら
れて辺りを見回す。
「洋さん。このみかん、美味しそうですよー」
 スーパーの軒先で蜜柑を選別している彼女の姿に、洋は再び溜息をつくことしか出来な
かった。
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